第十三話 関ヶ原・序編
空が、裂けた。
黒雲が渦を巻き、雷鳴と共に降り注いだのは雨ではない。
それは――呪いだった。
地に落ちた呪いは、やがて形を持つ。
人のようで、人でない。
顔は歪み、声は割れ、動きはぎこちない。
だが、その手は確かに“人を殺すため”に伸びていた。
各地で悲鳴が上がる。
街が燃え、港が荒れ、祈りの声がかき消される。
だが、その地には立ち塞がる者たちがいた。
◆
エンド・シティ。
瓦礫の間を縫うように、鬼面の大男が歩く。
ソルベは、粗暴な声を作りながらも、目だけは必死に民を追っていた。
「子供を先に逃がせ。
大人は、武器を持て、ヤツらを止めろ!」
大刀が振り下ろされ、
人の形をした呪いが、黒煙となって散る。
その瞬間、ソルベの脳裏に浮かんだのは、
あの無鉄砲な旅人だった。
――カエデ。
――欠片を解放し、世界を戻そうとした娘。
「……俺の選択を、後悔させてくれるなよ」
誰にも聞こえない声で、そう呟く。
◆
甲斐。
城下では、打ち合う鉄の音が鳴り響いていた。
ユキ=ムラマサが、棍棒を振り回すと、大量の呪いと共に、文字通り一帯が消し飛ぶ。
「汚ねぇ足で親方様の国を汚すんじゃねぇですぅ…!」
普段は卑屈な彼女の声に、珍しく強い怒りが滲んでいた。
戦いの合間、ふと空を見上げ、
彼女は心の中で名を呼ぶ。
――シンゲン様
――誰よりも真っ直ぐなお人。
「シンゲン様。あなたが行く道が、この狂った世を変えるのだと、信じていますよぉ」
◆
フォーチューン・ヒル。
祈りの国にも、呪いは容赦なく降り注いだ。
神官や巫女達の祈祷の力により、邪な呪いは塵となって消えていく。
「街の建物は捨て置きなさい!とにかく、皆神殿へ集まり、耐えるのです!」
その最前線で、指揮を取るのはシズメの友である巫女、チヨメ。彼女は神官達への指示の傍ら、自らも、クナイを使い呪いを斬り裂いていた。
「シズメちゃん、無事でいてよ…私達も頑張るから」
誰にも聞こえない声で、そう呟いた。
◆
その頃。
血と煤に染まった街道を、
カエデたちは駆けていた。
徳川兵は斬っても斬っても湧いてくる。
肉はなく、血もなく、呪術で形作られた“兵器”。
「しつこいッ!」
カエデの剣が閃き、
徳川兵の身体が霧のように崩れる。
シンゲンは息を切らしながらも、
ただ前だけを見て剣を振るう。
シズメは後方で矢を重ね、
仲間の背を守っていた。
そして、その進軍の脇を並走するのは――夜刀。
無言で、しかし確実に、徳川兵を削っていく。
「見えた。本陣は近い」
シンゲンの言葉に、カエデはうなずく。
この関ヶ原を止めるには、
徳川を叩くしかない。目指すは徳川本陣。
『O-EDO城』。
だが。
「…匂うな。嫌な匂いだぜ、これ」
50銭が鼻を鳴らす。
『血の通わない兵士』しかいない戦場に漂う血の匂い。カエデ達は、嫌でもその出所を知る事となる。
複数の笑い声。
楽しそうな拍手。
数多の悲鳴。
「いやあ、いいねえ。
やっぱ戦争は、こうじゃなくっちゃ」
煙の向こうから現れたのは、
異国の装備に身を包んだ四つの影。
その足元には、
民も兵も区別のない死体の山が積もる。
「アイツら…!!」
カエデが剣を構える。
すると、ミネが腕で制止した。
「ここは、ワタクシ達が引き受けます」
デビが軽く手を振る。
「ちゃちゃっと終わらせるからさ〜⭐︎」
50銭が地を蹴り、
芳ニが静かに刀を抜く。
「…カエデ。徳川を叩かない限り犠牲者は増え続けます。ここは彼らに任せましょう」
