第四話 甲斐国編
荒れた峠をいくつも越え、辿り着いたその国は、風が鳴り、山が唄う地――甲斐。
装飾を嫌う木造の町並み。
街道の端から端まで、金属音が響き渡っていた。街中には鍛冶屋が立ち並んでおり、その関係か、帯刀率も他の国より高い。
すれ違う人々も皆、屈強だ。
老若男女問わず鍛練に励む勤勉な国民性が見て取れる。
シティーガール(一応)であるカエデにはこの街の光景は、まるで過去にタイムスリップしたような高揚感を与え、周りをキョロキョロと物珍しそうに見渡しながら歩いていた。
「カエデ、あまり目立つ行為は避けた方が良いかと。この国の民は外部の風に敏感なようです」
「いやーわかってはいるんだけどね?でもさ、この国、強そうな人ばっかりだし、見てて面白くて…ほら!」
すっかり物見遊山気分のカエデは、アタラヨの忠告も届いていない様子。
カエデが指差した先には、童歌を歌いながら遊ぶ童子達の姿。
それだけなら珍しい光景でも何でもないがーー
「…なんかあそこの子達、どう見ても子供とは思えない筋肉量してるんだけど」
「ね!どんな生活してたら、ああなるんだろう!」
齢4〜6くらいだろうか。そんな少年少女ですら、着物から覗く腕はしっかりとした筋肉がついており、足はまるでスプリンターの様に隆々としている。
「…とにかく。定石通り情報収集からいこう」
甲冑の音が響く通りを進む二人は、陽の欠片に関する情報を求めて、町の中心にある茶屋で聞き込みを始めた。
「ウチの領主様はね。代々襲名制で、今のお方は数年前に「シンゲン」の名を継いだばかりなの。お若い御仁でねぇ…けれど、立派なお方よ。それに、先代様に似て男前だしねぇ」
店主の老婆が茶を出しながら言う。
カエデは差し出されたお茶をありがとうございます、と礼を言い受け取る。
「その、「シンゲン」って人が陽の欠片を持っているんだね!」
「…私達は陽の欠片を集めています。
我々の様な旅の者が、その…「シンゲン様」にお目通する事は可能なのでしょうか」
テルトラも受け取りながら店主に会釈し、神妙な面持ちで続けた。
一国の主に旅の者が会うのが難しいのは想像に難くない。
国次第ではこの質問だけで不信感を持たれるーー
そんな思いで投げかけたテルトラの不安をかき消す様に、穏やかな笑顔で老婆が厨房に戻る足を止め、振り向く。
「ああ、そんな事かい!」
「そんなの、いつだって好きにやればいいのさ!ウチの国には厳しい条約だとか、小難しい手続きなんてないからねぇ。なんなら今すぐに城に向かって「ごめんください」って、一言いうだけで謁見は叶うと思うよ」
「…そ、そんな簡単に…ですか?」
あまりに想定外の緩さにテルトラは驚きを隠せない。
訪問者が敵国の手のものであったらどうするつもりなのか。
あまりに都合が良すぎる。
何か裏があるのではないかーー追加で質問を投げかけようとした、その時。
「お話中のところ、失礼」
そこに現れたのは、軍服のような装束を着た一人の少女だった。
「店主さん。少し教えていただけますか。「陽の欠片」、というものについてなんだけれどーー」
ーーー
「あなたも"陽の欠片"を?」
「ええ。申し遅れました。ワタクシ、夜刀所属のミネと申します。私も“陽の欠片”を追っております。あなたの正義感溢れる真っ直ぐな瞳…同志であると、一目見てわかりました。全ては世の平穏を守る為。そうでしょう?」
そのまなざしは剣よりもまっすぐで、まるで“使命”そのものが足を生やして歩いているようだった。
「まぁ、そうとも言える…かな?じゃあさ、よければ一緒にーー」
「…私は反対」
意気投合するカエデとミネの話の腰を折るようにテルトラが割って入った。
「…人手は足りているし、その「夜刀」?なんて組織、私は聞いたことがない。
…こんな怪しい奴、腕も立つか怪しい。私は認めない」
「ちょ、ちょっとテルトラ…!そんな言い方…」
テルトラの敵意を隠さない言葉にミネの眉がピクリ、と動く。
「なんですか、藪から棒に。夜刀は秘密結社。アナタの様な一般市民が知らないのは当然の事。…それに、私の腕はともかく、アナタこそ、どうなのです。そのようなチンチクリンな背格好では甲斐国の子供にも勝てないのではないのですか?」
ミネが負けじと言い返す。
その言葉はテルトラの対抗心を煽るのに十分だった様で、先程の朗らかな雰囲気から一転、一触即発の雰囲気が店に漂う。
お互い睨みを効かせる二人の剣幕に、カエデは割って入ることもできず右往左往していると、ドン!と、店主によって巨大な皿に大量の団子が置かれる。
「喧嘩ってのは気が済むまでやるべきさ。けど、店で暴れられるとちょいと困るからね。代わりに、コイツでお嬢ちゃん達の気が済むまでやり合うといい!
