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汝を除て 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山黎
第四章 殺人
32/68

仕来り

 

 泣き止んで、疲れた気分でソファーから起き上がろうとしている(はる)(いち)に向かって、(みち)(あき)は、此れあげるよ、と言って、冷蔵庫から勝手にスポーツドリンクの入ったペットボトルを出して来て、手渡してくれた。


 勝手に冷蔵庫を開けられた家主の向子(さきこ)は、再び、小さな声で、あたしが買ったんだけど、と言ったが、言葉程気にしている風は無かった。

 此の、我が子同然に育てた大甥(おおおい)が、自身の所有する物件で、勝手知ったる他人(ひと)の家、という振舞いをするのも、何時(いつ)もの事なのだろう。


 (はる)(いち)も、有り難く頂く事にした。




「…じゃ、あたし、見送るから、着替えて来るわ」

「あー、俺も、車を、駐車場から、マンションの前まで出して来るわ。(はる)、ちょっと待ってて」

「そうだな、俺も、電話でタクシー呼ぶわ」

「あ、黒服に送らせるわよ?賢兄(けんにぃ)


 500mlペットボトルのスポーツドリンクを飲み干す(はる)(いち)の傍で、そんな事を言い合っていた三人は、揃って、あ、と言った。


「黒服か…。そうか」


 そう言って、渋面(じゅうめん)を作りながら腕組みする(のり)(あき)に向かって、うっかりしてたわ、と、困った(よう)向子(さきこ)も言った。岐顕も、うーわ、しまった、と言った。


 そして、三人は揃って、床に正座すると、ソファーに座っている(はる)(いち)に向かって、丁寧に一礼した。


 (はる)(いち)も、あ、と言った。


―此れが有ったかー。忘れてた。嫌だなぁ…。


 岐顕が、(うやうや)しく言った。


此度(このたび)坂元(さかもと)本家当主、坂元(さかもと)(はる)(さま)におかれましては、我が実方(さねかた)分家の別宅に御越しいただき、誠に、恐悦至極に存じます。つきましては、御身(おんみ)を此の場まで運ばせていただきました、()(いえ)の配下に、御言葉を(たまわ)れませんでしょうか」


 毎度の事ながら、こういう時は声まで凛々しいのには恐れ入る、と思いながら、(はる)(いち)重々(おもおも)しく返答した。


「…(あい)()かった。して、()(もの)何処(いずこ)に?」


「外に控えさせております(ゆえ)此方(こなた)に召し寄せても宜しゅう御座いましょうか」


「…()きに(はか)らえ。其方(そなた)の考える者を此方(こなた)に召し寄せるが()い。さすれば、言葉の一つも掛けよう程に」


(うけたまわ)りました」


 もう止めようよぉ、と、(はる)(いち)は泣き声で言った。


「こんなの、もう茶番だよぉ。平成何年だと思ってんのぉ?そりゃ、現本家当主の俺が、此の中で一番身分が高いかもしんないけど、此の中で一番年下じゃん。もう嫌だよぉ、未成年なのに、大人の中で、一番身分が高いの…。気不味いのなんのって」


 そう、まさかの一族郎党の死により、実方本家後継の岐顕より、集落の中での序列が上になってしまった(はる)(いち)は、十五歳から、本来は、此の(よう)な扱いと受け答えをする()(きた)りなのだ。


―中三までは年上の(みち)の方が、序列が上だったのにぃ。何なんだよ此れ、もー。


 もう()だぁ、と言う(はる)(いち)に対し、三人は、申し訳なさそうに、()(きた)りだから、と言った。


 ごめんなー、と賢顕は言った。


「一番格上の(おさ)を除いたら、もう、御前と同格の人間なんて、里には他の四家の当主の、実方本家当主の顕彦(あきひこ)さんと、清水本家当主の(ふじ)寿(とし)さんと、吉野本家当主の大輝(だいき)さんくらいしか居ねぇからよ…。本家当主は丁重に扱うのが決まりだからさ、形だけでも。諦めてくれ」


「や、形だけでしかないよね?もう、本当に、形骸化も良いとこじゃん。うちなんて、元々、家格(かかく)は有るけど、本家(ほんけ)(ぜん)とした体裁(ていさい)は無いもん。使用人も伝統的に雇わないし。俺なんか、一人暮らしで、ゴミ出しも自分で遣ってるし、自分で買い物に行って、作り置きに嵩増(かさま)し料理作って、冷凍して解凍して食ってんだよ?」


「まぁねー、一つは、其れでも妬まれてんだよね、(はる)


