第十二話 明かされる真実
稗田家は『人間の里』で最も大きな旧家の一つで、千年以上前から続く由緒ある家系である。
その現当主である稗田阿求は、彼女で九代目になる〝御阿礼の子〟であり、初代の阿礼から脈々を受け継がれてきた『幻想郷縁起』の編纂者だった。
霊夢と咲夜は『人間の里』の中を、その阿求の邸宅に向かって進んでいた。
道の両脇に木造平屋の商店や飲食店が軒を連ねる里の大通りを、二人は肩を並べて歩く。
しかし、そこは〝博麗の巫女〟と〝紅い悪魔〟の従者である。
周囲の人々の好奇の視線にうんざりとしながらも、咲夜は口を開いた。
「さっきの貴女の、【月下美人】の発動条件という言葉からちょっと考えてみたんだけど」
「なに?」
やはり彼女も、この粘っこい視線を感じているのだろう。
どこか苛立った様子で返した霊夢に、咲夜は言った。
「魔法には術者が必要。あの五人の中では、それはやっぱりアリスだと思うの。だから相手はアリスに身を隠させて、妖夢と騒霊姉妹がその壁役に回ってくるはず。だけどもし、アリス自身も戦闘に参加せざるを得なくなったら……」
結果は言わずもがな。
アリスは【月下美人】を発動できない。
「だから私達は、何が何でもアリスを強襲する必要がある。貴女の推理も尤もだけど霊夢、『幻想郷縁起』にそのヒントが書いてあるのかしら? もし過去に【月下美人】が使われて、それが有史に残っているのなら、私ならその範型とはかけ離れた方法をとるわ。史実を参考にされないように」
咲夜のそういった発想は、メイドなどと言った、誰かに尽くすことを旨とする立場にある人間なら誰しもが日常的に考えることだった。
いくら主人がダージリンティーが好きでも、毎回それを淹れていれば喜ばれるとは限らない。
その日の食事の献立や、TPOを踏まえ、その時に最適な茶葉を選択できてこそのメイド長十六夜咲夜だ。
今回の件もそれと同じで、彼女達が本当に計画を成功させいと思うのならば、過去の二番煎じなど以ての外。
仮にその史実において【月下美人】の発動に成功しているのだとしても、だからと言って次も上手くいく保証は無い。
寧ろ、過去の出来事から傾向と対策が見出され、逆に自分達の首を絞める結果に繋がるだろう。
重要なのは、今の状況と構成員の編成から考えられる、最も攻略の難しい手法を編み出すこと。
アリスとて、それは分かっているはずだが。
しかし霊夢は息を吐いて、
「私だって、それくらいは考えてるわ」
そして力の籠った声で言った。
「『天界』に行った時、萃香は〝気の流れ〟がどうこう言ってたわ。私も巫女をやってる以上、多少の陰陽道や風水の知識くらいは持ってるの。それで思い出したんだけど、確か魔法も、それを使う場所によって威力が変化するんでしょ? 〝気の流れ〟、〝龍脈〟、〝四神相応〟。きっと【月下美人】にも、その発動に最も適した場所が存在するのよ。私の〝勘〟が確かなら、向こうにとってもそれは外せない要素のはず」
霊夢の言葉で、咲夜はいつかパチュリーも似たようなことを言っていたのを思い出した。
確か、そんな因子が五つ六つ存在したような……。
「だからそれを発動させる場所だけは、アリスも史実に従うんじゃないかしら。それが何処なのかさえ分かれば、こっちのものよ」
そう言うと、霊夢は自分の掌に右の拳を打ち付けた。
確かに信憑性のある考えだが、それで咲夜はまた別の不安が頭を過った。
(阿求が口封じをされてなければ……ね)
もし全てが霊夢の言った通りなら、アリス達にとって、『幻想郷縁起』延いては阿求の存在は目の上の瘤でしかない。
そして少なくとも自分達は、魔理沙を『永遠亭』に運んだ分だけ彼女達に後れをとっている。
これはもしかすると、もう手遅れかもしれない。
そう思うと、途端に焦燥に駆られ始めた咲夜。
しかし、ようやく辿り着いた稗田家の門前は、いつもと変わらない静けさを保っていた。
建造から今日までの、その長い歴史を感じさせる風格漂う門の前には、下男と思われる若い青年が掃き掃除をしながら立っていた。
霊夢がその青年に話し掛けると、彼はたちまち表情を明るくした。
「お待ちしておりました! 阿求様より話は伺っております。どうぞ母屋の方へ」
その引っ掛かる物言いに、霊夢が怪訝な顔をした。
「私達が来ることを知ってたの?」
霊夢が問うと、青年は二人を先導しながら、
「はい。先程、阿求様がお客人をお見送りなさった際、私に貴女方がお見えになるだろうと仰っておりました」
その言葉を聞いて、咲夜は心臓に針を刺されたかのようにドキリとした。
(やっぱりアリス達は先手を……!)
