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第十三話 関ヶ原・序編

空が、裂けた。


黒雲が渦を巻き、雷鳴と共に降り注いだのは雨ではない。

それは――呪いだった。


地に落ちた呪いは、やがて形を持つ。

人のようで、人でない。

顔は歪み、声は割れ、動きはぎこちない。

だが、その手は確かに“人を殺すため”に伸びていた。


各地で悲鳴が上がる。

街が燃え、港が荒れ、祈りの声がかき消される。


だが、その地には立ち塞がる者たちがいた。



エンド・シティ。


瓦礫の間を縫うように、鬼面の大男が歩く。

ソルベは、粗暴な声を作りながらも、目だけは必死に民を追っていた。


「子供を先に逃がせ。

大人は、武器を持て、ヤツらを止めろ!」


大刀が振り下ろされ、

人の形をした呪いが、黒煙となって散る。


その瞬間、ソルベの脳裏に浮かんだのは、

あの無鉄砲な旅人だった。


――カエデ。

――欠片を解放し、世界を戻そうとした娘。


「……俺の選択を、後悔させてくれるなよ」


誰にも聞こえない声で、そう呟く。



甲斐。


城下では、打ち合う鉄の音が鳴り響いていた。


ユキ=ムラマサが、棍棒を振り回すと、大量の呪いと共に、文字通り一帯が消し飛ぶ。


「汚ねぇ足で親方様の国を汚すんじゃねぇですぅ…!」


普段は卑屈な彼女の声に、珍しく強い怒りが滲んでいた。


戦いの合間、ふと空を見上げ、

彼女は心の中で名を呼ぶ。


――シンゲン様

――誰よりも真っ直ぐなお人。


「シンゲン様。あなたが行く道が、この狂った世を変えるのだと、信じていますよぉ」



フォーチューン・ヒル。


祈りの国にも、呪いは容赦なく降り注いだ。


神官や巫女達の祈祷の力により、邪な呪いは塵となって消えていく。


「街の建物は捨て置きなさい!とにかく、皆神殿へ集まり、耐えるのです!」


その最前線で、指揮を取るのはシズメの友である巫女、チヨメ。彼女は神官達への指示の傍ら、自らも、クナイを使い呪いを斬り裂いていた。


「シズメちゃん、無事でいてよ…私達も頑張るから」


誰にも聞こえない声で、そう呟いた。



その頃。


血と煤に染まった街道を、

カエデたちは駆けていた。


徳川兵は斬っても斬っても湧いてくる。

肉はなく、血もなく、呪術で形作られた“兵器”。


「しつこいッ!」


カエデの剣が閃き、

徳川兵の身体が霧のように崩れる。


シンゲンは息を切らしながらも、

ただ前だけを見て剣を振るう。


シズメは後方で矢を重ね、

仲間の背を守っていた。


そして、その進軍の脇を並走するのは――夜刀。


無言で、しかし確実に、徳川兵を削っていく。


「見えた。本陣は近い」


シンゲンの言葉に、カエデはうなずく。

この関ヶ原を止めるには、

徳川を叩くしかない。目指すは徳川本陣。

『O-EDO城』。


だが。


「…匂うな。嫌な匂いだぜ、これ」


50銭が鼻を鳴らす。


『血の通わない兵士』しかいない戦場に漂う血の匂い。カエデ達は、嫌でもその出所を知る事となる。


複数の笑い声。

楽しそうな拍手。

数多の悲鳴。


「いやあ、いいねえ。

 やっぱ戦争は、こうじゃなくっちゃ」


煙の向こうから現れたのは、

異国の装備に身を包んだ四つの影。

その足元には、

民も兵も区別のない死体の山が積もる。


「アイツら…!!」


カエデが剣を構える。

すると、ミネが腕で制止した。


「ここは、ワタクシ達が引き受けます」


デビが軽く手を振る。


「ちゃちゃっと終わらせるからさ〜⭐︎」


50銭が地を蹴り、

芳ニが静かに刀を抜く。


「…カエデ。徳川を叩かない限り犠牲者は増え続けます。ここは彼らに任せましょう」


