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汝を除て 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山黎
第四章 殺人
34/68

嫉妬

 (みち)(あき)は、上機嫌で、砂浜を歩きながら、マリゾンの在るプレジャー桟橋の方まで来ると、無人の桟橋の上でバク転を始めた。


「やっほーい!」


「バッカ、()めろって!…本当に、体の動きに衰えが無いときたもんだ」


 砂浜が歩き(にく)かった上に、靴に砂が付着して、桟橋の上でもジャリジャリと靴裏から音がするので、(はる)(いち)は、足元が不安定な(よう)に感じ、親友にも、あまり危ない事をしてほしくなかった。


 しかし、岐顕は、其の心配を他所に、フワリと舞う(よう)に美しく着地して、万歳(ばんざい)のポーズをした。


「わーい、サンキュ、(はる)。俺、こんなにスカッとしたの久し振りかもぉ。いや、初めてかも?」


「マジッスか…」


 (おさ)の妹と密通してくれてサンキューとか言われても、如何(どう)したら良いんだろうと思う(はる)(いち)に対して、岐顕は、明るい顔で敬礼した。


「御手合せ願う!」

「マジッスか!」


 へぇ~い、と、歌う(よう)に言いながら、岐顕は、桟橋の上で靴と靴下を脱いだ。


―しまった。こいつ、上機嫌になったら違う意味で(たち)悪いんだった。如何(どう)しよ…。


「…そういう事だったら、もっと食っとくんだった…」


 いーからいーからぁ、と明るく言って、裸足になった岐顕が、此方を向いて構えた。


「良くねーよー。パワー系。体力バケモン」


 (はる)(いち)が、そう抗議しながら裸足になると、早速、割と重めの蹴りが来た。避けたが、次に来た突きも速かった。


「えー?もー」


 相手と距離を取る為に(はる)(いち)が側転すると、岐顕が、いいね、と喜びの声を上げた。


 暫く、そうやって、近付いたり離れたりしながらの攻防が続いた。


 (はる)(いち)が再び側転し、其処から、臨戦態勢に体の向きを戻した辺りで、岐顕が、疲れた、と言った。


「あっつ。動き過ぎたわ」


「十一月の台詞(せりふ)じゃねーな…。いいや、俺も暑い。()めよ?」


 岐顕は、んー、と言って、桟橋の端に置いてある、自身の履物の付近まで戻って、丁寧に足の裏の砂を払って靴を履いた後、桟橋の上に倒立してから、其の(まま)の状態で、片手で二回転程回った。


「イエーイ、1900(ナインティ)~」


 元気じゃん、と言いながら、(はる)(いち)も靴を履いた。


 岐顕は、パーカーを脱いで、桟橋の(ふち)に掛けると、黒い長袖のカットソー姿になって袖を巻くるってから、ゴロン、と、桟橋の上に寝転がった。


 其処で寝るなよ、と言う(はる)(いち)の言葉は聞かずに、良いじゃん、と言って、岐顕は、其の(まま)、空を見上げていた。


「初めて此処、来たけど、此の海、あんまり好きじゃないかも。昼だったら、ソフトクリーム食って帰ってたかもな。あ、後でさー、自販機で何か飲も?あっつい」


 岐顕の言葉に、何で?と言いながら、(はる)(いち)は、岐顕の傍らに胡坐を掻いて座った。


「海、来なかったの?今まで。こんなに近いのに?」


「来なかったよ。(はる)と来たから面白いんじゃん、こんなとこ。綺麗でさー、広くてさー。あーあ。見なきゃ良かった」


―綺麗で広くて?…見なきゃ良かった?…此処の海が嫌い?


