間話 前編 『鬼王・酒呑童子』
──大江山。
人の踏み入ることを許さぬ、妖の国。
その山には数え切れぬ妖怪が集い、ただ一つの名の下に膝をついていた。
酒呑童子。
日の本最強にして、妖怪の王。
その名を聞くだけで、人々は戸を閉め、武士は刀を捨て、僧は祈ることしかできなかった。
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「今月の献上品は?」
玉座に腰掛けた酒呑童子は、頬杖をつきながら退屈そうに尋ねる。
配下の妖怪が慌てて頭を下げる。
「北の村より米百俵、酒五十樽、若い娘三名にございます。」
「ふぅん」
興味もなさそうに酒を一口。
「ここは毎月取りこぼさず納めよる。全ては村を守る為か。全く、健気よなぁ。律儀よなぁ」
「は、はい……。」
「さて、では襲おうか」
「……え?」
配下の妖怪が素っ頓狂な声をあげる。
そして問うた。
「な、何故…でしょうか…?」
恐る恐る伺う様子が面白いのか、酒呑はカカッと大きく笑って答えた。
「健気なモノを踏み躙りたい─そういう気分になったのでな」
その一言だけだった。
妖怪達は歓声を上げる。
酒呑は大笑いしながら立ち上がる。
「人間なんてのは泣かせて遊ぶ玩具だろう?」
その夜。
村は炎に包まれた。
約束など最初から守る気はない。
命乞いも、土下座も、涙も。
全てが彼女の酒の肴でしかなかった。
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彼女の『気まぐれ』は一度や二度ではない。
献上品を受け取りながら滅ぼす。
命乞いを聞き届けるふりをして皆殺しにする。
子供だけを残し、絶望を眺めて笑う。
鬼だけではない。
天狗も。
河童も。
山姥も。
土蜘蛛も。
皆、酒呑童子の名の下に従った。
逆らえば殺される。
だから従う。
その力は絶対だった。
「酒呑ンン!!」
酒呑が燃え盛る村を眺めていると
巨大な鬼─茨木童子が嬉しそうに駆け寄る。
「西の山の妖怪ども、全部従わせたぞ!」
「ご苦労」
「ごちゃごちゃ言う奴は殺した!アンタに逆らう奴はもういねぇ!!」
「えらいえらい」
酒呑が茨木童子の頭を撫でる。それに対して茨木は、尻尾を振る犬のように喜んだ。
酒呑は酒を飲みながら笑う。
「力こそ全て。弱きモノに生きる資格ある訳もなし」
その言葉に誰一人反論する者はいない。
…いや、正確には『いた』のだが。
物言わぬ『ソレら』を1人、として数える事はもう出来ないだろう。
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ある日のこと。
山の入口で騒ぎが起きた。
「侵入者ァ!!」
「人間だァ!!」
「一人だぞ!!」
人間が一人、大江山へと侵入したのだ。
自殺志願者にもほどがある、と妖怪達が口々に笑う。そして、我先にと愚かな侵入者へ牙を向いた。
─だが。
「ぎゃあああ!!」
「腕が!!」
「な、何だこいつ!」
笑い声は悲鳴へ変わった。
鬼が吹き飛ぶ。
天狗が叩き落される。
巨大な妖怪が一瞬で真っ二つになる。
まるで散歩でもしているかのように、一人の青年は山道を歩いていた。
長い黒髪に二振りの刀。
そして、顔に浮かぶは飄々とした笑み。
「ふーむ」
青年は肩を回す。
「ケイジに誘われて京を目指していたはずだが…ここはどこだ?」
その名は──シンゲン。
「まぁいい!邦楽はあっているだろうし…ついでに武者修行していくか!」
いずれ六英雄と呼ばれる事になる、一人の剣士である。
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山頂。
酒呑の前へ、一人の鬼が転がってくる。
血塗れ、角は折れ。
片腕は斬り落とされ、無事なもう片方の腕でその傷口を苦痛に塗れた表情で抑えていた。
「酒呑ン…すまねぇ、やられちまった」
茨木童子だった。
酒呑は珍しく眉を動かす。
「誰にやられた?」
その返事の代わりに。
ザッ、ザッ、ザッ─と、林の奥から足音が響く。
そして、木々の隙間から一人の青年が姿を現した。
「よう。お前がこの山の親玉か?」
酒呑は笑う。
「驚いたな。贄以外の人間がここまで来たのは初めてだ」
「へぇ。贄、ね。そういや麓の村でそんな話を聞いた気がすんな」
シンゲンは転がる茨木を見下ろす。
「コイツはなかなか強かった。…だが、お前の方が万倍強そうだ」
酒呑の口角が上がる。
久しく忘れていた感情。
──人間への純粋な興味。
「面白いヤツだ」
酒呑が立ち上がる。
周りの妖怪達が一斉に道を開ける。
「お前に素晴らしい提案をしよう」
酒呑は巨大な金棒を肩へ担ぐ。
「一騎打ちだ。数だけの雑魚とやるのは飽きた頃だろう?」
(これ以上下手に部下を減らされても困るでな)
酒呑の提案にシンゲンは朗らかに笑った。
「おおっ、下劣な奴らかと思っていたが…妖怪にも武士道ってヤツがあるんだな!」
そして二振りの刀を抜き、構える。
「一騎打ち、望むところだ」
酒呑とシンゲンが構え、見合う。
その圧で、文字通り山全体が震えた。
鬼の王と一人の剣士。
日の本最強を決める戦いが、今ここに始まろうとしていた。




