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Akeenohi -アケノヒ-  作者: 大化
第三部 『救われるもの』
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五話 福音

門天丸は、京へ向かって飛び続けていた。


機体の外を風が流れ、低く唸る駆動音が船内に響いている。


操縦席ではテルトラが進路を確認し、シンゲンとシズメは窓の外へ目を配っていた。カエデもまた、時折眼下の街へ視線を落としている。


その後方で、フランは壁に背を預け、膝の上に琵琶を抱えていた。

その隣にはヤジロウがいる。


門天丸が気流に揺れるたび、ヤジロウはフランの肩へそっと手を添える。幾度となく繰り返したやり取りなのだろう。フランは特に礼を言うでもなく、その手が来るよりも少し早く身体の力を抜き、ヤジロウへその身を預けた。


「二人は、長いの?」


カエデの声に、ヤジロウが顔を上げた。


「何がだ」


「一緒にいるの。すごく息が合ってたから」


「…腐れ縁だ」


「え〜?僕としては、かけがえのない相棒のつもりなんだけれど」


フランが悪戯っぽく微笑む。

そしてわざとらしく大きくため息を吐いた。


「ま、仕方ないか。アンジロウは照れ屋さんだからね」


「誰がアンジロウだ。俺はヤジロウだ」


「ふむ。では、ヤジロウ君」


「…やっぱ気持ち悪ぃから戻せ」


「あぁもう、注文が多いなあ」


二人のやり取りに、カエデが小さく笑う。

するとその直後、門天丸が大きく揺れた。


「あっ──」


フランの身体が傾く。

ヤジロウは何も言わず、その背を腕で支えた。

フランの指先が彼の手のひらへ触れる。

その手は、ひどくデコボコとしていて、硬かった。


(傷だらけだ)


刻まれた深さ。

その数の多さ。

剣を握り続けた為にできたタコ。


(─誰かを守るたび、増えていった傷…)


フランはその感触を確かめるように、一度だけ指を滑らせた。


「…おい」


思わずハッとする。

ヤジロウからの呼びかけに反射的に体を飛び退かせ、席へ戻る。


「っと、ごめんごめん!」


「何なんだ全く…」


呆れたように言うと、ヤジロウはすぐに外の景色へと視線を戻す。フランは微笑み、視線を落とした。

そして、そのまま機体の外から聞こえる風の音へ耳を澄ませる。


絶え間なく流れる、低い音。

それはいつしか、遠い日の波音へ変わっていた。


◇


フランがヤジロウと出会ったのは、海の向こうにある港町だった。


「─神は人を平等に扱ってくださいます」


フランは、宣教師の1人として異国の地で活動をしていた。異国の言葉を学び、教えを説きながら、港を行き交う人々へ神の慈悲を語っていた。


けれど、誰もが彼女の言葉へ耳を傾けてくれたわけではない。


異国の宗教を広めようとする者を快く思わない者もいたし、教えを説く者を利用しようとする者もいた。

それでも、フラン達宣教師は救いを求める者達の為に善意の元、日々奔走していた。


「フゥー…」


フランが大きく息を吐く。

その日も、フランは港の近くにある小さな礼拝所から戻る途中だった。


(日本語は発音が難しいですね…もっと私が流暢に話すことができれば、話を聞いてくれる方も増えるのでしょうか)


そんな事を考えていた時。

夕暮れの路地裏で、男達の怒鳴り声が聞こえた。


「大人しく金を出せと言っているのがわからねえのか?!」


「持っていません…!」


「そうかい。なら、その服を脱げ」


「そんな…イヤッ……!」


男達の荒げた声に、怯えた女の声が続く。

フランは思わず足を止めた。

路地の奥では、数人の男が一人の女性を壁際へ追い詰めていた。

彼らの足元には、割れた籠と散らばった果物が転がっている。


「その人から離れてください」


フランが声をかけると、男達が振り返った。


「なんだ、宣教師の女か…引っ込んでな」


男達はシッシッ、と手を振り女性と向き直る。

それでも尚、フランは男達へ歩み寄ると腕を掴んだ。


「この方を放してください」


「…聞こえなかったのか?それとも、異国の女にゃ言葉が理解出来ねぇか?…まぁいい」


そう言うと、男達が女性から手を離した。

フランが目配せすると、女性はおずおずと頭を下げ、その場を走り去った。


「テメェが代わりに相手をしてくれるってなら問題はねえしな?」


「よく見りゃ、なかなか良い体つきしてるしよ。顔も悪くねぇ!」


男達が下品な笑い声を上げながらフランを取り囲む。そして、一際大柄な男がフランへと手を伸ばし、その細腕を掴んだ。


「どうした?助けを呼ばねえのか?テメェの言うカミサマ、とやらによぉ?」


「……ッ‼︎」


男達はそう言って笑うと、フランの衣服へと手をかけた。


(神よ…お救いください……どうか…‼︎)


