間話 七転び八起き急展開編
――婆威譜素足りてるかい?
その問いは、風の音に混じって聴こえてきた。
ターンテーブルが軋む音と、草履の音。
伊達領・B・Wの石畳を、風を割るように歩く男がひとり。背には巨大なターンテーブル、頭には虹色の丁髷、着物の裾はビートに揺れていた。
「Yo Yo Yo!風呂亜沸かせに来たぜェェ……って、ありゃ?」
道端の市民の視線が突き刺さる。あまりにも異質なその風貌に、誰もが数歩退いた。
「不審者だ!!」「あいつ、徳川の回し者か!?」「新手の絡繰!?」
ざわつく街並み。次の瞬間、警備絡繰が一斉に飛び出す。
「おいおい、いきなりセキュリティチェックとはツレないねぇ!」
男――**回天**は、背負ったターンテーブルを地面に下ろし、指を弾いた。
「ワンツー、ワンツー……Let’s spin!」
ターンテーブルが回り始めると同時に、空気が震えた。
鼓膜にダイレクトに叩き込まれるリズムと重低音――その音に、警備絡繰の挙動が一瞬鈍る。
「婆威譜素、足りてないぜ……もっとだ。もっと上げるぜ!」
⸻
静かな一角、地下のような空間に潜むアトリエ。壁一面にペイントが爆発し、スプレー缶が山積みされた混沌の空間。
「……誰だよアンタ」
立っていたのは、白髪の下に
無数のピアスとフェイスペイントを施した少年――ラクタ。
我楽多姉弟の弟であり、狂気と美学のグラフティーアーティスト。
「Yo!アートが呼んだ。ここに来た意味が、やっと見つかった!」
「……ハァ?」
回天は壁に描かれたラクタの巨大な壁画を指差す。
牙を剥いた獣と、折れたマイクが交錯する
――まるでこの世界の“怒り”を象徴するかのような一枚。
「これだよ、これ!言葉じゃねぇ、爆発だ。お前、俺の音と組め!俺と一緒に風呂亜を沸かせようぜ!」
「いやいやいや、いきなり来て何言って――」
「悪ぃけど、もうターンテーブル、回ってんだわ」
再び響く音。アトリエの空気が震える。
「……っ、なんだこれ……この、熱…!」
目を奪われるラクタ。音に引っ張られるように、スプレーを握り、壁に向かった。
「……やべぇな。手が止まんねぇ」
「Yo!婆威譜素注入完了ォ!」
⸻
数刻後。
我楽多姉弟の姉、カグラと領主サーフェイスのもとに、ラクタの案内で通された回天。
「何者だ、そいつは」
サーフェイスが低い声で睨みつけるが、回天は全く気にしない。
「アンタじゃない。見たいのはそっちのダンサーさ」
「はァ?」
「アンタだ、カグラ。お前の踊りを見せてくれ。それが婆威譜素にどう響くか、確かめたい」
カグラはわずかに眉をひそめたが、ラクタが小さく笑った。
「姉ちゃん、やってやれよ。こいつ、意外と見る目あんぞ?」
「……ったく、面倒くさいな……」
言いながら、カグラはゆっくりと構えを取った。
そして、音が鳴った。
――ズン。ズン。ズズン。
回天のターンテーブルが回り、カグラの体が地面を滑る。風のようなスライドから回転、頭で回るウィンドミルへ。破裂するようなビートと、空を切る身体の軌跡。
「っしゃあああ!!これだこれこれこれ!!婆威譜素!!ブチ喰らったぜ!!!」
「はァ?」
カグラは笑った。心から楽しげに、鼻で笑っていた。
「お前、頭おかしいな。でも……嫌いじゃないね」
「Yo、ありがとな。これでようやく、ビートに魂が入る。お前らが加われば、俺の曲は完成すんだよ」
⸻
我楽多姉弟と回天、意気投合。
対照的に、一人ポツンと取り残されたサーフェイスは呆然と彼らのやり取りを見ていた。
「……何が起きてる…」
なんとも言えない虚無感に包まれながら、サーフェイスは小さく呟いた。




