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第七話 アキノクニ編

徳川は、反徳川を掲げる勢力を手段を選ばず潰しにかかっていた。

その動きは、もはや“制圧”ではなく、“根絶”であった。


夜刀はそれを理解した上で、前線に立ち続ける事をカエデ達に提案する。

徳川領内でのゲリラ戦。

少しでも敵の目と兵力を引きつけ、時間を稼ぐ。


――時間は有限だ。


その間に、カエデたちは残りの陽の欠片を集めなければならない。

同時に、徳川勢力に対抗する為の協力者を得る事が必要事項であった。

豊臣、島津、大友。

ミネから示されたのは3大勢力と協力関係を結ぶ為、カエデ達は動き出す。


デビ=ヘイリーから聞いた話によれば、

徳川ですら、手を焼く勢力がある。


その名は――島津。


地理的にもほぼ道すがらであり、島津、大友、豊臣の順に街を巡る事にカエデ達は目標を定めた。

しかし、島津領へ向かう道中、シンゲンが一つの国名を口にする。


「毛利領だ。アキノクニが、通り道にある」


ーーーーーーー


「アキノクニってまさか……あれの事?」


カエデの声が、わずかに裏返る。


アキノクニ。

かつては日の本でも一、二を争うほどに栄えた先鋭都市。

サイバー文化と呪術が融合し、未来を走っていた国。


だが今は――


悍ましい臭気が立ちこめ、地の割れ目から毒性ガスが噴き出す不毛の地。

民はもちろん、領主を失ったこの国に人の気配はなく、ただ“何かがいる”気配だけが漂っている。


世間一般では禁足地として有名である。

さらに、この地には不吉な噂があった。


――三つ目の化け物が徘徊している。

――見つかれば、死あるのみ、と。


「む、無理無理無理……!なんで寄る前提なの!?」


「領主は不在だろうが、十二の国に変わりはない。陽の欠片がある可能性が高い」


シンゲンは淡々と答え、一刀を携えたまま迷いなく歩を進める。

しかし、地面は泥濘んでおり、一歩歩くたびに粘ついた液体が地面から糸を引く。

その様子にカエデは顔を引き攣らせた。


「こんなところに欠片なんてあるわけ…ねぇ、テルトラ?」


返事がない。

門天丸の内部を覗くと、テルトラはコックピット内から答えた。


「…可能性はある。ただ、間違いなく言えるのは、ここは人体にとって長居して良い環境ではない事。さっさと見つけよう」


「なるほどね。ところで、君はなんで門天丸に引きこもってんのかな?」


「…気にしなくていい。毒性ガスの分析してるだけ」


「出てこいよ」


「…やだ」


そのまま、三人は廃都の中心部へと足を踏み入れた。


「…お前達、あの噂を信じているのか?」


シンゲンが呆れたように言い争う二人を見る。


「そもそも。この国に入った者が生きて帰ってこないのはどう考えてもこの毒性ガスによるものだろう。三つ目の化け物だなんて本当にいる…わけ…」


――だが、噂は真実だった。


瓦礫の影から現れたのは、異形。

歪んだ身体。異様な存在感。

額の中央に、はっきりと開いた“第三の目”。


即座に、全員が臨戦態勢を取る。


「……ようこそ、アキノクニへ」


しかし、化け物から発せられた言葉は、あまりにも穏やかだった。


「怯えることはない。君達に危害は加えんよ」


その声は、驚くほど穏やかだった。


「で、でも……」


カエデ達は一歩下がりながら、化け物の姿を見上げる。

4、5mは下らない、巨大な体躯。

噂通りの三つ目に、6対の足。

人と呼ぶにはあまりにも人外じみたその姿に、動悸が収まらない。


「そ、それに噂じゃ……見つかったら、死ぬって……」


「ああ、その噂を流したのは私だ」


あっさりと言い切られ、カエデは言葉を失う。


「肝試し感覚で来ては私を見て気を失う者、瘴気にやられ生き倒れる者が後を立たんのでな。……人が来ぬようにするには、こういった噂が一番効く」


「あ、あはは…合理的…」


「君達もこんな化け物が突然現れて、さぞ驚いたろう。すまぬな」


謝る化け物、という奇妙な光景に、ダンマリだったテルトラが門天丸の奥から顔だけを出した。


「……ほんとに、普通に会話できるんだ」


「できるとも。私は元々、怪物ではなかったしな」


彼は、テルトラにゆっくりと視線を落とす。