フランが目を瞑り、手を握る。

男達がお構い無しに上着を剥ぎ取ろうとした───その時。


「その手をどけろ」


その手が伸びるより早く、別の男の声が路地へ響く。それは低く、荒い声だった。

男達が振り向くと、そこには大柄の男が立っていた。日に焼けた肌。無造作に伸びた髪。

腰には、体躯に見合った巨大な刀が差されていた。そして、その目は獲物を狙う目のようにギラついていた。


放たれる異様な雰囲気に男達は一瞬だけ怯んだが、すぐに嘲笑を浮かべた。


「なんだァ、テメェ?」


男は何も答えず、フランと男達の間へ歩み出る。


「離せっつってんだよ、聞こえねぇのか」


「テメェ調子乗ってんじゃあ――」


側にいた男がその腕を掴もうとする。

すると次の瞬間、男の身体が地面へ叩きつけられた。そして、倒れた男の顔面へ拳が容赦なく叩き込まれる。


「なっ…テメェ!ブッ殺してやる!!」


一瞬でのされた男を見て、残った者達が一斉に抜刀し、斬りかかった。

男は刀へ手をかけると、鞘でその剣を受け止め股間を蹴り上げる。


「うぐゥエッッ…!!」


あまりの激痛に声にならない悲鳴をあげ倒れ込む男の顔面に拳を叩き込む。


「テメェ…ただで済むと思うなよ!!」


その背後から剣が振り下ろされる。

しかし、男はそれを躱すと鞘で顎を横薙ぎに打ち砕いた。


「ゲッ…ガハッ…!」


「なっ、なんなんだよ、オメェはァ…!」


あっという間に仲間が倒され、残りの1人が怖気付く。しかし、男は何も言わずに近寄るとその胸ぐらを掴み持ち上げる。そして顔面めがけて拳を放つ。


「グエッ……!ゆ、許して……」


二発。三発。四、五発。

命乞いの声も押しつぶされて聞こえなくなるほど、執拗に顔面を殴り続ける。

やがて、ぐちゃぐちゃになった顔面からヒューっと、空気の抜けるような音しかしなくなった頃、男はその手を離し相手を解放する。


「ヒッ…ヒィイ…!!」


意識を取り戻した暴漢が、崩れ落ちる仲間の様子を見て声にならない悲鳴をあげた。

男はそれを見つめると、腰の刀に手をかける。


「…待ってください!」


その動きを見て、フランは思わず男の手を掴んだ。男の手が止まる。だが、その視線はフランではなく、怯える暴漢達へと向けられたままだ。


「いくらなんでもやり過ぎです!この人達は、もう抵抗できません」


「まだ立ってる奴がいるだろうが」


「それでも、斬る必要はありません!」


やがて、男はフランへ顔を向ける。

その目は確かな苛立ちを宿していた。


「お前、何も分かってねぇな」


「分かっています。例え、彼等が悪人であろうと、無下に命を奪ってはなりません。…それに、相応の罰は既に受けています」


「…分かってねえじゃねえか。こいつらは、放っといたところでまた同じことをする。…殺さねえ限りな」


暴漢達が怯えた悲鳴をあげる。


「なら、二度とできないように役人へ引き渡しましょう」


「役人がこいつらを裁くと思うか?」


「…それでも、殺してはなりません。…絶対にです」


フランは男を見据え、強く言い切る。

男は、しばらくフランを見つめた後、諦めたかのようにフゥーっと息を吐いた。


───


「あなたは、日の本の方ですか?」


「……そうだ」


男は暴漢達を後ろ手に縛り付けながら、ぶっきらぼうに答えた。


「お名前を伺っても?」


男はしばらく黙っていた。

しかし、しばらくすると静かに答える。


「ヤジロウ」


「ヤジロウさん、ですね。良い名です」


「そんな良い名前でもねぇよ…それと、さん付けはやめろ」


「では、ヤジロウ」


「…とはいえ、呼び捨ても気に入らねぇな」


「あら、存外繊細なのですね」


フランが微笑むと、ヤジロウは露骨に顔をしかめた。


「お前、あいつらが何をしようとしてたかくらいわかってんだろ。なのに、なんでそんなに平然としてやがる」


「皆が救われたからです。僕はあの男性の方に腕を掴まれた時、正直怖かった。それでも神へと祈り続けました。そうしたら、貴方が来てくれた。おかげで襲われていた女性も、僕も無事。先程の方々は少し、痛い目を見てますけど…まぁ、結果的に丸く収まったでしょう」