…ルールはどちらが多く団子を平らげられるか、でどうだい?単純明快だろう?」
お代はいらないよ!と、快活に笑う店主。
突然の提案に3人は呆気に取られていたが、しばらくするとミネが動き、団子を一気に5本両手で掴んだ。
「フフ…面白い。いいでしょう。ワタクシも熱くなっていた様です。ちょうど空腹でしたし、店主のご厚意に預かりながら、アナタの悔しがる顔を見て手打ちと致しましょう」
そう言うと、ミネは5本の団子を一気に平らげる。
すると、いつの間にか集まっていた他の客や周りの住民がオオッ、いいぞ、嬢ちゃん!とヤジを飛ばす。声援を受けながら、ミネはテルトラに挑発的な笑みを向けた。カエデは不安そうにテルトラの顔を覗き込むも、表情を読むことができない。
テルトラがゆっくりと、団子へ手を伸ばす。
その数、両の手に合わせて20本。
ーーそれが一口で消える。
カエデ、ミネ、観衆。皆が息を呑む。
テルトラは不敵に笑うと、言った。
「…後悔させてあげる」
ーーこの日、甲斐国には新たな伝説が生まれた。
その記録は、街の一角の茶屋に刻まれている。
『団子【500本】完食』!の文字とともに、ドヤ顔でピースするテルトラの写真は、この街の名物の一つとなり、彼女の「伝説」に挑む者が後を絶たず
そして、その誰もがこの記録を超える事は出来なかったとかーーー
⸻
領主・武田シンゲン。その男は、赤い稽古着姿で茶を点てていた。
「よく来た、旅の者。話は聞いている。陽の欠片を集めているそうだな?」
姿勢も言葉遣いも、古き良き武士のそれであり
かつ、その眼差しはまっすぐに相手を見る好青年だった。
彼は点てた茶をカエデ達に差し出す。
「私はカエデと申します。で、この子がテルトラ!で、えーと」
「フフ…ワタクシは夜刀のミnウッ…!!