「〜ッ…!…わかった。ミネちゃん達、お願い」
「任されました。さぁ、急ぎなさい!」
シズメに諭され、カエデは渋々引き下がった。そして口惜しそうに、シンゲン達共にその場を後にした。
夜刀は、今も尚殺戮を続ける四人組「ミーハオ・トリニティ」の前に立ち塞がる。
ーーー
カエデ達は、O-EDO城へ辿り着いた。
霧と煤の向こうに、天を刺すような巨大な城が見えた。
「……着いたか」
シンゲンの声は低い。
カエデは剣を握り直し、シズメは弓を構えた。
その瞬間。
――ドン。
地鳴りのような音が、空気を裂いた。
城の外壁が、音を立てて崩れ、折れ、
歯車と軸と無数の関節が露わになる。
城は、壊れているのではなかった。
“組み替わって”いた。
石と鉄でできた城郭が、
四肢を持ち、背を起こし、
巨大な絡繰の姿へと変形していく。
「城が、動いただと……!?」
シンゲンが呆然と呟く。
最後に、胸部に開いた装甲の奥から、
白い糸に包まれた女性が、ゆっくりと現れる。
カエデ達を見ると、無数の糸を従え、冷ややかな笑みを浮かべながらゆっくりと地上へ降り立った。
「お待ちしておりました。カエデ様、シンゲン様、シズメ様。
私、徳川の正室を務めております、瀬名、と申します。以後お見知り置きを」
恭しく頭を下げる瀬名姫の声は穏やかであった。
だが感情は、どこにもない。
「徳川の城は、もはや“城”ではありません。
主の夢を守るための――矛となったのです」
瀬名姫が右手をかざし、糸をクイと引いて見せた。すると、巨大絡繰が一歩踏み出す。
大地が沈み、衝撃波が走る。
「なるほど、城丸ごと敵ってワケね」
カエデは歯を食いしばった。
「いいえ、それだけではございません。今日は特別な日でございますから…ほら、皆様いらっしゃいました」
瀬名姫はニッコリと笑うと空を見上げる。
雲を割って現れたのは、
空を覆うほどの巨大な戦艦。
黒と金で彩られた船体。
砲門がずらりと並び、
周囲には無数の護衛戦艦が展開していく。
その甲板に、四つの影が立っていた。
巨大な機械の触手を纏い仁王立ちする曽是。
その隣に、浮世絵師――怨美。
さらに、呪術師ーー山本勘助。
そして、銃の羽を背負った笑顔の男、十兵衛。
曽是が、遠くの地上を見下ろし、嗤う。
「ーーいつ見ても良いものよ。天下分け目の決戦というものは」
「普段とは毛色の違う勢力も見受けられますなぁ、どう致します?主殿」
「決まっている」
呪術師の問いかけると、ソゼは指を鳴らした。
すると、戦艦の甲板が開き、
三つの影が、ゆっくりと立ち上がった。
「全力でもてなそう。今回は『たったの』三機ではあるが…心ゆくまで楽しむと良い」
二十メートル級の人型絡繰。
月の民から奪った技術を元に造られた、
“神に届くはずだった力”。
関節が軋み、
炉心が唸り、
翼のような装甲が展開する。
今まさに、鏖殺のために――飛び立とうとしていた。
シズメは、息を呑む。
「あれは、ただの兵器ではありません。
人の願いも、想いも、何一つ入っていない……」
シンゲンが剣を強く握った。
「ただ人を殺すためだけに、生まれたモノというワケか」
空の戦艦が、砲門を開く。
三機の巨人が、重力を振り切るように浮き上がる。
カエデは、一歩前に出る。
視線は、曽是を捉えて離さない。
「……関ヶ原は、今回で終わらせる」
徳川の夢と、
人の願いが、
ついに――真正面から、ぶつかろうとしていた。




