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第五話 伊達編

コンクリートと配管の迷路を進む少女の背には、鉄の箱が重たげに揺れていた。


「ちょっと、シンゲン〜。本当にこんなとこに陽の欠片を持ってる国があるの〜?」


「ある。なんならもう、既に国の中だ」


地下世界――B・W。

地上から見放され、地下へ沈んだ、逸れ者の集う国。

かつては豊臣との同盟国であったが、離反。その後、徳川と同盟国になったという。


「…こんな地下に追いやられている時点で国、とは言い難いよね…」


カエデ達は今、甲斐国から遥か北の地、その地下に潜り、下水道の続く果てしない一本道を、ひたすら歩いていた。


「視認範囲、酸素濃度異常なし。呼吸に支障なし。しかし、ここの空気はお世辞にも良い香りとは言い難いですね」


鉄箱の中から聞こえる無機質な声に、カエデは肩をすくめる。


「そりゃあ、下水道だし……私は、もはや逆に何も臭いを感じなくなってきたよ…」


「豊臣が“見捨てた”地の空気だ。良い気分にならないのも、無理はない」

「一度主を裏切れば、それがどんな理由であれ、『裏切り者』の烙印は消える事はない」


隣で答えたのは、先頭を歩くシンゲン。そしてその背後には、無言で歩くテルトラの姿があった。カエデは、ズンズンと足早に進んでいく2人に、「そういう意味じゃないんだけどな〜」と、文句を言いながらついて行く。


「……いわゆるスラム街。文明なんてあってないようなもの……のはずなのに、絡繰の気配が多すぎる。……嫌な予感がする」


テルトラの不安に応じるかのように、その直後、熱烈な歓迎が彼女達を迎える。


「オイッ!止まれッ!そこの連中、顔見せろ!」


「やっぱりな…あいつ……指名手配犯の女だ!!」


「徳川様に仇なす国賊共だ!」


「捕えれば、たっぷり懸賞金も入るぞ!」


と、口々に荒くれ者達。

何処からともなく現れ、あっという間にカエデ達を取り囲む。


戦闘はもはや避けられない。

一行が得物に手を掛けた、その時だった。


「たっ、助けてくれぇ!」


荒くれ者の仲間達が悲鳴を上げながら駆け込んでくる。その後ろにはアラート音を鳴らしながら迫り来る多数の影。


「くそッ『また』かよ!!こんな時に…!」


「あれは…絡繰?」


荒くれ者達が絡繰達に向き直る。

暗闇から一つ、また一つと、赤いモノアイが光り、カエデ達を捉える。

続々と湧き出る絡繰達。

いつの間にか、カエデ達を取り囲んでいた荒くれ者達が絡繰達に囲まれる形となった。


「豊臣の奴ら…本気で俺らを根絶やしにするつもりなのかよ!!」


荒くれ者達もすっかり弱腰になってしまい、顔からは怯えが見て取れた。

そうこうしているうちに、絡繰達が隊列を組み、銃火器を構えると、いよいよ彼らから悲鳴とも取れるような怯えた声が上がった。


「…カエデ。今ならどさくさに紛れて逃げられるチャンス。……どうする?」


「決まってる」


テルトラの問いにアタラヨを構えながらカエデは答えた。


「助太刀するよ!」


「…ん。まぁ、わかってたけど」


「うむ。罪なき(?)人々を見過ごすわけにはいくまい!」


カエデに続き、テルトラとシンゲンも戦闘体制を取ると、各々絡繰達を撃墜していく。


「あ、アンタら…」


「ボサっとしない!とにかく、ここをみんなで乗り切るよ!」


荒くれ者達にカエデが一喝すると、まさか自分達が助けられると思わず、呆気に取られていた彼等も武器を構え直し絡繰達に向け直した。


ーーーーーー


「よし。これで打ち止めか」


シンゲンが絡繰に剣を打ち立てる。


「つっかれた〜!もう、一生終わんないかと思ったよ〜」


「…あんなお粗末な絡繰、100来ようが、200来ようが同じ。私だったらそもそも外殻にもっとコストをかけるし、火器も電磁パルス式にしてリロードの隙なんか作らせない。そもそも数なんかより質を重視して…」