「そのお客人って、誰なの!?」
慌てて咲夜が問い詰めると、なぜか青年の方が眉根を寄せた。
「『紅魔館』からお越しの方でしたが、御存じありませんでしたか?」
青年に逆に聞き返されて、咲夜と霊夢は顔を見合わせた。
「パチュリー様だわ!」
恐らくパチュリーも、霊夢と同じ観点からここを訪れていたのだろう。
魔法に深く精通する彼女なら、そのことに誰よりも早く気付けたのも頷ける。
これで、それまでの推論に確固たる裏付けを得られたと感じた二人は、ある種勝利を確信して稗田家の屋敷の中に入った。
しかし、彼女達は疑問に思うべきだった。
【月下美人】の発動場所を知ったであろうパチュリーが、どうして自分達と合流しようとはせず、単独でこの場所を後にしたのかを。
八雲紫が〝スキマ〟を抜けて『永遠亭』の軒先に姿を現すと、そこには自分を待ち構えていたかのように、八意永琳が立っていた。
やや硬い表情に、腕を組んだ姿勢でこちらを見やる永琳。
驚くことは無い。
一言で言えば、彼女はとても頭が良いのだ。
紫は愛用の日傘を肩に掛けて永琳の前に進み出ると、微笑を浮かべた。
「馬鹿な娘を助けてもらって、そのお礼に来たわ」
「助けるなんてほどのことはしてないわ。だからお礼も結構よ」
好意的な声色で言った紫とは裏腹に、毅然とした態度で答えた永琳。
たちまち紫は頬を膨らませた。
「あら、釣れないのね」
「これでもね、忙しい身なのよ」
その割には、随分としっかりとした口調だ。
紫は「どうだかね」と、もうすっかり癖になっている胡散臭い笑みで、
「だけど、まさか私の頼みを聞いてくれるなんてね。月人の貴女が」
言いながら、相手の心を探るような視線を送る紫。
しかし永琳はまるで仕返しするかのように、彼女もまた張り付いたような笑みを返して、
「地上で暮らすと決めた以上、私も貴女達に譲歩するように努めているのよ」
「それはどうも。涙出ちゃうわ」
その気など全く無さそうな風に紫は答えると、それまで開いた傘を閉じ、改めて永琳に向き直った。
その表情は、それまでとは打って変わって、真剣そのものだ。
「――本音で話しましょう?」
すると永琳も、その胸の内を隠すかのように硬く組んでいた腕を解いた。
表情にも、若干のゆとりが生まれたようにも感じる。
「最初からそう言ってくれればいいのに。やっぱり貴女の相手は疲れるわ」
その言葉に、紫は思わずほくそ笑んだ。
「あら。地上の穢れた者達との戯れは、やっぱり肌に合わない?」
「そうね。でも、評価している部分もあるのよ?」
「聞かせて」
紫が言うと、永琳は静かな口調で言った。
「地上に生きる者は、生きている間に数え切れないほどの罪を犯して、そして死ぬ。だけどそんな彼らだからこそ、他の誰かの罪――あらゆる〝負の部分〟を理解し、それを許し、受け入れ、その全てを背負っても尚、前に進もうとすることが出来る。もしかしたら地上人は、私達月の民よりもずっと強い生き物なのかもしれないわ」
紫は頷いた。
「ええ。だからこそ、人間は短命なのかもね」
すると、永琳も小さく忍び笑いを浮かべて、
「まったくだわ」
痛みを伴わずに得た経験は、部屋で本を読んで得た知識と変わりない。
机上の空論。
臨床の場で、それを用いてこそ知識は知恵となるのだ。
医者という立場上、永琳もそれを深く理解していたし、それは紫も同じだった。
あらゆる場面で、多くの経験を得ることがどれだけ大事なことかを二人は知っていた。
だからこそ、人間への畏敬の念は尽きない。
彼らは時に苦しみ、嘆き、絶望する。
悩み、喘ぎ、慄き、叫び、そして望む。
それらの無い世界を。
もしかしたら人間は、この世で最も非力な、しかし最も屈強な存在なのかもしれない。
