武器
道具を引っ張り出して来てみれば、思ったより痛みが激しく、中には、最早処分した方が良さそうな物まで有って、治一は反省した。
自身の成長のせいで使えなくなってしまった物も有り、曽祖父や父の物まで引っ張り出してきたが、曽祖父の物は大き過ぎた。
道具が揃わないから断りたい、と何度も思ったが、結局、断り切れず、片肌脱ぎで弓を射る事になった治一は、寒いな、と思った。
―十一月なのに。…ま、道具に関しては、手入れを怠った俺が悪い。わー、親父の弽がピッタリだわ。背も、随分伸びちゃったなぁ。…矢も傷んだなぁ。曽祖父ちゃんの作った水鳥の羽のやつとか残ってたんだなー。もう骨董だわ。
治一が左膝をついて腰を立て、右膝を開いて立てたところで、早佐が、座って弓を引くのですか?と問うてきた。
「立って射るものとばかり」
ああ、と治一は答えた。
「薩摩日置流だからなぁ。此の、踞の姿勢で、…えーと、跪いて射るんだ。一射必殺。敵を殺せないと意味が無いからなぁ。ま、立っても射れるけど」
「…え?」
「薩摩日置流腰矢組弓。印西派。えーと、まぁ、流派で違う、くらいに思っておいてくれ」
「あ、いえ。…敵を殺す?」
「そうだよ?武器なんだから。此の矢一矢で敵を斃さなければ自分が殺されると思っておかないと。座って射れると、敵から狙われ難いし、こうして、右肩を上げて、左肩を落とせば、強い弓も、肩で受け止めて引けるから、強く射抜けるし」
―多分此れの練習時のミスで、右が強いんだよな、俺。側転も、右手を契機にしちゃうし、右に頼り過ぎかなぁ。射るなら、バランスは均等の方が良いんだけど。
弓的場から少し離れた場所で、正座して此方を見守る振袖娘は、目を瞬かせて、言った。
「…思ったより、実用的なものだったのですね?心身の鍛練ですとか、そういう」
「…あー、スポーツ的な話か?心身の鍛練も兼ねているだろうけど、敵陣で自分の身を守れないと意味が無いんだ。だから、立つより、こうやって、左斜めに構えて、…そうだな、自分の体に寄せて構えて、自分の身を守る感じで射る。普通、立って射る時は、もっと、弓手を伸ばして大きく構えるんだけど。えっと、うちの場合、立つ時も、身の内四寸の構え、ってのが有って」
「身の内四寸の構え…。四寸と申しますと…十二センチくらいですか?」
「そう。前方の敵から四寸の距離の所に自分の体が合って、其の間には終始弓が立っていないといけない。そういうイメージだな。他所の射方より、もうちょっと、弓と自分が近い感じかな。肘を折って、後ろに引く。弓も、左脇の胸の辺りで取懸ける」
「随分…至近距離でも射るのですね?」
「そう、殺されたくなったら、確実に殺さないといけないからなぁ。よし、射ってみよう」
「…一本ずつ矢を用意するのではないのですね?」
ああ、と、右太腿の辺りに数本の矢を用意しながら、治一は答えた。
「一本ずつ射っても、近くから射っても、遠くから射っても構わないけど。敵が遠くに居るなら、一本一本用意してちゃ、間に合わない。そうして、射ながら、間合いを詰めていかないと、実戦じゃ、殺されるぞ?」
「あ…。如何あっても、殺し合いなのですね?よく見ると、槍も有るんですね、此の御宅は…」
「まぁ…だから、最近は俺も遣らないとは言えるのかなぁ。実用的過ぎて、生活に必要無いと言うか…」
「実用…」
「だって、武器だぞ?身を守る事と敵を倒す事に使わないなら、存在意義は何だよ」
「…潔い事を仰いますね」
「あー、潔い、か。実用一辺倒だもんな。そうかも。蒐集する気も無いし…」
掛け声は略して射ると、何本か外したが、ブランクの割には上手くいった。
見たがっていた癖に、当の婚約者の方は、呆気にとられた様子で、ただ此方を見ていた。
立ち上がった治一は、はいはい、拍手、と言って、自分の手をパンパンと叩いた。
早佐は、ハッとした様子で、拍手した。
「こういうもんだ。如何だった?」
「…いえ、凄過ぎて。言葉を失いました」
「そうか、結構怖いもんだろ。片付けるぞ?」
「…あ、はい。…有難う御座いました」
意外にも、弓矢の類を触りたがるかと思ったのだが、早佐は、頬を染め、ボンヤリした様子で治一を見るばかりで、何も言わなかった。
物珍しさより武器への恐怖が勝ったのかもしれない、と思い、治一は、サッサと片付けた。
―実用性が高過ぎて、見せるだけの余興には向かないものかもしれない。怖がらせたかな。
【参考資料】
『弓道読本 ―自然体の射法―』 唐沢光太郎 読売新聞社 昭和五十一年 四月十日 第一刷
偶然、日置流印西派で、大正二年から昭和十三年までの弓歴を持つ方の本が入手出来て、運が良かったです。
【参考動画】
薩摩日置流腰矢組弓
https://www.youtube.com/watch?v=tJVC6ExVUi4