…失礼。夜刀のミネと申しm…エゥッ!!オッ……‼︎」
「…この嘔吐いて今にも破裂しそうなお腹をしているのが、ミネ、です…」
「…何があったかは存じぬが…大丈夫なのか?顔がどどめ色だぞ…」
カエデ達は、ミネとともに甲斐国領主シンゲンに謁見をしていた。
事前に聞き及んでいた通り、謁見に特段手続きなどもなく、あっさりと城の奥まで通してもらう事ができ、今まさにシンゲンと相対している。
警備の兵が多いわけではなく、シンゲンの側には側近らしい小柄な女性が1人控えるのみ。この無防備さに、テルトラは未だ疑問を持っていたが、あえて触れはせず、青くなり泡を吹いているミネを放って、本題に入る事にした。
「…率直に申し上げます。陽の欠片をお譲りいただけないでしょうか」
「……ほう?…それはこの陽の欠片が如何なる物か、理解した上で申しておるのか?」
テルトラの突飛な申し出にも特段焦る様子も見せず、穏やかに応じるシンゲン。
カエデも続けて言う。
「もちろん!…あ、いや、もちろん、わかっております!全て集めた時にはこの世に陽の光が戻り…負の感情が解き放たれることも」
「そうか。そこまで知っているのであれば、話は早い」
シンゲンは腰を上げると、カエデ達に歩み寄る。
「くれてやる。我々武田家も、この常闇にはうんざりしていてな。世は正しき形に戻るべき、と考えているのだ」
そう言うと、シンゲンは陽の欠片をカエデ達に差し出した。あまりにもトントン拍子に進む話に、カエデとテルトラは顔を見合わせる。
「…領主様、迅速なご判断感謝致します」
「あ、ありがとうございます!!」
丁寧に頭を下げるテルトラに続き、カエデも急いで頭を勢いよく下げる。こうして、あっさりと、欠片を受け取ることが出来たーーー
はずだったが。
「待ちなさい!」
ミネが突然立ち上がり、腰の刀を引き抜いてカエデ達に向ける。
「黙って聞いていれば……カエデ……テルトラ……アナタ達だったのですね…!
陽の欠片を集め、世を荒らす不届き者というのは!!今思えば、外見も渡されていたメモの情報と一致します!!」
「えっ!?そんな急に!?さっきまで仲良くやってたじゃん!?」
「確かに、アナタ達とは短い間とはいえ親しくしていましたが…世を荒らす悪党となれば話は別です。夜刀の一員として、アナタ達を放っておくわけにはいかない。……覚悟なさい!」
テルトラは、静かに湯呑みを置いた。
「……ひどい誤解ね。私達は世を荒らすつもりなんてないのに。武田家だって協力してくれている。…それでも私達を悪と断じられるの?」
「関係ない。結果的に世は荒れる事をわかっているのに、欠片を集めている時点で悪党である事実に違いはない!ーーー覚悟!」
「………」
再び一触即発。
しかし、テルトラは冷静だった。黙って席に座ったままミネを見やり、諭す様に語りかける。
シンゲンもいつのまにか席に戻り腰を下ろし、黙ってその様子を眺めている。
カエデだけあたふたと慌てふためく状況が出来上がっていた。
剣を取り、ミネはカエデ達へと勇ましく駆け出す。
――が、次の瞬間。
「ンバベルボッ」
部屋の敷居に足を取られ、前のめりに派手に転倒した。
持っていた刀は宙を舞い、天井の梁に突き刺さる。
「…えっ」
「……うん、想像以上だったね」
「………」
天井から抜け落ちた刀を拾い、カエデはミネに手渡す。
「はい、これ。……ていうか、大丈夫?おでこ…真っ赤だよ?ミネ、もう止めようよ、きっと何か勘違いしてるだけだよ」
「刀を拾っていただきありがとうございます。
それはそうと…お黙りなさい!アナタ達悪党の甘言などにワタクシが靡くと思ったら大間違いでーー」
ミネは90度の美しいお辞儀をカエデにすると、剣を受け取り、再び剣を構えると、歩き出す。しかしーーー
「ヌエグトラッ」
今度は柱の飾りに足をぶつけ、またもや頭から転倒した。勢いを乗せた刀は宙を舞い、シンゲンの座る座敷の柱に突き刺さった。