だからこそ、彼らはすぐにその器が満たされて、死んでしまうのかもしれない。
他人の何倍も苦しみ、そして誠実に生きた人間ほど、その死期は早い。
――それはそれは、残酷な話。
紫は徐に永琳に右手を差し出して、握手を求めた。
「やっぱり改めて、貴女にはお礼を言わせて。――ありがとう」
それは彼女の、本心からの言葉だった。
永琳も、真っ直ぐに紫の手を握り返しながら、
「お安い御用よ。それで? 私のしたことは、そんなに大きな意味のあることだったの?」
きょとんとした表情をした永琳に、紫は「そうね」と短く答えて、続けた。
「もし貴女が、より人間に歩み寄りたいと思うなら、これから私がすることを、そしてあの子達がすることをしっかりと見届けて頂戴。永遠を生きる貴女には、知っていてほしい」
その為に、永琳にも一枚噛ませことは、彼女自身も既に気が付いているだろう。
これが、紫から永琳への、心ばかりの礼だった。
彼女ならきっと、絶え間なく動き続ける歴史の、その激動の中に身を置けることを誰よりも喜んでくれるだろう。
蚊帳の外からの〝観察者〟ではなく、一人の『幻想郷』住民として。
『幻想郷』は全てを受け入れるのだから。
紫は永琳から手を放すと、少し拍子を空けてから言った。
「これから『幻想郷』で起きるそれが――土臭い罪人達のやり方よ」
霊夢と咲夜が稗田邸の広間に通されると、そこには既に阿求の姿があった。
彼女は広間の中央に置かれた座卓の前に座り込み、難しい顔をして卓上に広げられた巻物に目を通している最中だった。
しかし二人の存在に気が付くと、彼女は途端に表情を変え、客人を迎える温かい笑みを浮かべて二人を部屋の中に招き入れた。
「パチュリーさんがお帰りになる際、直に貴女方も来るだろうと仰っていましたが、その通りになりましたね」
阿求はまるで命の宿った日本人形のような、清楚で落ち着きのある雰囲気をした小柄な少女だった。しかしその目は顔立ちの幼さには似合わず、千里先も見据えたような理知的な光を湛えていた。
霊夢と咲夜はその阿求に促されるまま、彼女の対面に座った。
「やっぱり、ここに来てたのはパチュリーだったのね」
霊夢が言うと、阿求は頷いて、
「はい。そしてパチュリーさんはお二人も、自分と同じことを私に尋ねるだろうとも仰っていました。当時の資料なら、既に準備してありますよ」
言いながら、阿求はそれまで自分が読んでいた巻物や、卓の隅に置かれた冊子などをぽんぽんと叩いた。
「過去に使用された、【月下美人】にまつわる話ですね?」
阿求が言うと、霊夢は卓に身を乗り出すように尋ねた。
「やっぱり、一度使われたことがあるのね?」
思った通りだわ、と霊夢は両の手を握り締めた。
しかし阿求は声のトーンを少し落として、
「厳密には、未遂……ですが」
「未遂?」
今度は咲夜が阿求に聞き返した。
阿求はそこで一旦咳払いをしてから、
「当時の概要をお話しします」
そして阿求は静かに語り始めた。
「【月下美人】は、ある一人の魔法使いが病死した娘との再会を期すために編み出した魔法。しかしその余波は『幻想郷』全土に影響を及ぼすものであった為に、彼女は当時の〝博麗の巫女〟、丁度貴女の先代に当たるその巫女によって討たれました」
言いながら、阿求は霊夢を目で示した。
思わず押し黙った霊夢に代わって、咲夜が口を開いた。
「討たれた、とは?」
阿求は淡々とした口調で答えた。
「当時はまだ『スペルカード・ルール』の布かれる前ですから、文字通り討死した、という意味です。しかし、さぞかし無念だったでしょうね。悲願であった娘との再会も果たせず、自らも命を落としたとあっては」
声を暗くした阿求に、霊夢は尋ねた。
「その戦闘が行われた場所はどこなの?」
すると一瞬、阿求は拍子抜けしたような顔をした。
