エンマ大王と風呂
エリーゼの自己紹介の後、オクスタシアが短く謝罪の言葉を残して部屋を出た。ハルも一緒に出るかエンマが尋ねたが、「自分は何も知らないから。こうして少しでも話を聞かないと!」と、ハルはそのまま残ることになった。
……私は女だから、エリーゼの美貌には多少の耐性があるのかもしれない。けれど、オクスタシアやハルには少し刺激が強すぎるのだろうか。
私はすぐにエリーゼに視線を戻し、話を続けた。
「それで目的は何? 私を殺してこの無間地獄を出ること?」
「? ああ、そういえばそんな話があったわね……。残念ながら、今のところはそんな予定はないわ。むしろ逆で、あなたたちに協力してあげようと思ってね」
「協力? なんで?」
「……理由はなくはないのだけれど…ただの気まぐれだと思ってもらっていいわ」
どこか含みのあるような言い方に若干の違和感を感じる。
「それで、何を協力してくれるの」
「大したことはできないけれど、私からは第三層の今の情報を教えるくらいはできるわ。残念だけど、私が試練を一緒に受けたりはできないけれど」
「分かった。その情報っていうのは?」
「いろいろとあるけれど、まずは生存が確認されている閻魔大王候補生や、強い悪魔たちから教えてあげようかしら。じゃあマツ、あなたのほうが分かりやすいから説明してあげて」
「はっ!」
するとさっきの執事が私たちの前に立った。
「それでは失礼します。初めてのハル様にもわかるよう説明いたします。まず『閻魔大王候補』とは、閻魔大王の座を継ぐに最も有力な者として、地獄から選ばれた3名の悪魔のことを指します。これは第九回まで続きました」
その後、執事は閻魔大王候補生と、それ以外の強大な悪魔たちについて説明してくれた。以下はそのリストである。
閻魔大王候補 第八期生 全てを奪う右手 強奪のシーラ
閻魔大王候補 第八期生 不釣り合いな支配 契約のアルカ
閻魔大王候補 第五期生 底なしの渇望 悪食のグリュン
閻魔大王候補 第四期生 生と死をもたらす花 魔性のエリーゼ
閻魔大王候補 第四期生 山田
閻魔大王候補 第二期生 無から有を紡ぐ 創造のイム
閻魔大王候補 第一期生 残虐王 最恐のギネーベ
元四大神 報われない欠陥英雄 天使エデン
所属不明 空間の支配者 最凶のオクスタシア
閻魔大王候補 筆頭 第一期生:圧倒的な絶対 最強のアルヴァトス
「説明は以上となります」
リストの中にオクスタシアの名があったことや、死んだはずのアルカの名があることなど、言いたいことはあった。けれどそれ以上に、私が地獄にいた千年前の悪魔たちのほとんどが、今はもう虚無となって死んでしまっている事実に驚きを隠せなかった。
一期につき三人……。計算すれば、もう十六人もが消えたことになる。
「ちなみに、アルカはもう死んでいるよ」
「あー、確かにそうね。君たちが今第三層にいるわけだし」
「……まぁいい。それで、他には何か情報は?」
「ええこっちのほうが重要かも…たしか二百年ほど前から、試練の間の時空間が乱れているわ」
「理由は不明だけれど、すでに第三層の試練の間では、こちらの世界と時間の流れが異なっていることは確認済みよ」
理由はなんとなく察しがついた。時間が経ちすぎているのだ。無間地獄ができてからすでに数千年。それだけの月日が流れれば、どこかにエラーが出てもおかしくはない。
「ちょっと待てエリーゼ。試練の間に行っていないのに、なぜそんなことがわかる?」
「試練の間にいる私の執事から、定期的に連絡をもらっていたからね。まぁ、時間の流れがおかしくなってからは、連絡が取れなくなったけれど」
その後も第三層について詳細を教わった。どうやら今、第三層ではほとんどの悪魔が試練の間に向かっているらしい。
一度は諦めたはずの閻魔大王候補生たちも、心のどこかではここから出たいと願っているのか。彼らは再び試練の間へと戻っているのだという。
「エリーゼは、どうして試練の間に行かないの?」
「私はここから出たいとは思っていないからね。個人としては退屈だけれど、このまま平和で、痛みを一切伴わない生活が一番いいわ」
「そう……」
「それより、隣の子は誰だい? 見たところ悪魔ではなさそうだけれど」
エリーゼの視線がハルに向き、彼はビクッと肩を揺らした。
「人間だよ。何らかのミスでこの無間地獄に落ちてきてしまったらしい」
「へぇー、人間なのね……」
どこか蛇のような視線で、エリーゼは舐め回すようにハルを観察していた。
「……じゃあ、出発は明日だ。出るぞ、ハル」
「あら、もう行くのね」
私は半ば無理やりハルの手を引っ張り、部屋から連れ出した。部屋から離れてしばらくした後周りを警戒しハル乃ほうを向く。
「ハル、一応エリーゼには気をつけてね」
「え、なんで? 結構協力的じゃない?」
「なんでもだ!」
その後、私たちは案内された部屋で過ごすことになった。
「それにしても、やっぱりすごい建物だよね。快適すぎて、ずっとここにいてもいいかも」
「私たちの目的は、無間地獄を出ることでしょ」
「分かってるよ、ただの冗談だって」
「……」
実際、この屋敷には数十人の執事やメイドがおり、管理が行き届いている。美味しい食事も出る。ここで暮らすのも悪くないというハルの気持ちは、わからなくもなかった。
……それでも、私は一刻も早くここを出なければならない。
あれ? 私は、どうしてこの無間地獄から出たいのだろうか。
戻ったところで、裏切られた私に居場所などないというのに。
……いや、私は地獄を平和に保つために、今までずっと。
あの悲惨な出来事を二度と起こさないために?
