十三話 動乱の世の狭間にて
─戦いが止まる。
ユキの一言で、武田の兵が動きを止めた。
静まり返った中、門天丸がカエデの横へ並び立つ。カエデは門天丸へ目配せする。
テルトラはやれやれ、といった様子で肩をすくめ、コックピットから降り立った。
そして、倒れるシンゲンへ近づくと、手早くバイタルチェックを行う。
「…うん。裂傷だらけだし、骨も何本かイってると思うけど…呼吸は正常。気絶してるだけだね」
「よかった…」
カエデがホッと息を吐く。
テルトラも、バイタルチェックの傍ら、手際よくシンゲンへ応急処置を施していた。
「…とは言っても大怪我に違いはない。今すぐ病院に連れてくよ」
「─その必要はない」
背後から現れた男が短く、そう言った。
思わぬ横槍に、カエデ達が振り返ると、そこにはサー・リベロの姿があった。
随伴の兵士を多数連れ、隣には部下であるサコンの姿もある。
リベロが手を挙げると、周囲の豊臣兵が動く。
カエデ達だけでなく、その場を立ち去ろうとしていたユキの周囲をも囲み、武器を向ける。
そのまま距離を詰め、逃げ道を塞いだ。
ユキとリベロ達を交互に見ながら、テルトラが顔をしかめる。
「……何のつもり?」
「ああ、困りますぅ〜」
ユキも抵抗せず、両手を上げている。
リベロはその様子を一瞥すると、倒れるシンゲンへ目を向ける。
そして、兵士達へ合図すると、一斉にシンゲンを取り囲んだ。
「ちょっと!どうするつもり!?」
カエデが声を荒げると、カエデを取り囲む兵士達が威圧的に武器を近づける。
対して、リベロの返事は早かった。
「武田は征伐の中心だ。君達も先の戦闘で身に染みただろう?武田家の危険性を。世間は武田へ恐怖を抱いている。つまり、今回の騒動は武田の当主を討つことで収束させる他ないのだよ」
「……まぁ、そういうこった」
隣に立つサコンが、わずかに息を吐き、軽く肩を回す。
その様子を見て、カエデも眉をひそめる。
リベロがカエデ達へと近づく。
ゆっくりと。しかし、真っ直ぐに。
テルトラが口を開く。
「……こんな茶番に付き合わせる気?」
「…どういう意味だ」
ほんの一瞬だけ、間が空く。
だが、すぐに言葉が返る。
「…邪魔をするなら容赦はせんぞ」
その声に、わずかな硬さが混じる。
サコンが横目で見るも、何も言わない。
リベロは倒れるシンゲンの目前まで歩みを進める。
ユキはその様子を、囲まれたまま見ている。
そして興味なさそうに、呟いた。
「……へぇ」
兵の一人が、声に反応し、首元へ刃を近づける。
だがユキはその兵士を一瞥したまま動かない。
その時。
「そこまでだ」
「なっ…‼︎」
「大将!?」
御輿と共に現れたのは──ヒデヨシ。
そして、横に控えるのは腹心シーメ・ウォン。
驚きの声をあげる豊臣勢とカエデ達を横目に
静かに歩み寄ると、リベロの前で足を止める。
そして、間を置かず、ヒデヨシが頭を下げた。
「余の未熟さが、カズナリを死なせた。全ては余の責任だ」
場が凍る。
そんな中、リベロが口を開いた。
「おやめ下さい。そもそも、何故今カズの話が出るのです。私はただ征伐を遂行しようていただけで─」
「…先の戦いは」
ヒデヨシは頭を下げたまま語り出す。
「仕方がなかったのだ。病床に付したお前が気に病む事など─」
「やめろ!!!」
リベロが叫ぶ。
そして、静かに呟いた。
「…やめてください」
「リベロ…」
ヒデヨシが目を閉じ、口を開く。
「それでも、余は止まらぬ」
頭を上げ、言葉を紡ぐ。
「必ず安寧の世を作る。その為には、お前の力が必要だ」
─長い沈黙。
「私からもお願い」
それを破ったのは、意外にもシーメ・ウォンだった。
「カズは…最期に私にヒデちゃんを、豊臣の未来を託してくれた。でもきっとそれは私1人に向けてじゃない」
リベロは黙ってシーメを見つめていた。
シーメが続ける。
「ほら、私達いつも2人でカズを支えてきたじゃん!これからも前みたいにさ─」
「─そうだな。俺達はカズの両腕としていつも側に居た」
呟き、リベロがシーメへと歩みを寄せる。
「だというのに、どうだ。一方は決戦の場に並び立つことも出来ず、一方はみすみす死地に送り出した!!」
リベロがシーメの胸ぐらを掴み、叫んだ。
「何が両腕だ!!肝心な時に側に居てやれず、命を賭す事を止める策もなく、何が!!何が…ッ!!」
リベロは叫び続ける。
シーメは抵抗することも無く、ただ静かにリベロを見つめ、身を任せていた。
「あの場にお前はいたのだろう…!?日の本一の軍師だろう、お前は!!それが何故、あのような…!!」
「─あれが最善の策だった」
シーメが口を開く。
その声色は高揚したリベロとは反対に、ひどく落ち着いて、無感情に聞こえた。
「カズの命を使う前提の特攻が、か?」
リベロが問う。
シーメは何も言わず、真っ直ぐにリベロを見つめ返した。
ゆっくりとリベロが掴んでいた胸ぐらを離し、シーメから手を離す。
そして、勢いよくシーメの頬を殴り飛ばした。
周りが唖然とする中、吹き飛ばされたシーメにリベロは跨る。
「ふざけるな!!そんな筈があるか!!!」
激昂し、再び胸ぐらを掴むとシーメへと言葉を畳み掛ける。
