第壱話
陽の欠片を求めて旅に出た少女と一本の剣。
その足がまず向かったのは、日の本最大の国――O-EDO。
戦国の姿そのままに時を止めたかのような、厳格な武家国家。
瓦屋根が連なる城下町。行き交うのは甲冑の兵士。街を巡るは槍と銃と騎馬。
ここでは、サイバーの「サ」の字も許されない。
冷たく、頑なに、伝統だけが息づいている。
アタラヨが言うには、この国の領主――**曽是**が陽の欠片を持っている。
「だったら、行くしかないよね」
カエデはそう言って、鉄の箱を背負い門前に立った。
しかし――
「このような鉄の塊を持ち歩く異邦の娘など、門前払いだッ!」
あっけなく門番の一喝に、追い返されるのであった。
⸻
「……完全に、旅の出鼻を挫かれたってやつだね」
城下町の外れで座り込むカエデは、さすがに項垂れていた。
辺りには野営を試みた旅商人たちがちらほらいるが、誰も彼女に関わろうとはしない。
背中に負った謎の鉄塊と、ボソボソと会話をするカエデの姿は、誰の目にも“危険”と映るのだろう。
「カエデ。なんとか侵入策を思案しなくては。これでは陽の欠片を取り戻すどころの話ではありませんよ。」
「確かにこれじゃ徳川を倒すどころの話じゃないよね…ていうか侵入策って、そういうのはアタラヨが考えてよ!AIらしく計算とかなんかしてさぁ〜!」
「計算は苦手です」
「嘘でしょ」
そんな彼女達に、ひとつの影が近づいた。
「姉ちゃん。アンタ、入れなかったんだろ」
少年だった。
年はカエデと同じくらい。粗末な羽織を着ていて、片方の靴は壊れている。
「えっ…と、……誰?」
「トータ。ここいらの裏の住人ってとこかな」
少年――トータは、人懐っこい笑みを浮かべた。
そして、ささやくように言った。
「アンタとその、喋る剣の会話、聞かせてもらったよ。“徳川を倒して陽の欠片を奪う”ってやつ」
カエデの表情が一瞬強張る。
「それで……どうするつもり?」
「手伝ってやる。俺も徳川のヤツらは大嫌いなんだ」
そう言って、トータは上衣を捲る。
痩せた身体には、焼きごてのような刻印が刻まれていた。
「サイバーの技術を持つだけで、捕まって、拷問されて、殺された。ここにいるのは、みんなそうだ。親も、兄弟も、全部……アイツが壊した」
トータの目に、燃えるような怒りが灯る。
「姉ちゃんがアイツを倒してくれるって言うなら、俺の持ってる抜け道、教えてやるよ。祭りで忙しい今なら、潜れる」
カエデは、一瞬だけ視線を落とす。
そして、ゆっくりとうなずいた。
「わかった。……一緒に行こう、トータ。徳川を倒して、陽の欠片を手に入れる。そのために!」
⸻
O-EDOの城内。
今まさに、「大祭」と呼ばれる国家最大の祝祭が執り行われていた。
山車が通り、太鼓が鳴り、町中が浮かれに浮かれている。
だが、表の華やかさとは裏腹に、警備は尋常ではなかった。
路地の奥には鉄砲組、屋根の上には狙撃兵、広場ごとに検問が設けられていた。
トータは言う。
「アイツ、祭りの表彰式には必ず顔を出すんだ。そこだけが無防備になる唯一の瞬間。そこを狙う」
その場で暗殺。
だが、表彰式の舞台に近づくには、祭りの参加者として入り込むしかない。
残り1週間。準備はギリギリだった。
急ごしらえの踊りチームに潜り込んだカエデは、にわか仕込みの振りを覚えながら、刀の代わりに笑顔を振るう。
「私、ダンス得意じゃないんだけどな……」
「踊りじゃなくて、ただの騙しだからさ。笑っとけ笑っとけ」
トータの軽口に、思わず笑う。
⸻
そして、運命の日。
表彰式の直前、舞台裏にて。
カエデはアタラヨを箱にしまい、物陰に身を潜めていた。
だが、そこに現れたのは――
「ほう? そこの娘、顔が良いな。『こんぱにおん』として舞台に上げてやる」
徳川曽是、その人だった。
護衛に囲まれながらも、自信満々に微笑み、勝手にカエデの腕を取る。