「私の名はテルモト。この国の、最後の領主だ」


その名に、シンゲンがわずかに目を細める。


「……テルモト。豊臣に最も近かった男だな」


「ほう、よく知っている」


テルモトは微かに笑った。


「そして、その信頼があったからこそ……

私は、呪いに最も適した器になった」


話しながらテルモトはどこからともなく茶器を取り出す。

彼にとってはミニチュアサイズであろう茶器を器用に使い、茶を立てている。

だが、湯気を立てる液体は、どう見ても紫色だ。


「飲むか?」


「い、いえ……」


「…遠慮する……」


「……」


二人が即答する横で、シンゲンは黙って杯を取ると、一息で飲み干す。


「欠片を、探しているのだろう」


テルモトの言葉に、カエデは背筋を伸ばす。


「知ってるんですか?」


「知っているとも。私は、その欠片を封じるために存在している」


テルモトは語り始める。


かつて栄華を極めたアキノクニ。

しかし、ある日突如として現れた『呪術師』を名乗る男が、臣民すべてを呪術の贄として輝元に注ぎ込んだ。

国全体が呪いの炉となり、テルモト自身を蠱毒の器とし、欠片に含有された感情を取り込みいずれは強大な“呪物"になる運命だったこと。


「だから私は、欠片を手放した」


「……自分で?」


「ああ。君達ももう知っていると思うが…欠片は単なる太陽の欠片ではない。感情の力を込められた、いわばエネルギー体のようなものだ。欠片を原動力とする呪いなら、その核を隔離すれば、完成は防げる」


カエデは拳を握る。


「じゃあ……ずっと、ここで一人で?」


「一人ではないさ。臣民は……皆、私の中にいる」


その言葉には、確かな重みがあった。

シンゲンが一歩前に出る。


「では、単刀直入に言わせてもらう。俺たちと一緒に戦ってくれ。

徳川を倒すために、力を貸してくれ」


テルモトは、しばし沈黙した。


そして、ゆっくりと首を横に振る。


「……すまぬ。

欠片を手放してた影響か、私からはもはや争いの情は消え失せているのだ。

今こうして続けている徳川への反抗も、もはや霧のようなものだ」


「……そうか」


「だからこそ、この欠片は君達に渡す。勝手な申し出なのは百も承知だが、私達の分まで徳川と戦ってはくれまいか。…頼む」


テルモトが長い首を大きく垂れる。


「さぁ、案内しよう。欠片の封印場所へ」


崩れた都市の中心。

地下へと続く、封鎖された空間。


封印の間で、テルモトは立ち止まる。


「これが、この地の陽の欠片だ」


その手に浮かぶ、淡く光る欠片。


「かつては私も強く願ったものだ。国を、民を……守りたいと」


テルモトは、カエデを見た。


「これを手放せば、今ある微かなその想いも消え失せるやもしれぬ。…その上で問おう。君は、それをどう使う?」


カエデは、一瞬だけ迷い――そして答える。


「この選択が正しい、とは言い切れません。けど、この世界が間違っているのは確かだから。私は世界を戻す事に、この欠片を使います」


テルモトは、静かに目を閉じた。


「……それでいい」


そして、欠片を差し出す。


「受け取れ」


欠片が、テルモトの掌の上で淡く光っていた。


それは熱でも冷たさでもない、

ただ“そこに在る”という感覚だけを伴う暖かな光。

カエデが、そっと手を伸ばす。


「……ありがとう。テルモトさん」


「礼には及ばぬ」


テルモトは静かに答えた。


「私はただ……遅すぎた選択を、今しているだけだ」


その瞬間だった。


――空気が、歪んだ。


ひゅう、と乾いた音がして、

天井も、壁もないはずの空間から、無数の札が降り注ぐ。


「――ッ!?」


札はテルモトと、欠片を中心に円を描くように張り付く。


「いけませんなぁ」


どこからともなく、ねっとりとした声が響いた。すると、何もない空間に札が集まり、やがて人型を成す。


「テルモト殿。貴方様は、私が特級の呪術を施し、国ごと蠱毒に仕立て上げた至高の呪物。やっとここまで育ったというのに、勝手に“解体”(バラ)されては、困りますよ」


「山本勘助…!」


テルモトが、低く名を呼ぶ。


「おお、覚えてくださっていたのですね。製作者冥利に尽きますな」


「忘れるはずなかろうが…!!


