表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
汝を除て 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山黎
第五章 悪意
65/68

寿命


 翌日、実方本家の、(みち)(あき)の仕事部屋に(はる)(いち)が、昨晩の黒い着流しの(まま)で出向くと、岐顕は、白装束姿でラップトップパソコンに向かっていた。


 畳敷きの部屋いっぱいに置かれている、パソコンやコピー機といった機械類の中で、親友の白装束は、自宅だというのに、全く溶け込まずに浮いていた。


「あ、御帰り、(はる)如何(どう)だった?」


「…(たつ)じぃに拳骨(げんこつ)食らった」


「…だよねー。シャワー浴びればぁ。昼までに、()だ時間有るし」




 (はや)()が、朝、向子(さきこ)の車で、(おさ)(やかた)に戻っていった後、病室のシーツの状態で、色々と、芋蔓式にバレ、()羽子(わこ)には立ち入りを遠慮してもらい、仕事が始まる前の医局で、(はる)(いち)(たつ)(あき)に、水配り(ミックバイ)の相手が発表される前から、早佐と婚前交渉が有った事を白状する羽目になった。


 そして、他人に暴力を振るうところなど一度も見た事が無い、優しい辰顕に、怒りの拳骨(げんこつ)を食らったのだった。

 (はる)(いち)は其れを、甘んじて受け入れた。


 説教を食らう場面に、(けん)太郎(たろう)が見ざる、奏顕(そうけん)が言わざる、(のり)(あき)が聞かざる、の状態で立ち会っており、(はる)(いち)は、()不味(まず)(こと)()(うえ)()かったが、密通が罪なのは重々承知の上だったので、只管(ひたすら)黙って説教を聞いた。




「だよねー、って。予想してたの?…バレるって」


「してたしてた。振袖は()(かく)(つむぎ)なら自分で着替えられるからね。夜、二人にしておいたら、そういうのを予想しない方が野暮ってもんですよ。まー、病院としては、泊めた側として、色々と確認するだろうし。バレるかなーって。…御愁傷さまでしたー」


 午前中だからオブラート多めで御送りしておりますよ、と岐顕が言うので、オブラートって言ったら台無し(チンガラ)じゃない?と(はる)(いち)は言った。


「じゃーオブラート剥がすけど。病院でやったんだ、スゲー度胸。心臓に毛ぇ生えてんの?」


「剥がすな。包んどけ」


「はいはい、完成、っと。出来た出来た、マスタ。ゴースト使って、と。昼には一緒に瀬原(せばる)本家に行くからねー。黒服の奥さんが食事作りに来てくれたから、やっと、こういう作業も出来ますわ」


「あ、其れで、もう白装束着てくれてんだ。有難う。…何の作業してんの?」


「マスタ作ってますぅ」


「…うーん、説明になってないんですよ、ド理系さん。マスタ?」


「不動産屋の支店(してん)(ごと)にパソコンを置くんですけども。一個一個設定するのが面倒でしょうや。だから、共通の設定は、こうやって、マスタ、っていうデータを作っといて、此の、ゴーストっていうソフトで、仮設定したパソコンに、共通設定のデータを入れれば、一個一個設定しなくても、共通設定が出来たパソコンが出来るんですわ。で、各支店(かくしてん)(ごと)の設定は結局、マスタを作れないから、ゴーストでマスタのデータを入力した後も手作業なんですけども。二十台を超すと、マスタ作って、ゴーストで共通部分のデータ入れた方が楽なんですわ。設定の入力ミスも減るし。情報システム部は俺しか居ないし、慢性的な人手不足なのにパソコン導入するから、こういう工夫も必要なんですよ。壊れたパソコンの入れ替えとかにも対応出来るし」


 パソコンの前から立ち上がる親友に、(はる)(いち)は、小さく挙手(きょしゅ)して聞いた。


「…済みません、ゴーストの説明、良いスか…」


「…オッケー。ゴーストちゃんはですねー、オバケちゃんって覚えてくださいねー。オバケは増える、と思ってください。ゴーストちゃんが、仲間のオバケちゃんを増やしてくれるんです。つまり、マスタというオバケちゃんを複製して、空っぽパソコンの中に、マスタのオバケちゃんを送り込んでくれるんですー。そしたら、あーら不思議、空っぽパソコンにも、ゴーストちゃんが複製してくれたデータが入っているではありませんかー」


「…分かった(よう)な、分からん(よう)な。でも、御疲れ様…。えっと、此のデータを入力しないといけないパソコンが沢山有るって事?」


「そー、隣の部屋がサーバールーム化しちゃってんですけど、床に、発送用の未設定ラップトップパソコンが並んでて、まるで外国人墓地の墓石状態ですよー。送るまで倉庫状態ですわな」