「な、なぁアンタら!」


何事もなかったかのように喋りだすカエデ達に荒くれ者の1人が近づき、膝をついた。すると、他の男達も次々と最初の1人に続く。


「すまなかった…アンタ達は間違いなく命の恩人だ」


「いや〜まぁそうとも言「…そう思うなら。アナタ達のボスに会わせて」


「そうは問屋が卸さないだろ。ーーなぁ?反逆者御一行サマ、よ」


テルトラの問いに答えたのは、荒くれ者達ではなく。


「あ、姉御…‼︎」


すらっとした長躯の女性が暗がりから現れる。その後ろから、さらに長身の男が続く。


「お初にお目にかかるよ。アタシはカグラ。そんで、こっちは弟のラクタ。人呼んで、我楽多姉弟!」

「アンタらがクソ絡繰からウチのを助けてくれたのは知ってるよ。…けどね。アンタらが反逆者である事実に変わりはないんだ。なんなら、この絡繰騒ぎだってアンタらの……ほら、火と水、みたいな…」


「マッチポンプだね、姉さん」


「そう!それな。…アンタらがそれかもしんねぇわけだろ?まぁ、つまりは信用できないってワケ」


「この国の平穏の為だ。悪いけど、死んでもらう」


カグラとラクタが銃を構える。

カエデ達も応戦の姿勢を取る。

ーーが、


【緊急!緊急!絡繰の侵入アリ!!近くの戦闘員は各自配置につけ!繰り返す、絡繰侵入!】


地下道に警報が鳴り響く。

再びの絡繰襲来に、周りの荒くれ者達からもどよめきが溢れる。


「…んだよ。これからだってのに、シマらねぇなァ」


「…姉さん」


「分かってる!アンタら、カエデとか言ったっけ?勝負は一旦預ける。絡繰どもをシバいたら次こそはーー」


「…その必要はない」


喧騒の中、テルトラが静かに告げた。


ーーー


この国の主、サーフェイスは悩んでいた。


多発する豊臣印の絡繰による襲撃。

犠牲者は後を絶たず、ただでさえ困窮している国はさらに追い詰められ、ついには豊臣へのクーデターを臣民達が唱え始めた。


リーダーとして、サーフェイスは決を迫られていた。

この熱狂をどう収めるか。

そんな中、徳川のお尋ね者まで国に入り込んだとくれば、誰だって頭を抱えたくもなろう。


「徳川か、豊臣か…いよいよ誤魔化しは効かねえってワケか」


B.Wは現在徳川の管下にある。

しかし、元々豊臣の一派であった彼らを徳川も歓迎はしておらず、庇護も最低限だ。

それでも、こうして国として民が生きていく為、この状況が最善とサーフェイスは考えた。

しかし、徳川の庇護下であっても豊臣の手が及ぶのは想定外であった。

それこそ心のどこかに、彼らなら無差別に民を襲うような真似はしない、と考えてすらいた。ここまで徹底的に自分達を消そうとする豊臣勢へ畏怖と怒りを覚えたものだ。


しかしーー


「…徳川も信用はならねぇ」


昨今の絡繰騒ぎにもサーフェイスは徳川方へ援護を要請していたが、返事は返ってくる事はなかった。

庇護も支援も最低限であり、徳川からの「生かしてやっているだけありがたいと思え」と、いう重圧を常々感じるからだ。


「チッ…」


煙草が湿気っていることに苛立ちを感じながら火をつける。


毎日の様に臣民達は豊臣への反旗を掲げるよう彼に迫っていた。

しかし、生きていくのも精一杯なこの国にもはや兵士と呼べる様な人材はほとんど残っておらず、豊臣へ反抗したところで一瞬で敗北するのは明白であった。


「…くそッ。そもそもよりによってなんで徳川に逆らうようなヤツがここに…」


その時、ふと気づく。


臣民達の気持ちを抑えながらも、徳川への忠義を示す絶好のチャンスがここにあるではないか。


「…これで少しはヤツらの気が晴れるといいんだが」


フーッ、と煙を吐く。部屋には灰色の靄が滞留していた。




ーーーーー




