十一話 鬼
――旧・徳川領
瓦礫の街を、巨大な影が進む。
ズシン、ズシンと、重い足音と共に地面が大きく揺れる。
巨大な鬼が、ゆっくりと街を踏み潰していた。
その肩の上には、ユキ=ムラマサとシンゲンが並び立っている。
ユキは退屈そうに欠伸をしながら街を見下ろす。
「……静かですねぇ。もっと抵抗があるかと思ってたんですけど」
シンゲンは答えず、ただ前を見据える。
そして、その視線の先。
瓦礫の上に、ひとつの影が降りた。
「そこまでにしなよ」
カエデ。
アタラヨから飛び降りると、ズレた眼帯を手で押し上げた。
少し遅れて、重い音。
後方に巨大な機体が降り立つ。
門天丸。
コックピットからテルトラの声が響く。
「……また随分派手にやってるね」
巨大な鬼が足を止める。
頭をゆっくりと傾けた。
「カエデ、テルトラ…」
低い声が地面を震わせる。
しかし、ユキがその頭を軽く叩いた。
「茨木、あれは後でいいですぅ」
茨木、と呼ばれた巨鬼はそう言われると大人しく振り上げた手を下ろす。
ゆきの視線がカエデに向く。
「またお会いしましたねぇ」
カエデは肩をすくめる。
「私は会いたくはなかったけどね」
少なくともこんな形では、と続けると
そのまま、シンゲンを見る。
「……あんた、本気でやる気?」
沈黙。
シンゲンは目を逸らさない。
だが、答えない。
テルトラが割って入る。
「…シンゲン。いいの?」
短い問い。
シンゲンの指が、ピクリと動く。
それでも――口は開かない。
カエデが一歩踏み出す。
「答えてよ。あんた、何やってんの」
「─ごちゃごちゃうるさいですねぇ」
その一言に空気が重くなる。
ユキが、すっと前に出た。
声こそ小さいものの、異様な圧を放っている。
カエデの動きが止まる。
テルトラもわずかに息を詰める。
ユキはため息をつく。
「戦場でお喋りですかぁ?随分と余裕なんですねぇ」
そのまま茨木の肩から一歩、落ちるように踏み出す。
同時に、振り下ろされる一撃。
その攻撃は一直線にカエデへ向かう。
「――ッ!」
瞬きの間にカエデの目の前に金棒が振り下ろされた。
咄嗟にアタラヨを防御形態にして受け止める。しかし、あまりの一撃の重さに体が軋む音が聞こえる。
その横で、門天丸が動く。
「…出し惜しみは無意味…ね。一斉掃射!」
機銃が唸り、数多の弾丸がユキへ迫る。
─だが。
「ウスノロですぅ」
着弾時にはそこにユキの姿はなく。
一瞬で門天丸に距離を詰める。
(…やられる!!)
振りかぶられた金棒に、テルトラは思わず目を瞑る。
「……なにしてるんですかぁ?」
しかし、自身の身に襲いくるはずの衝撃はいつまでたっても起こることはなく。
そこには、ユキの攻撃を受け止めるシンゲンの姿があった。
ユキがわずかに首を傾げる。
「……ずっと考えていた」
金棒を受け止めながら、シンゲンは語り出した。
「武田家の当主としてやるべき事…それは俺がやりたい事とは違う」
金棒を弾き、太刀を構え直す。
「当主たるもの、天下を望み、不要な情は斬り捨てるべきなのだと。だが――」
一歩前へ出る。
「やはり俺は─天下には興味がないらしい。…当主失格だな」
ニッ、と笑うとクニムネ、雷・国永の二刀を構える。
それを見てユキが、ふっと笑う。
「へぇ」
しかし、その笑みは氷のように冷たい。
「ならいいですぅ、そこにいるお仲間と一緒にまとめて斬りますねぇ」
そして、ユキが手に持つ金棒を地面へと叩きつける。
次の瞬間、茨木童子が咆哮した。
「グオォォォォ!!」
巨大な腕がカエデ達目掛け振り下ろされるも
門天丸が前へ出てその腕を受け止める。
カエデも体制を整え直す。
「行くよ!」
シンゲンも並ぶ。
「……ああ」
ユキが一歩踏み出す。
茨木童子が地を砕く。
そして――戦いは始まった。
ーーーー
茨木童子が一歩踏み込んだ瞬間、地面がひび割れる。
「……デカブツの相手は正直うんざりなんだけど」
門天丸が跳ね上がるように浮かび、振り上げられた拳を紙一重でかわす。間髪入れずに旋回し、空中へと飛び上がりながら、そのまま機銃を浴びせた。
弾丸は確かに当たっている。火花も散っている。
─が、それでも鬼は止まらない。
「……硬過ぎなんだけど」
顔を上げた茨木童子が、そのまま跳ねた。
そして、一瞬で空中にいる門天丸と同じ高さに到達する。
「…冗談でしょ!?」
回避が間に合わない。
振り抜かれた拳は、門天丸を真横から打ち抜く。
テルトラ達はそのまま地面へと叩き落とされた。
瓦礫が舞い上がる中、テルトラが門天丸の体を起こす。
「ッ……あーもう!この間メンテしたばっかなのに……!」
テルトラはコックピット内で軽く腕を一度振って、感触を確かめる。
少し痛むが─まだ動く。
それだけ確認すると視線を上げる。
茨木童子は地上に降り立ち、門天丸へ追撃を浴びせんと、すぐそこまで迫っていた。
「……もう、遠慮しないから」
門天丸が踏み込む。
茨木童子が拳を振りかぶる。それを受け流し、懐に潜り込みながら斬りつける。
脚、胴、もう一度脚。
動きを削るように手数を重ねるが、やはり鬼はまるで意に介す様子がない。
振り返りざまの一撃が門天丸を弾き、体勢が崩れる。
「……!」
踏みとどまるより早く、追撃が来る。
避けきれず、門天丸が土煙を立てながら腰をついた。
「……少しは怯めっての……!」
テルトラが息を整える暇もなく、茨木童子はさらに踏み込んでくる。
倒れる門天丸目掛けて、茨木童子が大きく腕を振りかぶった。
もはや、離脱も間に合わない距離。
腕で防ごうものなら、それごと叩き潰せる。
先程までの反撃も、手数は多いが…それだけだ。
これならばどんな攻撃が来ようと、自分なら耐えられるだろう──
茨木童子は勝利を確信し、ニヤリと笑った。
「……いい気になってるとこ悪いけど」
しかし、テルトラもまた─
「…私の、勝ちだね」
ニヤリ、と笑った。
振り下ろされる拳、その軌道に合わせて、門天丸が腕を突き出す。
そして、その先端が変形すると、目にも止まらぬ速さで内側から杭がせり出す。
次の瞬間、パイルバンカーが茨木童子の顎を撃ち抜いた。
茨木童子の頭が衝撃で跳ね上がり、そのまま動きが止まる。
そして、ぐらりと揺れた巨体が、遅れて崩れ落ちた。
地面が低く鳴る。
それを見届けると、テルトラは息を吐いた。
「……流石に脳は硬くない、か」




