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汝を除て 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山黎
第六章 仕掛け
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黄泉平坂


「…()()?」


 白い光に満ち溢れた中で、白装束の人物に声を掛けられて、(はや)()は驚いた。


「あ、…()()


 早佐も、思わず、そう言ってしまった。


 早佐は、自身が、十二単の(よう)な衣装と()(ばかま)を着ているのに気付いた。


 白装束の、(えら)く長髪だが、男性らしき人物と早佐は、向かい合って、胡坐を掻いて座っている。


 だが、距離感が掴めない。


 近くに座っているのか、離れて座っているのか、全く分からないのだが、『人間』だという事だけは分かる。




 此処は、と、思わず呟いた早佐に、白装束の人物は、山津縁坂(よもつひらさか)、と言った。


「山の神の司る、黄泉平坂(よもつひらさか)(ひら)(ひら)。此の世と、あの世の分岐点(ぶんきてん)らしい。…とは言え、此処で()()は初めて見たな。…申し遅れた。(わし)()原重蔵(ばるじゅうぞう)


「え?…どうも。()(ばる)(はや)()と申します…」


「え?…子孫…の(わけ)は無いな?」


「ええ、…養女ですので、恐らくは…」


「いや、悪い事を聞いた。(わし)(ひろ)()で…()()らなんだから」


「ああ、はぁ…」


 気不味い間が有った。

 全く会話が盛り上がらない。


 だが、思わず早佐は、御綺麗(おきれい)(かた)、と口にしてしまった。


 本当に、人形の(よう)な顔をしているのだ。

 多少釣り目気味ではあるが、其れが、凛々しい眉と通った鼻筋、そして、伸ばし過ぎてしまって少し縮れている箇所の有る長い黒髪と、見事に調和しており、何処から見ても、左右対称に(はか)って()いたかの(よう)な整い方をしているのである。


 相手は、ああ、と言った。


「そういう役割なのでな…。幾らでも見てくれて構わない」


「…役割、と申しますと」


見目好(みめよ)い、丈夫そうな赤子を選んで(ひろ)ってくるとか聞いた。だから(ひろ)ってもらえたのだ。そうでなければ野垂れ死にしていただろう。見目好(みめよ)い事が演出に繋がり、怪しい、祈祷師(ウセンシ)の話も、聞いてもらい(やす)い。此の姿だから生かされたのであり、役割が有ったのだ。見目好(みめよ)い事は、生存する為の前提条件であったので、其れが当たり前なのだ。だから、幾らでも眺めてくれて構わない。そういうものなのだ。何だか、其の辺に咲いている花、くらいに思ってくれればいい」


如何(どう)して、自分の容貌を(たた)える言葉を、こんなに、卑下した感じで口に出来るのかしら…。


「…自然の事象と捉えた方がいい程の『()』と遭遇するとは思いませんでしたが。…(おっしゃ)りたい事は分かりました。成程、花の咲く木の(よう)御方(おかた)です」


()()らぬ(よう)な木であったが…」


―暗い人ね…。


 明るい義兄の声を聞き慣れているせいか、相手の陰気さが、早佐には引っ掛かった。


―私も、陽気な方ではないけれど…。此の…充足感を感じていない様子、とても…暗いわ。


 相手の美しい姿から、死にたい、充足感が無い、という、何処(どこ)か自分を認められない声が聞こえてくる気がする程に、相手が背負っている空気自体が、既に陰鬱なのだ。


 陰気な、早佐と同姓の男は、おや、と言った。


「…()()ではあるが。()(ほう)、『生まれ直し』であったか。『()けっ子』したのだな。失敗しておるが…」


「『生まれ直し』?」


「発動条件は知らぬが。恐らく、(えん)()(たましい)が思い合えば、共に青い場所で母胎回帰し、生まれ直して、寿命を分け合えるのだ。相手の病をも(いや)せる、奇跡の御業(みわざ)だが…。失敗しておるな。()()()()居たからであろう。其方(そちら)(ほとん)ど吸われたな。だが、長命な子が生まれるであろう、良かったな」


「…何の御話でしょうか」


「…いや、羨ましくてな。…(わし)には、斯様(かよう)な、運命の相手は()らなんだ(ゆえ)…」


―暗いわ…。


 早佐が返答に困っていると、あらあら、という、世にも優しい声が聞こえた。


「運命の相手など居ませんよ。誰にも、そんな存在は()りませんから。別に、貴男(あなた)にだけ居ないのではないのだから、望んでも手に入らないからといって、落ち込まないでください、と、申し上げておりますのに」


