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汝を除て 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山黎
第四章 殺人
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剣婆様


「…うん、うん。分かった。はい、はい」

「あ、戻りました」


「お、(はる)。本部と連絡取れたか?」

「はい。ついでに、トイレも行かせてもらった。(けん)おじちゃんも、電話?終わった?」


「そうそう。吉野本家の子が熱出したってんでな。座薬処方したらしい。大丈夫そうだ」

「…あー、(りゅう)より一個上だっけ?」

「そうそう、(がく)君な」


「吉野本家も一人っ子だっけ?…地味に、子供減ったよね?俺も一人っ子だけど」


「そうだな。昭和三十年、四十年頃も、結構、子供が死んでなぁ。戦後の孤児受け入れのプロジェクトが無ければ、里の人口も激減してたんじゃないか?元々、百戸(ひゃっこ)くらいだったけどよ」


「本家当主って、今、大輝(だいき)さんだよね?一昨年代替わりしたって?何時(いつ)の間にって感じ」


「おお。うちの(かなで)と同い年のな。あそこはな、親父さんがもう引退したがってて、(がく)が生まれたのを切っ掛けに代替わりしたらしいぞ。先代の当主の恥かきっ子の大輝さんも一人息子の本家後継だからなぁ、もう、其の息子ともなりゃ、床にも置かぬ扱いってやつよ。(がく)をソトの学校入れたいって、()()さんが息巻いてるって話じゃねぇか。御優秀に育てたいってんだろ」


「あー、本家の御嫁さんね。そういうイメージ無かったけど。大人しそうっていうか?…大輝さんも、そんなに、要領の良いタイプじゃないっていうか…。悪い人じゃないんだけど」


「あそこ、御姑さんの(ぎん)さんが厳しいんだよ。大輝さんはフワッとしてるし、そうとでも言うしかないってやつだな。何処も大変だなぁ」


「ふーん。でも、ま、早く良くなると良いね、(がく)君」


「今、二歳だろ?(ひょう)を思い出しちまっていけねぇや。(たい)した事無いとは思うんだが、熱性痙攣(ひきつけ)でも起こしたらと思うとなぁ。乳児突然死も怖いし、目が離せねぇだろうな」


 ああ、(ひょう)ちゃん、と言って、(はる)(いち)は席に戻って胡坐を掻いた。


 (ひょう)とは、二歳で突然死してしまった、(みち)(あき)の双子の兄、(あき)(ひら)の事である。


「俺、写真の顔しか覚えて無いけど、(りゅう)と似てたよね。二卵性だけど、やっぱり(みち)の御兄さんなんだなぁ。(ひょう)ちゃんにも、あの、金色の髪、有ったのかなぁ。おじちゃん達みたいなやつ」


「ああ、(うなじ)の所にな…」

「…(けん)おじちゃん?」

「すまん、(はる)、御願いなんだけどよ」

「はい、如何(どう)したの?おじちゃん」


顕之丞(あきのじょう)の事なんだが…」

「ああ、(じょう)?」


 顕之丞(あきのじょう)は、(けん)太郎(たろう)と、(はる)(いち)の遠縁の娘、吉野分家の()(はる)の間に出来た、(のり)(あき)の初孫である。


 美晴は、付き合いは流石に無いくらいの、微妙な遠さの親戚なのだが、遠目で見る感じでは、龍顕より三歳年上の、今年四歳になる顕之丞(あきのじょう)の顔立ちの系統は、割合自分に近いと感じている。実方家よりは、清水家寄りの顔立ち、といったところだろうか。

 別に、顔立ちが整っていないとは思わないのだが、実方家の子にしては、少し華の無い顔立ちだと感じる。


「あいつには、其の話が耳に入らない(よう)にしてやってくれないか?」

「…え?」

(じょう)はな…。太郎の子じゃねぇんだ」




 続く話に、早速食欲を無くした治一は、食事を再開する事が出来なかった。賢顕も食べるのを止めて、水炊きを加熱しているガスコンロの火を止めてしまった。




 曰く、集落外の高校に進学した美晴は、水配り(ミックバイ)の前に妊娠していたらしいのだ。其れに気付いた顕太郎が、美晴を庇って、其の(まま)水配り(ミックバイ)を行い、自分の子として顕之丞(あきのじょう)を出産させたのだという。