「おや、いけませんなぁ、一領主様ともあろうお方がその様に『感情的』では」


テルトラが、弾かれたように顔を上げる。


「……カエデ!!欠片は!?」


カエデが手を見ると、欠片が無くなっており、いつの間にか呪術師の手に握られていた。


「お気づきですかな?しかしながらまぁ、もうどうしようもありませんが」


呪術師が欠片をテルモトへ当てがう。

すると、欠片は体へするりと吸い込まれていった。


「では、役目を果たしていただきましょうか」


テルモトの身体が、大きく仰け反る。

同時に、脳内へ声が溢れ出す。


――恨み。

――怒り。

――悔恨。

――絶望。


何万もの感情が、一斉にテルモトへ流れ込む。


「……あ、ああ……」


テルモトの第三の目が、赤く染まる。


「やめろ!!それ以上は……!」


カエデの声は届かない。


札が燃え尽き、勘助の影が嗤った。


「これにて完成ですな。

国一つ分の憎悪…さぞ上質な呪いとなりましょう」


次の瞬間。


テルモトが、吼えた。


都市全体が揺れるほどの咆哮。

瓦礫が宙を舞い、地面が割れる。


「くっ……!」


シンゲンが一刀を抜き、前に出る。


「来るぞ!」


暴走したテルモトは、もはや人の形を留めていなかった。

呪力と肉体が歪に融合し、臣民すべてを背負った“災厄”そのもの。


攻撃が通らない。

傷を負っても、即座に再生する。


「……これじゃ倒せない……!」


テルトラの声が震える。


テルモトの体内。

そこでは、負の感情が渦を巻いていた。


くらい。つらい。しにたくない。いやだ。

どうして、どうして、どうしてーー


(ーーすまんなぁ、苦しかったろう、辛かったろう。こんなにも近くにいると言うのに、何も出来ない愚かな私を許しておくれ)


愛した臣民達の怨嗟の奔流を漂いながらテルモトは力無く笑う。


(…なんだ?)


しかし、その奥底で、微かな声が生まれる。

それは暗闇の中に刺す一筋の光。その眩しさにテルモトは思わず目を顰める。


――殿。

――まだ、終わってはなりませぬ。

――あなたは、決して愚者などではない。


それは幾千、幾万の臣民の“想い”。


負の渦に抗い、守り続けたその姿を見た臣民の希望の光。




ーー戻りましょう。まだあなたには成すべき事がございます。




「……っ」


テルモトの動きが、止まった。


振り下ろされるはずだった刃が、

カエデの目前で、ぴたりと止まる。


「……私は……」


震える声。


「……そうか…皆……見ておったのだな…」


第三の目の赤が、ゆっくりと薄れていく。


「よかった、正気に戻ったんだね!」


「……すまない」


テルモトは膝をつく。

すると、自らの胸から欠片を取り出した。


「……今度こそだ」


カエデに、欠片を差し出す。


「君たちに……託す」


「徳川と戦う。

私も……力を貸そう」


その言葉が、交わされた直後。


――轟音。


世界が、白く弾けた。


ドォン――――――!!


凄まじい衝撃が、都市を貫く。


テルモトは、反射的にカエデ達の前に出た。


「伏せろ!」


巨体が、カエデたちを覆い隠す。


ーーーーーーー


遠くの高台。

そこに立つ男へ、砲弾の射手が報告する。


「着弾!対象、沈黙を確認致しました!」


「いやはや、流石は徳川の誇る大筒――カルバリン・キャノン七十三式!文字通り国一つ消し炭とは!拙僧、感服致しましたぞ!!…蠱毒が失敗したのは予想外でしたが、これさえあれば取るに足らぬ些事ですなぁ」


「次弾、装填しろ」


「は、は!…しかしながら対象は沈黙しておりますが…」


「…疾くせよ」


「しょ、承知致しました!!」


曽是は口早に話しかける勘助を一瞥する事なく射手へ次弾の装填を命じる。

その目は、かつてアキノクニであった大きなクレーターへ真っ直ぐに向けられていた。


「流石にあの一撃を喰らって無事とは思えませぬが…」


呪術師が曽是に対して話しかける。


「いいや、勘助。キサマは奴を丈夫に作りすぎたのだ」


「はて?」


「…防ぐ術はない。砲は捨ておけ。撤退だ」


曽是はまたも一瞥する事なく答えた。


ーー刹那。


キラリ、と何か光るモノがこちらへ向かってくる。





それは巨大な鉄骨であった。






爆風が収まった後、

静寂が戻る。


カエデが目を開けると――


そこには、自分たちを庇うように倒れ伏す、

三つ目の怪物の姿があった。


「テルモトさん!!」


「皆、無事のようだな……なにより」


テルモトはカエデ達の無事を確認するとニコリと微笑む。そして、ボロボロの体をゆっくりと起こすと、砲弾が放たれた方向を見やる。


「私は長年徳川の暴虐を見ている事しか出来なかった。勇気ある者達を何人も見捨ててきた。」


動く度に多量の血が滴る。カエデ達が動かない様に諭すのを、テルモトは手で制止ししながら、建物の鉄骨を握りしめる。


「だが、それも今回で終わりだ。…これはせめてもの償いだ。奪われた我々の怒りの一矢だ」


テルモトは鉄骨を槍投げの姿勢で構えた。グググっと、肩の筋肉が大きく隆起する。


「君達の勇気に、感謝を。…幸運を願う」


放たれた一撃。

次の瞬間、遥か遠くの高台で炸裂し、夜空を橙色の光が照らす。


「テルモトさん!!」


テルモトはその場で動かなくなった。

だが、その顔は――穏やかだった。


カエデは、欠片を強く握りしめる。


「徳川…!」


その名を、噛みしめるように。


「絶対に……倒す」


一行は、再び歩き出す。


次なる地――

島津領へ。


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