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汝を除て 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山黎
第四章 殺人
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気絶


―青い花畑?


 気が付くと、(はる)(いち)は、何処かの家のソファーの上で眠っていたらしい。


 床は一面、紺碧(アジュール)のカーペットで覆われていて、寝ぼけた頭で、(はる)(いち)は、其れを一瞬、青い花畑か海か、と認識した。


―わ、凄い。青い花が沢山。造花…?手作りなのかな。


 白っぽい内装の部屋に、沢山の、ドライフラワーの(よう)に吊るされている青い花の造花や、花瓶に生けられている青い花の造花が見えた。そして大きな木の机の上に、作りかけの造花と思われる物や、上質なベルベットの(よう)な生地が花弁の形に切り抜かれている物が置かれている。


―何だろう、石鹸みたいな、良い匂いがするな。


 矢鱈(やたら)と質の良い、水色の毛布が掛けられているのに気付き、ソファーから半身を起こした(はる)(いち)は、如何(どう)やら、其の良い香りの主と思われる人物に、声を掛けられた。


「あら、気が付いた?(はる)


 目の前に、長い髪をした、白いガウンを羽織った美女が居たので、(はる)(いち)は、ソファーから(ころ)げ落ちるかと思うくらい驚いた。


―理佐?…じゃない。でも、何だ?理佐の姿が二重写しに見える…。


「あ…、えっと、向子(さきこ)さん?此処は…」


「博多駅南の、あたしの分譲マンション(コンドミニアム)の部屋の中よ。天神の御店で(はる)が気絶したって聞いたから、うちの黒服に頼んで連れて来てもらったの」


 (はる)(いち)は、不躾(ぶしつけ)ながら、其の旧知の美女の顔を、繁々(しげしげ)と見てしまった。


 普段は化粧で実年齢の方に寄せているのだろう、実際は、こんなに髪が長いのも、何方(どちら)かと言えば童顔の部類に入る顔立ちなのも知らなかった。


「髪…長いんですね。膝まで有るんだ…」


「ああ、知らなかったでしょ?普段はシニョンだからね」


「おー、(はる)、起きたか?博多通りもん食うか?」


賢兄(けんにぃ)。寝起きで急に食べられる訳ないでしょ?ちょっと待ってあげてよ。あ、此の子の分、残してあげてよ?水炊き戻し(あげ)ちゃったんなら、後で御腹空く(えぎれになる)筈よ」


 (のり)(あき)らしき声が、はいはい、と言っているのが聞こえたので、(はる)(いち)は、声の方を見た。


向子(さきこ)、スゲーな此処。ワンフロアぶち抜きかよ。事務所みてぇだな。要所要所をパーテーションで区切ってるのがまた、洒落てるが。…幾らすんだ?あれ」


「あー、最上階でしょ?此処。事務所にしても良いなと思って改装したんだけど、天神東店の使い勝手が良過ぎちゃって。結局、アトリエみたいな使い方してるのよ。ベッドとソファーは入れたけど、テレビすら無くて、ごめんね」


「いや、此の時間に、キッチンに椅子だけで座って、膝に博多通りもんの箱載せて食うとは思ってなかったが、作品としては良いじゃねぇか。竜胆(りんどう)矢車(やぐるま)(そう)の造花は見た事有ったが、花穂の長い大飛燕草(デルフィニウム)の造花は見事だなー」


「ごめんなさいね。やっぱりテーブル片付けるわよ。御茶も煎れるったら」


「いや、急に来たんだ、悪いから良いよ。あと、こいつの分まで雑炊と玉露かき込んで来たもんだから水っ腹だわ。御茶はいいよ」


 起きられるかい、と、賢顕が言ってきたので、此の人間はもっと若かった(よう)な気がすると思いながら、(はる)(いち)は、はい、と返事をした。


「…続きを話しても大丈夫か?」


 (はる)(いち)は、少し躊躇(ためら)ったが、はい、と言った。


 向子(さきこ)が、言い(にく)そうに言った。

「ソファーに座った(まま)で聞いたら?起きたばっかりなんだし」


 其の、気遣う(よう)な声音に、何かを感じ取った(はる)(いち)は、あの、と言った。


向子(さきこ)さんも、御存じなんですか?…俺の家族が、本当は、殺されたんだって」


 ええ、と、白いガウンの美女は言った。


 タオル地の厚手のガウンだが、装飾として、袖口等に白い清楚なレースが施されていて、今日は、本当に一瞬、少女の(よう)に可憐に思えた。


(さかえ)叔父様の長崎移住を御手伝いしたのは、私だったんだもの」


「…移住?」


 待ってください、と(はる)(いち)は言った。


「福岡旅行だった筈でしょう?柳川の温泉に行くって。…長崎に移住って、如何(どう)言う事ですか?」


「あの旅行は、()(ばる)集落を出て移住する為のカモフラージュだったのよ。事故死に見せ掛けて、全員旅行先で亡くなった事にして。実際は私が、長崎の大浦に、物件を用意してあげていたの」


 だから、坂元本家の土地屋敷を売る書類が揃っていたでしょう、と、年齢不詳の美女は、言い(にく)そうに言った。



※あぐい 吐く。嘔吐する。「あぐる(吐ぐる)」の転訛。

※えぎれ 空腹のきわみ。食べ物にありつけない状態。「飢え切れ」もしくは「餌切(えぎ)れ」の訛化。

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