第十一話 O-SK編
O-SK。サイバー文明の粋を極めた、鋼鉄と光の国。
摩天楼が林立し、ホログラムの蝶が舞い踊る街を、珍しく先頭を歩くのはテルトラだった。
「……すごい。これ全部、独立で稼働してる。針の穴を通すような制御を1f毎に…しかも、ただの娯楽要素にここまでのコストを。動力はどう賄ってるの?いや、そもそもーー」
技術者としての血が騒いでいるのか、テルトラは目を輝かせ、次々と道端の機構に視線を這わせていた。
その後ろでカエデがひそひそと囁く。
「……こんなテンションの高いテルトラ、初めて見たんだけど」
「ふむ、確かに。大量の飯を前にした時以外にも、奴の目に感情が篭ることがあるとは」
「いいじゃないですか、年相応の女の子って感じで。…言っている事は難しくてよくわかりませんが…」
呟くシンゲンに、肩をすくめるシズメ。彼女もまた、この国の極端なサイバー偏重には軽い目眩を覚えていた。
そこへ、二人の人物が現れる。長身で沈着な青年と、銀髪で気の抜けた雰囲気を纏う女性。
「カエデ様御一行ですね。お待ちしておりました。私はカズナリ、こちらはシーメ・ウォン。我ら、豊臣家に仕える者です」
「よっ、サイバー界のプリンセスご一行!うちの殿が直々にお招きしたってワケ。光栄に思ってくれたまえー!」
口調のギャップに戸惑いつつも、カエデ一行は誘われるままに中央の塔へと向かった。
ーーーー
O-SAKA城内。
光の柱が立ち並び、音もなく動く無数のスクリーンの中央に、彼はいた。
怒りマークを浮かべた小柄な少年。
だが、その姿からは奇妙な威圧感が漂っていた。
「余が豊臣ヒデヨシである」
玉座に座るヒデヨシの背後、空間にふわりとホログラムの文様が浮かぶ。
何重にも折り重なった時空データのような円環が回転し、解析不能な言語の残響を放っていた。
「……お前達は、“この世界が繰り返されている”ことを、どこまで理解している?」
不意にヒデヨシが問いかけた。
カエデたちは顔を見合わせる。
シンゲンが前に出る。
「断片的には知っている。だが、全貌までは」
「そうか。ならば、教えよう。徳川が支配するこの日の元は、何度も巻き戻されている。都合の悪い歴史を塗り潰すように、感情を殺し、傷を忘れ、悲劇を“なかったこと”にして」
ホログラムに映し出されたのは、何層にも重なった時の網。
その中に、一瞬だけテルトラの知らない“戦い”の記録が混じる。
「…こんな戦記、データにない」
「当然だ。この“記録”は本来、残らないはずのものだからな」
ヒデヨシは手にしていた杓を立てる。その先端に浮かぶ“激怒”の二文字が、紅く輝いた。
「この杓こそ――我が国の陽の欠片。その力は、怒りという感情を焼きつける。余はこの怒りによって、ループの中でも記憶を失わずに立ち続けてきた」
「怒りが……記憶を繋いでいる?」
シズメが目を見開く。
「悲しみは癒える。恐怖は忘れる。だが、怒りだけは……生き残るのだ。世界に、焼きつくようにな」
その言葉に、空気がぴんと張り詰める。
「徳川は“神”の名のもとに、この世界を管理している。生きとし生けるものを駒とし、好きなように盤上に並べて楽しんでいる。そして、我らの持つ歴史すら弄くり回す」
「……そして、都合の悪いものは消す…」
カエデが呟くように言う。
「そうだ。余は、徳川に消された“怒りの歴史”を、余自身に焼きつけて引き継いでいる。抹消された怒りも、悲しみも、豊臣の誇りも。この欠片が、語り継いでくれたのだ」
ヒデヨシの声には、憎しみではなく、静かな誇りがあった。
「怒りが、歴史をつなぐ。お前達の中にも、きっとあるはずだ。“この世界はどこかおかしい”と感じる感覚が」
カエデは、そっと胸元の欠片に手を当てた。
その指先が、微かに震えていた。
ヒデヨシは杓を静かに振ると、背後の空間に転送ゲートが開かれる。電子の海へ通じるような虹色の渦が、静かに回転を始めていた。
「……さて、これらを理解した上で、お前達に見せたいものがある」
カエデたちが一瞬、目を見合わせた。
「ついてこい。我が“希望”を、この目で見るといい」
ーーー
