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第十話 裏切りの接敵 上

 『魔法の森』の中には、主に三つの建物が存在する。

 一つは『魔法の森』の入り口付近に店を構える、森近霖之助の経営する道具屋『香霖堂』。

 もう一つは、霧雨魔理沙の自宅でもある(一応)道具屋、『霧雨魔法店』。

 そして最後の一つが、アリス・マーガトロイドの住まう小さな洋館であり、霊夢は魔理沙と共にその屋敷を目指して『魔法の森』の上を飛んでいた。

「咲夜の奴、間に合うのか?」

 霊夢の隣を箒に跨って進んでいた魔理沙が、どこか不安そうに言った。

 魔理沙はここまで来る道すがら、霊夢の指示で別ルートに別れた咲夜を心配しているようだった。

「大丈夫よ魔理沙」

 一方の霊夢は、そんな魔理沙の不安など全く意にも介さない強気な声で答えた。

「咲夜に限ってそんなの杞憂だわ。アイツが時間を止められること、忘れたの?」

「まぁ、そうだけどさ」

「それよりも、アンタはこれから会うアリスのことに集中しなさい。もしアイツが犯人なら、即『弾幕ごっこ』になる可能性だってあるんだから」

「そこんトコに抜かりはないぜ!」

 言うなり鼻を鳴らした魔理沙に、霊夢はやれやれと首を振った。

 調子の良いことを言って、ついさっき妖夢失踪の原因を作ったのは誰だと思っているのやら。

(だけど……)

 だがしかし、霊夢にも認めなければならない点がある。

 それはこと『弾幕ごっこ』においては、魔理沙はこれ以上無いほど頼れる相棒であるということ。

 咲夜がこの場を離れ、即戦力の減った今の編成では、彼女の存在は大きいと言わざるを得ない。

(頼むわよ)