 『隣の部屋』というのが、()()と共有の、夫婦の寝室だったと知ったのは最近の事で、忘れたくてサーバールーム化したのか、本当に機材が置ききれなくて、使っていない部屋をサーバールーム化しなければならなかったのか、其の両方なのか、(はる)(いち)には分からない。


「大変だね…」


「やー、一昨年、サーバーテープの交換を黒服に任せられるようになったから、結構楽になったよねー。始めたての頃は、もう。オマケに、親父が一太郎派(いちたろうは)だったから、昔の書類データの互換性(ごかんせい)がさー。ま、一太郎(いちたろう)ちゃん頭良いんだけどね。やっぱ漢字変換は一太郎(いちたろう)ちゃんよねー」


一太郎(いちたろう)…?」


()()だファンの多いワープロソフトの名前ですよー」


「…そういうの、覚えた方が良い?仕事」


「部署に寄るねー。パソコン苦手な社員のが多いから、気にせんでいいと思うけどもー」


 おし、と言って、岐顕は、机の上の紙を手にして移動した。


「パソコン設定用のチェックシートを印刷して、と。五十枚くらいだから…印刷機にすっか」


「そう言えば、此の部屋、コピー機二台有るね?」


「いや、黒がコピー機で、白が印刷機ですよーん。黒の方には交換用トナーの箱が置いてあるでしょ?印刷機はインクだから」


「ん?」


「…コピー機と印刷機の違い、御存知ない?」


「…別の物なの?」


「…オッケー。今から、製版作るところから見せちゃーう。んー、まぁ、コスト的な話でね、大量に刷るなら印刷機の方が安いのよ。うち、ほら、議案書(ぎあんしょ)の印刷、二百部とかしてたからー。医療法人社団と、医療法人財団と、学校法人社団と、学校法人財団の議案書、各五十部ずつ。家に印刷機が有った方がコスト的に助かるんですよー」


「いや、凄いよね、其れ…。大変だぁ…」


「今は百部になったし、印刷だけなら黒服に任せられちゃうから、結構楽よー。(まさ)(なお)さんのとこなんて、自治会の議案書も作ってるからー。あれなんて、世帯数だから、百戸分(ひゃっこぶん)以上?」


「うち、自治会入ってなかったから、そういうの知らないなー」


「…あー、病院で回覧板見られればいいしね、結局。坂元本家はゴミ収集が鹿児島市依頼だったし、共有ゴミ捨て場の清掃とかが有る訳じゃないもんね。()(ばる)集落は、海青(かいしょう)さんちが市からの委託でゴミ収集してくれてるけど」


 此の狭い集落内で自治会に入っていないというのが、坂元本家の孤立感を可視化させていた気もするが、曽祖父が入らなかったので、惰性で、父も加入せずに亡くなり、(はる)(いち)(いま)だに入っていない。




 印刷機が動いている間、(はる)(いち)は、帰りに焼け跡見て来たよ、と呟いた。

 働き者の親友は、ゴーストの接続状況を見ながら、そっか、と呟いた。


 病院から、実方本家の黒服の運転する車で帰る途中、寄ってもらったのだが、明るい中で、焦げ臭い焼け跡を見ると、かなり胸に迫るものが有り、結局、(はる)(いち)は泣いてしまった。


 だが、同時に、何故か、清々(せいせい)してもいた。


 大事な物は、ほぼ実方本家に移し済みだった事と、写真等は元々少ない家で、実方本家で岐顕のアルバムを見れば、自分の写真も有るな、くらいの状態だった事が幸いし、本当に、(はる)(いち)の中では、持ち物の損害は最小限だった。


―火事の事後処理を、(そう)さんに任せちゃってるのは申し訳ないけど有難いな。


 そうだ、あれも焼けたんだ、と、(はる)(いち)は思った。


 家族の司法解剖の請求書である。


 家族の名前の横に『(しかばね)』と書かれていて、見るのが(つら)く、捨てるにも、如何(どう)して良いか分からず、戸棚の奥に押し込めていた紙。


 家族の死は、怖い。


 だから、意識的に目を背けた(かみ)(ごと)、屋敷が焼けてしまった今、あの紙の処遇に、今後は思いを馳せなくていい事だけは、一つ、救いだ、と(はる)(いち)は思った。