「……私がいうのもなんだけど…ここまで武の才能がない人ってのも、いるんだね」
シンゲンは腕を組んで頷いた。
「うむ。天晴な気迫だが、剣は振るう前に鍛えるべきものが多すぎる」
ミネは床に突っ伏したまま動かない。
誰もがこの、間抜けな秘密結社の一員の処遇をどうしたものか、と悩んでいた。
すると、その時。
ミネが軽快な身のこなしで起き上がる。
「ちょっとミネ?…もういい加減にーー」
まだやるのか、とカエデが呆れ顔でミネに近づく。
しかし、次の瞬間。
「…!!伏せろ!」
シンゲンの指示に咄嗟に伏せるカエデ。
カエデの背丈の高さをヒュゥ、と空気を切る音ともに鋼鉄が通りさった。
すると、背後にあった柱は綺麗に横一文字の線が入る。
「…違うね。アタシはエミ。ミネが世話になったみてぇだが…
アタシをさっきまでのアイツと一緒だと思わない方がイイぜ?」
「蛇腹剣」を手に収めながらミネーーもとい、エミがカエデを見据えていた。
ーーー
「ホラホラァ!避けねぇとズタズタのボロ切れになんぜェ!」
エミが吠える。蛇腹剣の連撃は、鞭のようにしなやかかつ、一撃一撃は必殺の威力。カエデも必死に受け流し、反撃の機会を伺う。
「さっきまでと動きも性格も違い過ぎでしょ!?もう、どうなってん…のっ!!」
カエデは攻撃を防いだ反動を使い体を捻るとさらに、アタラヨのブースターを使う事で高速の突きを繰り出す。
しかし、エミはそれを蛇腹剣を細かく振り、的確に弾き返す。カエデが体制を崩した所へ、遠心力を持って勢いを増した一撃が迫る。
「へェ…!ちっとはやれるんだなぁ、カエデちゃんよ!だけどアタシにゃ遠く及ばねえ!」
「しまっ…!!」
ーーカキィン!!
鉄と鉄が交わる音。
シンゲンが剣でエミの一撃を防いでいた。
「…こっちの人格は腕が立つみたいだけど…流石にこの形成不利を覆すのは不可能。投降して」
テルトラもエミの背後から剣を突き立て、投降するよう促す。
「…チッ!まァいい。そろそろ『お迎え』も来る頃だろうしなァ。また今度遊ぼうぜ、カエデちゃん?」
エミはそう言い残すと人形の糸が切れたように脱力し、その場にへたり込む。すると、しばらくして寝ぼけ眼で顔を上げた。
「…ん?ワタクシは、一体何を…」
再び屋敷に平穏が戻った。
と、思われたが。
ーーギュオオオオオオンッ!!
屋敷の外から、この街には似つかわしくない、けたたましいエンジン音が響いた。
次の瞬間、屋敷の襖が派手に吹き飛び、数人の人影が現れる。
「ハローーッ⭐︎ミネちゃん、迎えに来たよー⭐︎」
現れたのは、派手な柄の制服を着た女――デビ・ヘイリー。その背後には、五十銭、芳ニが並び立つ。
「あ、アナタ達!?今日は非番のはずでは…どうしてここに……!」
「頭領が心配でオジサン達、つい見に来ちゃったんだけど…この様子だと来たのは正解だったねぇ」
「お迎えにあがりましたぜ、頭領!…テメェら、頭領に手出して無事で済むと思うなよ?」
五十銭が好戦的な笑みを向け、周りを睨む。
同時に、芳ニが静かに刀を抜いた。
――その刃は、シンゲンを目掛けて一直線に走る。
目にも止まらぬ一筋の斬撃。シンゲンはそれを受け止める。
「おっ、やるねぇ〜若い当主さんとはいえ、流石にこれくらいじゃあ無理かぁ」
「挨拶代わりにしてはずいぶんと物騒な一太刀だ。並の剣士なら屠れるだろうよ」
シンゲンは受け止めた剣を払い、構える。
しかし、芳ニの刀は再び構えられる事はなく、静かに納められた。
周りを見ると、視線の先――
五十銭はすでにミネを抱えて、跳躍で屋根を飛び越え、離れていく。
「なっ、ちょっと!逃げる気!?」
追おうとしたカエデたちの前に、鉄球が唸りを上げ振り下ろされる。屋敷の床には大穴があき、その威力を物語っていた。
「おっと、ここを通りたいならアタシを倒してからにしな……なんちゃって⭐︎」
ドガァン!!!