フランがにっこりと笑う。

ヤジロウは、それを信じられない、と言った表情で見つめる。


「…お前な。たまたま逃げてく女を見たから気付いたけどよ。俺が来なけりゃどうなってたか…」


「ですが、貴方は来てくれました」


「だから、それは偶然で─」


「いいえ、運命ですよ。神は常に見ていらっしゃいます」


「……」


「良い行いには良い運命が。その逆も然り。貴方のような良き方には、必ずや良い運命が待つでしょう」


「…良い行いには、良い運命…」


フランがヤジロウの手を握り、見つめながら語りかける。しかし、笑顔のフランとは対照的に、ヤジロウは表情を険しくした。


「─じゃあ俺がやったのは間違ってたんだろうよ」


「えっ、今なんと……?」


「何でもねぇよ。とにかく、俺はもう行く。そいつらの引き渡しはアンタに任せた」


ヤジロウはそれだけ言うと足早に立ち去り、路地の出口へと向かっていく。


「ああっ、ちょっと!待ってください!」


フランがすぐに追いかけて路地から表通りを見渡すも、既にその姿は人混みの喧騒に紛れて消えていた。


♢


―そして、結局、あの日以来。

フランは一度もヤジロウと再会することがなかった。


「……ヤジロウ」


港に張り出された一枚の紙を前に、フランはその名前を呟いた。

似顔絵。そして、その下に書かれた文字。


─殺人。

─逃亡。


──指名手配。


そこに描かれた男は、間違いなく先日自分を助けた男だった。


「……人殺し」


あの日、ヤジロウ自身が口にしていた言葉を思い出す。


――じゃあ俺がやったのは間違ってたんだろうよ。


胸の奥に、小さな棘が刺さった。

あの時の自分は、その言葉の意味を理解できなかった。フランは手配書の似顔絵を見つめる。


「でも…」


あの男は、自分を助けた。

見ず知らずの女性を助けた。

暴漢達に刀を向けながらも、自分が止めれば刃を収めた。


荒々しく、口も悪く、とても聖人には見えなかったけれど。


少なくともフランには、理由もなく人の命を奪う男には思えなかった。


しかし、それを確かめる機会は訪れなかった。


やがて、フラン達宣教師が故郷へと帰る日がやって来た。


◇


「フラン、忘れ物はありませんか?」


「はい。大丈夫です」


荷物をまとめ、長かった異国での活動を終える。

布教が思うように進まなかったこと。

言葉の壁に悩んだこと。

それでも自分達の教えを受け入れ、礼拝所へ通ってくれた人々。


様々な記憶が頭を過ぎった。

港には帰国用の船が待っていた。


乗船する前、フランは一度だけ振り返る。

大勢の人々が行き交う港町。

その中に、あの大柄な男の姿を探してしまう。


「……結局、会えませんでしたね」


誰にも聞こえないよう、そう呟いた。

彼が捕まったという話は聞いていない。

だが、逃げ切ったという話もない。


今どこで何をしているのか。

生きているのかすら分からなかった。


「……神よ」


フランは胸元で手を組んだ。


「どうか、彼にも救いがあらん事を」


そして船へ乗り込んだ。


まさか、その祈りの相手が。

同じ船の中にいるとも知らずに。


◇


船が港を離れてから、数時間が経った。

陸地はすでに遠い。

フランは甲板で海風を浴びながら、遠ざかっていく異国の地を眺めていた。


「……さて」


故郷へ帰れば、また新しい仕事が待っている。

この国で学んだことを伝え、次の宣教師達へ託す。そうして、自分の役目を続けていく。


そう思っていた。




─その夜。




「うう…気持ち悪い。やはり船は苦手です…」


フランは船酔いから寝付けずにいた。

狭い自室にいると、どうもその閉塞感から込み上げてくるものがあったので、気晴らしに船内を歩き回っていた。

足取りはふらふらと、そのまま甲板下のデッキ部分へと足を運ぶ。

夜も更け、周りには人の気配はなく、船内は波の音が静かに響くのみ。


ここならば、多少は気が紛れる。

…幸い、海もすぐそこなので最悪の場合は、そこに向かって─そんな風にフランが考えていた時だった。


───ガタガタッ!


