第七話 部員獲得の戦術
だが、千条は翌日の朝から積極的に行動した。
「では、千条からみんなに言いたいことがあるそうだ。千条」
教室で橘が言う。
「はい。私たちは新規の部を作りたいと思います。名称は文化交友部、一言で言えば幅広く世界古今の文化を取り上げ、研究していく部です。ボランティア活動も時々やります。ただ、難しいことだけで無く、イギリスのティータイムのような楽しめる文化も気軽に取り入れていこうという趣旨です。興味のある人は、私か如月君のところまで連絡を下さい。以上です」
HRの時間を少し借りて宣伝。なるほど、これなら一人一人打診するという面倒臭い手順を踏まずに済む。ぼっちの俺にはとても思いつかない策だ。
橘が千条の言葉を継いだ。
「内容の詳細については、すでにホームページを作っているそうだ。三鷹高校文化部で検索してみると良い。他のクラスには私からお願いして先生方にホームルームで告知してもらう予定だ。以上だ」
さっそく休憩時間にクラスメイトから部について聞かれた。
「如月、どんな部なんだ?」
「そうだね……普段はお茶会やって、時々アリバイ程度にボランティア活動と文化研究の論文を発表、こんな感じになると思う」
「ふーん、お茶会って、お菓子とジュースってことだよな?」
「そうそう」
「へえ、いいな。で、部員は誰と誰が決まってるんだ?」
「今のところは僕と千条さんだけだけど」
「うーん、お前と千条さんだけかぁ…」
メンバーを聞くと、乗り気が明らかに失せていくクラスメイト。
部室で俺と二人きりになった途端、千条は腕組みで怒りをぶちまけた。
「本当に、失礼ね。私のいったいどこが不満だというのかしら」
「まあ、そういう勝ち気で攻撃的なところだと思うが」
「そう。じゃ、勝ち気じゃなくて、内気ならいいのね?」
「まあ、たぶん」
内気な千条なんて想像が付かないんだが、俺は頷く。
「じゃ、その雰囲気を持った綺麗どころの女子を客寄せパンダとして無理矢理入部させてメンバー構成を考えてみようかしら」
「急に安直になったな…」
「内申点が懸かっているのよ。少しくらいあざとい手を使ってでも、部は作るわ。それに、作れなかったら大恥じゃない」
「そこまででも無いと思うが…」
「いいえ、あなたも本気を出して頂戴」
「分かった、まあ一応本気で頑張ってはみる」
「約束したわよ。ここの入部受付は私が一人いれば充分だから、あなたは部員のスカウトよろしく、如月君」
「そう来たか…」
「ええ。だって、私はホームページを一人で作って先生にも協力を仰いだわ。設立の届け出をしたのも私。生徒会室で手続きの説明を聞いたのも私」
生徒会室にも行ってたのか。仕事早いな。
「あなたは何か部に貢献していて? 私に丸投げで少しも良心が痛まない様子の如月君」
睨むどころか、微笑みながら聞かれた。超怖え。
「いえっ! ごもっともで。では誠心誠意取り組ませて頂きますが、結果にはあまり期待しないでくれ…」
「あら。もちろん信じて期待しているわ。とても」
だから止めろと言うに。そんなニッコリした純真無垢な笑顔で俺を送り出すのは止めてくれ!