「…この都市構造……計算リソースの割り振りに無駄がない。あの高層ビル群、それぞれが分散型ノード……? 都市全体が、巨大な処理系として設計されてる。並の技術ではない…!」
目を輝かせるテルトラに、カズナリが軽く頷き、シーメウォンが指で丸を作って見せた。
「理解が早くて助かるよー。天才ちゃんは話が早くて、嬉しいねえ」
テルトラはさらに数歩前へ進み、中央制御パネルに視線を這わせながらまくし立てた。
「…それに、この応答速度、光の揺らぎすら制御できてる。トラフィックの自律制御もしている…?なかなか目の付け所が良い。誰か、シェフを呼んで」
「浮かれてるな〜」
「……」
いつになく上機嫌のテルトラにカエデは苦笑いする。
振り返れば、シズメがわずかに表情を曇らせていた。
ーーー
「着いたぞ。さぁ、入ると良い」
ヒデヨシに誘われた先は、地上からは見えない地下層に広がる巨大な空間だった。
機械の脈動が空気を震わせる。
まるでこの空間そのものが意思を持っているかのように、全てが鼓動を持っていた。
「ようこそ。我が臣民たちの、永遠の楽園へ」
光が灯る。
整然と並ぶ無数の冷却塔、記憶槽、そして無数の仮想人格収容装置。
テルトラの足が止まった。
「え……?」
「うむ。そこに保存されているのは、この街の民の“意識”そのものだ」
ヒデヨシが軽く笑ってみせた。
「彼らは生きている。肉体という不完全な器を捨て、永遠に夢の中に生きる…まさに完璧な“民”だ」
テルトラの瞳が揺れた。
「そんな……」
「民自らこの道を選んだのだ。誰も彼も、痛みから解放されることを。思考すら最適化され、怒りも悲しみもない。すなわち――楽園である」
カエデが眉をひそめ、テルトラの背に視線を落とす。
「テルトラ……?」
シズメが小さく、囁いた。
「……戻りましょう。これ以上、ここにいてはダメ」
その声に、テルトラは反応しなかった。ただ、心臓部の構造と、そこに眠る無数の“意識”を見つめ続けていた。
「……違う。こんなの……私が、望んだ未来じゃない……!」
呟いたその声は、どこか幼くすらあった。
「私は……人が人として“生きる”ために、技術を『作った』。
サイバー技術は……絶望を超えるための、希望だったはずなのに……!」
言葉が途切れた瞬間、フラッシュバックのように脳裏を駆け巡る。
かつての上杉の研究施設。
彼女の周囲で微笑む研究者たち。
自らの身体を電子の海に捧げ、彼女を未来へ導こうとした一族の面影。
それは決して“現実から逃げるため”ではなかった。
“現実をより良く生きるため”に、託された知恵だった。
――それなのに。
「ここにいるのは、ただ眠らされた“死体”……っ。
夢すら見ない、“停止された意識”……!!」
テルトラはヒデヨシを睨みつけた。
「どうして……! どうして、こんな使い方をするの!
この技術は、こんな……絶望の墓標にするためのものじゃないのに!!」
不意にヒデヨシが問いかけた。
「絶望、か。では問おう、サイバー文化の祖よ。お前の言う、サイバー文化の希望とは、なんだ?」
突然の問いに、テルトラは驚いた顔をしたが、まっすぐ答えた。
「生まれや環境に左右されず、誰もが平等に可能性を手に出来る事。
知識も、力も……全部が技術の力で手に入られる事」
ヒデヨシはその言葉を噛み締めるように目を細める。
「理想主義だな。善意に満ちていて、眩しすぎる」
「……悪いこと?」
「悪くはない。ただ、“人間”には眩しすぎる。
君が信じた理想は、人間の限界を知らなすぎる」
テルトラは困惑する。
「限界?」
ヒデヨシは軽く振り返り、扉の向こうを顎で示す。
「この光景が、“余の出した答え”だ。
技術は人を進歩させるためにある……というなら、
余はそれを“社会の進化”に使った」
「社会の進化……?」
「そうだ。民を“感情”から切り離し、“支配可能な状態”に導くために。
技術は、余にとって“統治のための道具”だ」
テルトラの目がわずかに見開かれる。
「統治のため……?」
「民は弱い。自分の感情にすら溺れる。
哀しみ、怒り、憎しみ、迷い……そういった“雑音”が集まれば、世界はまた戦乱に戻る」
「でも、そんな感情があるからこそ――」
ヒデヨシは手を挙げて遮る。
「要らぬ。余が目指すのは、“静寂の天下”だ。