 其れもまた事実だったので、(はる)(いち)は、親友の言葉に、口を(つぐ)んだ。


 隠れ里の形を保とうという事で、祈祷師(ウセンシ)等の外向きの仕事や進学等の理由で集落の外に出ない限りは、()原集落(ばるしゅうらく)の人間が買い物したり散髪したり出来る場所は、集落の近くに在る、昔から契約している店舗のみ、と、基本的に決まっている。

 しかし、実方医院と坂元本家は、立地的に、(もと)から集落の外に在るので、昔から、其処に住まう者達は、好きな(よう)に、近隣のスーパーやコンビニで買い物が出来るのだ。


―何だったっけな。小学校の頃とかでも、新発売だった、ねるねるねるね食ってただけで、超嫌味言われたもんな。ハイカラだとか何とか。ハイカラもクソも有るかよって話なんだが。まぁー、周りは(まる)ぼうろとか食ってたんから、今考えてみりゃ、妬まれない(よう)に、見えない所で食えよってもんだけど。…ホントに、小さい頃の俺、アホだわ。


「え、てかさー、(かさ)()しなの?よく買ってんのって、(きのこ)と卵と…?葉物野菜か?小松菜とか、よく食べてる?」


 本当に形式的にしか(はる)(いち)に敬語を使わない親友、実方本家後継の一人息子が、首を(ひね)りながら、(はる)(いち)の家の冷蔵庫の中身を、過去の献立から類推してきたので、(はる)(いち)は白状した。


「…安いんだよ、(きのこ)。卵も。後は、貰い物の野菜とか」


 弱冠二十歳にしてマンションを所有し、黄色いフェアレディZを乗り回している自営業の親友は、衝撃を受けた顔をして、言った。


「そんなっ。てっきり好物なんだとばっかり思ってたから、(きのこ)。何種類も(まと)めて買って冷凍して、マメに自分で冷凍(れいとう)(きのこ)ミックス作ってたから、そんなに好きなんだ、と思ってたのに、節約料理だったのっ?肉、肉だ、肉食おう、(はる)。今からでも焼いてあげるっ」


―…しまったー。知られたら絶対心配されるから、言わないでおいたんだったー。


「や、良いって。一年間も食事作って食わせてくれた親友に、流石に其処まで甘えらんねぇよ。金が無い訳じゃないんだ。本家と名乗る程の体裁(ていさい)を保つのに金を使ってないだけなんだ。ほら、良いんだって。旨いよ(きのこ)


 本家の娘の()()を嫁に取れると有らば、無理して人を雇って、屋敷にも手を入れて、本家に相応しい構えを作っただろうが、家族にも死なれて、理佐とも結婚出来なかった当時の(はる)(いち)に、そんな気力と器量が有ろう筈も無く、ただただ、固定資産税等の税金の取り立てを恐れて、節約と貯金に走ったのだった。


―いやもう、固定資産税は諦めたけど、稼げば稼いだだけ、次の年は、其の稼ぎを見込んだ税金取られるって、可変(おか)しいだろうよ、此の国。呼吸するだけで金取られてる気分になってたからな、一時期。


「あー、荒稼ぎなさってましたねぇ、そう言えば。…呆れた倹約家だよぉ…」


 褒めているのか(けな)しているのか分からない声音で、そう言う岐顕に、(はる)(いち)は、良いんだって、と、もう一度言った。


(そう)さんや(かなで)兄ちゃんにも時々野菜貰ってるし、充分良くしてもらってるからさ。食ってくだけなら充分だから」


 親友は、え?と言った。

「野菜?うちの畑の?」

「そうそう」


 もう、(はる)(いち)の知っている頃より縮小され、顕彦の趣味の家庭菜園程度の規模らしいが、実方家は、本家も分家も、(いま)だに畑を所有していて、採れ過ぎた茄子や大根等を、よく御裾分けしてくれるのだった。


「家の前に、背負子(しょいこ)とか(ざる)とか置いてあって。御座(ござ)の上とかに。因みに、手紙とか無くても、泥が控えめなのが(そう)さんとか太郎兄ちゃんからの御裾分け野菜で、泥だらけのが(かなで)兄ちゃんからの。()ぐ分かる」


 向子(さきこ)は、泥を取らない方が良い野菜も有るしね、と言ったが、賢顕は、申し訳なさそうに、あいつ雑だなー、と言った。


 (はる)(いち)は、御世話になってますよ、と、感謝を込めて言った。

(かなで)(にい)ちゃん、時々、色々くれますからね」


 岐顕は、知らなかった、と、驚いた(よう)に言った。

「何?うちの父親、そんな、(かさ)地蔵(じぞう)みたいな愛情表現してたの?」


「いや、優しいよ?俺の又従兄(はとこ)は…。此の前も、缶入りの、()ーい胡麻油を頂いて。…玄関先に銀色の一斗(いっと)(かん)見付けた時は、放火されんのかと思ってギョッとしたけど。まぁー、風味が違うよね。揚げ物に使うのが勿体無くて、片栗粉を(まぶ)した(えのき)(だけ)を揚げ焼きにしたけど、塩掛けただけなのに、もう、旨いのなんの」


