黄昏
通り雨が過ぎて、
強い日差しが降り注ぐと、
次の準備が始まる。
それは、望んでいなくてもやって来るものだ。
俺は、友達のジュンが作ってくれた馬に乗って走った。
遠くへ、もっと遠くへ。
それは、悲しみを勇気に変える時間だった。
「もう一度やるよ」
「次はちゃんと頑張って、ユラちゃんと……」(ぐすっ)
「ユラちゃんとお祭りに行くんだ……!」
「うん! 次は絶対、一緒に行こう! 私、心の中で見守ってるから!」
夢から目を覚ました俺は、学校で彼女にその言葉を伝えた。
「俺……次は絶対、70点以上取る」
「だから、取れたら一緒にお祭りに行ってほしい……!」
彼女は少し考えてから、口を開いた。
「いいよ。でも、条件がある」
「私の理科の点数より上を取ったら、一緒に行ってあげる」
「え……?」
(ニヤッ、ニヤッ)
「上等だ! 次はお前に勝って、お祭りに行くからな!」
「いいよ、全力でかかってきなさい!」
俺はすぐに理科の勉強に打ち込んだ。
最初は何も分からなくて、先生に質問するのが日常だった。
図書館ではユラちゃんに負けてばかりだった。
それでも、諦めなかった。
学校でも、家でも、図書館でも。
朝でも、夜明けでも、夜でも。
晴れの日も雨の日も、ひたすら理科の勉強だけを続けた。
「レンちゃん、果物でも食べながら……」
「ちょっと、レンちゃん! 鼻血!」
「あっ! ちょっとトイレ行ってきます……!」
夢の中では、ジュンと理科の話やユラちゃんの話ばかりしていた。
それが、俺のささやかな楽しみだった。
放課後はユラちゃんと図書館に行って勉強するのが日課になり、
いつもユラちゃんに負けていた。
諦めたくなった。
どうして俺はこんなにできないんだろう、どうしていつも足りないんだろう。
それでも、彼女と一緒に祭りに行くその瞬間を思い浮かべると、
ペンを置くことはできなかった。
指先が痛くても、目がかすんでも、
その約束一つが俺を引き止めた。
「いてっ……切れたか」
そのたびに、心の中に黒いものが砂時計のように溜まっていった。
書店で買った理科の問題集は、三週間でボロボロになり、
机の上に置かれていた。
それと同じように、俺の手もボロボロになっていた。
ベッドに横になり、今回もジュンに会うために眠りについた。
すると、迎えに来たジュンが俺を見て言った。
「お前、心の中の“毒”が溜まりすぎてる」
ジュンは手招きして、俺を導いた。
波のように押し寄せる空間の中で、何かが現れた。
「ほら、これがお前の心だ。少し灰色だろ?」
見た目は白いのに、よく見ると灰色が混じっていた。
「これが黒く変わるたびに、周りに怪物が生まれるんだ」
「……グルル」
小さな黒い塊が、こちらへ飛びかかってきた。
「こういう小さいのは手で払えるけど、
ストレスや不安、落ち込みが溜まれば溜まるほど、怪物は強く、大きくなる」
ジュンはきっぱりと言った。
「でも大丈夫だ。お前は俺が守るから」
「うん、ありがとう」
俺はずっと、にっこりと笑いながらジュンを見ていた。
やがて時は流れ、期末試験最終日、午前二時。
木のような電柱が月明かりを一筋流すと、
光に惹かれた一匹の蛾が、その中で舞い踊る。
漆黒の夜の中、俺の蛍光灯もまた光っていた。
ユラに想いを伝えるために、
自分の夢を叶えるために、
俺は今日も勉強する。
「……はぁ、あと一日だけ……」
「あと一日だけ、頑張ろう……」
「……zzzz」
真っ黒な、何も見えない霧の中へ――
「……おっ、マイゴちゃん、来たのか?」
「えっ……」
「……うん、なんか力が抜ける感じ……」
そのまま崩れ落ち、さらに深い眠りへと落ちていく俺を見て、
ジュンは穏やかな笑みと、少しの心配を浮かべていた。
「相当疲れてるみたいだな。
俺もやることやるか……マイゴのために」
「……グルル」
狼のような怪物、形の定まらない怪物たち。
マイゴに害をなすものたちが押し寄せてきた。
「まとめて来い!」
怪物たちが唸り声を上げながら迫ってくるその光景は、
それだけで恐怖だった。
ジュンの姿はドラゴンのように変わり、
怪物たちと激しくぶつかり合った。
噛みつかれ、引き裂かれても、
何度でも立ち上がって戦った。
「こいつを“孤独な島”にする気はねぇんだよ!」
やがてジュンの姿が解け、
手の甲に一つの紋様が浮かび上がった。
その瞬間、迫っていた怪物たちは一斉に灰となって散っていった。
ジュンは力尽きたようにその場に座り込み、
マイゴと同じように深い眠りへと落ちていった。
「……頑張れよ、マイゴ」
やがて、期末試験最終日を告げる朝日が昇る。
俺はいつも通り、これまでと同じように準備を終え、学校へ向かった。
見慣れたはずの校舎なのに、
その日だけはどこか違って見えた。
「集中しろ……あと二コマ、耐えればいい……」
もうここまで来たという思いと、
もし負けたらどうしようという不安が、胸をかすめる。
最後の関門を告げるチャイム。
震える手を押さえ、ペンを握り、
これまでやってきた通り、一問ずつ丁寧に解いていく。
最後の問題にたどり着いたとき、
目の前の景色がどこか現実味を失っていた。
静まり返った教室。時計の音だけが響く空間。
その沈黙が、やけに重く感じられた。
残り時間、五分。
その五分の終わりを告げるチャイムが鳴る。
まるで裁かれる側に立たされたような、冷たい空気の中での自己採点。
「……っ……ひっ……ぐすっ……」(ぐすっ)
気づけば、熱い涙が頬を伝っていた。
「レンちゃん……」
「マイゴ……」
誰もが息を呑んで見守る中――
「……100点……100点だ」
十四年間の人生で、初めての満点だった。
「きゃあああ!」
「100点!? ほんと!? 嘘じゃないよね!?」
「めっちゃ勉強してたもんね……これ現実!? 夢じゃない!?」
溢れる涙を拭いながら、俺は叫んだ。
「ユラ! 約束、ちゃんと守れよ!!」
「どこ行くの!?」
「この嬉しい報告、伝えなきゃいけない人がいるんだ!!」
息を切らしながら家へ駆け戻り、ベッドに倒れ込んだ。
本当なら嬉しさで眠れないはずなのに、
積み重なった疲労に飲み込まれ、そのまま眠りに落ちた。
「ジュン!!!」
ジュンはこたつに入りながら、お茶を飲んで俺を待っていた。
「ジュン! 俺、100点取った! 満点だぞ!!」
「へぇ、よかったじゃん〜」
「……?」
「なんでそれだけの反応なんだよ……」
「てかこの真夏にこたつってなんだよ?」
「あったかくて落ち着くだろ〜。ほら、座れって」
「……まあ、落ち着くけどさ」
どこか心地よい、夏だった。
-------------------------------------------------------------
「……なあ、マイゴ」
「暑いからその呼び方やめてって言ってるだろ……」
「……ユラちゃんと行く祭り、もう決めたのか?」
「……まだだ」