しかしすぐに、彼女は表情を戻し、
「『再思の道』と『無縁塚』の間としか、資料には書かれていませんでした。あそこは気の流れる〝龍脈〟と、霊の通り道である〝霊道〟の重なる部分ですから、あの辺りで【月下美人】が使われ、そして戦闘になったと思われます」
阿求が答えると、霊夢は咲夜と頷き合った。
アリスもきっとそこにいる。
今からそこに直行すれば、日が完全に落ちる前には現地に着くことが出来るだろう。
「ありがとう。助かったわ」
そうと分かればこうしてはいられない。
霊夢と咲夜は急いで立ち上がった。
しかし踵を返して広間を出ようとした二人を、阿求が呼び止めた。
「待ってください!」
「なによ」
霊夢と咲夜が振り返る。
阿求は少し戸惑ったような表情を浮かべて、
「お二人は、私からそれを聞く為にここにいらしたのですか?」
その言葉に、霊夢は眉根を寄せた。
「そうだけど?」
霊夢が訊くと、阿求は未だ迷いの感じられる口調で、
「実はパチュリーさんは、貴女方とは全く違う質問を私にしました」
「違う質問?」
意味深な阿求の言葉に、咲夜も彼女に聞き返した。
パチュリーがした質問。
それが何なのか、霊夢にも全く見当が付かなかった。
しかし阿求の言葉を信じるなら、パチュリーは事前に彼女に、自分達も彼女に同じ質問をするだろうと告げている。
だと言うのに、自分達はパチュリーとは違う質問をした。
そのような差異が、一体どうして生じるのか。
(まさか、私たちはまだ、パチュリーと同じ結論に達していない……?)
霊夢は表情を曇らせた。
自分達には、まだ見落としていることがあるのか。
あるいはそれに気付かせる為に、パチュリーはわざわざ阿求にそんなことを言ったのか。
困惑する二人に、阿求は浮かない表情のまま、
「はい。そしてそちらの内容の方が、お二人には重要かと……」
「聞かせて頂戴」
それがどんな内容であれ、聞かない訳にはいかない。
静かに覚悟を決めて、霊夢は言った。
阿求は息を吐いてから、答えた。
「パチュリーさんは私に、その【月下美人】を生み出した魔法使いについて尋ねました。私は資料を探しましたが、彼女に関することは、その名前くらいのことしか分かりませんでした。私は今も驚いているのですが……」
そこで阿求は二人から一度視線を逸らし、やがて意を決したように言った。
「その魔法使いの名前は――〝霧雨魔梨沙〟。貴女の先代の巫女と同じ時代を生きた、一人の魔法使いです」
阿求にそう告げられた瞬間、霊夢は目の前が真っ暗になった。
パチュリーが『再思の道』を訪れると、そこにはやはり、存在しないはずの少女の姿があった。
「おう、パチュリー。思ったより早かったじゃないか」
黒の三角帽子に、風に靡く金髪。
不敵な笑みを浮かべる魔理沙の姿に、パチュリーは苦虫を噛み潰したような気分になった。
「最初から、全部貴女の仕業だったのね……」
パチュリーは魔理沙を睨んだ。
そう。今日この『幻想郷』で起こった全ての出来事は、この魔理沙の仕組んだことだった。
パチュリーの鋭く突き刺すような視線に怯えることもなく、魔理沙は言った。
「それで? どこまで分かっているんだ?」
「全てよ」
パチュリーは重みのある声で言った。
「『大図書館』の保有する山のような蔵書の中から、目当ての一冊を盗み出すには、それがどの棚のどの位置にあるかを知っているばかりではなく、そもそもその本が時を経て、『紅魔館』にあることを知っていなければならない。それはその、元の持ち主に近しい人物にしか不可能なことだわ」
パチュリーの言葉に、魔理沙は軽く目を細めた。
しかし、まだまだ余裕のある表情だ。
パチュリーは休むことなく、彼女を追い詰めるように続けた。