 しかし、其の声を受けた相手は、余計落ち込んだ顔をした。


「やはり居ないのか…」


 居ません、と優しく言った声は、ゆっくりと、あらぁ?と言った。


―あら。…何処かで見た(よう)な。


 早佐と目が合った、優しい声の主は、透き通るように美しい姿で、柔らかに顔を(ほころ)ばせて、あらまぁ、と、おっとり言った。


「こんな所に押し込められて。まぁ、溶岩(マグマ)の御嬢さんに、とても気に入られたのですね。何の御構いも出来ませんけれど、御寛(おくつろ)ぎくださいまし」


「…押し込められた?」


 ええ、と言って、()(せき)(よう)に輝く、美しい、白い(ころも)の女性は微笑んだ。

 相手は、そうして、ニコニコして黙っている。


「…その、押し込められた、と申しますと。…此の、山津縁坂(よもつひらさか)に、でしょうか」


「ええ」


 相手は、嫣然(えんぜん)として頷き、黙っている。


「…何故でしょうか」


溶岩(マグマ)の御嬢さんに、とても気に入られたからでしょうねぇ」


「…如何(どう)したら出られるか、御存知でしょうか」


「出たいのですか?」


「…いえ、不快な場所ではないのですが。…入る心算(つもり)も無かった上に、よく分からない場所でもあり。出来るなら、自分の意志で入りたかったし、『押し込められた』と聞くと、不穏で…。溶岩(マグマ)の御嬢さんというのにも、心当たりが無く…」


 あらぁ、と、優しい声は言った。


「出られませんよ?」


「え?」


「押し込められましたから…」


「ああ、はぁ…」


御暇(おひま)なら、観光でもされます?」


 (わし)には何故観光を勧めなんだ、と、重蔵が(つぶや)くと、まぁ、と、愛らしい声で、女性は言った。


此方(こちら)()()()寸前ですが、貴男(あなた)は普通の人間として、転生準備に入っていますので、魂が分割され(やす)くなっておりますの。ウロチョロするのは、あまり推奨出来ません。更に()()(たま)になりたいのであれば別ですが…」


「ウロチョロ…」


「三十年くらいで、可愛い女の子に生まれ変わりますから、ゆっくり、現世(うつしよ)の事を忘れてくださいね。三十年くらい御眠りになりますか?」


「…三十年?…女児(じょじ)と申されたか?」


「はい。願いは聞き届けられました。良かったですね」


 笑顔の相手に、重蔵は、絶望した表情を向けた。


(わし)は…『(しま)と、ずっと一緒に居たい』と願ったような…」


「ええ、(しま)さんと、可愛い双子の女の子として生まれますからね。良かったですね。ずーっと一緒に居られますよ」


夫婦(めおと)になりたかったのだが?」


「え?」


「…女児(じょじ)に生まれる上に、双子となると。…(しま)と、夫婦(めおと)にはなれなんだが?」


「なれませんよ?」


「…え?」


「『夫婦(めおと)になりたい』なんて、一言も(おっしゃ)らなかったでしょう?(あきら)めきっていて…」


 確かに、と言って、重蔵は、ガックリと肩を落とした。


「…口に出来なかった…諦めきっていて。願えすらしていなかった、確かに」


「そうでしょう?良くないですよ?揚げ物、という注文だったのに、ナゲットを出したら、ポテトが良かった、とか言うのは。勇気を出して、生きているうちに、(しま)さんに、ポテトが良かった、と言えば良かったのでは?」


 重蔵は、怪訝(けげん)な顔をして、柔らかな声の主を見た。


「ナゲット…?ポテ…?え、あの、言ったら何とかなったので?」


「ならないと思っていたのですか?(おさ)だったのでしょう?(しま)さんは信者さんだったのですから…」


「そういう職権乱用をして良かったのか…?」


「したらいけないと思っていたのですか?時代と立場を考えると、我が(まま)を言えば、結構通った筈ですけれど。増える事に、もっと貪欲になれば宜しかったのに。生き物ですから。気に入った(めす)だったのでしょう?」


(しま)も…(わし)の事を?」


「いえ、其れは無いですけど…。兄妹(きょうだい)だなー、という程度でしょう」


 重蔵は、其れを聞いて、再び、ガックリと肩を落とした。


―可哀想になってきたわね…。


 早佐は、少し遠巻きに、二人の遣り取りを見ながら、珍しく同情心を起こした。


 髪に、瞳に、(まばゆ)い光を(たた)える、優しい声の主は、まぁ、と言った。


貴男(あなた)が勝手に、妹役の子を心に懸けたのですから…。(ひろ)()貴男(あなた)でも、本当の兄と慕ってくれる、立派な心根の、素敵な御嬢さんでしたのに。相手にしたら、ガッカリされる筋合いも無いと思いますよ?ですが、立場と時代を考えると、親が言った人と素直に結婚したと思いますから…。結婚したらしたで、其れなりに好きになってくれたかも分かりませんし」


 世にも優しい声が、判断ミスですよ、と、重ねて言った。


「自分で、ポテトが良いと言わないでおいて、他の御客に其のポテトを出した、と恨んで、自分で増える事を諦め、()()(いと)()を勝手に取って、大事な教義を失わせたのでしょう?ですが、九代目から教義を継いだのは事実ですから、恩情で、御褒美まで貰えるのに。御不満ですの?」


 御褒美?と、怪訝(けげん)そうな顔をして、重蔵は顔を上げた。


 ええ、と、柔らかな微笑の持ち主は言った。


(しま)さんと、可愛い女の子の双子になって、キッズモデルになります。程々(ほどほど)に売れて、高校生くらいまでは仕事が有りますからね。其処から芸能界入りしたかったら、すると良いと思いますよ」


