第0.5話 ????編
カッカッカッカッ――。
それは機械のような、けれど確かに人の足音だった。薄暗い廊下にただ一人、苛立ちを押し隠そうともせず進む女。
「浮世絵師」は足音を止めずに呟く。
「私の筆が、敗北を記した。あの御方が確かに討ち取られた……!」
ブツブツと独り言を喋りながら足早に歩く浮世絵師。すると、廊下の影から、坊主頭の大男がぬるりと現れた。衣の端には幾重もの呪符が縫い込まれていた。
「これはこれは。心中お察し致しますぞ、「浮世絵師」どの。ですが、まだ筆は二本残っているのでしょう?ならば、多少の“誤り”など許容範囲かと。これぞ正しく、『弘法にも筆の誤り』と言ったところですかな?」
「……呪術師」
立ち止まった浮世絵師の双眸が、無言の殺意を放つ。
「“あのお方”に、もしもの事があってはならぬ。盤面は、完璧でなければ意味がない。……例え戯れであろうとな」
「ふーむ、流石の志の高さ…拙僧、感服致しましたぞ」
「呪術師」と呼ばれた男はその殺意を気にも止めず、オーバーな身振り手振りを交えて言葉を続ける。
「徳川様の右腕とはかくあるべき。拙僧も見習ってーー」
「呪術師」
「貴様を、『描き直して』やってもいいんだぞ?」
周りの音が消えたかのような錯覚。怒気を感じない冷え切った声色と一層強い殺意が「浮世絵師」より放たれる。
「これはこれは…失敬失敬。拙僧も流石にそれはどうか勘弁願いたい……では、また後ほど」
そう言い残すと、ヒラリと舞う札だけをその場に残し、呪術師は一瞬にして霧散した。
浮世絵師はその札を睨みつけ、手に持った筆で一閃――すると札は炭のように消えていった。
⸻
長い廊下の先にあるエントランス。吹き抜け構造の中央に立つと、静かに浮世絵が描かれたガラスの壁が現れ、彼女を乗せて床ごと上昇していく。
天井の屏風が左右に割れ、上昇が止まる。目の前の襖をあけると、そこはいくつかの席が用意された奥行きのある部屋。すでに数名がその席に揃っており、その中には先程相対した「呪術師」の姿もある。
彼はこちらに気づくとニコリと微笑み、会釈する。それを一瞥し周りを見渡す。
まず目に入ったのは、どこか可笑しみに満ちた顔立ちの糸目の青年。――十兵衛。
その向かいでゴスロリ衣装に身を包んだ少女が足を組み、退屈そうに揺れている。――霞。
そして、その間に巨大な鎧武者が無言で立ち、刀を構えていた。
「いやはや、浮世絵師さん、その姿はお初にお目にかかりますなぁ。…ところで、ボク、あんまり詳しくないんですけど、こない集まりってよくある事なんです?」
「わーしも初めてだよ。てか、徳川の幹部が全員揃うのって初めてじゃない? 十兵衛ちゃんと会うのも20回目ぶりだもんね」
誰も口を開かない空気を見かねてか、青年が浮世絵師に話を振る。すると、その返答が来る前に隣の少女が割り込む。
「正確には25回目ぶりですかねぇ。霞の姐さんも初めてってなると、そんだけ緊急事態って事ですか。いやぁ、怖いなぁホンマ。何言われるんやろ。」
「ま、だいたい想像つくけどねー。大方、筆を使わざるを得なかった事態が起きた、とかでしょ。わーしは豊臣さえブチ殺せれば何でもいいからどーでもいい〜。」
「おやおやぁいけませんぞ、霞殿。そのような事を申しますと、こわぁい浮世絵師殿に描き直されてしまいますぞ?ーー拙僧なぞ先程危うく…」
ーーズン!
十兵衛、霞、そして呪術師がわいのわいのと喋り出し、浮世絵師の額に青筋が浮かび上がってきたころ、唐突に鎧武者が広間に剣を突き立てた。その剣に、電子的な文字が浮かび上がる。
(ーー姫のお越しだーー)
天井より糸に吊るされるような動作で、優雅な着物姿の美しい少女が降りてくる。
「皆様、ご機嫌よう。……あら、浮世絵師ちゃん、ありがとうね。貴方のチカラにはいつも助けられているわ」
「……恐悦至極」
返礼は形ばかり。浮世絵師の目には敵意さえ宿っていた。が、それを意に介さぬまま、姫は玉座の隣に立った。
「さ、皆揃ったみたいね。アナタ、出番よ」
静寂。誰もいなかったはずの玉座に、いつの間にか“主”が座っていた。
徳川家末裔。現・O-EDO領主ーーソゼ。
「――良い。皆、楽にせよ」
たった一言。だがその声は、心の臓まで響くようで、沈黙を持って場を支配する。
「……此度の招集、理由は既に見当がついていると思うが――」
浮世絵師が静かに言葉を継いだ。
「主をお守りするため、筆を使った。……前回の天下統一にて、“主”は討たれたのだ」
「前回のコンセプトは、確か…「戦わずして勝つ」でしたかな?政争主軸に頭脳にて天下を収める、という。」
「おかげでわーし達前回まとめて留守番だったし、そりゃ寝首もかかれるっしょ〜」
「手薄になったところを突かれた、いう事ですなぁ。んで肝心のご主人様討った相手はどちら様なんでしょ?」
(ーー豊臣か。あるいは北条かーー)
「一人の少女。」
部屋が、静まり返る。
「……少女?それも、たった1人の?」
「謎の絡繰武器を持っていた。出所不明のそれに、不意を突かれ……」
「良いではないか。こういった不測の事態が起きるのも天下統一の醍醐味よ」
彼らの主人ーー、ソゼが口を開く。
「しかし!しかしながらです!今まで一度たりともなかったのです!!関ヶ原を7回起こした231回目!11か国の連合軍から最後の一つの城まで追いやられた429回目ですら!我が主が討ち取られたことなど一度たりともなかった!!だというのに…!よりによって、どこの馬の骨かもわからぬ小娘に!!!」
そんな主の様子を見て、焦りのあまり浮世絵師は鼻息荒く捲し立てる。
が、やはり当の本人にはいまいち響いていない様子で、横にいる瀬名姫に、「ところで今日の夕餉は何か」などと言い出す始末。
姫も姫で、今日は最近SNSで流行りの『お家で出来る本格イタリアン』などいかがでしょう?とこちらもまたもや意に介しておらず、浮世絵師はあまりのストレスで白目を剥きそうになる。
「…とにかく!!次、など万が一にも起こしてはならんのだ!故に、今回は我ら全員が、全力で!!天下統一に尽力する!!そしてまずはこの少女を調べ上げ、絡繰武器の出元を叩き、徹底的に滅ぼす必要があるのだ!」
幹部達を見やり、浮世絵師が一喝する。
「此度の天下統一はこれらを最優先事項とするのだ!!それが我ら徳川死天王に課せられた使命と知れ!」
(ーー心得たーー)
「おーおー、浮世絵師どの、張り切ってますなぁ!では、拙僧も頑張って働くとしますかね」
「なーんでアンタが仕切ってんのさ。ま、わーしはいつも通り自由にやらせてもらうから」
「了解致しましたぁ!ほな、早速撃ち殺しにいきましょ!」
口々に幹部、改め【徳川死天王】は行動を開始する。
我らが主、帝王「ソゼ」の永遠の天下統一の夢の為ーーー。
ソゼはそれを見てフッ、と笑う。
「ーー善き哉、善き哉」