「確か、貴女の育ての親であり、魔法の手ほどきをした師の名前は〝魅魔〟と言ったわね? そして彼女は悪霊だったとか。だけど私の考えでは、〝魅魔〟の名は悪霊として甦った彼女の、その強大な力に恐怖した人々が、彼女への畏敬の念を込めて彼女に付けた俗称」
言いながら、パチュリーはその手元に数枚の『スペルカード』を出現させた。
パチュリーは次の自分の一言で、もう魔理沙との戦闘は避けられないものになると悟っていた。
静かに声を張り詰めさせて、パチュリーは言った。
「彼女なのでしょう? かつて【月下美人】を生み出し、先代の巫女に殺された〝霧雨魔梨沙〟というのは」
しかしパチュリがーそう言い終えても、魔理沙は暫くの間は微動だにしなかった。
だが、やがて魔理沙は突然噴き出すように笑い出した。
見ている方がゾッとするような、不気味で獰猛な笑みだった。
魔理沙は笑いながら、猟奇的な瞳をパチュリーに向けた。
「まさかそこまでお見通しとはな。流石だぜ。まぁ尤も、私も【月下美人】の存在を知ったのは、たまたま見つけた魅魔様の手記のお蔭なんだけどな」
「それで? 何故その彼女との再会を果たそうとしているの、魔理沙」
パチュリーが問う。
しかし魔理沙は首を横に振った。
「お前には分からないことさ」
途端に、パチュリーは自身の胸の奥から激しい怒りが込み上げるのを感じた。
そして彼女はその感情を隠すことなく、声を荒げて言った。
「そうね! 分からないわ! その為に何の関係の無い人々の魂を、蝋燭のように使い果たしてしまえるほどの理由なんて!」
しかし魔理沙は冷淡な声で返した。
「〝目的〟は〝方法〟を正当化するんだぜ?」
「それほど崇高な目的なら、ハッキリと言ったらどうなの! それが口に出せない時点で、貴女は間違っているのよ!」
叫ぶと、パチュリーは『スペルカード』を切った。
彼女の意志に呼応して、色とりどりの弾幕が、極彩色の帯のように彼女の背後に展開された。
「勝てると思ってるのか?」
と、魔理沙もその手に『スペルカード』を出現させた。
「勝ち負けは関係ないわ!」
言い放ったパチュリーの心に、迷いは無かった。
彼女は『紅魔館』に残った親友の、自信に満ちた紅い瞳を思い出した。
「私は貴女を全力で止める! 友人に道を踏み外させない! それが私の貫く矜持なのよ!」
「……泣けるぜ」
刹那、『再思の道』一帯は眩い光に包まれた。
「……霧雨……魔梨沙……」
霊夢は愕然と、その場に崩れ落ちた。
(もし、魔理沙が全ての黒幕だったとしたら……)
そう思った瞬間、それまで途切れていた全部の糸が繋がった。
彼女が妖夢と『太陽の畑』に残ったのも、最初から妖夢を仲間に引き抜くため。
霊夢は思い出す。
妖夢が『太陽の畑』から消えた時に、魔理沙が式符を使わなかったことを。
「あぁ……!」
霊夢は頭を抱えた。
そして『魔法の森』で、アリスに自身が犯人であると自供をさせ、自分達にアリスが黒幕であったと思い込ませる。
その後、妖夢の不意打ちという偽装で魔理沙は戦線を離脱。
そしてアリス達が阿求に手を出さなかったのは、自分達にアリスが犯人と思わせたまま『再思の道』に向かわせるため。
もし何も知らない自分達が『再思の道』に行き着き、アリス達との交戦になれば、きっと自分達は思っただろう。
〝強襲に成功した。アリスは【月下美人】を使えない〟と。
そしてその戦いに、全力を注いだことだろう。
しかしそれは全て魔理沙の罠。
自分達がアリス達と戦っている間に、魔理沙が【月下美人】を発動させるための。
そう。最初から彼女は自分達の枠の中で、その動きを監視し、時にコントロールしていたのだ。
思えばあの『太陽の畑』に集まった四人の中で、初めから〝異変〟と何の関わりも無かったのは彼女だけじゃないか!