「いや、無かったんだよ、生まれた初孫の頭に、金色の産毛が。一本も。…そういう事も有るのかな、と思ってたが…血液型がな。美晴がA型で、太郎がO型」


(じょう)は…?」


「AB型だ。O型の父親からは生まれ(よう)が無い。美晴から生まれたのは確かだから、父親は、B型かAB型の男だよ。…そういう事だ」


 そんな、と言って、(はる)(いち)が青褪めると、賢顕は、頼む、と言った。


「髪の毛の話が、(じょう)の耳にだけは入らない(よう)にしてやってくれないか。…高校時代、美晴は寮生活だったらしいな。高校の間は、(ろく)瀬原(せばる)集落には帰って来なかったらしいんだがよ。其れで…ソトで彼氏が出来たらしいんだが…。まぁ、要は、そいつに逃げられちまったんだな。高校一年生なのに。其れを知って、太郎が庇ったんだよ。だから、美晴の親も知らないそうだ。血液型の話をしたら、流石に誤魔化せなくなったらしくて、太郎が、美晴には言わない約束で、白状したんだ」


「…そうだったんだ」


「まぁ、夫婦仲は良いんだよ。流石に気不味いのか、美晴は吉野分家の実家に入り浸りだが。だから、(ゆう)は太郎の子なんだよ」


「…もしかして。(ゆう)には、金色の髪の毛が生えてるの…?」


 (あき)(とお)は、顕之丞(あきのじょう)の、年子の弟である。


 (のり)(あき)は、言い(にく)そうに、そうだ、と言った。


「此の(まま)じゃ、何時(いつ)か、(じょう)に、自分が此の家の子じゃないって知れちまうからって、太郎が、(ゆう)を、顕将(あきまさ)さんのところに養子に出すって言い出したんだよ、(じょう)が、物心が付く前に」


「えっ。弁護士の?」


「そう。あそこ、一男一女に恵まれたが、孫は居ないだろ?顕将(あきまさ)さんのところの長男の(たけ)(あき)が、男の子が欲しいとは言ってたらしいんだよな」


「そんな…自分の子を」


「自分の子だからだよ。自分の子じゃ無い方を、捨てるみたいにして手放す(よう)な奴じゃない。其れに、自分への戒めらしいんだよ」


「戒め?」


(ゆう)の方ばっかり可愛がらない(よう)に、ってな。(ゆう)を可愛がってるところを、(じょう)に見せたくないらしいんだ。あいつなりの、(じょう)への思い遣りなんだよ。(ゆう)には気の毒だが」


「…あ」


 分かるんだよ、と賢顕は言った。


「俺も、生まれた直後から関わってるから、(じょう)に対しては愛情(ボンノ)が有るんだよ。太郎も、親愛情(オヤンボンノ)が有るんだろ。だがよ、無意識に(ゆう)と比べちまったら、(じょう)には良くないからな」


「其れで…美晴さんは納得してるの?」


「いやー、納得するしかねぇだろうなぁ…。太郎が、美晴と(じょう)の事を考えて決めた事だからよ。美晴にしてみれば、忘れたい事だろうから、(じょう)に対して複雑な感情は有る(よう)なんだが、自分が蒔いた種だしな…、いやぁ、其れで、(つい)に此の前、(たつ)(にぃ)にバレちまってよ」


「うわぁ…」


 (たつ)(あき)は、先々代の実方本家当主、(ただ)(あき)の長男、(とし)(あき)の長子で、本来なら実方本家後継となる人だったが、俊顕が、実方本家当主を、弟の顕彦に譲り、自身は医師になった事で、分家の当主となり、更に、医師として俊顕の後を継いだ後、独身を貫いた為、遠縁の、実方分家の長男、賢顕を養子にし、病院を継いでもらう事になったのである。


