プロローグ
「この世界は夜が明けない。忍びは潜み疲れて潜むのもやめて跋扈し、戦火の火は常に燃え盛る。が、それはそれとしてネオン街も光るのをやめないし、コンビニは24時間空いている。」
―空を、私は知らない。
この世界に朝はない。見上げれば、ただ漆黒の天井のような空に、人工の月がぽっかりと浮かんでいる。高層ビルの明かりがまばゆく瞬くサイバー都市。だがその足元では、戦国の名残を留めた甲冑姿の武士や、忍者が闊歩している。テクノロジーと伝統が渾然一体となったこの国では、もはや珍しい光景ではなかった。
「今日も空が黒いねー……」
空を切り裂くように、一頭の龍が滑空していた。
白銀のボディに幾何学模様を描いたペット用の小型龍。その背に跨る女子高生――東雲カエデは、風を受けながらもどこか退屈そうな表情を浮かべていた。
日々は灰色の繰り返し。授業はただの通過点。誰とも深く関わらず、時間だけが流れていく。
――ただ、部屋の中であるポスターを見つめているときだけは、彼女の表情に、微かに感情の色が宿る。
それは、麦わら帽子の女性が青空の下で飲料を掲げて微笑んでいる、ごくありふれた販促ポスター。
けれど、そこに描かれた「空の色」が、この世界とは決定的に違っていた。
澄んだ、鮮やかな青。
カエデが知る限り、現実の空は黒い。空の青色はずっと、ずっと昔に失われたもの――そう、父が言っていた。幼いころに聞いたその話は、どこか夢のようで、そしてひどく懐かしいもののようにも思えた。
その空が、彼女はどうしようもなく恋しかった。
「……ほんと、キレイ」
空が青いだけで、どうしてこんなに胸がきゅっとなるんだろう。
子供の頃、父がくれたポスター。曰く「昔は空って、こんな色してたんだぜ」と、少し寂しそうに笑っていた。
それが本当かどうかは分からない。でも、信じたい――そう思った。
そんなある日。
いつものように家に帰ると、見覚えのない大きな荷物が玄関前に置かれていた。
「……え、何これ。でっか」
差出人不明、宛名は自分。箱は無骨な包装が施され、なぜか妙に“存在感”があった。
恐る恐る開けてみると、中には重そうな鉄の塊。いや、塊、というにはあまりに奇妙な形状。鈍く輝く金属表面、奇妙な紋様、そして…何かを待っているような、静けさ。
「ちょっと待って、マジで何? これ爆弾とかじゃないよね……?」
そっと、カエデがその箱へ手を伸ばした瞬間、それはまるで呼応するかのように変形し――剣を備えた機械の腕へと姿を変え、彼女の右腕にぴたりと装着された。
「――わっ、な、なにこれ!? うそ、ちょっ、ちょっと!」
混乱と驚愕に凍りつくカエデの耳元に、電子的な声が響く。
『識別完了。雑賀衆、正統継承者・東雲カエデと認定。初めまして、東雲カエデ。私は、アタラヨ。雑賀衆に受け継がれし由緒正しき戦装である。』
「しゃ、喋ったぁ!?」
混乱するカエデに、アタラヨは淡々と語った。
かつてこの国に存在した傭兵集団、雑賀衆。カエデはその末裔であること。
この世界が「陽の欠片」を失ったことで常闇となり、欠片を取り戻すことが唯一の希望であること。
そして、全国に散らばった12人の大名が、それぞれの欠片を持っていること――。
突拍子もない話だった。だが、不思議とその声には懐かしさがあった。
そしてアタラヨは続ける。
『この世界は「陽の欠片」を失い、陽の光を忘れた。欠片は全国十二の大名たちが秘匿しており、それを取り戻せば、青き空を取り戻すことができる。』
「陽の光……青い空……」
その言葉に、カエデの心がぴくりと反応した。
ずっと憧れていた。父が語った青空、ポスターの中の世界。
ただ夢だと思っていたそれに、“届くかもしれない”と、そう言われたような気がした。
「……それ、本当に……戻せるの?」
『可能である。ただし、十二人の大名たちが持つ陽の欠片を回収することが必要だ』
カエデは一瞬だけ目を伏せ、そして――口元をわずかに吊り上げた。
――あの空を、見てみたい。
――それが、叶うのなら。
心の底から湧き上がったその感情に、カエデは戸惑いながらも、静かに頷いた。
「やるよ。……やってやる。陽の光、取り戻してみせるよ」
――こうして、東雲カエデの旅が始まった。
「私、行くよ。青空に会いに!」
こうして、平凡だった少女の旅が始まった。
世界に、朝を取り戻すために。




