ハルは恐怖する
新しい部隊に入って三日後。要塞では半年に一度の全軍集会が開かれていた。
会場には、この場所に囚われた全部隊の悪魔たちがひしめき合い、異様な熱気と沈黙が混ざり合っている。
壇上の中央。そこには閻魔大王候補であり、この要塞を統べる王——ギネーベが悠々と座っていた。
この集会は、ただの報告会ではない。目標点数に達しなかった部隊への「見せしめ」が行われる場所だ。
ギネーベが席を立ち、マイクを手に取った。
「「あーあー、ギネーベだ。まずは今期もお疲れ様。……それでは、点数の足りなかった部隊を呼び出そうか」」
次々と部隊名が読み上げられ、それぞれの部隊が壇上へ順々に上がっていく。
誰もが幽霊のように青ざめ、床を這うような視線で震えていた。
「全部で八部隊か……。今回は少し多いな」
隣でヴァルが小さく呟いた。
「……ねえ、ヴァル。罰って、一体何をされるの?」
前の部隊にいた時から、誰も教えてくれなかった疑問。
ヴァルは少しだけ悲しげな目を向けて、僕の肩を叩いた。
「……今から嫌でも見ることになるよ。辛かったら、目をつむっていな」
「「残念なことに、ここにいる皆様は目標に達することができなかった。次に活かしてもらうため、これから『お仕置き』を始める」」
ギネーベの冷徹な声が響く。その時、壇上の悪魔の一人が耐えきれず叫び声を上げた。
「待ってください! 私の部隊は、私以外が深手を負っていて動けなかったんです! どうか、今回だけは情けを……!!」
会場が凍りつく。周囲の悪魔たちが「終わったな……」と小声で漏らすのが聞こえた。
ギネーベはゆっくりと、その悪魔に歩み寄った。
「たしかに……それは大変だったね。まともに動けるのは君だけだったか。そうだね、次はもっと頑張ればいい」
「お、お願いします……どうか……!」
「しつこいな。第一、解決する方法はあっただろう?」
「へ……?」
「君の部隊の怪我人を、君が殺せばよかったんだ。そうすれば、必要ノルマの点数は減ったはずじゃないか?」
思いがけない言葉にその悪魔は唖然としていた。
「はいじゃあ終わり。次、頑張ろう」
ギネーベがその場から立ち去ろうとする。それを慌てて呼び止めた。
「い、いや、そんなこと……できるわけないじゃな——」
——パチン、と指を鳴らすような音がした。
次の瞬間、ひざまずいていた悪魔の顔面が、縦に真っ二つに割れていた。
崩れ落ちる体。ピクリとも動かない肉塊。
「はぁ……あんまりこういうのはしたくないんだけどね」
静まり返る会場。ギネーベは何事もなかったかのようにマイクを直した。
「「少し白けたけど、お仕置きを始めようか。ちゃんと目に焼き付けろよ」」
ギネーベが壇上を降りると同時に、ガシャーン!! と巨大な檻が残された部隊を囲い込む。
そして天井から、巨大な「何か」が檻の中に投下された。
「あ、あれは……」
四足歩行の巨大な機械生物。本来なら数十人の部隊で不意打ちしてようやく倒せるような怪物が、逃げ場のない檻の中に放たれたのだ。
…機械生物に意思はない。あるのは目の前にいる生物を惨殺するという命令だけ…
その後はただただ地獄だった。
一人、また一人と鋭い爪で引き裂かれ、踏みつぶされていく。抵抗は無意味だった。
五分も経たぬうちに、檻の中で動くものは、返り血を浴びた機械生物だけになった。
「っ……」
恐怖で足がよろける。もしあの時、ヴァルに拾われていなかったら。あそこにいたのは、ズタズタになった僕だったかもしれない。
震える僕を、ヴァルが無言で支えてくれた。
「じゃあ、これで今回のお仕置きは終わりだね」
落ち着いた雰囲気でゆっくりとギネーベが近づき檻に触れた。
すると檻がゆっくりと粉のようなものに変わっていき散り散りとなり消滅した。
…なにがやった?というかそんなことをしたら。
そしてもちろん檻の中にはまだ機械生物が残っている。檻が消えた瞬間一番近くにいたギネーベをみるやいなや一瞬で距離を詰めとびかかった。
——刹那、閃光が走った。
何が起きたのか分からなかった。気がつくと、機械生物の手足はバラバラに切断され、その場に転がっていた。
「「それでは皆さん、こうはならないように次も頑張ってください。解散!!」」
■■■
「ハル……大丈夫?」
気分の悪くなった僕の背中を、デュポンが優しくさすってくれた。
「……デュポンは、平気なの?」
「……慣れちゃいけないことだとは思うんだけど、ね」
どこか悲しげな苦笑いしていた。
「はい、暗い話はそこまで!」
ヴァルが僕たちの肩を力強く引き寄せられた。ふと顔を見ると今まで見たことがないほど真面目な顔だ。
「明日からは点数争いが始まる。だからそういう話も一旦おしまい。引きづってると危険だからね…」
「うぐうううううううう!!」
デュポンがビシビシとヴァルをたたき無理やりその場から抜け出した。
「あらら、どうしたの?」
「部屋に戻る!!」
ぶっきらぼうな口調で急ぎ足でデュポンはそこをさった。
「あ、いっちゃった」
「あはは…あれもいつものことだよ。デュポンは少し恥ずかしがりやなんだよ」
ほんと…あらためて黒ポンとは真逆の性格だな。
「そういえば…ヴァルってあれ?」
いつの間にかさっきまで隣にいたはずのヴァルの姿はいなくなっていた。
…どこにいったんだろ
辺りをきょろきょろと見渡していると後ろに気配を感じた。ヴァルかと思い振り返ったがそこには大王候補筆頭ギネーベがいた。
「やぁ、そんな怯えないでくれよ。まさか君があの部隊から離れているとは思わなかったよ」
「…わかっていたんですか?あの部隊が点数を取れないこと」
ギネーベは含みのある笑顔で僕を見つめてきた。
「最初に恐怖を植え付けさせるのにはあれが一番でしょう。ここにいる悪魔たちは皆、一回は経験している。一度恐怖すれば、死に物狂いで強くなれる。われながらいいシステムだと思ってるよ。」
一切声色を変えず淡々と話しをしているギネーベの姿がとても不気味に思えた。
「…なんでそんなひどいができるのですか?」
「それはもちろん私が王だから…。まぁまず私は私のやっていることは酷いとは全く思ってない。あの場でズタズタにしたものたちも私の手、半年くらいかけて再生させるわけだし。むしろチャンスを何回も上げている優しい王だとは思わないか?」
「…」
ギネーベとこうして話してことはただ一つ。こいつとは絶対に分かり合えないということただ一つだった。
「ま、いずれ気づくはずさ。じゃあ励みたまえ」
手をひらひらと振りながらその場を去っていった。
「やっと終わったか」
どこからともかく、ヴァルがいつの間にか後ろに立っていた。
「ちょっとヴァル!?どこに行ってたの?」
「ごめんごめん、あいつとはあんまり一緒にいたくないもんでね」
「?」
そこからしばらく詰めてみたがヴァルは曖昧に答えるだけだった。
あとがき




