十二話 シンゲン
「……やっぱり、理解が出来ませぇん」
ユキが、ゆっくりと歩き出した。
その視線は、真っ直ぐシンゲンに向いている。
「私達がちょっとオモチャを動かしただけで、戦乱の世に逆戻り…豊臣の政権がいかに脆弱なのかはその目で見たはずですよねぇ」
一歩、一歩。ゆっくりと歩み寄る。
「武田の天下まであと一歩、なんですよぉ?そうしたら、シンゲン様の望む『争いのない平和な世』だって作れるかもしれないじゃないですかぁ」
ユキが立ち止まる。すると、周りの空気が一気に重くなる。
カエデが構える。
シンゲンも太刀に手をかける。
ユキはため息をついた。
「…言ってもわかりませんかぁ。それならーー」
踏み込む。
ユキの姿が消える。
「――なッ!?」
次の瞬間、カエデの目の前に金棒が迫る。
アタラヨで受けるも、そのまま弾き飛ばされた。
そのまま、ユキは間髪入れずに、シンゲンへ。
「遅いですぅ」
「くっ……!」
シンゲンは咄嗟に反撃を仕掛けるも、あっさりと見切られ、カウンター気味に金棒が振るわれた。
さらに追撃。
一撃、二撃、三撃。
「このっ!」
カエデがアタラヨを銃に変形させ、撃ち込む。
それをユキは振り向きもせず、全てはたき落とした。シンゲンを弾き飛ばすと、カエデに急接近する。
「雑ですねぇ」
そのまま蹴り。
カエデが吹き飛ぶ。
「――ッ!」
地面を転がるカエデを庇うように
シンゲンが割って入る。
「こっちだ!」
斬り込む。凄まじい速さの連撃。
だが――
「なまっちょろいですぅ」
全て弾かれる。
さらにはそのまま、逆に崩される。
「ぐっ……!」
シンゲンが膝をつく。
その隙に、吹き飛ばされたカエデがなんとか立ち上がる。
視界の端で、ユキがこちらへゆっくり近づいてくる。
「……雑魚ですねぇ」
金棒を軽く振る。
「こんなんじゃ、一生かかっても私に勝てませんよぉ」
カエデが歯を食いしばる。
「悔しいけど、アイツの言う通り一生勝てる気がしない…」
シンゲンも吐き出すように言う。
「ユキの実力は恐らく今の日の本一だ。あれに勝てる奴なんて…」
『いるじゃねえか。一人な』
電子音の低い声が、割り込む。
「クニムネ!?」
『いや、「いた」って言うのが正しいか?まぁ、兎に角』
クニムネの刃がシンゲンの手の中で怪しく光る。
シンゲンの視界が歪む。
すると、次の瞬間。
剣の構え。
足の置き方。
呼吸。
間合いのとり方まで。
全てが先程のシンゲンとはまるで別人のようだった。
「……これ、は……!」
『考えんな。とにかく俺の出すビジョンをなぞれ』
クニムネの言う通りに身を任せると、シンゲンの視界に、剣筋が絵の具で描かれた色彩のように可視化される。
「…その構えは覚えてますよぉ。
─忘れるはずがありません」
シンゲンの構えを見て、ユキが目を細める。
『敗北の味を久々に味わうってのも乙なモンだろ。それが『唯一敗北した相手』の子孫ともなりゃ一入にな』
2人が構え直す。
そして、刹那の間の後
ユキ、シンゲンの両名が再び激突した。
目にも止まらぬ激しい剣撃の応酬。
だが、明らかに状況は先程までとは違う。
シンゲンの剣が、ユキへ届き始めた。
「へぇ……!」
ユキの表情が、わずかに動く。
次の一撃が、重なる。
「懐かしいですねぇ。『親方様』とやり合った時を思い出しますぅ」
シンゲンは何も答えない。
返答の代わりにユキに返すのは、研ぎ澄まされた剣撃。
その一閃一閃が卓越した剣技であり、それに応じるユキの攻撃も激しさを増していた。
(入りこむ隙が全くない…‼︎)
彼らの凄まじい剣撃の応酬はもはや、カエデの剣技では割り込むことは出来ない領域であった。
「流石、親方様の剣撃を真似てるだけありますねぇ。ここまでまともに戦える相手は久しぶりですぅ」
ユキは朗らかに笑った。
「でも――」
一瞬で距離を詰める。
その速さは先程までとは段違いであった。
「所詮は猿真似ですぅ」
一撃。
シンゲンの剣が弾かれる。
さらに一撃。
「――ガハッ!」
受け切れず鈍い衝撃がシンゲンを襲う。
「親方様には敵わないですけどぉ、贋作に負けるほど落ちぶれちゃいませんよぉ」
『…バカな。トレースは完璧だ!あの女、当時よりも強くなってやがるのか!?』
「わかったらとっととくたばりやがれですぅ」
「─ガハッ!!」
振り下ろされる金棒。その体はシンゲンを捉え、地面へとめり込ませる。
その衝撃で起きた土煙が辺りを覆い尽くした。ユキは、静かに振り下ろした金棒の先を見据える。
─その時。
土煙に紛れ、その横から何かがユキに向かって突っ込んだ。