 霊夢は魔理沙を横目に見た後、再び眼下の雑木林に目をやった。

 そのまま真っ直ぐ進んで行くと、

「見えたわね」

 霊夢は視線の先に、生い茂る木々を掻き分けるようにして広がる、少し開けた空間を捉えた。

 その真ん中には白い建造物が一軒建っており、上空から見ると、一面が深緑で塗り潰された森の中で唯一、その場所だけが午後の太陽の光を反射して輝いて見える。

 その建物こそ、アリスが数多くの人形達と暮らす洋館であり、霊夢は降下を前に魔理沙と顔を見合わせた。

 と、霊夢が前に向き直ると、目前の館の扉が開き、中から一人の人物が姿を現した。

「あれは……」

 セミロングに切り揃えられた金髪に、リボンやフリルのあしらわれた、それこそ人形のような装い。

 華奢な身体に、分厚い魔道書を小脇に抱えたその出で立ちは、間違いなくアリス・マーガトロイドその人だ。

 絶妙なタイミングで現れたアリスに、霊夢と魔理沙は今が好機とばかりに彼女の前に勢い良く飛び込んだ。

「ちょっと待ったーっ!」

 箒の持ち手を上に引き上げ、後部先端を地面に擦らせながら着地した魔理沙は、箒から降りると開口一番にそう叫んだ。

 霊夢はその隣にそっと降り立つ。

 アリスは突然の二人の来訪に驚いた様子で、ドアの前で目を丸くして、

「……えーっと……何……?」

 と呆気にとられた様子で言った。

「どこに行こうとしてたんだ! アリス!」

 恐らく自分の置かれている状況を全く理解できていないアリスを指差し、鋭く言及する魔理沙。

 少し間があってから、アリスは溜め息混じりに、

「突然現れたかと思ったら……。そんなこと、アンタには関係ないでしょう?」

「それがあるのよね」

 呆れ顔をしたアリスに、今度は霊夢が二人の会話に割って入った。

「正直に答えて頂戴、アリス。少し前に、妖夢がここに来なかったかしら?」

「妖夢?」

 霊夢が尋ねると、アリスは空を見上げて少し考える素振りを見せた。

 その間、霊夢はじっと彼女の顔を凝視していた。

「来てないわ。探してるの?」

「……まぁね」

 アリスに返事を返しつつ、霊夢は僅かに顔を顰めた。 

 先程の、妖夢のことを尋ねられた時のアリスの顔。

 それは一見すると、どこにもおかしな点は無いようにも思える。

 しかし、霊夢はハッキリと感じ取っていた。

 何かが、目に見えるものでない、何かが、いつもと違う。

 霊夢が押し黙っていると、アリスは何かを思い付いたように手を叩いた。

「じゃあもし彼女がここに来たら、何か伝えておいてあげましょうか?」

 そういった気の利く部分は、流石はアリス。マーガトロイドと言ったところか。

 柔らかい笑みで、霊夢に提案するアリス。

 しかし霊夢には、それが親切心から出た笑顔だとはどうしても思えなかった。

 それは日頃から八雲紫がよく見せるのと同種の、素顔の上から貼り付けたような胡散臭い笑み。

 彼女は何かを隠している。

 博麗の巫女の〝勘〟がそう告げていた。

「じゃあ、妖夢にはこう伝えて頂戴」

 ある種の確信めいたものを胸に秘めて、霊夢は力強い口調で言った。

「もしここ以外に行く所があったなら、一体どこなのかってね!」

「ネタは上がってるんだぜ!」

 霊夢が言うのと同時に、魔理沙がその三角帽子の中から先の上海人形を取り出して、アリスに向かって突き出して見せた。

 それを見た途端、アリスの瞳に冷たい光が過った。

「……それをどこで?」

「『太陽の畑』よ。そして、これを見付けた妖夢はそこから姿を消した。もし、アンタの所(ここ)以外にアイツに行先があったのなら、是非知りたいものだわ」

 迫るように言葉を繋ぐ霊夢。

 アリスは見るからに表情を硬くした。

(間違いないわね)

 アリスのその顔色の変化に、霊夢は確証を得た。

 彼女は間違いなく、妖夢の居場所を知っている。

 どうして彼女がそれを隠そうとするのかは分からないが、霊夢は次のこの一言で、この茶番に終止符を打つつもりで言った。

「さて、聞かせて貰おうかしら? これが『太陽の畑』に落ちていた理由を。どうしてアンタがあそこにいたのか。そして妖夢はどこに行ったのか」

「…………」

 暫しの間、アリスは無言のまま沈黙を保った。

 静寂の中を、風の吹く音と木々のざわめきだけが過ぎ去っていく。

 そして次の瞬間、アリスの様子を固唾を飲んで見守っていた霊夢と魔理沙に向かって放たれたのは、彼女の嘲るような失笑だった。

「……降参よ。そう、私は妖夢と会ったわ」

 その一言に、――初めから勘付いていたとは言え――霊夢は少なからず衝撃を覚えた。

 それを白状する前と後では、アリスの態度はまるで別人のように変貌を遂げていたのだ。

 そして彼女の豹変ぶりに驚いたのは隣りの魔理沙も同様のようで、彼女もまた顔を強張らせてアリスを睨んでいる。

 先ほどの柔和な笑みとは一転、疲れたような表情を浮かべてアリスは言った。

「今朝、散歩のつもりで『太陽の畑』の上を飛んでいたら、風見幽香が〝スキマ〟に入って行くのを見たの。不思議に思って下に降りたんだけど、その時に大事な人形を落としてしまってね。さっき妖夢がここに来て、そのことを知らせてくれたわ。その時私が、どうして人形も一緒に持って来てくれなかったのかって訊いたら、仕方なかったの一点張りだったけれど……」

 淡々と話すアリスに、魔理沙が詰め寄った。

「その後妖夢はどうしたんだ!」

 声を荒げる魔理沙に、アリスは冷やかな視線を送った後、

「私に、さっき貴女達がしたのと同じ質問をして、私が答えると去って行ったわ。きっと、八雲紫を探して『マヨヒガ』かそこらにでも向かったんじゃないかしら?」

(……嘘だ)

 霊夢は直感的に、そう感じた。

 まだ彼女は、決して真実を口にはしていない。

 それが証拠に、さっきから胸の奥で警鐘を鳴らし続けている巫女の〝勘〟の高鳴りが、押し迫るように強くなっているのだ。 

 霊夢は更に追求した。 

「それで、どうしてさっき嘘を吐いたの?」

 アリスは事も無げに、

「貴女達に関わると碌なことが無いから。私は早く人形を取りに行きたかったし、それだけよ。でも、持って来てくれたのなら助かったわ」

 そしてまた、あの張り付いたような笑みを浮かべて、アリスは魔理沙の持つ人形に向かって手を伸ばした。

「わざわざ届けてくれてありがとう。それじゃあ、急いで妖夢を探しに行ってあげて」

 お礼の言葉が述べられたのにも関わらず、場違いなほど緊迫した空気が辺りを包み込んだ。

 その異様なまでの緊張感に、魔理沙は気圧されていたようだった。

 魔理沙は反射的に後退りながら、持っていた人形をアリスに返して良いものか迷っている様子で、霊夢の顔色をチラと窺ってきた。

 しかし、魔理沙に指示を乞うような視線を向けられても、内心では霊夢もまた、強い焦燥の念に駆られていた。

(……このままじゃ……マズいわ……)

