後日談
「そんなこんなで見事に話は終幕を迎えたわけじゃが、何か感想はあるか?今回の話の基盤となった元人間の疫神くん」
「どう…と言われてもな」
特別な感情が湧いてくるわけではないと、我の隣に腰を下ろす少年−否、少年の容姿をした疫神はため息をついた。こいつは生まれた時は人間だった。けれど、ちょっとしたいざこざがあって神に成り果てた。
仁宮もとい雉尾の人間は、かつて自身の勝手な想像で疫神が生まれるまでと生まれた以降の話をでっち上げた。そう思い込んでいた。
けれど、実際はそうではなかった。今隣にいる元人間、髪の毛を男にしては伸ばしていて、目尻のほくろが色っぽさを醸し出しているこの少年、彼が神に成るまでの話をいつかの雉尾の少年は知っていた。あくまでも、子供達が楽しむための作り話程度という認識で記憶の片隅に持っていたのだ。そして、彼はそれを自身が勝手に考えた物語だと誤認していた。
ここから先は少々厄介な話になる。
「そんなに興味がないのか。よかったんか?今回の出来事、雉尾が仁宮家を作り上げた虚構はお前を生むことにもなったんじゃろ?」
「……いや、僕がいたからこそ彼らの虚構が生まれたと言う話でもある」
少年は悲しそうに笑った。その表情はあまりにも人間じみていて、未だに彼が‘どちら’の人格を有しているのかはわからない。
もともと、仁宮家の風習とその伝承は一人の疫神に基づいたものだった。しかし、この少年が疫神に成る際、彼もまたその疫神の伝承を用いた。つまり、どちらも作り話とその信仰がなければ成り立たなかったのだ。
だからこの少年がいなければ仁宮家は生まれなかったという話になる。そして、神というものが存在を保つにはある種の信仰が必要であり、その信仰は語り継がれなければ薄れていくことになる。ギリギリで途絶えそうだった疫神の逸話を掘り返し、無意識ながらにも語り継いだのは仁宮家だ。だからある意味、仁宮家とその信仰がなければこの少年は疫神になりえなかったとも言える。だから彼らがこの少年の存在を確定した。この少年という一人の存在が薄れかかった疫神を再び産み落としたのだとも言うことができる。
我は込み上げてくるよくわからない感情に眉をひそめた。
「お前さん。話に出てくる少女とは無事に結ばれたのか?」
少年は目を伏せた。
「もう、彼女の温もりなんて忘れてしまったよ」
我はそれを聞いて安心した。もう忘れてしまったということは一度は結ばれたということだから。そして、安心と同時に胸を締め付ける感覚にも襲われた。もう忘れたということは、この少年がこの先救われることはもうない。それこそ、仁宮家のように無理だとわかって待ち続けるか、存在を維持し続けた上で世界が一度終わるのを待つかしかない。どちらも実質的に無理な話だった。
「それよりも…」
いつかの神社の鳥居にわたしと並んで腰を下ろす少年は、供え物として村人が持ってきた胡瓜を頬張りながら我に問う。
「お姉さんの話が知りたい。僕みたいに元人間じゃあないんだよね?」
春の日は短く、時刻としてはまだ早いものの、世界はすでに朱に染まり始めている。
「あぁ。我はお前さんとは違って人間ではない」
季節に見合った少しばかり肌寒い風が神社の周りの木々を揺らす。そこかしこに生えている桜の木が揺らされ、吹雪のようにその花びらを散らしていた。
綺麗だ。
「じゃあお姉さんはもともと神様だったの?」
我は杯に酒を注ぎ、それに口をつけた。味なんぞの違いはわからんが、喉に引っかかるような気色の悪い感覚は確かにカンッジタ。
「最初から神だったやつなんぞおらんよ。全ては人間が勝手に願ったことじゃ」
わからないといった様子で少年が首を傾げた。
「じゃあお姉さんはどうやって生まれたの?」
その問いを聞いて、わたしは笑った。久しく‘嫌なこと’を思い出し、自分が確かに存在しているのだと再認識した。やけに清々しい気分だった。
「我は神なんかやあらへんわ。お前さんも事の顛末を見とったやろう?我はなんと呼ばれとった?」
「妖狐?」
「あぁ。化け狐とも言われとったな」
「じゃあお姉さんは元は狐なの?」
感心したように少年は言った。
「バカ言うでない。今も狐じゃ」
苦笑いをしながら杯の中身を一気に飲み干した。
我は狐だ。どれだけの時が過ぎようと、それは変わらない。
尾の裂けた狐が怪談半分で語られ、遊び半分で神格を与えられたまでのこと。
だから我と言う存在の生まれは神と同じ根源にある。だが、我は神として存在を固定されたのではなく、ただの妖狐として存在を固定された。
我は狐だ。神ではなく、妖としての概念をあたえられた弱々しい汚れた存在だ。
「お前も飲まんか?」
再び杯に酒を満たし、納得していないといった様子の少年に差し出す。少年は首を横に振り、飲めないといった。
「どうしてじゃ?」
「飲んだことがないから…かな」
何を寝ぼけたこと言うとるんじゃと思った。けれど、不思議と悪い気はしなかった。
「あーあ。つまらんのぅ。どこかに楽しい遊びは転がってないものか」
少年は苦笑いをして冗談言うなといった。
「遊び感覚で弄ばれた仁宮家やこの辺りの人々がかわいそうだ」
「それが神や妖といった類のもんじゃよ」
杯に目を落とすと桜の花びらが一枚だけ色を添えるように落ちていた。我はそれごと酒を一気にあおり、夕日に染まる景色を眺めた。
ゆるりと時が流れるその様を見て、まぁ、もう少しばかりはこんな日が続いてもいいのかもしれないなと思った。
数え切れないほど自生する桜の木が風にあおられてその枝を揺らす。その度に花びらが舞い、朱に染まる世界をより鮮やかに彩った。その様子を見ていると、今回の姫を思い出した。偶然整った顔立ちに生まれ、偶然この村に来たことで不幸にも仁宮家に目をつけられ、大切な少年を失った少女のことを。
「それで…」
思い出したように少年が口を開いた。
「女の子はどうなった?」
私は少しばかり微笑み、「つまらんもんじゃよ」と言う切り口で語った。
「あの後、仁宮家は崩壊。少女はワシが逃げた村人の元まで連れて行った。それからは無事に成長して行き、新たな恋心をその身に宿し、結ばれ、子供を産んで穏やかに死んでいった。めでたしめでたし」
「それはきっと……いや、いい。それよりもどうしてお姉さんは一人称が頻繁に変わるの?」
少年が止めた言葉。考えればわかることだ。
それはきっと、幸せとは言えない結末だ。少年の尽力は報われたとは到底言い切れない。少女は悪意から救われたものの、望んだ相手を失った。強いて言うなれば、不幸中の幸い的な結末だろう。
私はまた笑った。はははと甲高い声で、報われなかった少年の物語を思い返した。実に滑稽な面白みのない物語。それでも、暇つぶしにはちょうど良かった。
「一人称なんぞ、別に固定する必要はなかろうよ。全部気分の問題じゃわ」
そういうものなのかと少年は頷いた。
今一度杯に酒を満たし、一気に煽る。旨いといえば旨いけど、正直よく分からない。
遠くの方に登り始めた月は満月で、これまたきっとうまい酒というものが飲めるのではないかとわたしは期待に胸を膨らませた。