「…何で、こんな…海の近くにマンション買ったの?」


()()が、海見た事無いって言ったから」


 海が見てみたいって言ったから、と言って、岐顕が、顔を覆って泣いたので、(はる)(いち)も、何も言えなくなって、黙って泣いた。




 (やや)あって、ごめん、と岐顕が言った。


「…あんまり、水配り(ミックバイ)の後、(はる)と会わなくて。…色々あって、()()と二人だけで居たかったんだ」


 謝んなよ、と呟いて、(はる)(いち)は涙を拭った。

 だが、涙は、後から後から出て来て、頬を伝った。


(みち)が、『()()』って言える(よう)になった。


 其れだけの事だったが、(はる)(いち)は、何とも言えない気持ちになって、ただただ、泣いた。




「やきもち焼いてたんだ」


 (しばら)くしてから、やっと口を開いた親友の言葉に、(はる)(いち)は、再び涙を拭って、顔を上げた。


「俺、誰にも理佐を会わせたくない気持ちになって。(はる)にも」


「…そう」


 昔聞いたら傷付いたかもしれない言葉だったが、(はや)()との事の後だと、(はる)(いち)にも、そういう心の機微が理解出来る気がした。


「でも、意外だな。(みち)の方が、何でも出来るのに。俺なんかに、やきもち焼くんだ」


「…(はる)下方限(シモホーギリ)の女の子達にモテるんだもん」


「だもん、って」


 意外にも子供っぽい其の言い方に、如何(どう)やら相手が本気で言っているらしい事を、(はる)(いち)は悟った。


「御前、(たま)に其れ言うけど、俺は納得してないからな?モテてるとか何とか」


「でも、一輝(かずき)(はる)に、慇懃無礼(いんぎんぶれい)に突っかかって来るのは、那智(なち)さんのせいだよ?」


「…那智さん?…()(ばる)()の?本部の藍児(らんじ)さんのとこの娘さん?」


 名前は分かるのだが、顔が全然思い出せなかったので、(はる)(いち)は腕組みして、虚空を見詰めてしまった。


 完全に泣き止んだ岐顕は、ムクリと起き上がって、(はる)(いち)の傍で胡坐を掻きながら、間延びした声で報告してきた。


(なん)かー、那智さんが(はる)を気に入ってるって噂が有ってぇ。そんで、那智さん人気有るから、一輝が妬んじゃってー」


 へー、ウサギチャンがねぇ、と言いながら、(はる)(いち)は、はた、と思い出した。


「あ、ネコチャンか」


「突然の生き物シリーズ如何(どう)した?」


「いやさ、那智さん?が、小五くらいの時、何処かの家の棟上(むねあ)げで会ってるわ、俺。思い出した」


「お、餅撒(もちま)き?」


「そーそー。何処の家だったかなぁ。そんで、()せばいいのに、木の上に上って(もち)を取ろうとした御転婆(おてんば)が居たんだよ。で、降りられなくなって泣いてて。助けたら、ああ、最近不幸の有った家の子だ、って。御母さん亡くなったばっかりの子だったんだよな、あの時。で、『高い所に上って降りられなくなって、猫みたいだな』って言ったんだった」


「…マジ?」


「そーそー。其れでネコチャン。ウサギチャン、ネコチャン好きだったのかー…」


「…ちょっとちょっとー。読み切りセンターカラーのラブコメ始まったかと思ったー。其れ、()(ページ)()くらいのコマのやつじゃ~ん。ヒロインが子供の頃、困ってるところを助けてくれた人に出会うシーンでしょ?」


 マジで何の話?と(はる)(いち)は聞き返した。

「漫画に例えんの、()めてくんない?マジで分からん」


「えー、じゃ、一乃(いちの)さんは?」


「あー…庭師の御爺さんと上方限(カミホーギリ)来てた?昔。どっかの家の池の水替えの時に、池に落ちたから、助けたけど?」


「…(ふみ)()さんは?」


「…?あー、御弾(おはじ)き、ぶちまけてた子かな?泣いてたから、一緒に拾ってあげたけど?」


 また、ちょっとちょっとぉ、と岐顕が言った。

「読み切りから連載狙ってんのぉ?」


「何の話?だから、まぁ、助けた記憶は有るけど、だから何?って感じ。(たい)した事してないし」


 ずりー、と岐顕が言った。


「イケメンに、幼少期に困ってるところを何気なく助けてもらうとか、ヤッバ。一分(いちぶ)(すき)も無いモテムーブじゃん。動き(ムーブ)が、もうモテなわけよ。なーに、昔はツンツンの()()りん(ぼう)かと思ってたのに、女の子には優しかったってオチ?一輝みたいなのが敵うわけ無いじゃ~ん」


「いや、理佐が、『女の子には優しくしなきゃいけない』って言うから…」


「え…。理佐、一つも間違った事言ってないのに、何でこんな、モテモンスターが誕生しちゃったの?」


「…知らないけど。其れより俺は、ネコチャンに親切にした事によってウサギチャンに嫌われたって事で良い?ネコチャンの顔も忘れてたくらいだから、別に見返りが欲しかったわけじゃないけど、他人に親切にして、結果嫌われるってアリなの?」


 地味に傷付くわ、とモテモンスターが言うと、『理佐』と自然に言える(よう)になった体力バケモンは、あはは、と、軽く笑って、帰ろっか、と言ってきた。



 実は『同じ顔』『相生の松』の麻那美(まなみ)ちゃんだけではなく、母親の那智(なち)さんも木登りするタイプだった、というのは書いてみたかったので、書けて良かったです。

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