「……?」


階下から聞こえる大きな物音に、フランは足を止めた。そして、恐る恐るその音の方へと向かう。するとどうやら、音の発生源は船倉のようだった。フランはゆっくりと扉へ近づき、耳をあてがう。


聞こえるのは、何かが倒れる音。

続いて、小さな悪態。

部屋の中に誰かいるのは間違いなかった。


──そして、その声にフランは聞き覚えがあるような気がした。


「まさか……」


フランは船倉へ続く扉を開けた。

薄暗い船内に、積荷の木箱が並んでいる。

扉横にかかっていた懐中電灯を、頼りに暗闇を進む。床には乱雑に散らばった積荷が散見する。

そのさらに奥─音のする方へと懐中電灯を向けた。


すると、パンを手にした男と目があった。

数秒間、二人は無言で見つめ合う。


「……」


「……」


先に口を開いたのはフランだった。


「――あ」


「なんでテメェがここにいる」


男の眉間に、深い皺が寄る。


「それはこちらの台詞です!」


「声がでけぇよ!」


ヤジロウは慌ててフランの口を塞いだ。


「むぐっ!?」


「俺は密航してんだよ!騒ぐな!」


フランがその手を引き剥がす。


「密航!?」


「だから声がでけぇっつってんだろ!」


「だって……」


フランはヤジロウをまじまじと見つめた。

変わらない顔。巨大な体躯。

しかし、身につけた服は汚れており、以前より少し痩せているように見えた。


それでも、生きている。

その事実に気づいた瞬間。

フランの表情が柔らかくなった。


「……よかった」


「あ?」


「生きていたんですね」


ヤジロウが黙る。


「指名手配のこと、知りました」


その言葉で、彼の表情が一変した。

フランから距離を取る。


「……なら、今すぐ上へ行け」


「なぜです?」


「ここで見た事は忘れろ。さもなけりゃ─」


「嫌です」


即答だった。


「……は?」


「嫌です」


「嫌ですって、お前な……」


「僕は、あなたがどうして人を殺したのか知りません」


フランは真っ直ぐにヤジロウを見る。


「だから、あなた自身から聞きたい」


「…聞いてどうすんだ」


「それから考えます」


ヤジロウは、深く息を吐いた。

逃げ場のない船倉。

しばらく黙った末、木箱へ腰を下ろした。


「……女が絡まれてたんだ」


フランも、その向かいへ座る。


「あの日と同じですか?」


「似たようなもんだ」


ヤジロウは少しずつ語り始めた。


夜道で女性を助けたこと。


相手から襲われたこと。


反撃した際、一人を死なせてしまったこと。


そして、死んだ男が大きな商会の息子だったこと。


…正当防衛だと訴えても誰も聞かなかったこと。


「それで、逃げていたんですね」


「ああ」


「じゃあそんな大変な時になぜ、あの日僕を助けたんです?」


ヤジロウが顔を上げた。


「そのせいで、見つかる危険もあったでしょう」


「……知らねぇよ」


「知らない?」


「気づいたら身体が動いてた」


ヤジロウは吐き捨てるように言った。


「目の前でやられてる奴を見て、知らん顔できなかった。それだけだ」


フランは、しばらく彼を見つめていた。

そして、小さく笑った。


「やっぱり」


「…何がだ」


「貴方は、優しい人です」


「ハァ!?」


船倉に声が響いた。

今度はフランが慌てて口元へ指を立てる。


「声、大きいですよ?」


「誰のせいだ!」


フランは肩を揺らして笑った。

ヤジロウは忌々しそうに顔を背ける。


だが、ほんの少しだけ。

その表情から、張り詰めていたものが消えていた。



──その夜から、フランは船倉へ食事を運ぶようになった。


「見つかったら、お前まで共犯者だぞ」


ヤジロウは何度も断った。


「では、見つからなければ問題ありません」


しかし、フランは譲らなかった。


「宣教師が密航者を匿っていいのかよ」