鋼の鉄球が、地をえぐる。
鉄球を手放した隙を見て、シンゲンがデビに斬りかかるも、デビは瞬時に鉄球を回収しシンゲンの一撃を受け止め、弾き飛ばす。
「屋敷を壊すのはやめてくれると助かるんだがな…」
「ダイジョブ⭐︎大人しく潰されてくれれば屋敷の穴は3つですむよ〜⭐︎」
テルトラが門天丸を呼び出し、カエデもアタラヨを起動する。
三人がかりで別方向から斬りかかるも、デビは笑顔のまま、それを片手間にいなす。
「ちょっと、ミネちゃんの部下なんだよね!?なんでこっちはこんなに強いの〜!?」
「……只者じゃない…!!」
「む…貴様、何者だ?…所属を言え」
「あれ、言ってなかったっけ?アタシ、デビ・ヘイリー!⭐︎夜刀のアイドル、的な?感じでーす⭐︎ 気軽にデビちゃんって呼んでね⭐︎」
「…ふざけたヤツだ」
シンゲンは、デビの霞を掴むような言動に苛立ちを感じていた。
そして、武の国の領主である自分が太刀打ち出来ないような相手が、夜刀などという胡散臭い名の知れない組織に存在している事実に。
「えっへへ⭐︎じゃあ、もっとアタシとふざけ合っちゃう?あ〜でも〜…」
彼女は腕の時計を見ると、鉄球を肩に乗せる形で引っ込めた。
「ハイ、勤務時間おっしまーい⭐︎アタシもう退勤時間だから、続きは今度ね!バイバ〜イ⭐︎」
そう言うと、巨大な鉄球を抱えているとは思えない程の、俊敏な身のこなしで部屋から飛び出していく。
……こうして、今度こそ嵐は去った。
⸻
「結局、何が目的だったんだろ?」
カエデは割れた湯呑みを集めながら、呆然と尋ねた。
「…目的は本人が言っていたように、陽の欠片を集める事の阻止…だろうけど、負の感情云々の事は、多分把握してないんだと思う。陽の欠片を集める奴は悪!って誰かに吹き込まれてるんじゃない?……だから言った、あんな奴、信用ならないって……」
「あはは……でも、悪い子じゃないと思うんだよね。なんとか誤解を解けないかなぁ」
その横では門天丸と共に屋敷の補修を手伝うテルトラ。
普段冷静な彼女が、珍しく不満を垂れ流す姿に苦笑しながら、カエデも言った。
「…どちらにせよ、戦力増強は必須だと改めて確信した。…甲斐国で手練れの戦士を仲間にするべき」
「話は聞かせてもらった」
テルトラの呟きに答えたのはシンゲン。側近の女性も一緒だ。
「俺を旅に同行させてもらいたい。先の戦いでは遅れをとってしまったが…必ずお前達の役に立つと誓おう」
「そうですねぇ、むしろ武田として、こちらからお願いしたいくらいですぅ」
カエデ達からしてみれば、まさに願ったり叶ったりの状況。
真っ直ぐカエデ達を見て話すシンゲンに
横に控えていた側近の小柄な女性――ユキ=ムラマサが続けた。
「シンゲン様は、先の戦いでは屋敷も客人も守れず、客人の協力あっても1人に苦戦して…挙げ句の果てには逃げられる始末…武田家の恥にも程がありますからぁ…世界を見て回れば、そのクソみたいな剣の腕も少しはマシになると思うのでぇ…」
ユキ=ムラマサは、おどおどとした話し方で、指をもじもじと絡ませながらも、仮にも主であるシンゲンに遠慮なく棘のある言葉を浴びせる。
しかし、当の本人も申し訳なさそうに俯いているあたり、呼んで字の如く、頭の上がらない関係なのかもしれない。
思えば、彼女は夜刀が襲撃した際も全く動じずその場から動かなかった。