誰も苦しまない。誰も争わない。
何も求めず、ただ平和に、永遠に、止まり続ける社会」
「……それ、“生きてる”って言えるの……?」
ヒデヨシは、あくまで穏やかな笑みを浮かべたまま答える。
「言えなくていい。生きることに意味など必要ない。
ただ、死なずに“居続ける”ことが、この時代には最も“強い”のだ」
テルトラの胸に、鋭い痛みが走る。
「……私が、私達が作った技術は……そんな風に使われるためのものじゃない!!」
「だが現実に、使われた。君の理想は、人の心ではなく、権力の手に渡った」
ヒデヨシの声に、ほんの少しだけ嘲笑が混ざった。
「お前の技術は、人類を自由にしたか? はたまた、“管理されやすくした”だけか?」
テルトラは、息を呑む。
自分が信じた技術が、
“進化”ではなく、“逃避”の道具にされていた。
「私は……間違ってたの……?」
「さぁな。ただ、“お前は甘かった”。
それが余とお前の決定的な違いだ」
その言葉は、刃のようにテルトラの胸を裂いた。瞳が大きく見開かれ、部屋を飛び出していった。
「テルトラ!待って!」
カエデ達も、彼女を追って外へ飛び出す。
シズメが部屋を出る際にヒデヨシ達に会釈すると、扉を閉めた。
部屋に残されたヒデヨシは、部下達に問うた。
「……なぁカズ?余は、愚かに見えたか?」
その隣で、カズナリが微笑んで答える。
「ええ、とても愚かでしたよ。全ては予定通りです」
⸻
夕暮れが鋼鉄の街を赤く染める中、テルトラは膝を抱え、誰にも触れられないようにうずくまっていた。
カエデたちが追いつき、言葉もなく見守る中、テルトラはようやく顔を上げる。
その目に、涙はない。ただ、虚ろな決意だけがあった。
「……私、ずっと隠してたんだ。ごめん」
「え……?」
「……元々、上杉家は剣術の家系なんかじゃなかった。
技術者集団で、時代の一歩先を進んでいた一族。
その中に、私が生まれた。私は、人よりちょっと剣が上手くて…でも、機械いじりはもっと得意だった。神童って言われて持て囃されたよ」
テルトラは、少し笑った。けれど、それは自嘲だった。
「私を“未来の神”にするって言って、皆、私のために“電子の海”へ溶けていった。
あのサーバーの中の“臣民”と同じように……でも、あれは違う。
私の一族は、自ら進んで命を捧げた。データとなって私へ組み込まれる事で、私へ上杉の知能を結集するために……」
「そんなの…」
カエデの声が震える。
「だから、私は責任があった。
人類を導けるほどの頭脳を持った存在として、この世界を変えるって誓った。
でも……でも、結果がこれ?」
テルトラは、街を振り返った。その目には、今も輝くネオンが映っていた。
「こんなことになるなら……やっぱりサイバー文化なんて、作らなければよかった。父さんの夢も、母さんの声も、電子の海に沈んでいったみんなは無駄死にだったんだ……!」
拳を握り締める。
「…だから、私の旅はここまで。私……もう、カエデたちと一緒には行けない。
私はもう、何が正しいのかわからないから」
「――それは違う」
静かに、だが力強くシンゲンが言う。
「この旅に正しさなどない。だが、一人で背負うには世界は広すぎる。
お前が遺したものを、共に見届けることもまた、責任の果たし方だと、俺は思う」
だが、テルトラは首を振った。
「……ありがとう。でも、ごめん。もういいの。…もう、いいの」
テルトラは門天丸を呼びたし、乗り込むと、
静かに闇へと消えていった。
カエデ達はそれをただ、黙って見送る事しか出来なかった。
⸻
時を同じくして、徳川城。
「豊臣とカエデ一行は決裂!さらにはテルトラ、離脱せり!」
怨美が、嬉々として報告する。各国に散らばらせた分身体の一体が、豊臣城内のやり取りを記録していたのだ。
「愉快、愉快。やはり“人の心”は脆いですねぇ……」
だが、報告を受けた曽是は、ただ一言。
「……引き続きテルトラを監視せよ。油断はするな」
そして、玉座に深く腰掛けると、ゆっくりと手を掲げる。
「――時は満ちた」
その声が響いた瞬間、巨大モニターに無数の部隊アイコンが点灯し始める。
「これより、此度の『関ヶ原』を開始する」