 だから、辰顕は、賢顕の養父であり、(じょう)達の義理の曽祖父でもある。


「変だとは思ってたみたいなんだよ、男の子(オトコンコ)なのに金色の毛が生えてないからな。で、太郎が(ゆう)を養子に遣るって言い出して、ピンときたらしくて。で、血液型の話になっちまって。…太郎が、(じょう)はA型だって嘘ついてたらしいんだが。まぁ…()ぐバレる嘘だよ。アレルギー検査のカルテが残ってて。去年採血したからな。(じょう)、蕎麦アレルギーでよ。…カルテに嘘を書いたら、違う問題が出る可能性が有るからな」


「うーん、医者につくには苦しい嘘だったかな…」


「そうだな…。A型凝固剤もB型凝固剤も凝固よ。其れで…(たつ)(にぃ)が太郎を気の毒がったらしくて…。(じょう)の養育には。今後、(いっ)(さい)口出ししないとさ」


「うわぁ…。よっぽどじゃない?(たつ)じぃが?超優しいのに…」


「いや、だってよ。もう、全部が美晴を責める構造になっちまうじゃねぇか、口を出し始めたらよ。優しいから、見て見ぬ振りしてくれるってんだよ。(そもそも)、高校で男作ってんだからな、水配り(ミックバイ)が有るのは分かってたのに」


「あー。十六で水配り(ミックバイ)だもんね。女子は…。高校進学の場合、形式だけ水配り(ミックバイ)を遣って、出産を高校卒業まで待つか、妊娠したら高校中退だっけ?」


「大体は、そうだな。まぁ、今更何を言ってみたところで、不義の子だよ。でも、其れを太郎が庇ってんだからさ。何も言えねぇよ、俺も、(たつ)(にぃ)もよ。確かに、()(ばる)集落みたいな狭い所で、こんなん広まってみろよ。美晴も(じょう)も、生きていかれねぇわな。太郎が庇う気持ちも分かるんだ。美晴も()だ、十九だしよ。…そんで、芋蔓式に、医療事務の()羽子(わこ)にもバレて」


「ああ…カルテが有るからね…」


「…そーぉなんだよなぁ…。如何(どう)しようもねぇわ。此れでな、女の子だったら、髪の毛に遺伝が出ねぇから、()だ、本人にも誤魔化し(よう)が有ったんだが…。いやぁ、厄介な遺伝だよ。Y染色体に何か乗っかってんのかぁ?ま、いずれは(じょう)にも分かっちまうにしても、引き伸ばしたいわけさ。幼少期の人格形成期に知っても、良い事一つも無いだろ?そんで、美晴にも(じょう)にも言わないって、()羽子(わこ)も約束してくれてな…。良い奴だろ?」


「…ああ、うん。其れは…本当に、そうだね。御嫁さんの不貞を責めない御姑さん、か…」


「おかしいとは思ってたらしいけどな。あまりにも吉野分家の実家に入り浸りで、病院の事を手伝う素振りも見せないのは、何か有るんだろうとはな。…まぁー、居づらいだろうぜ?其れで、医者先生の奥方(ウッカタ)に収まってたら、気も(とが)めるわな。そんなわけで、うちの初孫は、長男だが、(ほとん)ど、吉野分家で養育されてるんだよ。だから、あんまり見掛けないだろ?病院の周りで、(じょう)も美晴も、ついでに(ゆう)も」


「ああ、まぁ、確かに…。此処三年は、俺も病院に行かなかったから、あんまり気にしてなかったけど」


 其れがさ、と賢顕は、言い(にく)そうに言った。


(ゆう)の方が、頭が良いんだよ。二歳だけど。言葉も早いし、体も丈夫だし。こりゃ比べられちまうかもな、って、俺も思っちまったからな」


「うーわー…。もう、そんなに差が出ちゃってるの?」


「いや、あれだよ。(りゅう)も言葉が早いんだが。(ゆう)は、十一ヶ月で喋る(よう)になっちまってさ。実は、太郎も(かなで)も、そうだったんだよ、言葉が早くて。大人に囲まれて育つせいかと思ったんだが、(じょう)は別に、そんな事も無くて…。二歳までに二語文が出たから、まぁ、発達的には正常なんだが。年子なのに、(ゆう)の方が、言葉が早かったもんだから…。(かなで)も、おや?とは思ってるらしいぞ」


