エンマ大王と第3層
第2層での死闘を終え、私たちは十分な静養を経て、次なる地への扉の前に立っていた。
「それでエミさん、本当に残って大丈夫なのですか?」
オクスタシアが心配そうに問いかける。アルカ亡き後の第2層は、解放された者たちの対応や戦後処理で混乱の極みにあった。
「ああ、心配ないよ。アルカという存在が消えた以上、大規模な戦闘が起こることはもうないだろう」
エミさんは力強く頷き、オクスタシアの肩を叩いた。
「オクスタシアは戦うことしか能がないんだから、エンマ様たちについていって、その力を役立てなさい。こっちのことは、私がなんとかするよ」
「……分かりました。お願いします、エミさん」
オクスタシアは深々と頭を下げる。
「オクスタシアさんがついてきてくれるなら百人力だね、エンマ」
「あぁかなり心強いな。私もこんなだしな」
私はそっと左腕に目を落とす。第二層の試練で私は左腕を失なってしまった。現在はエミさんに義手を作ってもらいなんとか代わりにしている。完全に再生するには、まだ1、2年はかかるだろう。
「ごめん、エンマ。僕がふがいなかったせいで……」
「気にするなよ、ハル。これくらい、大したことじゃない」
落ち込むハルの頭をぽんぽんと叩き、安心させるように微笑む。
「それより、第3層の話をしましょう」
オクスタシアが表情を引き締めた。
「アルカの部下から聞き出した情報によれば、第3層には現在、数多の閻魔大王候補が集結しているようです」
「なるほど、あれから結局みんな降りてきてたんだな」
「えぇ、エンマが第3層の門番を倒したとき多くの悪魔が四層に上りましたが、その多くが第四層で死ぬもしくは第3層へと後戻りしました。私も後戻りしたうちの一人ですからね。当時のことはよく覚えてます」
「え、エンマが第3層の門番を倒したら、なんで急に大量の悪魔が4層に上がれたの?」
「第3層の試練は今までの試練とは全く違うからね。第3層の試練は参加人数に限りがない。言ってしまえば試練の部屋に足を踏み入れた瞬間に参加者となるってこと。そして参加者の一人でも試練をクリアすれば自動的にその試練の部屋にいる悪魔全員が4層に上がれるってシステム。」
「50倍……ただの負け戦じゃん。本当にいけるの?」
「……やるしかありませんね」
オクスタシアは困ったように眉を下げた。
「ハル、オクスタシア。そろそろ行こう」
目の前の扉へと目を向ける。
「そうですね、いつまでもここにいるわけにもいきませんからね。エミさん、また会いましょう!」
皆に見送られる中、私たちは重厚な扉を押し開けた。視界が一瞬だけ激しく歪み、次の瞬間、肌を焼くような熱気が全身を包み込んだ。
目の前に広がるのは、見渡す限りの火山地帯だった。
至る所で山が噴火の兆しを見せ、赤黒い大地が陽炎に揺れている。氷雪に閉ざされていた第2層とは、あまりにも対照的な光景だった。
私はわずかな懐かしさを覚えながら、隣に立つハルの様子を伺う。驚愕するだろうと思っていたハルは、なぜか一点を見つめたまま、呆けたように立ち尽くしていた。
「ハ、ハル? どうかしたか?」
声をかけると、彼は弾かれたように我に返った。
「え、あ、なに、エンマ!? って何これええ!! なんで山が燃えてるの!?」
先ほどまでの奇妙な間が嘘のように、ハルは初めて見る光景に大騒ぎし始めた。
…なんだ今の間は?
腑に落ちないものはあったが、今は深く考えないことにした。
「ハル、あんまりはしゃぐなよ」
「前に第3層の話は聞いたけどまさかここまでだったとは思いもしなかったよ」
「そういえば体は平気?」
この層の平均気温は40度から45度。慣れればどうということはないが、常人なら暑さで発狂してもおかしくない環境だ。ハルも私の魔力で保護しているため、平気な顔をしている。
「って、オクスタシアさん!!」
ハルの叫び声に振り返ると、そこには目を疑う光景があった。
オクスタシアの額からは滝のような汗が流れ落ち、にこやかな笑みを浮かべてはいるものの、顔色は明らかに青ざめている。
「大丈夫かよ、オクスタシア。てかそういえばお前、暑いの苦手だったな……」
思えば彼女は、ここ数百年の大半を極寒の第2層で過ごしていたのだ。
「だ、大丈夫……ですよ。ちょっと、熱いのに慣れていないだけで……」
強がってはいるが、足元がふらついている。今にも熱中症で倒れそうだ。
「心配しないでください……エミさんから、対策はもらっていますから」
彼女は震える手でポケットから薬を取り出し、一気に飲み込んだ。すると、あれほど流れていた汗がピタッと止まる。
「ふぅ……だいぶ楽になりました」
「それ、熱さを抑える薬か?」
「いえ、正確には全身の感覚を麻痺させる薬です」
「え?それ、大丈夫なやつなんですか?」
ハルが不安げに顔を寄せる。
「いや、間違いなく大丈夫じゃないだろ。温度だけじゃなく、味覚や痛覚まで鈍くなってるんじゃないか?」
「まぁ……そうですね。でも、熱いのは本当に勘弁してほしいというか、その……」
あのオクスタシアが珍しくたじたじになっている姿は、少しだけ面白かった。
ハルと一緒に呆れていると、前方から足音が近づいてきた。
「誰だ!」
現れたのは、この過酷な火山地帯には不釣り合いな一切のしわのないスーツを纏った男の悪魔だった。
「私はエリーゼ様の執事を務める者です。閻魔大王がこの第3層へ到着された際は、ご案内せよとの命を受けております。ご同行願えますか?」
一切の怯えを見せず、淡々と語る執事。私とオクスタシアは顔を見合わせ、頷き合った。
エリーゼ――確か、閻魔大王候補第4期生の一人だ。
その執事と名乗る悪魔からは殺気を感じない。
しばらく案内されるままに歩を進めると、執事が足を止めた。
「到着いたしました」
「なんじゃこりゃあああ!!」
ハルが叫ぶのも無理はなかった。そこには、火山地帯の真ん中とは思えないほど豪華な、白亜の豪邸がそびえ立っていた。
「……アルカの城も凄かったが、この環境でどうやってこれだけの建物を……」
「どうかされましたか? さあ、中へ。エリーゼ様がお待ちです」
重厚な扉が開かれ、私たちは緊張を孕みながら足を踏み入れた。内装もまた、外観に違わぬ贅の極みを尽くしている。
廊下の突き当たり、執事が一枚の扉の前で止まった。
「こちらの部屋でございます。どうぞ」
こちらですと案内された扉を開ける。扉が開かれた瞬間、言葉を失った。
そこには嫌でも目に付く美しさを放っている女性が椅子に座っていた。それは言語化するのが難しいほどで男、女、もはやすべての生物が関係なしに見とれてしまうそういう美しさの次元だった。
「お久しぶりですね。閻魔大王、オクスタシア。それと…ごめんなさい、あなたはご存じないわ」
私を含めオクスタシアもハルも見惚れてしまったからか何も返事を返せなかった。
「あら、惚けちゃっているのね。まぁ仕方ないわね。では自己紹介をしましょう。私の名前はエリーゼ、閻魔大王候補第四期生の一人。」
いよいよ第3層に入りましたね。物語も中盤くらいな気なします。
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