「……この機体、豊臣のマークがあるけど……内部信号が違う。つまり、ハッキングされて動いている。…ハッキングの信号元は、徳川領。…もう、わかるでしょ」


「まさにマッチポンプ、というわけか。卑劣な」


シンゲンが唸る。カグラとラクタも、言葉を失っていた。


「俺たちは……騙されてたってことかよ……」

「……徳川が、俺たちを…?」


「証拠は揃ってる」


テルトラは淡々と告げる。


「この街が豊臣を憎むよう誘導されていた。その裏で、徳川は“守護者”の顔を保っていた」


カエデは、倒れた絡繰と怯える市民たちを見回した。


「行こう。サーフェイスに、全部話さなきゃ」


我楽多姉弟は一瞬だけ視線を交わし、うなずいた。


「案内する」

「アニキには……聞く義務がある」



領主区画。

地下とは思えぬほど広いホールの中央に、サーフェイスは立っていた。


「来たか。逆賊ども」


その声には、最初から敵意が滲んでいた。


「待ってくれ、サーフェイス!」


カグラが一歩前に出る。


「こいつらは――」


「黙れ、カグラ」


短く、しかし強い拒絶。

サーフェイスの視線は、一直線にカエデへ向けられていた。


「徳川様を討った女。

民の怒りの象徴。……役者は揃ってるな」


「違うよ」


カエデは一歩も退かずに言った。


「あなたが怒りを向けるべき相手は、徳川だ」


「……ほう?」


テルトラが端末を投影する。

絡繰の内部構造、暗号ログ、制御信号の発信源。


「これが証拠。

襲撃していた絡繰は、徳川にハッキングされていた。

豊臣の名を使った、徳川のマッチポンプ」


ホールがざわつく。


「……そんな話、信じろってのかよ」

「徳川様が、俺たちを騙してたって?」


臣民たちの動揺を、サーフェイスは一瞥しただけで押し殺す。


「……なるほど。筋は通ってる」


その一言に、カグラとラクタの表情がわずかに緩んだ。


「じゃあ――」


「だが」


サーフェイスは、そこで言葉を切った。


「それでも、俺はお前たちを討つ」


「……え?」


「民は今、怒りを吐き出す先を求めている」


サーフェイスは臣民の方を向く。


「豊臣でも徳川でもない。“目の前の敵”をな」


カエデを指差す。


「徳川を疑えと言われて、すぐに信じられるほど、

こいつらは冷静じゃねぇ」


「アニキ……!」


ラクタが声を荒げる。


「それ、分かってて言ってんのかよ!」


「分かってるから言ってる」


サーフェイスの表情は、硬く、どこまでも“表面”だった。


「俺がこいつらを討てば、民は納得する。

怒りは収まり、国は一旦、落ち着く」


「それは……逃げだよ」


カエデが言う。


「真実から目を逸らしてる」


「上等だ」


サーフェイスは矛を構えた。


「俺は領主だ。

民が暴走する未来より、嘘で繋いだ平穏を選ぶ」


その背中に、迷いが滲んでいるのを、カエデは見逃さなかった。


「……本当は、分かってるんでしょ。徳川を、信じ切れてないって」


一瞬だけ、サーフェイスの瞳が揺れた。


「――だからこそだ」


彼は低く言い切る。


「中途半端な真実は、刃より人を殺す」


矛先が、カエデを捉える。


「来い、逆賊。民の前で、お前を倒す」


その瞬間、ホール全体に、張り詰めた殺気が満ちた。




矛が、低く唸った。


サーフェイスの踏み込みは速い。

地下の重たい空気を切り裂き、一瞬で間合いを詰めてくる。


「――ッ!」


カエデは半歩遅れて反応し、刃で受け流す。

だが衝撃は想像以上に重く、足が床を削った。


「重い……!」


「伊達の矛を、軽いと思うなよ」


サーフェイスの攻撃は、一直線で、無駄がない。

だが――殺しには来ていない。


そのことに、カエデは一合目で気づいた。


(……この人、私を殺す気はないんだ)