「それと、もう一つだけお話すべきことが……」
と、打ちひしがれるように、その場にへたり込んだ霊夢に、阿求が声を掛けた。
霊夢は床の一点を見つめたまま、全く動くことが出来なかった。
しかし咲夜が、霊夢の肩に手を添えながら阿求に向き直る。
阿求は咲夜に頷いて、言った。
「パチュリーさんからお二人に、全てをお話しした上で伝えてほしいと託けられた、ある伝言があるんです」
パチュリーからの伝言。
そこに一縷の望みを求めるかのように、ようやく霊夢も顔を上げた。
そして阿求は口を開いた。
「私は一人で魔理沙の元に向かう。だけど勝算は少ない。だからもし、私が敗れた時は――」
阿求がそこまで言った瞬間、屋敷の外から地鳴りのような轟音が響き渡った。
(手も足も出なかった……)
パチュリーはその手から最後の『スペルカード』を落とすと、そのまま前のめりに地面に倒れた。
全身は煤と砂埃で汚れ、服の所々が破れて、そこから露出した痛々しい生傷が二人の激戦の凄まじさを物語っていた。
(まるでボロ雑巾ね)
パチュリーは自虐的に笑った。
と、彼女は自分のすぐ近くに誰かが歩み寄る気配を感じた。
視界はぼやけて何も見えなかったが、その気配が魔理沙のものであることは彼女の声で分かった。
「どうしてお前がここに来ても、アリス達じゃなく私が直接迎え撃ったのか、見当くらいは付いてるんだろう?」
その答えは「Yes」だったが、パチュリーは口を噤んだ。
「流石に四人分となると、今集まってる霊魂だけじゃ心許なくてな。悪いが一緒に来てもらうぜ、パチュリー」
魔理沙の手がこちらに伸びるのを感じる。
パチュリーは朦朧とした意識の中で、霊夢と咲夜の顔を思い浮かべた。
(やっぱり駄目だったわ。後は任せたわよ……)
そしてパチュリーは、そのまま意識を失った。
少々長くなってしまいましたが、第十二話、如何だったでしょうか?
尤も、後半のアレはちょっと賛否両論ありそうですね。
一応、簡単に解説させて頂くと……
旧作の靈夢は、Win版霊夢の先代という見方が一般的です。
しかし旧作の魔梨沙は、Win版魔理沙と同一人物であり、いわゆる「うふふ」は彼女の黒歴史とされています。
ですがその場合、魔理沙は霊夢よりかなり年上にならなければ筋が通らないのではないか。
靈夢が霊夢の先代なら、魔梨沙は魔理沙にとっての何になるのか。
そんな疑問に私なりに答えを出したのが、後半のあのどんでん返しです。
勿論、私のエゴも込み込みですが(汗)
うふマリとWinマリは別人という設定で。
そしてどうしても実現させたかった、〝魅魔様は魔理沙の師匠説〟。
さらに、ではどうして魅魔は悪霊になったのか?
何故、彼女は博麗神社に因縁をもっていたのか?
それらを盛り込んだ上で、そこに一定の解釈と物語を与えようと考え、無い頭を捻らせて頂いた結果が、この〝魅魔様は死後の魔梨沙説〟です。
これなら「うふふ」も黒歴史じゃない!(笑)
ですが、言うまでもなくこれは原作設定ガン無視です。
どうか読者の皆様には広い心で、受け入れて頂けたらと思います。