「困っている人を助けるのも僕達の仕事です」


「都合の良い教えだな」


「ふふっ、便利でしょう?」


「開き直るな」


二人が言葉を交わす時間は、少しずつ増えていった。時折、フランはヤジロウへ教えを語り。

ヤジロウは、そんな彼女の考えを鼻で笑った。


だが、ヤジロウは次第に自分の過去を話すようになった。

フランもまた、自分のことを話した。


そうして二人は、ようやく本当の意味で互いを知り始めた。


フランは思った。

この男が、自分の罪を忘れる必要はない。


ただ。

それだけを理由に、自分自身まで悪人だと思い続ける必要もない。


そしてヤジロウも。


自分が逃げ込んだ船の中で、奇妙な宣教師の言葉を聞き続けるうちに。


少しずつ。


本当に少しずつ。


もう一度、自分を人間として扱ってもいいのかもしれないと思い始めていた。




――あの日までは。






ある夜。


海が大きく荒れた。

風が帆を引き裂き、巨大な波が船体へ叩きつけられる。船内では、対応に追われる船員達の怒号が飛び交っていた。

乗客は自室から出ないよう、船長から指示があった為、フランは客室から荒れ狂う海を見つめていた。


「…アンジロウ」


フランは呟く。船倉に取り残されたヤジロウの事が気になってどうにも落ち着かなかった。


「…よし」


やがて、フランは上着を羽織るとこっそりと部屋を抜け出し、船倉へと向かうのであった。


♢


「クソッタレ…!!」


ヤジロウはボヤく。

荒れ狂う波の影響をもろに受け、船倉の中は荷物がひっちゃかめっちゃかに動き回っていた。

ヤジロウは小さな木箱にその身を隠していたが、その木箱も例外なく他の積荷と同様に動き回っていた。

このままでは大きな積荷に囲まれ、身動きが取れなくなる。

最悪の場合、そのまま押し潰される可能性があった。


「チッ、仕方ねぇか…!」


そう言うと、ヤジロウは木箱から飛び出す。

そして、その身のまま身を隠せそうな積み荷がないか手当たり次第に探し出した。


「アンジロウ!」


その時、自分を呼ぶ声が船倉に響いた。

驚き振り向くと、上部のデッキに上着を羽織ったフランの姿があった。


「…フラン!?なんでここにいる!?部屋に戻れ!」


「大丈夫!アンジロウ、僕の部屋に来て!船倉は危険だ!今なら混乱に乗じて移動できる!」


フランが呼びかける。

ヤジロウはすぐにデッキへ向かった。


「バカ言うんじゃねえ!…と、言いてぇところだが、正直助かる」


ヤジロウの答えが意外だったのか、フランは一瞬キョトンとすると、悪戯そうに笑った。


「…へぇ、やっとアンジロウも人に頼る事を覚えたんだね」


「うるせぇ。言っとくが、嵐が収まったらすぐに俺は船倉へ戻る。密航者を部屋に匿ってたとなったら流石にお前もただでは済まねぇぞ」


「わかってるって。よし、じゃあ早速戻ろう!僕が先に行くから、アンジロウは後ろについて来て!」


「…だからそのアンジロウってのやめろ」


フランがデッキの階段を上がる。

それにヤジロウが続いた。

降りかかる水しぶきを拭いながら、船員の目を盗み部屋へと進む。

よほど状況が悪いのか、船員達はフラン達に目もくれず船内を駆け回っており、思いの外あっさりとフランの自室へ戻る事が出来た。


「到着!さっ入って、入って!特に何かあるわけじゃないけど、紅茶くらいなら出せるからさ!あ、アンジロウはグリーンティの方がいいかい?」


フランが自室の扉へと手をかけた、その時。

船が大きく振動した。


そして、次の瞬間。

船体が大きく傾いた。


「─キャアッ!?」


「〜ッ、フラン!!」


フランの身体が宙へ投げ出される。

ヤジロウが腕を伸ばし、彼女の身体を抱き込む。


「離れるんじゃねえぞ!!」


そして二人は

荒れ狂う黒い海へと、呑み込まれていった――

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