矛先は、常に“致命点の少し外”を通っている。


「シンゲン!」


「分かってる!」


シンゲンが前に出て、剣で矛を弾く。

だがサーフェイスは引かない。むしろ一歩踏み込み、体当たりのように間合いを潰す。


「邪魔するな!」


「なら本気で来い、領主!」


剣と矛がぶつかり合い、火花が散る。

シンゲンの腕が痺れる。


「……くそ、手加減してるくせに、力だけは本物かよ」


後方では、テルトラが冷静に状況を見ていた。


「…サーフェイス。あなたの攻撃角度、致死率を意図的に下げている」


「黙れ!」


怒鳴り返しながらも、次の一撃はやはり浅い。


カエデは踏み込み、間合いの内側へ入る。


「ねぇ、どうしてそんな戦い方するの?」


「……!」


「それじゃ、民は納得しないよ。

“逆賊を討った”っていう芝居にならない」


サーフェイスの歯が、ぎり、と鳴った。


「わかってんなら、早く倒れろ……!」


矛が振り抜かれる。

カエデは弾かれ、壁に叩きつけられた。


「カエデ!」


鉄箱の中で、アタラヨの声が強まる。


「損傷率上昇。撤退を推奨」


「まだ……大丈夫」


立ち上がった、その瞬間――


警報音が、街全体を引き裂いた。


――ギィィィィ……ン。


地の奥から、異音。


「……まさか」


テルトラが振り返る。


「反応あり。先ほどとは別系統……出力、桁違い」


床が割れ、天井が崩れる。


現れたのは、巨大な絡繰。

背中には豊臣印を纏い、その武装は明らかに“殺戮特化”だった。


「……またかよ!!」


臣民たちが悲鳴を上げ、逃げ惑う。


絡繰の腕が振り下ろされ――

避けきれない距離に、子供がいた。


「――チッ!」


サーフェイスが、迷いなく飛び出した。


矛が絡繰の腕を貫き、軌道を逸らす。


「下がれ!!」


その声に、民が一瞬、息を呑む。


すると、絡繰が咆哮し、無差別に熱線を放つ。


「テルトラ!」


「…門天丸、防御して」


後方に待機していた門天丸が飛び出し、臣民達の盾となる。


「今だ!」


カエデとシンゲンが同時に突っ込む。

サーフェイスも、無言で並んだ。


三方向からの攻撃。


矛が関節を破壊し、剣が装甲を割り、刃が中枢を断つ。


絡繰は悲鳴のような音を立て、崩れ落ちた。


静寂。


瓦礫の中、サーフェイスは肩で息をしていた。


「……見たか、テメェら」


彼は、ゆっくりと立ち上がる。


「こいつらは、敵か?」


誰も、答えなかった。


答えは、もう出ていたからだ。


サーフェイスは、矛を地に突き立てる。


「……もう、誤魔化せねぇな」


そして彼は、陽の欠片をカエデに手渡した。


「持ってけ……お前らに託す。テメェらが次行くべきは、南部――三日月の森だ」


「どうして……?」


「あの森の領主も、俺と同じで……豊臣を誤解してる。だがあいつは強い。想いが届く保証はねぇ。だが、お前らなら……あるいは、な」


ーーーーーー


B Wの住民から見送られるカエデ達。

我楽多姉弟は、再び街の方を見つめていた。


「アタシらはここに残る。誰かがこの国を守らなきゃね」


「アートは、ここじゃないと描けないからさ。姉さんの飯も食いたいしな」


静かに別れの言葉を交わし、カエデは背の鉄箱を叩いた。


「じゃあ皆、行こう」


カエデはひとつ深呼吸し、前を向いた。

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