『おおおおおおッ!!』
刀だけが、1人でにユキへ突っ込む。
クニムネが刀身のみを切り離し、突貫していた。
その切先は迷いなく、真っ直ぐにユキの喉元へ向かう。
そして、その刃がまさにその喉元へと届く。
─その瞬間。
「─甘いですねぇ」
ガキン、と。
鈍い金属音が響く。
ぐるりと首を回転させ、突貫したクニムネをユキは歯で受け止めていた。
『なっ……にィ…!?』
「勝てないと見るや否や、迷いなく奇襲攻撃へ転換…敵ながらその判断の速さは天晴れですぅ」
ユキが歯に力を込める。
クニムネがミシミシと音を立てて軋む。
「ですが、所詮は妖の浅知恵ですぅ」
「…待て!やめろ!!」
シンゲンが震える上体を起こしながら力の限り叫ぶ。
ーーバキン。
だが、無情にもクニムネは砕け落ちる。
砕け散った刀身がユキの足元に散らばる。
倒れ込むシンゲンの前に、一際大きな破片が滑り込み顔面蒼白の顔を鏡のように映し出していた。
「……クニムネ…?」
散らばった欠片を手に持ち呼びかけるも、返事はない。
「造り手を裏切り、人斬りとして世を裏切り…かと思えば悪をも裏切り英雄ごっこに加担してぇ」
ユキが静かにシンゲンの元へと歩きだす。
「最期は情にかまけてヒヨッコを庇って木っ端微塵、ですかぁ」
そして、ひょいとシンゲンの持つ欠片を掴み取ると、それを砕き目の前で散らしてみせた。
「妖崩れが、いい気味ですぅ」
─その時、シンゲンの中で何かが切れた。
「……もういいだろう」
雷・国永を手に、ゆっくりと立ち上がる。
「守られてばっかりは、これで終わりだ」
そして真っ直ぐ、ユキを見据える。
その姿を見て――ユキはほんの一瞬、目を細めた。
「……ああ」
小さく、呟く。
「随分と、お父様に似てきましたねぇ」
そして口元を半月の如く、大きく歪ませる。
「面白い」
ユキが金棒を構える。
「来い、童」
シンゲンとユキが同時に踏み込む。
刃と刃がぶつかり、火花が弾ける。
一撃。
二撃。
三撃。
互いに一歩も譲らない攻防が続く。
「……ッ!」
「いいですねぇ……!!」
ただ、激しく斬り合いが続く。
やがて。
2人の武器が同時に弾ける。
くるくると弧を描きながら、互いの得物は宙を舞う。
空を舞った刀と金棒は、瓦礫の山を越えあっという間に見えなくなった。
「あらーー」
「…まだだ!!」
ユキが得物の飛んでいった方を見やる中、シンゲンは迷うことなくユキに拳を打ち込んだ。
しかし、ユキは不意の攻撃にも関わらず、全く動じる事なく拳を受け止め、軽々とシンゲンを投げ飛ばした。
「ぐっ……!」
地面に打ち付けられ、シンゲンは顔を歪める。
「チャンバラの次はステゴロですかぁ?いいですよぉ」
立ち上がろうとするシンゲンの前にユキが立ち塞がると、シンゲンに向けて前蹴りを放った。
転がりながら間一髪で躱すと、先程までシンゲンがいた場所にクレーターが出来ている。
シンゲンは体勢を整え、渾身の右ストレートを放ち、さらに間髪入れずにラッシュを打ちこむ。
空を切る鋭い音が響き渡り、常人では目に捉えるのも難しい速さの拳が、雨のように降り注ぐ。
しかし、ユキはそれを最小限の動きで躱す。
やがて、ため息混じりに素早く体を翻すと、その勢いを乗せて裏拳を放った。
受け止めるシンゲンの両腕が、ミシミシッと音を立てる。
「ッ、…!なんで…!」
シンゲンは顔を歪め、叫んだ。
「その力で、どれだけのモノが救えると思っている!?アンタは剣も、当主としてのあり方も、なんだって教えてくれた!間違えなかった!!…それなのに!!」
それは、どどめ色に染まる腕の痛み故ではなく。敬愛する者への深い失望から来る悲痛の叫びだった。
シンゲンの声が、虚しく焼け落ちた瓦礫に反響する。
怒り、悲しみ。シンゲンは陽の欠片を集める旅で一度でも自身の感情を吐露することはなかった。
そのギャップからか、年相応の青年らしく感情のまま叫ぶシンゲンを、カエデは驚きの表情を浮かべながら、ただ見ていることしかできなかった。
「随分と腑抜けた遺言ですねぇ…ぶっ殺したら墓標くらいは立ててやろうかと思ってましたけどぉ…その価値もないみたいですぅ」
ユキは興味なさげに前髪を片手で弄りながら冷酷に言い放つ。
「武田の天下か、天下そのものの安寧か……私は迷わず前者を選びましたぁ。…あなたはどうなんです?」
「俺、は……」
シンゲンが言い淀み、目線を下げた。
「シンゲン!!!」
カエデの叫びでシンゲンはハッ、と前へ向き直る。しかし、既にユキは拳を振りかぶりシンゲンの目の前に迫っていた。
(避け──いや、間に合わない!!)