「キッズ…え?」


「ええと、写真を沢山撮られて、有名になります」


「…目立ちたくないのだが?もう、容姿で目立つのは()()りなのだが」


(しま)さんは乗り気ですよ?お姉ちゃんとモデルさんしたい!って言うと思います」


「え?」


(しま)さんは、時代のせいも有り、前は、我慢し過ぎた人生でしたので、とっても目立ちたがり屋で、我が(まま)な、五人姉弟の末っ子として生まれてきます。貴男(あなた)は、五分違いくらい先に生まれただけなのに、『お姉さんだから』と言われ続け、玩具(おもちゃ)等を譲り続ける事になり、一緒にやって!と妹が言う事を、何でも、引き摺られる(よう)に一緒に遣らされる羽目になると思いますが、立川市の戸建ての()世帯(せたい)住宅(じゅうたく)子沢山(こだくさん)で、そういう形の幸せですから、御褒美として受け取ってくださいね。あ、美人なのでストーカーにも遭いますが、怖い、不動産会社の社長の御父さんが助けてくれるので、安心してくださいね。女子アナでも、美人フードコーディネーターでも、インフルエンサーでも、思いの(まま)の容姿ですし。目立ち過ぎて、日本に嫌気がさしたら、国際結婚でもしたら如何(いかが)です?」


 重蔵は、ガックリと肩を落として、此れが(ばつ)か、と言ったが、優しい声の持ち主は、愛らしく、御褒美ですよ?と言った。


「結構売れますから。バズりますよ?美人双子のモデルちゃん。かわいー、って」


「バズ…?」


 重蔵は、不思議そうな顔をして、そう問うたが、優しい声の持ち主は、()したる説明もせず、御褒美ですよ、と、おっとりと言った。


「祖父母も両親も溺愛してくれますし、お姉さんも、お兄さん二人も、喧嘩しながらも仲良く暮らしてくれます。(しま)ちゃんも、双子のお姉ちゃんの事が大好きです。そこそこ裕福な家庭で、望めば習い事もさせてくれます。介護も財産分与も、不動産業の御父様が解決してから亡くなってくれますし、賑やかで幸せで、楽しい暮らしが約束されています。其れこそ、一生寂しいと思う暇も無いでしょう。御褒美を、変えますか?」


「え?」


「其の家族は(いっ)(さい)手に入りませんが、何処かの家庭の男の子に生まれて、(しま)さんと結婚出来ます」


「…寂しくは、ないか?」


「…五人姉弟と祖父母と両親、という、九人家族よりは、大体の家族が寂しい可能性は有りますが…。『寂しい』というのも、人間の決めた観念ですので。貴男(あなた)が寂しいと思えば寂しいですし。まぁ、生き物は、好きに増えれば宜しいので。(しま)さんに(こだわ)る必要は無いですよ。次も美男にしてもらって、他の(めす)と増えても宜しいですし」


「最初の御褒美とやらを選べば、愛されて、一生寂しいと思う暇も無く、ずっと(しま)と居られるのか…」


「ええ、(しま)さんの希望で、フリフリの御洋服とか着せられて、プリキュアダンスとかの動画を撮る羽目にはなりますけど…。御祖父様が大喜びで、うちの孫!とか言って、御嫁さんに送ろうとしたTwitterのURLを、同窓会用グループLINEとかで、元教え子達に誤爆したりしますけど…。あ、一クラス三十人ですか…。目立って目立って仕方ないですが、そういう形の幸せです」


「此れが(ばつ)か…」


―段々、ゲッソリしてきたわね。全然意味は分からないけれど、可哀想…。


「御褒美ですったら。他の御家庭ですと、愛される保証は有りません。(しま)さんと結婚出来はしますが」


「…(しま)は、(わし)を好きになるか?」


 うーん、と、珍しく、優しい声の持ち主は唸った。


「未知数ですね…。定めていても、違う人間を選んだりしますからねぇ、人間は。偶然性による変化が許されている存在ですから…。そういう意味では、運命の人なんて居ませんし、運命の人は沢山居ますし、運命だと間違う事も有りますし。…あ、『でき婚でワンチャン有り』ですって!意味は分からないですが、良かったですねぇ。願いは聞き届けられます。まぁ、(しま)さんの、怖い御祖母様に、野菜(ジャガイモ)みたいな、ボコボコの顔にされるとは思いますが…。生き物ですもの、増えられますからね、そういう形の幸せでしょう」


 重蔵は、青い顔をして、考えさせてくれ、と言った。


 ええ、と言って、優しい声の持ち主は、微笑んだ。


「三十年程悩んだら宜しいですわ」


 重蔵は、此れが罰か、と言って、また項垂(うなだ)れた。


 可哀想、と早佐が思っていると、さて、と、おっとりした声が言った。


「観光でもします?」


「出られないのですか?此処から…」


 ええ、と、優しい声が言った。


「出られません」



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