第十二話 それでも月は廻っている編
仲間が抜けたあとの空気は、想像以上に重かった。
「……テルトラ」
カエデは呟いたが、誰も返事をする者はいない。
背のアタラヨも、無言のままだった。
「今は……進むしかない」
隣でシンゲンが肩越しに言う。
その口調は淡々としていたが、表情の硬さがすべてを物語っていた。
「今の我々に足を止めて感情に浸る時間はありません。…そんな事をする必要もないと私は思います。テルトラを信じましょう、ね?」
シズメはカエデに優しく微笑みかける。
「豊臣の協力が得られぬ以上、一刻も早く夜刀と合流し、徳川との決戦に備えねばなりません。O-EDOへ急ぎましょう」
カエデたち三人は、急ぎ、徳川の本拠地「O-EDO」へ歩みを進めた。
ーーしかし、その時。
空の彼方から――
複数の赤い柱が、まるで合図のように立ち上る。
「……あれは……!」
山の向こう、平地の中、そして遠く離れた海沿いの街。
火の手は一斉に、同時に、全国で上がった。
それは“戦”の狼煙。
かつて歴史に刻まれた「関ヶ原」などではない。西と東だけではなく、北も南も巻き込み、悉くを滅ぼす大殺戮の合図であった。
ーーO-EDO近郊
「来ます、カエデ!」
アタラヨが警告する。地面が震え、闇が滲む。
霧のように浮かび上がる、鎧を纏った兵士たち。
表情のない面、血肉のない身体。呪術で造られた“兵”が地を埋め尽くしていく。
「ッ……!」
カエデの刀が一閃し、霧を切り裂く。しかし――
「以前よりも再生の速度が上がってる……!?」
斬られても、倒されても、霧から再び生まれる。シシコダワラの時相手取った呪術兵もそうだった。しかし、その時よりも圧倒的に再生速度が上がっている。
「これじゃあ……本陣に辿り着けない……!」
「それならば一点突破で…!シンゲン、合わせてください!」
シズメがシンゲンとの同時攻撃で軍勢を蹴散らす事で、一直線に道が開ける。しかし、一瞬で兵達にその隙間を埋め尽される。
「そんな…!」
カエデ達はお互いの背を向け合う形で中心へと追い込まれていった。
「…やむを得ん。ここは俺が隙を作る。その間にカエデがシズメを連れて逃げろ。2人くらい、アタラヨも乗せられるだろう」
「その必要はないよー☆」
シンゲンの決死の覚悟に、場違いな甲高い声が応える。そして次の瞬間、轟音と共に鉄球が空を斬り、敵陣に風穴をあけた。
そして、2台のバイクがカエデ達の側に停まる。
「乗りなさい!」
ミネの鋭い声が飛ぶと、カエデとシズメはミネ達の、シンゲンは50銭のバイクに飛び乗った。
「恩に着る!!」
「いいって事よ!!しっかりと捕まってなァ!!」
「ちょっと〜運転荒いよー、おじさんしんどいな〜」
50銭が吠えながら兵を吹き飛ばし、車体に近づく兵を芳ニが運転に文句を言いながらも、素早く斬り伏せていく。
「ありがとう、夜刀のみんな!助かった〜…合流遅くなってごめん!!」
「ホント遅いってば〜⭐︎ま、アタシ達強いから大丈夫だったけど!ね、ミネちゃん⭐︎」
「…ええ、そうですね。貴方達も無事で何よりです」
食い気味に答えるデビの軽口に、静かに笑うミネ――その表情はとても大人びて見えた。
如何せん、ミネに対してドジっ子面白娘のイメージが強いカエデは、それに面食らう。
「なんか…ミネちゃん、雰囲気変わった?」
「む。それはどういう意味でしょう」
「いやなんか、凄みが出たというか…落ち着いた、というか…」
「ワタクシは以前から、冷静沈着で頭が切れる頼れるみんなのリーダーですが?