 このままでは、アリスに押し切られる形で、こちらの追求に一定の決着が着いてしまう。

 確かにアリスの言うことには、大筋で筋が通っている。

 これと言った矛盾もなく、これを言葉で論破するのは困難を極めるだろう。

 しかし彼女はまだ絶対に、もっと大きな真実を隠している。

 それは分かっていると言うのに、今の自分達にはその嘘を打ち破る手段がない。

「くっ!」

 あまりの歯痒さに、奥歯を噛み締めた霊夢。

 ゆっくりと、アリスが魔理沙に近付く。

 彼女が魔理沙から人形を受け取れば、自分達はそれでお役御免だ。

 しかし、アリスの手が上海人形の髪に触れようとしたまさにその瞬間、魔理沙の身体が後方に跳ね上がった。

「!?」

 突然のことに目を見開いた霊夢。

 魔理沙もまた、尻餅を突きながら泡を食ったような表情を浮かべている。

 その顔からも分かるように、魔理沙は彼女の意図で跳んだのではない。

 彼女は、何者かに後ろから引っ張られたのだ。

「――貴女の言うことが確かなら」

 と、地べたに座り込む魔理沙の横を抜けて、その人物がアリスの前に進み出た。

「ここには、全員で五人(、、)しかいないはずよね?」

 その声の主は、

「咲夜っ!」

 魔理沙が驚いた声を上げた。

 そして、その咲夜が両腕で抱いていたのは、

「あの、約束の件、お願いしますよ?」

 黒の長髪に青のリボン。そしてそのリボンと同色の、装飾過多なフリフリの衣装。

 背中から伸びる、アゲハ蝶のような半透明の羽。

 〝光の三妖精〟の一人として知られる、〝降り注ぐ星の光〟スターサファイアだ。

 咲夜は腕の中から自分を見上げるスターに頷いて、

「勿論よ。これが済んだら、『紅魔館』の中を自由に探検させてあげるわ」

 突如として現れた咲夜とスターに、霊夢は心の中で諸手を上げた。

(どうやら間に合ったわね……!)

 それはまさに起死回生だった。

 妖夢が『太陽の畑』から、アリスの元に向かったのは明白。

 しかしあの生真面目な性格の彼女が、アリスの前を去っても自分達の所に戻って来ないとは思えない。

 つまり彼女が戻って来ない以上、妖夢はアリスの近くにいるはず。

 咲夜を使ってスターを探しに行かせたことは、霊夢がもしアリスに白を切られた時の奥の手だった。

 スターの能力は〝動く物の気配を探る程度の能力〟。言わば探知機(レーダー)だ。

 この能力の前には、その場の人数と居場所に関する、如何なる嘘も意味を成さない。

 早速スターが目を閉じ、その能力を発揮させた。

 刹那、アリスの表情に戦慄が走る。

 しかし、目を開けたスターの言葉は、霊夢の予想を遥かに超えるものだった。

いっぱい(、、、、)います! こんなの数え切れない(、、、、、、)ですよ!」

 それが単に、森の中に住む昆虫や菌類の数を含めたものでないことは霊夢も理解していた。

 一瞬、アリスの操る人形の存在が霊夢の思考を掠めた。

 だが、あれはただの傀儡に過ぎない。

(じゃあ、まさか――!)

 霊夢は額に脂汗を浮かばせた。

(――集められた霊魂!?)

 しかし霊夢が次の行動に出るよりも早く、彼女の視界の隅で青白い閃光が爆ぜた。

 同時に、吹き荒れる暴風のような衝撃波が霊夢の身体を襲い、彼女は地面から足が離れるのを感じた。

(――【霊撃札】!?)

