語出
新しい中編を更新し始めます。
ただ、めっちゃ不定期なので半年で1話とかになるかもしれません。
ご了承ください。
夜風に煽られ、仄かに桜の香りがした。
植物の油分が不自然に滲んだような、甘い腐敗臭のような香りだ。
「今日も月が綺麗じゃのぉ」
赤く巨大な鳥居の上部に座り、溜め息を漏らすように言葉をこぼす。
この場に自分以外の誰かが居たのなら、放った言葉は意味を持っただろう。しかし、この場にいるのは生憎と自分だけだ。よって、放った言葉は意味を為さず、ただの音声信号となって夜闇へ溶ける。
その音声信号の通り、淡墨を塗り広げたような夜空に浮かぶ月は綺麗だ。
朧げではあるものの、その不明瞭な月の放つ光は夜の闇と相反する関係にあり、やけに明るく美しく見える。
温めた徳利はとうに冷めており、中に入れた供物の酒も徳利と同様に冷め切ってしまった。
「これだから春は嫌なんじゃ。酒の温みが続かん」
悪態をついてみる。誰に対してでも無い悪態をだ。
強いて言うなれば、この悪態を見ることができる存在へ向け、「どうしてこんな世界を作ったのだ」と悪態をつく。それこそ、神様なんていう妬ましくて憎たらしい悪鬼羅刹の邪たる存在へ向け。
当然、奴等は悪態を拾わない。
自身より遥か下位の存在など、それらの感情など気にも留めない。気に留めることができない。
遥か昔、神と呼ばれる自分勝手な悪党共がその力を誇示し、自己顕示欲を満たす為だけに世界というものを生み出した。
ほら、自分はこんなに素晴らしい世界を生み出したぞ。物語を生み出したぞ。
神々は、そんな自慢話をする為だけに動物などという不必要な生物を作り出した。その中には当然人間と呼ばれる類のものも居た。
世界という箱庭の中に生じた人間とその他の動物。
神の心しか持たぬ神々はその人間や動物を使い、より複雑に世界を織り、物語を形作っていった。
その目的は自分という存在を感じる為。
自分の力を自分が認める為。
ただそれだけだ。
はてさて、話は変わる。
遥か昔、ほんの偶然の積み重ねで世界が生まれた。
無という何もない空間で、そこに在した無というものの噛み合わせがズレ、積み重なりが崩れ、無は姿を変えた。
無から溢れ出す無限にも等しい軽微で零細な球体と認識される物。
後に原子などと呼ばれる物を構築するさらに微小たる何か。
それは弾け飛ぶように概念もない空間へと瞬く間に広がって行き、まるでそうなるのが当然であったかのように互いに引き寄せられ、形を生み出し、世界を構造した。
世界は斯く在るのが正解だとでも言うように変質を繰り返した。
何もない場所に宇宙と呼ばれる理解しがたい箱庭が生まれ、その中にいくつもの星々が生まれる。そして、その一つの小さな惑星に生物と呼ばれる特権でも与えられたかのような存在が生まれる。
そうして偶然に偶然が重なり、変質に変質を重ね、全ての末に人間と呼ばれる存在が生まれた。
人間は世界と同様に変質を繰り返し、その最中でふと気がつくことになる。
そういえば、自分はどのようにして生まれたのだろう。
そして、その思考を問い詰めて行けば世界が生まれた理由を思考するに至り、当然だがその思考の末に正解にたどり着くことなどできないのだと気づく。
するとどうなるか。
これも当然の話だが、人間は自分に理解できないものの根拠の所在を自分に理解できない存在へと擦りつける。
こうして出来上がるのが神という存在だ。
人々は神に全ての責任をなすりつけ、弱い生き物で在るように徹した。
これにより信仰と呼ばれるものが生まれ、神という存在が誕生する。
再び話を変えよう。
曰く。人間と神は同じ箱庭の中に住んでいるという。
ただ、同じ箱庭の中の異なる軸に存在しているが故、互いに存在を認知できない。
しかし、ふとしたきっかけで人間が神の存在を認知した時、不思議なことに両者は同じ箱庭の同じ軸に存在することとなるのだ。
我は今、異なる軸に在る三つの話をしたわけだ。
きっと、我と似たような感性を持つ者ならば思うはずだ。
この三つの話がすべて正しく、同じ軸の上に展開された別方向の話である場合…
神と人間。どちらが先に生まれたのだろう。
そもそも、両者の関係は神と人間の関係なのだろうか。
神と神の関係なのではないだろうか。
だとしたら、人間の言う神と言う存在は一体何を意味するモノであり、神の語る人間という存在は一体何を意味するモノであるのだろうか。
「いかんいかん。少し酔いすぎた」
徳利と盃を持ち、鳥居からひょいと飛び降りる。
人間というか弱い生き物ならば致命傷を負う高さだが我には関係がない。なにせ、我は人間によって生み出された存在であり、人間ではないのだ。
だからこそ、死ぬことはあっても怪我をすることはない。
それこそ我に怪我を負わせたいのであれば神などという大層な存在を連れてくるしかないだろう。
それが、神格化してしまった化け狐である我を葬る唯一の方法だ。
…いや、唯一ではない。
我は信仰が在る故の存在だ。その信仰が薄れ消えれば我もまた同様に消えるだろう。
「本当に…酔っとるようじゃのぉ」
仕方がない。嫌なことがあってやけ酒をしてしまったのだ。酔いすぎているのも不思議ではない。
ましてやあんなことがあった後だ。尚更酔いが回りやすいだろう。
「もう、慣れたと思うとったんやけどなぁ」
空いている方の手で軽く頭を掻く。
着崩れた着物と無意識に瞳から流れ出る涙はまさに今の心境を物語っていると言えるだろう。
我は今、人間の少女を模した姿をしている。それは特に意味のある行為ではない。
神は皆、人間と交流を持つために人間の型を使っている。まぁ理由はそんなところだ。
さて、こんなに暗い出だしになってしまったわけだが、ゆっくりと語って行きたいと思う。
今日に至るまでの、何度も繰り返したはずのいつも通りのお話を。
妖狐の我が人間の少年に惚れ、恋に落ち、神の決めごとによって裂かれてしまうまでの伽噺を。
社に入る手前で、ふと夜空に在る筈の朧月を見上げた。
だが、夜闇の黒に滲む月はどこからともなく湧き出た無粋な雲に飲み込まれ、姿を消していた。
一つ、人間の真似事をして舌打ちをしてみる。
だが、心の内に居る靄は小指の爪ほども減りやしなかった。




