第三.五話 夜刀編
森の奥のさらに奥。
誰も足を踏み入れぬ、月さえ差し込まぬ秘境に、それはあった。
黒々とした木々の幹に囲まれたその地には、まるで時代に取り残されたかのような和風建築の集落が点在している。蝋燭の明かりが点々と灯り、静寂に包まれていた。
その一角、長屋のような一棟の建物――そこにから明瞭な声が響く。
「全員、整列ッ!!」
鋭く高い声が、建物内に響き渡る。
カウンターの前に立つのは、真っ直ぐに切り揃えられた前髪、白と黒の制服、背中には大きく『夜刀』の文字――夜刀の首領、ミネである。
その前に立つのは、実に個性豊かな三名の構成員。
筋骨隆々、黒い肌に鋭い目をした長身の男、50銭。
和装に笠を被り、どこか飄々とした雰囲気を漂わせるサムライ、芳ニ(ほうじ)。
制服を大胆に着崩し、ギャル風にカスタムされた衣装を身にまとう、派手な女、デビ・ヘイリー。
「――全員、社訓唱和!」
「『己を隠して世界を見よ。己の名は誉れ。夜刀たる誇りは、刃の如く――』」
締まりのない掛け声に、ミネはぴくりと眉を跳ね上げた。
「やる気のない声を出すんじゃありませんッ! 暗殺結社、夜刀としての誇りはあるのですかッ!デビは口パクで社訓を読むのをやめなさい!バレてるんですからね!!もっと常日頃から、鍛錬を怠らず忠義の姿勢を――」
「はいはいミネちゃん、ゴメンってばー♪」
デビがあくびを噛み殺しながら、雑に答える。片手では、携帯に付いた身の丈以上はある巨大な鉄球ストラップをぶんぶんと弄りまわしている。
「姐さん、あんまり頭領をイジらないでやってくださいよ」
「おじさんは今日、3時間シフトだから、さっさと終わらせたいねぇ」
唯一、社訓をしっかり読みあげていた50銭が苦言を呈すも、デビはどこ吹く風。
その横では、芳ニが懐から煙管を出しながら、どこか飄々とした口調で言う。耳の代わりに装着されたサイバー装置が、かすかに点滅した。
「…あのですね!ワタクシは真剣なのです!!皆、もっとこう、士気を高めてですね…!!」
そこへ、奥の襖が静かに開いた。
現れたのは、豊かな白髭を蓄えた穏やかな表情の老人――ハルマサ。
この集落ーー「三日月の森」の長でもある。
「やれやれ、今日も朝から賑やかじゃな……ミネ、茶が冷めるぞ」
「お爺ちゃん!」
ミネが一転して柔らかな声を出し、後ろ手に歩み寄る。それをハルマサは温和な笑顔で受け止めた。
しかし、次の瞬間。ハルマサが声色を変えて告げる。
「陽の欠片を集めるものが現れた」
場の空気が、凍る。
デビの鉄球が、静かに床を揺らし、
芳ニの煙管の火が、ぴたりと止まり、
50銭の視線が鋭くなる。
「…夜を明かそうとしている者、ですね」
ミネの瞳が細くなる。
「陽の欠片」が全て揃えば、世は荒れる。
その災いの種を刈り取り、平穏の夜をもたらす。
それが、夜刀の“使命”であった。
「その者は、既に欠片を3つ、手中に収めている。年端も行かぬ少女だそうだが…見過ごすわけにはいかん…やれるな、ミネ」
ハルマサの問いかけに、ミネが強く頷く。
そして鋭く踵を返すと、待機していたメンバーに号令をかけた。
「出撃準備!各自、騎乗具へ!」
「悪党退治の時間だね☆よーっし、アタシ、頑張っちゃうぞ〜☆」
デビはウインクし、肩に鉄球を担いで建物を飛び出す。
「ミネちゃんと同じ歳くらいの子、かぁ……おじさん、気乗りしないなぁ」
芳ニも煙管をしまい、笠を直しながら続く。
「たとえ女子供だろうと、世を荒らす悪党に変わりはねぇ。…捻り潰す!」
50銭が低く唸るように言い、床を蹴って跳ぶ。
ミネが振り返る。
「……ワタクシたちは、夜を守る者。陽の欠片を渡すわけには参りません!」
「夜が明ける前に、全てを終わらせましょう」
バイク型の騎乗具が、轟音と共に起動する。
東の空は、まだ暗い。
その闇を裂いて「夜刀」の一行は、正義の名の下に世を乱す者を討ち取らん、と出撃した。