 空中で激しくで回転する身体。

 目まぐるしく移り変わる視界の中に、自分と同じく吹き飛ばされる咲夜と魔理沙、そしてスターの姿があった。

「くっ……!」

 霊夢は何とか態勢を制御し、森の中の開けた空間の淵に、地面に手を突きながらも着地した。

「はっ!」

「ぶっ!」

 そして霊夢以外の二人も同様に、彼女の隣りにそれぞれ着地、もしくは不時着した。

 スターに関しては、その小さな体格故か、森の奥まで飛ばされて行ってしまった。

「……やってくれるじゃない!」

 未だに地面に手を突いた姿勢のまま、霊夢は【霊撃札】を放った張本人であるアリスを睨んだ。

 その距離約二〇メートル。

 彼女は嫌悪感に満ちた表情でこちらを見つめている。

「……まさかこんなに早くバレちゃうなんてね」

 感情の全く籠っていない、底冷えするような声。

 顔面から地面に激突した魔理沙が立ち上がって、アリスに喰らい付くように叫んだ。

「どういうことだよ! アリス!」

 しかし、熱情する魔理沙の声などどこ吹く風といった様子で、アリスは答えた。

「そのままの意味よ。【月下美人】は、私が持ってる」

 そしてアリスは、それまで自分が小脇に抱えていた魔道書を掲げて見せた。

(……決まりね)

 霊夢は小さく息を吐いた。

 『紅魔館』から【月下美人】を盗み出し、霊魂を集めて何者かとの再会を目論む人物。

 それがアリスだったとしても、何ら不思議ではなかった。

 アリスは度々『大図書館』を利用することもあって、その内部構造に詳しい上に、霊魂に対する理解度も高い。

 そして魔法使いであるだけに、魔法に対する知識も豊富だ。

 まさに彼女こそ、この一連の事件の犯人像にピッタリの人物だったと言えるだろう。

 そして本人までもがそうだと認めた今、そこに疑いの余地は無い。

「まさか、あの風見幽香を犯人に見せかけるなんてね。よくも騙してくれたものだわ」

 魔理沙に続き、咲夜が挑戦的に言った。

 その手には、既に数本のナイフが握られている。

 霊夢もまた、懐から数枚の符を取り出して臨戦態勢をとった。

 しかし、アリスはどこまでも冷めた様子で、

「騙される方が悪いのよ。まぁ、過去に前例がある以上、霊魂が一ヶ所に集まり始めれば、誰もが『花の異変』の再来を予期することは明らかだったわ。しかもそれが人為的とあっては、風見幽香に注目が集まるのは必然。パチュリーも、あの合理主義者が限られた情報の中で出せる結論は決まってくるから、特にこちらから手を出す必要はなかった。ただ、いち早く調査に乗り出していた妖夢と、気まぐれな魔理沙に関しては、私が直接『太陽の畑』に出向いて、霊魂をその場に集めるなんて強引な方法を取らせてもらったけど」

「何とも突飛な発想ね」

 咲夜が言うと、アリスは目を細めて、

「そうね。私もあの子達(、、、、)の協力が無きゃ、そんなこと考えもしなかったわ」

「……あの子達?」

 霊夢が聞き返す。

 すると、アリスの背後の洋館の屋根の上に、三つ分の人影が現れた。

「「「私達のことよっ!」」」

 その三つの影が、異口同音に言った。

 黒、桃、赤の服装に、それぞれ楽器を構えた立ち姿。

 〝プリズムリバー楽団〟を構成する騒霊の三姉妹、ルナサ、メルラン、リリカの三人がそこにはいた。

「お前ら……!」

 八重歯を剥き出しながら、魔理沙が鋭い視線を三人に送った。

 その間にも、騒霊の三人組は屋根から飛び降り、アリスを守るように霊夢達に立ち塞がった。

「……なるほどね」

 霊夢は四人に増えた標的を静かに見据えたまま、呟いた。

 この時期、コンサートを口実に『太陽の畑』に常駐するプリズムリバー三姉妹。

 彼女達なら、幽香が『太陽の畑』を離れた際には、誰よりも早くそれを察知することが出来る。

 それも、当の幽香自身に一切怪しまれることも無く。

「けどまぁ……」

 ここで、霊夢はアリスに煽るように言った。

「よくもアンタみたいなのに、賛同してくれる奴がいたわね」

 しかし、アリスの表情に変化はない。

「利害一致、と言ったところかしら?」

 答えたアリスは、持っていた魔道書を大事そうに両手で抱え直した。

 そして、まるで自分のお気に入りの人形を見るかのように、その革の表紙に目を落とす。

「私達には、どんな手段を使ってでも再会したい、大切な人がいるのよ」

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