 そうだった、と岐顕は言った。


「俺より親父(おやじ)の方が、(はる)と血が近いんだった…。ややこしいなぁ、もー。親戚多過ぎ」


「身分差の方が此の際、絶対ややこしいだろ…」




 そんな事を言い合っていると、正座で足痺れる前に着替えて来るわ、と言って、これまた、形式的にしか(はる)(いち)に敬語を使わない実方本家の娘は、立ち上がった。


 そうだったそうだった、と言って、岐顕も、(はる)(いち)の飲み終えたペットボトルを取り上げてくれながら、立ち上がった。


「車回して来るんだった。あー、黒服、態々(わざわざ)召し寄せなくてもいっか。俺が車回してきた後で、呼びに行かせる奴が該当者だから、外でサラッと、何か言ってあげれば?御礼とか」


「…()(きた)りは如何(どう)したんだよ。…ま、いっか。…分かった。待ってる」




 向子(さきこ)と岐顕が去って、賢顕と二人になった(はる)(いち)は、声を潜めて、言った。


(けん)おじちゃん。暗殺の方法は、多分、暗示。(じゅつ)による暗示で、相手の心臓を止める。其れだけ。其れが、戦時中の人体実験で考案された事だったんだ。でも、其れを使ってる人が居る。おじちゃんが言いたいのは、そういう事だったんでしょ?」


 賢顕は、ハッとした顔をした。


「…御前、何でそんな事。…ああ、そういう事か。其れに気付いて、戦時中の人体実験を完成させた奴が居るんだな…?其れが令一か…」


「おじちゃん。暗示だから、其れが暗示だって分ってれば、暗殺方法を知っていれば殺されない。気を付けて、おじちゃん。御医者さんだからって、うちの家族みたいに殺されないとは限らないんだから。此の事は、必要な時に、信用出来る人にだけ、話して」


「…(はる)、本当に、何で、そんな事知ってんだ?」


「戦時中に、此の暗殺方法を考案したのが、俺の…清水のじいちゃんだったから。じいちゃん、亡くなる前に、俺にだけ教えてくれたんだ。別に心臓じゃなくたっていいんだ。何かの臓器不全にでも出来れば、証拠も無く人が殺せる、って」


「…そうだったのか…。いやでも、相当の技量が要るぞ、暗示で臓器を止めるなんて芸当は。…化け物か…。成程、暗殺稼業で重宝されてるんだろうとは思ってたが、如何(どう)遣って証拠も無く、と。いや…。そうか。分かってんだな、あいつも」


 だから首吊りだったんだ、と賢顕は言った。


「あいつにしか出来ないから…集落内関係者で証拠が無く、心不全で人が死んだら、令一が疑われる構造に、使えば使う程、ドンドンなっていくのは目に見えてるもんな、此の先」


 そう、と(はる)(いち)は言った。


「心不全が死因の人が周りに溢れたら不味いんだよ。だから、自殺に見せ掛けたり、薬を使ったりして、他の死因を作ってるんだ」


「そうだろうな。首吊りには…。見せしめの意味も有るんだろうけど。(たか)ちゃん達が(やす)(ちか)さんに殺された時みたいに。『逆らうな』ってな。…いいか?坂元本家当主」


 賢顕は、坂元本家当主、と、ハッキリ言った。

 治一(はるいち)は、賢顕の顔を見た。


 賢顕は続ける。


「御礼に、俺が、辰兄の養子になった時に教えてもらった事を教える。坂元家の悲願は、里の改革と、苗の神教(ナエンカンきょう)の解体。実方家の悲願は、里からの脱出」


「…解体と…脱出?」


「そう。此の二つの家は、里が始まった頃からの盟友だ」


「里の改革と解体、脱出を、望んでた…?うちの家と、実方家が?」


 そうだよ、と賢顕は言った。


「だから坂元家は、里に居続ける為の制度、『水配り(ミックバイ)』に組み込まれる事を望まなかった。だから入らなかったのさ」


「…そんな…」


―そうとも知らず、参加しちまって、俺…。


 しかし、考えてみれば確かに、『水配り(ミックバイ)』とは、()原集落(ばるしゅうらく)の中だけで結婚しても血が濃くならないように、(おさ)が結婚相手の組み合わせを考える制度なのだ。里を解体して、外部とも自由に交流出来るようになれば、(そもそも)不要なのである。