疑問が浮かぶ。それは本当に、自分が心から願ったことなのだろうか。
私はベッドに転がり、目を閉じて考え始めた。
……いや、やっぱりダメだ。私は——。
コンコン。
扉のほうからノックの音が響いた。
「どうぞ」
現れたのはオクスタシアだった。
「オクスタシアか。どうかした?」
「いえ、特にこれといった用事ではないのですが……下の階にどうやら大浴場があるそうです。ですので、お誘いしようかと」
「大浴場?」
ハルは不思議そうに首を傾げた。
「ああ、ハルの星には、たぶん『風呂』っていう概念がなかったんじゃないか?」
「なら、なおさら行きましょう。きっと気に入りますよ。見たところサウナもありましたし」
オクスタシアはどこか上機嫌だった。
私たちは言われるがまま、オクスタシアについて行った。
脱衣所に着くなり、オクスタシアが服を脱ぎ始める。
「エンマも入りますか?」
「そうだね……。私もここにきてから入っていないし、入りたいかも」
私自身、もともと風呂にはよく入るほうだった。閻魔大王だった頃も、一日の終わりは風呂で締めるのが好きだったのだ。
私も服を脱ぎ始める。
「ちょ、ちょちょちょっと待って! 風呂って服を脱ぐの!?」
「そりゃあ、体を洗うんだから」
「じゃ、じゃあ皆で入る必要ないじゃん!!」
ハルは明らかに狼狽し、顔を真っ赤にしていた。
「「……」」
私とオクスタシアは黙り込んだ。
……確かに、国によっては裸同士になるのは珍しいことだし、人によっては恥ずかしいものなのだろうか。
「というかエンマは恥ずかしくないの!?」
「ん? いや、まぁ、特には……」
「まあまあハル君、裸の付き合いも悪くないですよ」
服を脱ぎ終えたオクスタシアがハルに近づき、逃げられないよう肩をガッチリと掴んだ。
「ぎゃー!! わかった! わかったからオクスタシアさん! 素っ裸でこっちに近づくるのはやめてくださーい!! って、脱がさないでくださいよー!」
「はぁ、うるさいな……」
騒ぐ二人を尻目に、私は浴場へと向かった。ハルは脱がされ、無理やりオクスタシアに引きずられていった。
私たちは体を洗い、私、ハル、オクスタシアの順で並んで湯船に浸かった。
「ふぅー……。久しぶりの風呂は、やっぱりいいですね。どうですかハル君?」
「うぅ……。確かに気持ちいいですけど、やっぱり恥ずかしいです」
ハルはブクブクと、赤面した顔を半分ほど湯船に沈めている。
「まぁ、慣れていないならそんなもんでしょ。というか、顔が赤いぞ。のぼせるなよ」
「うぅ……」
大浴場というだけあって、五十人ほどなら余裕で入れそうな広さだったが、今は私たちだけの貸切状態だった。
その後、サウナなどもハルに体験させ、私たちは体を癒した。
ある程度満足した私は、ホクホクとした心地で一足先に浴場を出た。すると、脱衣所にはエリーゼの姿があった。
「あらあら、三人とも入っていたのね。誘ってくれれば、私も一緒に入ったのに」
「いや……。さすがに私はともかく、ハルとオクスタシアが死んでしまうから……」
一目見ただけであんな反応だったのだ。もし裸など見れば、二人がどうなるか想像もつかない。
……というか、たぶん私まで死ぬ気がする。
「あら、そう。なら今度は、機会があればあなたを誘ってみるわ」
「あ、待ってくれ。まだハルとオクスタシアがいるから、脱ぐのは少し待ってくれ!」
私は急いでハルとオクスタシアを呼び出し、素早くその場を後にした。
その後、オクスタシアとは別れ、自室へと戻った。
「明日からまたきつくなるから、ちゃんと休めよ。ハル」
「うん、わかった。……エンマ、ありがとうね」
「え、何が?」
「別に何でも……。おやすみ」
電気を消されてしまい、それ以上追及することはできなかった。
……まぁ、いいか。
「おやすみ」
なにやら閻魔大王候補がたくさんでてきましたね。別に閻魔大王候補は第1期生に近づくにつれ強くなるわけでは全くないです。風呂の内容に全部持ってかれそうですが閻魔大王候補辺りの話のほうがめちゃくちゃ大事になってきます。