「〜ッ…!…わかった。ミネちゃん達、お願い」


「任されました。さぁ、急ぎなさい!」


シズメに諭され、カエデは渋々引き下がった。そして口惜しそうに、シンゲン達共にその場を後にした。


夜刀は、今も尚殺戮を続ける四人組「ミーハオ・トリニティ」の前に立ち塞がる。


ーーー


カエデ達は、O-EDO城へ辿り着いた。


霧と煤の向こうに、天を刺すような巨大な城が見えた。


「……着いたか」


シンゲンの声は低い。

カエデは剣を握り直し、シズメは弓を構えた。


その瞬間。


――ドン。


地鳴りのような音が、空気を裂いた。


城の外壁が、音を立てて崩れ、折れ、

歯車と軸と無数の関節が露わになる。


城は、壊れているのではなかった。

“組み替わって”いた。


石と鉄でできた城郭が、

四肢を持ち、背を起こし、

巨大な絡繰の姿へと変形していく。


「城が、動いただと……!?」


シンゲンが呆然と呟く。


最後に、胸部に開いた装甲の奥から、

白い糸に包まれた女性が、ゆっくりと現れる。

カエデ達を見ると、無数の糸を従え、冷ややかな笑みを浮かべながらゆっくりと地上へ降り立った。


「お待ちしておりました。カエデ様、シンゲン様、シズメ様。

私、徳川の正室を務めております、瀬名、と申します。以後お見知り置きを」


恭しく頭を下げる瀬名姫の声は穏やかであった。

だが感情は、どこにもない。


「徳川の城は、もはや“城”ではありません。

 主の夢を守るための――矛となったのです」


瀬名姫が右手をかざし、糸をクイと引いて見せた。すると、巨大絡繰が一歩踏み出す。

大地が沈み、衝撃波が走る。


「なるほど、城丸ごと敵ってワケね」


カエデは歯を食いしばった。


「いいえ、それだけではございません。今日は特別な日でございますから…ほら、皆様いらっしゃいました」


瀬名姫はニッコリと笑うと空を見上げる。

雲を割って現れたのは、

空を覆うほどの巨大な戦艦。


黒と金で彩られた船体。

砲門がずらりと並び、

周囲には無数の護衛戦艦が展開していく。


その甲板に、四つの影が立っていた。


巨大な機械の触手を纏い仁王立ちする曽是。


その隣に、浮世絵師――怨美。

さらに、呪術師ーー山本勘助。

そして、銃の羽を背負った笑顔の男、十兵衛。


曽是が、遠くの地上を見下ろし、嗤う。


「ーーいつ見ても良いものよ。天下分け目の決戦というものは」


「普段とは毛色の違う勢力も見受けられますなぁ、どう致します?主殿」


「決まっている」


呪術師の問いかけると、ソゼは指を鳴らした。

すると、戦艦の甲板が開き、

三つの影が、ゆっくりと立ち上がった。


「全力でもてなそう。今回は『たったの』三機ではあるが…心ゆくまで楽しむと良い」


二十メートル級の人型絡繰。

月の民から奪った技術を元に造られた、

“神に届くはずだった力”。


関節が軋み、

炉心が唸り、

翼のような装甲が展開する。


今まさに、鏖殺のために――飛び立とうとしていた。


シズメは、息を呑む。


「あれは、ただの兵器ではありません。

人の願いも、想いも、何一つ入っていない……」


シンゲンが剣を強く握った。


「ただ人を殺すためだけに、生まれたモノというワケか」


空の戦艦が、砲門を開く。

三機の巨人が、重力を振り切るように浮き上がる。


カエデは、一歩前に出る。

視線は、曽是を捉えて離さない。


「……関ヶ原は、今回で終わらせる」


徳川の夢と、

人の願いが、

ついに――真正面から、ぶつかろうとしていた。

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