↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Akeenohi -アケノヒ-  作者: 大化
第二部 『天下征伐』
PR
51/57

間話 後編 『鬼王は理解する』

鬼王・酒呑童子は、全身を血で染めながらも立っていた。


「……まだだ」


金棒を握り直す。


「私は…妖怪の王。酒呑童子だぞ。…人間なんぞに……!!負ける、事など…あってたまるか!!!」


吠える酒呑を見て、シンゲンは肩を竦めた。


「だからなんだ…事実、勝負はついてる。それでいいだろ」す


「黙れ!まだ勝負はついていない!!貴様を殺し、今度こそ真なる決着をつける!!!」


しかし、その言葉とは裏腹に。


酒呑自身が、一番理解していた。


─勝てない。


どれだけ力を振るっても。

どれだけ知恵を巡らせても。

この男には届かない、と。


胸の奥で、初めて芽生えた感情があった。


恐怖。


これまで酒呑は、強者だった。

常に恐怖を与える側だった。


人間が命乞いをする姿を笑い。


妖怪達が震える姿を眺め。


弱者は愚かだと、嘲笑ってきた。


それが、今。

自分の命は、たった一人の人間に握られている。


酒呑は、生まれて初めて。


弱者の恐怖を知った。


(嫌だ)


(死にたくない)


(怖い)


溢れ出るその本音を。

なけなしの誇りが必死に押し潰していた。


そして、震える足を前へ出す。


「勝つのは……私だ!!!」


叫びながら突撃する酒呑。

それを見て、シンゲンは小さく息を吐く。


そして、ゆっくりと。


腰の刀へ手を添えた。


酒呑の瞳が見開かれる。


「……!」


思えば、今の今まで。

この男は一度たりとも刀を振っていなかった。


本気など、欠片も出していなかったのだ。


(…成程。舐められたものだ、本当に)


シンゲンが静かに抜刀する。


(だが、認めよう。貴様は強い。この私を前にそうするだけの余裕があるのだろう)


金属の擦れる澄み切った音が、大江山へ響き渡る。

対する酒呑は、金棒を構え、持ちうる全ての力を足へと集中させていた。


(──その驕りを突く!!)


二刀を構えたシンゲンが地を蹴ろうと、腰を落とした瞬間──貯めた妖力を解放し、酒呑が間合へと瞬間移動の如く、急接近した。


シンゲンの反応が、少し遅れる。

そこへ、酒呑はシンゲンの脳天目掛けて、金棒を力任せに振り下ろした。



(獲った!!!)


金棒はシンゲンを確実に捉え、今まさに直撃せんとする。

酒呑は勝利を確信し、口角を上げた。


─絶望しているだろう。さぞ悔しかろう、と。


劣勢から覆す、劇的勝利の美酒の味わいに酔いしれながら、酒呑は失ったプライドを取り戻す為、シンゲンの最期の表情を見ようとした。




──しかしその時、酒呑の視界は未来を視た。




一歩踏み込めば首が飛ぶ。


右へ避ければ胴が断たれる。


左へ逃げても心臓を貫かれる。


後ろへ飛んでも真っ二つ。


妖術を放ってもまとめて叩き斬られ。


逃げても追いつかれ、やはり斬られる。


─自分は何をしても死ぬ。


(……そうか)


それを見て、やっと。


酒呑は理解した。


否、理解する事を選んだ。


(私は……死ぬのか)