つまり、彼女にとっては先刻の襲撃は「有事の内に入らない」のだろう。
「…返す言葉もない。それで、どうだろうか。同行は許可してもらえるか?」
「うん、もちろん全然構いませんよ!シンゲン様が来てくれるならすっごく頼もしいですし!」
「…同意見。勧誘の手間も省けるし。こっちとしては、むしろ領主が国を出て付いてきていいのか不安なだけ。…私も人のこと言えないけど」
「それなら、問題ない。恥ずかしながら、俺が当主としての日が浅い故、政はユキや部下のもの達が大半やってくれていてな。今回も任せる事にしているんだ」
シンゲンがチラリと、ユキ=ムラマサを見やると、彼女は軽く会釈し、目を伏せる。
「改めて、よろしく頼む。カエデ、テルトラ。俺の事はシンゲンでいい」
「うん!じゃあ、よろしくシンゲン!」
こうして、旅の仲間は3人となった。
甲斐国の武士シンゲン、絡繰技術者テルトラ、そして、アタラヨを纏う少女カエデ。
陽の欠片は、4つ。
旅路の先はまだ、長い。
3人は次の欠片を求め、甲斐国を発つのであった。
⸻
その頃――
徳川の手により、各地に手配書が貼り出されていた。
記された名前はーー
「東雲カエデ」
〈罪状:徳川に反旗を翻し、陽の欠片を集め、世界を乱す者〉
また一方その頃。
ミネを無事に回収した夜刀達は、颯爽とバイクを走らせ、拠点へと向かっていた。
ミネは50銭のバイクに乗り込み、芳ニとデビはそれぞれのバイクに跨る。
「クッ…面目ありません。しかし、次こそは…!」
「まぁまぁ、そう気負わない気負わない。戦闘はオジサン達に任せてくれればいいのよ」
「そうだよミネちゃん、アタシ達ケッコー強いんだから⭐︎ミネちゃんは胸を張ってドーンとしててくれれば万事オッケー⭐︎」
「姐さんの言う通り!頭領に手を出す奴らはオレ達がぶちのめしてやりますよ!!」
「みんな…ありがとう」
夜刀が各々ミネにフォローを入れる。
ミネは部下の暖かい心遣いに、礼を言う。
部下達が皆がニッ、と口角を上げる。
夜刀において、こういったやり取りは日常茶飯事であった。
「みんな…ありがとう、本当に………ありがとう」
「頭領…」
ただ、今日はミネが普段よりしおらしい。
いつもよりナイーブな気分なのか、と50銭が後ろを窺う。
芳ニも心配そうにバイクを寄せる。
…しかし、デビだけはなぜかバイクの距離を離した。
「…頭領、本当に気にしなくていいんですぜ。オレ達はいつだってアンタの味方だ。オレはアンタの為ならなんだってーーー頭領?」
急にミネが押し黙る。
心配そうに顔を覗き込む50銭。近寄る芳ニ。さらに距離を取るデビ。
「ありがとう…あと、ごめん…」
「ごめんって、何をそんな水臭ェ…頭領?頭領?顔青過ぎません?あと、今更ですけどなんでこんな腹出t」
「本当にごめん」
真暗闇に虹の橋がかかる。
それは、吉兆か、それともーー
1人喧騒から離れ、デビは手元の手配書を見やり、目を細めた。
「ギャーッオジサンノイッチョウラガーッ」「トウリョウーッ!オレノアイシャガーッ」
ーーー夜刀本拠地・三日月の森ーーー
「……ここまでやるとは。…これはいよいよ、潮時なのかもしれんな」
三日月の森の長、ハルマサも手配書を手に空を見やる。
窓の外は、いつもと変わらぬ常闇。
だが確かに、夜明けは近づいている。




