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汝を除て 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山黎
第五章 悪意
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武器


 道具を引っ張り出して来てみれば、思ったより痛みが激しく、中には、最早処分した方が良さそうな物まで有って、(はる)(いち)は反省した。


 自身の成長のせいで使えなくなってしまった物も有り、曽祖父や父の物まで引っ張り出してきたが、曽祖父の物は大き過ぎた。

 道具が揃わないから断りたい、と何度も思ったが、結局、断り切れず、片肌(かたはだ)脱ぎで弓を射る事になった(はる)(いち)は、寒いな、と思った。


―十一月なのに。…ま、道具に関しては、手入れを怠った俺が悪い。わー、親父の(ゆがけ)がピッタリだわ。背も、随分伸びちゃったなぁ。…矢も傷んだなぁ。(ひい)祖父(じい)ちゃんの作った水鳥の羽のやつとか残ってたんだなー。もう骨董(アンティーク)だわ。




 (はる)(いち)が左膝をついて腰を立て、右膝を開いて立てたところで、早佐が、座って弓を引くのですか?と問うてきた。


「立って射るものとばかり」


 ああ、と(はる)(いち)は答えた。


薩摩(さつま)日置流(へきりゅう)だからなぁ。此の、(つくばい)の姿勢で、…えーと、(ひざまず)いて射るんだ。一射必殺。敵を殺せないと意味が無いからなぁ。ま、立っても射れるけど」


「…え?」


薩摩(さつま)日置流(へきりゅう)(こし)矢組(やぐみ)(ゆみ)印西(いんさい)派。えーと、まぁ、流派で違う、くらいに思っておいてくれ」


「あ、いえ。…敵を殺す?」


「そうだよ?武器なんだから。此の矢一矢で敵を(たお)さなければ自分が殺されると思っておかないと。座って射れると、敵から狙われ(にく)いし、こうして、右肩を上げて、左肩を落とせば、強い弓も、肩で受け止めて引けるから、強く射抜けるし」


―多分此れの練習時のミスで、右が強いんだよな、俺。側転も、右手を契機にしちゃうし、右に頼り過ぎかなぁ。射るなら、バランスは均等の方が良いんだけど。


 弓的場(きゅうてきじょう)から少し離れた場所で、正座して此方(こちら)を見守る振袖娘(ふりそでむすめ)は、目を(しばた)かせて、言った。


「…思ったより、実用的なものだったのですね?心身の鍛練ですとか、そういう」


「…あー、スポーツ的な話か?心身の鍛練も兼ねているだろうけど、敵陣で自分の身を守れないと意味が無いんだ。だから、立つより、こうやって、左斜めに構えて、…そうだな、自分の体に寄せて構えて、自分の身を守る感じで射る。普通、立って射る時は、もっと、弓手(ゆんで)を伸ばして大きく構えるんだけど。えっと、うちの場合、立つ時も、()(うち)(よん)(すん)(かま)え、ってのが有って」


()(うち)(よん)(すん)(かま)え…。四寸と申しますと…十二センチくらいですか?」


「そう。前方の敵から四寸の距離の所に自分の体が合って、其の間には終始弓が立っていないといけない。そういうイメージだな。他所(よそ)射方(いかた)より、もうちょっと、弓と自分が近い感じかな。肘を折って、後ろに引く。弓も、左脇の胸の辺りで(とり)()ける」


「随分…至近距離でも射るのですね?」


「そう、殺されたくなったら、確実に殺さないといけないからなぁ。よし、射ってみよう」


「…一本ずつ矢を用意するのではないのですね?」


 ああ、と、右太腿の辺りに数本の矢を用意しながら、(はる)(いち)は答えた。


「一本ずつ射っても、近くから射っても、遠くから射っても構わないけど。敵が遠くに居るなら、一本一本用意してちゃ、間に合わない(まさきあわん)。そうして、射ながら、間合いを詰めていかないと、実戦じゃ、殺されるぞ?」


「あ…。如何(どう)あっても、殺し合いなのですね?よく見ると、(やり)も有るんですね、此の御宅は…」


「まぁ…だから、最近は俺も遣らないとは言えるのかなぁ。実用的過ぎて、生活に必要無いと言うか…」


「実用…」


「だって、武器だぞ?身を守る事と敵を倒す事に使わないなら、存在意義は何だよ」


「…(いさぎよ)い事を仰いますね」


「あー、(いさぎよ)い、か。実用一辺倒だもんな。そうかも。蒐集(コレクション)する気も無いし…」




 掛け声は略して射ると、何本か外したが、ブランクの割には上手くいった。


 見たがっていた(くせ)に、当の婚約者の方は、呆気(あっけ)にとられた様子で、ただ此方(こちら)を見ていた。


 立ち上がった(はる)(いち)は、はいはい、拍手、と言って、自分の手をパンパンと叩いた。


 早佐は、ハッとした様子で、拍手した。




「こういうもんだ。如何(どう)だった?」


「…いえ、凄過ぎて。言葉を失いました」


「そうか、結構怖いもんだろ。片付けるぞ?」


「…あ、はい。…有難う御座いました」


 意外にも、弓矢の(たぐい)を触りたがるかと思ったのだが、早佐は、頬を染め、ボンヤリした様子で(はる)(いち)を見るばかりで、何も言わなかった。


 物珍しさより武器への恐怖が(まさ)ったのかもしれない、と思い、(はる)(いち)は、サッサと片付けた。


―実用性が高過ぎて、見せるだけの余興には向かないものかもしれない。怖がらせたかな。



【参考資料】

『弓道読本 ―自然体の射法―』 唐沢光太郎 読売新聞社 昭和五十一年 四月十日 第一刷


 偶然、日置流(へきりゅう)印西派(いんさいは)で、大正二年から昭和十三年までの弓歴を持つ方の本が入手出来て、運が良かったです。


【参考動画】

薩摩(さつま)日置流(へきりゅう)(こし)矢組(やぐみ)(ゆみ)


https://www.youtube.com/watch?v=tJVC6ExVUi4

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