──次の瞬間。




キィン、と。


乾いた音だけが響いた。


気付けば、金棒は宙を舞い。

そのまま宙で、細かな破片となって砕け散った。


そして、酒呑の首筋へ冷たい感触が伝わる。

刀が首へ添えられていた。


「勝負あり、だな。」


⸻


シンゲンは刀を納める。


「これに懲りたら人を襲うのはもうやめろ。いいな」


それだけ言い残すと、酒呑へ背を向け、ゆっくり歩き出した。


「……えへ。」


しかし、その後ろで。

笑い声が聞こえた。


「……えへへ。」


先程までの豪快な笑いではない。


弱々しく、陰気で。

壊れた玩具のような笑い。


シンゲンが驚き振り返ると

酒呑が俯いたまま、笑っていた。


「降参ですぅ……」


肩を震わせながら。


「私なんかぁ……所詮はお山の大将……カス以下のゴミクズなんですぅ……」


自嘲するように、酒呑は乾いた笑みを浮かべる。


「この大江山はぁ…シンゲン様に差し上げますぅ」


無茶苦茶な提案だったが、その場にいた妖怪達は誰一人異議を唱えなかった。


茨木童子も。

天狗も。

鬼達も。


皆、固まっていた。


つい先ほどまで、誰より傲慢で。

誰より尊大だった鬼王が。


自分をゴミクズと呼び。

あろう事か、領地である大江山まであっさり手放したのだ。


その変わり様を、誰も理解する事はできなかった。


もちろん、それはシンゲンも同様であり、思わず頬を掻く。


「……いや。別にいらんぞ。」


数秒沈黙した後。

酒呑は深々と頭を下げた。


「でしたらぁ……私は貴方様にお仕えいたしますぅ。」


少しだけ間を置き。

その声は、どこか懇願するように震えた。


「いえ、仕えさせてくださぁい。」


シンゲンは苦笑する。


「……まぁ、好きにしろ。」


そして、真剣な眼差しになる。


「では、改めて誓え。俺の部下になるなら、人間を襲うな。

襲った瞬間、俺がお前の首を跳ね飛ばす。」


酒呑は一切迷わず答えた。



「承知致しましたぁ」



その返事には。


恐怖も。

屈辱も。

全てを受け入れた覚悟だけがあった。


⸻こうして。


鬼王・酒呑童子は、大江山を去った。


その変わり様についていけず、山を離れる妖怪も多かった。


「酒呑様は─いや、酒呑童子は死んだ」


そう吐き捨てる者もいた。


だが茨木童子をはじめ、多くの妖怪達は違った。

特に、あの戦いを見たもの達は、得も言われぬ感情に支配され、彼らもまた、武田家の門を叩いた。


その感情が、人間で言うところの「憧れ」「畏怖」である事を知るのは、彼らが人間社会に溶け込んでしばらくしてからの事であった。






⸻それから幾年の月日が過ぎた。







「一本!」


「また酒呑殿の勝ちか!」


審判が声高に叫び、旗を掲げる。

行われていたのは木刀による模擬戦。


今まさに酒呑が、自身の倍はあろう長身の武士を相手取り勝負をつけたところであった。その圧倒的なまでの剣技に周りで見ている武田の兵達も感嘆の声を上げる。


「一矢報いる事は出来ると思っていたのですが…さすがです、『師範』」


「お前が弱いだけですよぉ」


長身の武士は立ち上がり、礼をする。

それに対して、酒呑は眉一つ動かさずにピシャリと突き放した。


酒呑は武田へ来て尚、圧倒的な強さを誇っていた。


やがて彼女は武田家筆頭臣下となり。

さらに剣術師範まで任されるようになっていた。


武田を支える重鎮。


それが酒呑の新たな立場だった。


今や、彼女を妖怪とは見なす者はいない。


「…それよりも『一矢報いる』とはどういうつもりですかぁ?模擬戦だろうが殺す気で来いと、いつも言っているはずですがぁ…」


和やかな空気が一転、殺伐とした気配を放つ酒呑。


「い、いやその。あれは言葉の綾といいますか…」


武士はしどろもどろになりながら言葉を返した。

酒呑はそれをジッと見つめる。


「3日」


「へ……?」


「剣を振り続けなさい。休む事は許しません」


周りがどよめく。酒呑は続けた。


「甘っちょろい言葉が出るのは、死線を超えた経験が少ないからですぅ。文字通り、死ぬまでやりなさい。そうすれば、そのクソみたいな意識は多少はマシになりますよねぇ」


「そ、そんな…!」


懇願は受け入れられる事はなかった。

武士が諦め半泣きになりながら、「1!2!」とカウントし、剣を振り始める。


「お、恐ろしや…」

「俺達も発言には気をつけねぇと…」


その悲痛な光景に周りがどよめいていると、酒呑がそちらを見やる。

が収まり、皆が固唾を飲んだ。そして、酒呑はニコリと笑って言った。



「何してるんですかぁ?お前達もやるんですよ?」



─余談ではあるが、武田の武士達がつけた彼女のあだ名は『鬼』であった。


─────


「酒呑」


鍛錬を終えた酒呑へ、シンゲンが声を掛ける。


「はい、親方様」


「武田も勢力が巨大化した関係で、お前も表へ出る機会が増えた。これからは、人として生きろ」


酒呑は黙って耳を傾ける。

シンゲンは笑った。


「そこで、お前に名前をやろうの思ってな」


「……名前、ですかぁ?」


「そうだ。今日からお前は…」


シンゲンは少しだけ考え、静かに告げる。


「ユキ=ムラマサ。ユキ=ムラマサ、と名乗るがいい。お前の為に一晩考えたんだ」


酒呑は目を見開いた。


「お前はもう鬼の王じゃない。武田家の人間だ」


その一言が。

酒呑の胸へ静かに落ちる。


「……ありがとうございますぅ、親方様。」


やがて。

彼女は深く、深く頭を下げた。


「このユキ=ムラマサ。命尽きるその時まで。

貴方様の剣となりますぅ。」


そうして、鬼王・酒呑童子は歴史から姿を消した。


代わりに生まれたのは。

武田家筆頭臣下、剣術師範代。


ユキ=ムラマサ。


後に武田最強の臣下と称される、その名の始まりであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。