「えっ!……あの、私……」
「なに、まさか剣など持っていまい? よし、よし」
流れるように進められる舞台上。
着飾った曽是は、豪華な袴に身を包み、民衆に向けて声を上げた。
「この祭りの栄えある終幕に、我らが徳川家より、繁栄の証を捧げる!」
彼が掲げたのは、光るブレスレットだった。
陽の欠片――まちがいない。
「これこそ、我が家に伝わる《陽の欠片》。だがな!」
突如として表情が一変する。
「陽の欠片は全て集まれば、世界を滅ぼすという呪具でもある!」
その言葉に、観客はどよめいた。
「故に! これを奪おうとするネズミは、ここで討たねばならん!」
曽是の持つハンドガンが、カエデの頭に突きつけられる。
同時に、トータが護衛たちに縛られ、地面に投げ出された。
「残念だったな。子どもらしい理想はここまでだ」
絶体絶命。
しかし――
シュン、と空気を裂く音。
鉄の塊が空を飛び、徳川の銃を弾き飛ばした。
「……アタラヨ!」
カエデは駆け寄り、剣を装着する。
「よくもトータを……!」
唐突な乱入者に呆気に取られた様子であったが、すぐに護衛たちが一斉に斬りかかってくる。
「ええい、何を手間取っとるか!」
戦闘経験などほとんどないカエデであったがアタラヨの力は凄まじく、兵をなぎ払い、空を裂く。
「すごい…腕が勝手に動く…!!」
しかし、数の暴力は圧倒的で、次第に包囲されていく。
「カエデ。撤退を推奨します。このままではーーー」
「もう遅い!脱出不可能よッ!」
曽是が手を挙げれば、周りだけでなく高所からも逃げ場を塞ぐように兵士が銃を手に構える。
「世を荒らす不穏分子は直々に討つ。貴様如きに、2000年続く徳川の平穏に泥など濡らせんよ」
曽是が護衛に囲まれながらハンドガンを手にジリジリと詰め寄る。
その時。
――ドカン!
舞台裏で、花火が炸裂した。
トータが仕掛けた祝砲が、空に咲く。
観客たちは歓声を上げ、思わず空を仰いだ。一方、兵士たちはステージ裏に引火した火花や連鎖的に起き続ける爆発に混乱し、統率を失っていた。
突然のことに、曽是も状況把握に意識を割いた。思わず銃を下げてしまう程に。
「…今だ!」
刹那、アタラヨが変形し、曽是目掛けて突撃する。その推進力でカエデは一気に距離を詰め、徳川に刃を突き立てる。
「――ッッ!」
アタラヨが閃き、徳川の胸を貫いた。
陽の欠片が外れ、カエデの手の中に収まる。
主君を討たれた兵士達はどよめき、カエデへ改めて銃を向けるも、曽是がそれを手で制した事で、発砲される事はなかった。
倒れかけながらも、曽是はなおも立ち上がろうとする。
「…その名を……徳川の名を、後世に……残すと、約束しろ……!」
「……わかった。あなたの名は、私が語り継ぐ。責任を持って、ね」
そう言って、カエデは彼の手から陽の欠片を受け取った。
⸻
祭りの花火が、空に弾け続けていた。
カエデとトータはアタラヨの背に乗り、夜の空を駆ける。
初めての陽の欠片。
「へへっ、やってやったな、カエデ」
トータは腫れ上がった頬の痛みに顔をしかめながらも、満足気だ。
「やったね!トータのおかげでーーッ!?」
アタラヨが急ブレーキをかける。
「…随分と我の強えカラクリだな」
「ハハ…でも、あなたが居なければ私達は助かってなかった。ありがと、アタラヨ」
満足気にーーなのかはわからないが、アタラヨはその返事代わりに2、3回発光する。
かくして、旅の始まりは無事に終わり。
カエデ達は陽の欠片を早速一つ、手に入れた。
確かに手に入れた、はずだった。
世界にノイズが走る。
空が、黒い布のように揺れる。
時間が、かすかに跳ねた。
そして、どこからともなく聞こえた“誰か”の呟き。
「こんな結末があってなるものか。すぐに……描き直さねば――」
カエデも、トータも、その声を知らない。
だが、物語は確かに歪み始めていた。