シンゲンが咄嗟に両腕で防御姿勢を取る。
だが、ユキの攻撃に負傷した腕が耐えられるはずもなく。骨が砕け、肉が裂ける音があたりに響き渡る。
──はずだった。
『全く、行儀の悪い女だ』
響くのは鉄の音。聞き慣れた電子音。
シンゲンの腕には紫と黒を基調とした、鋼鉄の手甲が装着されており、ユキの攻撃を受け止めていた。
「これは…!!まさか、クニムネなのか!?」
『そのまさかだ。俺は粉々になろうが死にはしねぇよ。…だが砕かれるのが好きなわけじゃあねぇ。礼はたっぷりとしてやるぜ』
シンゲンが呼びかけると、クニムネが手甲を光らせて応答する。
「ふぅん……ゴキブリ並みの生命力ですねぇ…今度は念入りに叩き潰して塵も残さず消してやりますぅ」
ユキが拳を振りかぶる。再び、シンゲンがそれをクニムネで受けとめ、反撃のボディブローをユキに炸裂させる。
「…決めたんだ。俺は、平和な世を作る!」
一発。また一発と、ユキに拳が叩き込まれる。
「それが、例え果てなき理想だとしても!俺はその理想へ向かう足を止めはしない!!」
さらにもう一発。
拳は加速度的に速さを増し、ユキへ襲い掛かる。
「………」
(オレの夢は安寧の世を作る事。決して─)
「歩みを止めたりは、しない…ですか」
拳の雨を受けながら、ユキは海の上を揺蕩うように過去へ思いを馳せる。
そして、フッと笑う。
「…やはり、血は争えんな」
ユキが反撃を打ち込む。
拳と拳が交じり合い、お互いに生傷が刻まれていく。だが、どちらも顔を下げることはなく、後ろに下がることもない。前へ、前へと詰め寄っていく。
シンゲンが拳を握る。
さらに一歩、踏み込む。
合わせるように、衝撃波を纏いながらユキの拳が放たれた。
その一撃をシンゲンは受け止めず
さらに、もう一歩前へ出た。
「おおおおおッ!」
狙うはカウンター。
ユキの顎目掛けて、渾身のアッパーカットを放つ。
─ドォォォン!!
ユキの小柄な身体が吹き飛び、地面に叩きつけられた。
─しばしの静寂。
シンゲンは、アッパーカットを放った姿勢のまま動かなかった。
そしてしばらくすると、崩れ落ちるように倒れこんだ。
カエデが駆け寄る。
「シンゲン!」
それを横目にユキが、ゆっくり起き上がる。
先程までの死闘など、何事もなかったように。
カエデが反射的にシンゲンを庇うようにして、ユキを睨む。
しかし、当の本人は、服の埃を手でパッパッと払うと、あっけらかんとした態度で言う。
「はい、おしまいですぅ」
そして、カエデ達へ背を向ける。
「悪の頭領は負けましたぁ。なので征伐はもう中止でいいですぅ。…久々にいいもの見れましたしぃ」
そのまま振り向かずにユキはその場を去っていった。
こうして、武田と天下を巻き込んだ戦いは、あまりにもあっさりと終わりを告げるのであった。