 そうなんだよ、と賢顕は言った。


「そう、里自体の解体を望んでいたから、『水配り(ミックバイ)』には入らない。だから一つは、令一に煙たがれたのさ。其れを、里で責任ある立場の医師が言っている、という事自体、目障りなのさ。賛同者が出たら厄介だ」


「じゃあ…。うちの家族は、()()()()()()()()()、消された?」


 賢顕は、だろうな、と、悔しそうに言った。


「盟友の実方家も気持ちとしては同じだったが、(そう)が信念を曲げて『水配り(ミックバイ)』に入ってくれて、しかも(おさ)の家と縁を持ってくれた御蔭で、里での立場が守られたのさ。(たつ)(にぃ)向子(さきこ)も俺も参加していないのに、あいつが俺達の為に…。(むね)(あき)だって、本当は坂元家を裏切るような立場になるから、『水配り(ミックバイ)』に参加したくはなかった筈だが、仕方なかったのさ。父親の(たか)ちゃんが殺されてんだからな。…でも、だからって、坂元さん達が俺達を責めた事なんて、一度も無かったよ。本当に、此の二つの家は、盟友なんだ」


「…いや、一族郎党事故死させられるより、ずっと良い。俺だって、実方家の人達を責めようなんて思わない」


 (はる)(いち)が、そう言った時、着替えを終えたらしい向子(さきこ)が戻ってきたので、賢顕は、じゃあな、と言って、玄関に向かった。




 化粧気の無い向子(さきこ)は、珍しく、垂髪に、黒っぽい紬を着ていたので、(はる)(いち)の目には、安幾の(よう)にも、理佐の(よう)にも見え、一瞬、相手の姿が、目の中で何重にもブレて、像を結ばなかった。


 そうだわ、と向子(さきこ)は言った。


「明日は午後から雨らしいわね。傘持って来てるの?(はる)。鹿児島市も明日は、朝から雨らしいけど」


「そうなんですか。傘は有るんですけど」


 すると急に、ごめんね、と言って、向子(さきこ)が泣いたので、(はる)(いち)はギョッとした。


「ごめんね、あの子を、宜しくね。あたしじゃ、甘やかしちゃって。…元気にしてあげられないのよ」


―…分かる気がする。甘やかすとか、そういう事じゃなくて、此の姿を見て、理佐を思い出さないのは無理だから。


 あたしね、と向子(さきこ)は言った。

「あの時、理佐を一人にしちゃって。あたしが居たら…」


 そんなの、と、(はる)(いち)は言った。

「皆、そう思ってますから。別に、そんな事」


 違うの、と、向子(さきこ)は言った。


「あの時、あたし、御父様と瑛子(えいこ)(ねぇ)と一緒に、(さえ)(ねぇ)の御見舞いに行っていたのよ、(りゅう)も連れて」


 あたし、と言って、向子(さきこ)が続きを言おうとした其の時、インターフォンが鳴った。

 黒服が来たのだろう。


 行って、言葉を掛けてあげて、と、向子(さきこ)が言うので、(はる)(いち)は其れに従った。


※500mlサイズペットボトル 1985年に麒麟麦酒(現キリンビバレッジ)が1.5lペットボトル入り飲料を販売以降、大型清涼飲料の容器の主流が、硝子瓶からペットボトルに。但し、大量廃棄を避ける為、ペットボトルは、敢えて、様々なサイズを生産する事が自主規制されていた。作中の舞台、1996年には、リサイクルして再資源として利用できるという考え方の基、自主規制の緩和で500ミリリットル以下の小型サイズも解禁され、翌1997年には、ペットボトルが容器包装リサイクル法に適用された。


 調べて思い出しましたが、一時期、ペットボトルを可燃ゴミで出していました。法律が変わったんですね。


※丸ぼうろ 佐賀県佐賀市を代表する銘菓の一つ。「丸芳露(まるぼうろ)」「丸房(まるぼう)()」などとも記載される。大分県中津市や薩摩地方の名産品でもある。ボーロ (bolo) とは、ポルトガル語においてはケーキを主とする菓子の総称であり、特定の菓子の名前ではないが、日本語においては小麦粉、砂糖、鶏卵、牛乳を材料とした南蛮焼き菓子の事を指す。小児用の菓子としての衛生ボーロ(馬鈴薯澱粉を主原料とする澱粉質食品)の「ボーロ」も此処から来ている。


 『山行かば』で出てきた行商人(カタゲウイ)の人達(「かたげ売り」の転訛)の子孫が、戦後も、瀬原(せばる)集落向けの商店を遣っている、という設定にしておりますが、モデルにしている場所は、(いま)だに食べ物屋さんが多く、御墓参りの帰りに寄りがちです。『声聞くときぞ』で瀬原(せばる)集落に来てくれていた散髪屋さんの子孫も、其処で未だ散髪屋さんをやっている、という設定です。


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