―寿命か。


 初めて、早佐を怒らせてしまった。


 珍しく泣いて、十分くらい、(くち)()いてくれなかった。


―こういうのも、自己犠牲って思われて、悲しまれちゃうのかな。そういう心算(つもり)じゃなかったけど。


 (はる)(いち)にも、何故、寿命を少し分け与えられたのかは、分からない。


 ただ、思ったのだ。


 体が邪魔だ、と。


 此れから起こる事による、相手の傷を、肩代わりしたい、と。


 だから出来たのだろうと思うが、其れ以上の事は分からない。

 ただ、ほんの少し、だ。

 与えてあげられた量が、とても少ない事だけは分かる。

 多くても数ヶ月だろう。


 辰顕から朝、早佐の妊娠の可能性を指摘されて、思ったのだ。


 相手の寿命の時計の針を、自分が進めてしまった可能性が有る事に。




 そうだとすると、相手の残り時間は、十月(とつき)十日(とおか)以下だ。




 そして、早佐が妊娠したか()()かは()(かく)、出産後、()ぐ死なせない為には、せめて、相手の手に、産んだ子を抱かせてやる為には、此れしか方法が無い。


 自分の寿命を渡すしか。


―何で、そんな事、知ってるんだっけ。相手の残り時間なんて。


 ただ、一つ言える事は。


 相手と一緒に居られる時間が、とても短い、という事だ。


 此の場所からの出奔が成功しても、しなくても。




 相手も、そして、恐らく、自分の寿命も、長久(ちょうきゅう)ではない。




―何で、そんな事、思うんだっけ。


 そう、だから、家が焼けてしまったのに、其の事ばかりが気にならないのだ。


 自分と相手の残り時間が、頭にチラつく。


―じゃあ、最後の場所は、やっぱり、瀬原(せばる)集落じゃないよな。


 此処を出よう、という事だけは決定している。


 そして、心が、とても落ち着いている。


 寿命が長くない事を受け入れる事さえ出来たら、他の事が怖くないのだ。

 どうせ死ぬのだから、出来る限りの、そして、好きな事を遣らねば、と。


如何(どう)して、自分と相手の寿命を、受け入れられるのかは、分からないけど。


 其れは、一つは、きっと、青い場所に、早佐と行ってしまったからだ、と(はる)(いち)は思う。


 あの場所で会えたら、きっと、もう一度会えるのだ、と。

 そんな気がする。


 だが、(かえ)って、体があるうちに出来る事を、と、強く思うようになった。


 『人間』でいられる時間は、其れ程長くないのだろう、と。




 そして、きっと、もう一つは、寿命を与えた時、早佐の一部分を、如何(どう)やら、少し貰ったらしい、という事が要因だと思う。


 別段、其れで、相手の何かが分かる(よう)になった、という程、多く交換し合ってはいないのだが、今朝、気付いたのだ。

 自身の漆黒の瞳が、分かるか分からないか、くらいの感じだが、(わず)かに、(ふち)の黒い、赤茶色に変じている事を。


 鏡を見れば、相手から貰った、ほんの(わず)かな部分が、垣間見える。


 其れで何故か、心の一部分が分厚くなった気がするのだ。


 何時(いつ)でも()()だ、と。


―其れでも()だ、あいつが、何か仕出かして、俺から離れていこうとする気はするんだけどな。


 真名(まな)を明かすより、寿命を渡す方が平気だというのは、自分でも不思議だが、(はる)(いち)は、寿命を相手に渡した事を、全く後悔していない。

 相手を、傷付けてしまったかもしれないが。




「…うーわー。目が潰れそう。内側から発光してるみたいに似合ってるね…」


「…大袈裟じゃない?」


「いや、初めて見た、其の(ぎん)灰色(かいしょく)の羽織袴。バケモンみたいに似合ってる」


「褒め言葉として妥当かな?其れは…。でも、有難う。(ひい)祖父(じい)ちゃんが作ってくれてたんだけど、目立つから着てなくてさー。家が焼ける前に、此の家に良い着物は移しちゃってたから、皮肉な話だけど、良い着物しか残ってないんだよね…。でも、吹っ切れた。目立ってもいいから、(みち)が似合うって言ってくれるのを着るよ」


「…いや、吹っ切れるベクトルが色気だとは思わんかった…」


「え?何?」


 そういうのって自覚無いもんかもね、と言って、苦笑いしながら、白装束姿の従者は、羽織の襟を直してくれた。


「さて、瀬原(せばる)本家に行きますか、(しゅ)




※散り(チンガラ) 台無し、滅茶苦茶、木端(こっぱ)微塵(みじん)、散々、という意味の南九州方言。屋根から落ちてきた瓦が散り散りに割れる(さま)から。ちんぐゎら、とも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