貴方はワタクシをなんだと思っているのです」
「ポンコツドジっ子面白娘」
「…なんと?」
「ウケる⭐︎」
ーーー
「さ、そろそろ見えて来たよ〜。みんな気合い入れてこ⭐︎」
バイクを走らせる事、数刻。
遠目にO-EDOの街が見えてきた。
やがて、静かにデビが口を開いた。
「……今起きてる戦乱は、“関ヶ原”って呼ばれてるもの。ループの終盤、必ず行われる徳川による総攻撃。これが始まったら、徳川か、徳川以外か、どちらかが滅ぶまで止まらない」
「じゃあ、止めるには……」
カエデが見据える。
「徳川を倒すしかない」
誰も迷わなかった。
カエデ、シンゲン、シズメ。そして夜刀の面々は、迷いなく頷いた。
「よし、行こう」
誰が言うでもなく、彼らは徳川領へと向かっていく。
ーーーーー
そのころ、上杉領。
テルトラは、がらんとした研究施設跡の片隅で膝を抱えていた。
門天丸がそっと寄り添う。
「………私って自分が思ってるよりずっと弱かったみたい」
外では赤黒い稲妻が空を走り、さながら天変地異の様相を醸し出していた。それでも尚、足が鉛のように動かない。そんな自分に対して、自嘲気味に鼻で笑った。
「…カエデ達、大丈夫かな……」
テルトラは思わず、ハッとする。口に出た言葉に自分で驚くも、すぐに目を伏せた。
「…どの口が言ってるんだろ。みんながどうなろうがもう、どうだっていいはずなのに…無駄なのに」
「無駄じゃないよ?」
返ってくるはずのない返事にテルトラは身を翻し、その声の元を見やる。
すると、そこには1人の少年が立っていた。
だが彼の頭にあるウサギのような、長い耳が
彼がただの人間ではない事を示していた。
「…貴方は、誰?どうやってここに?」
「僕達は、月の民」
「かつて、徳川に滅ぼされ技術を奪われた」
「その生き残り」
テルトラの問いかけに先ほどの少年と、何処からともなく現れた別の2人の少年達が答える。
彼らは困惑するテルトラを他所に話し続ける。
「キミの力が必要なんだ」
「サイバー技術。テルトラ。全てはこの時のため」
「そう、確かに君のお父さんは、最期のその時まで――」
「「「世界を想っていたよ」」」
彼等の潜伏場所へ連れられたテルトラ。
すると、彼等が指差す先に、巨大な絡繰があった。
重厚な機構、外殻に纏う異質な雰囲気。そのどれもが、この絡繰が地上にはないオーパーツである事を示している。どこか神秘的ですらあり、テルトラは目を奪われた。
「…なんて技術……これは…」
「「「救荒覇神」」」
「徳川の全力に抗うために、残された最後の手段。これが僕達の切り札、だよ」
月の民達が告げる。
ーーしかし、その直後。
ズッ。
天井が砕け、黒い霧が差し込む。
「見つけた……」
黒塗りの目の人間が天井に張り付き、こちらを見るや否やケタケタと笑う。『ソレ』は、アラハバキへと手を伸ばす。
「やめてッ!!」
テルトラが即座に門天丸を起動、跳躍し、斬撃で仕留める。
一閃。霧は裂け、断末魔もなく霧散する。
だが――その霧の一部は、確かに空へと昇っていた。
「……今のは恐らく徳川の呪術。…これでアラハバキの情報は、伝わってしまった」
テルトラが唇を噛む。
だが、月の民達は首を振った。
「大丈夫」
「ここまで想定内」
「今からが、本当に伝えたかったコト」
「「「よく聞いてね」」」
月の民達がアラハバキを見上げて告げる。
「実を言うと、この絡繰は20世代前の型落ち品」
「これは、囮だよ。ヒデヨシの策なんだ」
「徳川に“希望はこの程度”と思わせるための“罠”」
月の民が小さく笑う。
「本当の切り札は――この暗号コードを解いたその先だよ」
そう言うと、月の民達はテルトラに小さなデータチップを手渡した。
テルトラがそれを門天丸で読み取る。すると、脳裏に在し日の父の声が甦った。
『…テルトラ。聞こえているかな。それは、世界の希望だ。『ここぞ』というタイミングで、それを使いなさい』
彼が遺したチップが、手の中にある。
「……パパ……?」
その言葉と共に、アラハバキの胸部が静かに開いた。
コードロックが光を放ち始める。
「君が、この世界の“次”を繋ぐんだ」
「「「さあ、月の意志を継いで」」」