「お前があの愚策を良しとするはずがない!!何かを違えたのだろう!?……答えろ!!!」
「なぁ、リベロ。もういいだろ」
サコンがヒートアップするリベロを嗜める。
「これ以上の問答は不毛だ。お前が一番分かってんだろ?大将にまた頭下げさせる気か?」
サコンの投げかけにリベロの動きが止まる。
そして、ゆっくりとシーメから手を離した。
「……失礼した。少し、熱くなりすぎた」
サコンが小さく笑う。
「話がわかるじゃねぇか」
リベロは何も言わずにシーメを見た後、ヒデヨシを見て目を伏せた。
場に張り詰めていた緊張感が、ほどていく。
その後ろで、ユキが、ゆるく腕を振った。
「……もういいですかぁ?」
囲んでいた兵の一人が、思わず構え直す。
だが次の瞬間、ユキはその間をすり抜けるように歩いていた。
止める間もない。
気づけば、囲みの外。
「それじゃ、お疲れ様ですぅ」
振り返りもせず、手だけ軽く振ると
何事もなかったかのように、ユキはそのまま森の奥へと歩いていった。
⸻
改めて、戦いは止まった。
誰も何も言わないまま、空気だけが落ち着きを取り戻していく。
カエデは倒れたシンゲンのそばにしゃがみ込む。
「…ほんと、無茶するよね」
返事はない。
呼吸だけが静かに続いている。
その後ろで、テルトラが門天丸を降り、軽く機体を叩いた。鈍い音が返る。
「……この間修理したばっかりなのに…また整備しないと」
門天丸が答えるように排気をブシュー、と吐き出した。
「よう、アンタらにも苦労をかけたな」
2人の元へ、サコンが歩いてくる。
そして、倒れ伏すシンゲンを一瞥して、ぼそりと呟く。
「お、生きてんな」
「当たり前でしょ」
カエデは目線を向けず素っ気なく返す。
その様子にサコンは肩をすくめた。
「悪かったって。別にもうアンタらと敵対するつもりはねえよ」
「シンゲンや武田を焚き付けて、征伐を推し進めたのはアンタとサー・リベロでしょ。…リベロの不満を征伐を言い訳に国を荒らして解消したんだ。そんな奴を信用できるわけない」
カエデはキッ、とサコンを睨みつけて言った。
「いやまぁ、な。その側面は否定しねえよ」
サコンはバツが悪そうに顔を掻くと、答える。
「だがな、俺達の名誉の為にも言わせてもらうが、征伐自体は全て正当なものだ。アンタらとのドンパチの裏で、クーデターの首謀者はしっかりとしょっ引いてっからな」
「それでも市民に剣を向ける理由にはならない、だろう」
カエデの代わりに言葉を紡いだのは─リベロであった。
「サコン。今俺達がやるべき事は言い訳ではなく、彼らへの助力を嘆願する事だろう」
カエデとサコンの居る方へとゆっくりと歩みを進めるリベロ。
その表情は、笑顔こそ浮かべていないが、先程より棘の抜けた柔らかなものに見えた。
「此度の征伐に私情を含んだのは事実だ。…これに関しては言葉もない。豊臣の軍師として情けなく思うよ」
リベロは続ける。
「しかし、征伐が必要であるのもまた事実だ。…虫が良いことを言っているのは重々承知の上で、頼む。我が友の目指した安寧の世を作る為、協力してくれ救国の英雄よ」
リベロがカエデへ向けて頭を下げる。
カエデは困まったようにテルトラを見やるが、彼女は目を瞑り首を振った。
カエデはうーん、と唸り頭をガシガシとかくと意を決したように答えた。
「あーっもう!『救国の英雄』とか、むず痒いっての!!頭なんか下げられなくたって協力するってば!ほら、頭上げて!ヒデヨシといい豊臣はすぐ頭下げるんだから!」
カエデがリベロの下げた頭を手で無理やり上げて直立状態に戻した。
「む…かたじけない」
その様子を眺めていたヒデヨシが一歩前へと出る。
そして、高らかに宣言した。
「よし、皆の者。改めて、武田との争いは、ここで終わりとしよう。……無論、征伐も」
リベロがわずかに頷く。
それ以上、誰も何も言わなかった。
これにて武田と豊臣による征伐は終わりを告げる。大団円…とは言わずとも、乱は収まった。
――ふと。
気配を感じてカエデが顔を上げる。
視線を巡らせるも、既に気配は消えておりカエデはすぐに意識を離した。
─少し離れた瓦礫の上。
巨大な影があった。
茨木童子。
その肩の上に、ユキが腰掛けている。
その周囲には、数人の影。
サスケとウスケ、その配下と思しき忍びが、静かに控えていた。
ユキがゆっくりと、口を開く。
「さて」
わずかに目を細める。
「この先も、世は荒れる」
風が抜ける。
「その中で、どう制す」
「どう抗う」
ほんの少しだけ、ユキの口元が歪む。
「見せてみよ」
低く、愉しげに。
「退屈させてくれるなよ、人間ども」
ユキは満足げに目を細めると、視線を外した。
「……さて、じゃあ帰りましょうかぁ」
小さく言う。
茨木童子が動き出す。
周りの忍びたちも、それに続く。
そのまま、影の中へ溶けるように消えていった。
居城へ戻る道すがら、ヒデヨシが空を見上げ呟く。
「動乱の世は、まだ終わらぬな」
シーメウォンが笑う。
「これからが本番、ですねぇ」
小さく頷く。
視線の先、遥か遠くではまだ煙が上がっていた。
――第二部・了