「あっ…そういうのも遺伝?」


「分かんねぇんだがなぁ…。いや、美晴も気の毒ではあるよ。こんな田舎からソトに出たから、大方(おおかた)、騙されたんだろ。ソトのもんが、()(んぶ)良く見えらぁな。ソトへの憧れも有って進学してるだろうし。隠れ里なんかじゃ無ければ、しかも、水配り(ミックバイ)なんかなけりゃ、好いた男と一緒になれたかも分からんしな。もう、隠れ里なんかやめちまえって思うがな。血が濃くならない分には、本来は、(じょう)みたいな例が有った方が良いだろうしな。いやー…。頭が痛いわ。(じょう)のせいじゃねぇのによ」


「そっか。…俺、誰にも言わないし、髪の毛の話題も、(じょう)や太郎にいちゃんには出さない(よう)にするよ」


「助かるよ。…不信心(ふしんじん)(いえ)には悪事(あくじ)災難(さいなん)(つね)にきたる。(おく)堅固(けんご)(いえ)には災禍(さいか)(なん)(うけ)くることなし。(おん)(けん)(ばや)(けん)(ばや)()()()。あーあ、(けん)(ばや)様よ。家内安全を御授けください」


「えっと、荒神様、だっけ?(けん)おじちゃんは、苗の神様(ナエンカンサァ)を信仰してるわけじゃないの?」


「そうじゃないんだが。ほら、あまりにも、わけわかんねぇだろ、苗の神様(ナエンカンサァ)ってよ。何の神様なんだか。教義も、祈祷の時使う術くらいしか残ってねぇし。何だか、五穀豊穣、子孫繁栄の神って事しか分かんねぇし。火伏(ひぶせ)や盗難避けは遣ってくれるのか、よく分からんし。そういう、足らない部分は、他の神様拝んでも良いんじゃないかと、俺は思ってるよ。日本は八百万も神が居るんだから、幾つ拝んだって良いじゃないか。内神様(ウチガンサァ)って知ってるかい?」


「…うん、まぁ」


「お、若いのに感心だな。氏神様みたいな感じかな?そう、昔は、どの家も祀ってたんだ、苗の神様(ナエンカンサァ)とは別によ。自分の家を守ってもらうんだな。其れは別に、禁止される(よう)な事じゃなかったからな。だから、(けん)(ばや)様に俺が家内安全を祈願しても問題ないと思うぜ?」


「…其の、(けん)(ばや)様って、家内安全の神様なの?」


「いや、火と竈の神の荒神が、地震の神の(けん)(ばや)と習合したらしいな。Kampa(剣婆)地震波(じしんは)、つまり、サンスクリット語の地震波(ケンパ)から来た名前らしい。如何(どう)して習合したのか、とかは、話すと長くなるから()すが」


 へー、地震の神様なんだ、と(はる)(いち)が言うと、そうそう、と言って、賢顕が食事を再開したので、(はる)(いち)も従った。土鍋のせいか、火を切って暫く経過したが、其れほど冷めていなかった。味は分からなくなってきたが、残すのも良くない。暫く二人で、無言で水炊きを食べた。


 しかし、妊娠には気を付けろよー、などと、賢顕が軽く言うので、身に覚えの有る(はる)(いち)は、危うく咀嚼していた白菜を吹き出しかけたが、堪えた。




愛情(ぼんの) 愛情、思い遣り。「煩悩(ぼんのう)」の転義、転訛した鹿児島弁。

親愛情(おやんぼんの) 親の、子に対する愛情。 

「ぼんのがある」「ぼんのがつく」みたいな使い方をします。

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