いつもより、2Aの教室が遠かった。
「あ、如月君」
廊下で黛が俺を見て声を掛けてきた。
「ああ、黛」
黛を見ると不思議とすぐに俺の心が落ち着いた。
彼は小柄で、それに人当たりが柔らかい印象がある。
さっきまで、常に心の中に研ぎ澄まされた日本刀を持ち歩いている誰かさんを前にしていたから、そんな風に感じるのかもしれないが。
「良かった。これから部室に行ってみようかと思ってたんだ。文化交友部。ボクもちょっと興味があって…」
そう言ってはにかむと両手の指をモジモジと合わせ、少し目を左右に泳がせて伏せる黛。
か、可愛ええ。
だが、騙されるな、コイツは男だ。そのはずだ。
透明感のある肌に、まつげが長くて、くすぐったいアニメ声だが、それだけで女子と決めつけるのは早計だ。
ま、その詮索は後回しで良い。今は文化部の部員獲得が最優先だ。
「お、そうか、黛、それはありがたい。基本、お菓子を食べてジュースを飲んで軽くダベって終わりの部活にしようと俺は企んでる」
「なるほど、それは楽で楽しそうで良いね、如月君」
「ああ。ま、先生がそれじゃ許可してくれないから、ボランティア活動と文化研究の論文も入れる予定だ。略称は文化部。まあ、論文については僕と千条でまとめるから、一般部員はボランティア活動だけでいい。まあ、最悪、名義貸しだけでもいいんだけどな」
「うん、じゃあ如月君、ボクも名義は貸すね。そこはもう確定で」
「おお、ありがとな、黛。じゃ、詳細について聞きたかったら、部室に千条がいるから彼女に聞いてくれ。場所は文化棟、この渡り廊下の向こうの、東校舎の四階の一番奥だ」
「あ、うん、文化棟はボクも知ってるから大丈夫だよ。四階だね」
「ああ。ま、四階はうちしか活動してないからすぐ分かると思う」
「そう。それで、如月君は今から?」
「いや、俺はスカウトを託された」
「なるほど。あ、じゃあ、手伝おうか?」
「いいのか?」
「うん、だって、そんな楽で楽しそうな部活、ボクもやってみたいもの。ふふっ」
今の笑いも可愛いかった。もう男だとか、女だとか、そんなチャチなことはどうだっていい。
「よし、行こう!」
意気揚々と黛の手を掴んだ。コイツがいれば、きっと何人か男子が釣れそうだ。ヒヒ。
「きゃっ」
「ああ、わ、悪い」
黛が小さな悲鳴を上げたので、パッと手を放す。
「あ、ううん、驚いただけだから…き、気にしないで」
ううん……ひょっとしてコイツは真実に女子で、男に手を触られたから驚いたんじゃないだろうか。
その俺の疑いを敏感に察したか、黛は言う。
「ボク、本当に男子だからね?」
「お、おう」
「じゃ、行こうか」
「ああ」
2Aの教室に入る。すでに放課後なので、ほとんどの生徒はもうさっさと帰ったか部活に行ったようだが、それでも数人の男子と女子が教室に残って雑談をやっていた。
「田中君、君、部活は入ってなかったよね?」
黛がすぐに聞いた。お前、コミュ力高えな。
「ああ、入ってないぜ」
「じゃ、文化部、どうかな。ボクも入ることにしたんだ」
「へえ。他のメンバーって、千条と誰だっけ?」
「千条さんと如月君だよ。他には誰か決まった?」
「いや、今はまだ三人だ」
俺が答える。
「そうか。んー、お前らかぁ。悪い、俺はやっぱパスで。千条さんは美人だけど、なんか話しかけづらいし。女子が一人だけってのもな。面子が増えたら、教えてくれよな」
「うん、分かった」
男子は女子のメンバーを聞いて、次に男子のメンバーを見て、それからちょっと考えてパスというパターンが多い。
「これは先に女子を引っ張り込んだ方が良いね」
黛が言う。
「そうみたいだな」
しかし、女子か。
無理だ。とても話しかけられん…。キモがられたら、それだけでいたたまれないし、せっかく教室で友達とくつろいでいる大切な時間を邪魔する権利など、俺には無いはずだ。
それにクラスの女子の性格もまだ完全には把握できてないしな……毒のある女子は分かりやすく警戒色だったらいいのに。
ここは諦めるしかないか。
すまぬ、千条よ。そこが俺という人間の限界だ。
「ねえ、宇佐見さん」
え? 何やってるの、黛君。女子にいきなり話しかけるなんて。
せめて近づいて視線のパッチテストをしてからだね…
「宇佐見じゃなくて、奈緒でいいよ、まゆまゆぅ」
まゆまゆとか呼ばれてるし! しかも笑顔で。これは夢か幻か。
「うん、奈緒ちゃん、奈緒ちゃんは部活、やってなかったよね」
ああ、なんだ元からの知り合いか。ビビらせやがって。
「あーうん、ホントは私、調理部なんだけど、今は全然行ってなくて。あそこ、結構先輩が厳しくて。作る料理も本格的で、結構大変でさあ」
「そっか。文化部ってぬるめの部活を如月君達が作ろうとしてるんだけど、どうかな?」
「あ、お茶会やるんでしょ? やるやる!」
奈緒ちゃんは乗り気のようだ。
「決まりだね! じゃ、そういうことで如月君、千条さんに伝えておいて」
「おう。でも、お前、凄いな…」
多少の知り合いとはいえ、同世代の女子と普通に話せていたし。
「え? そう? そんな、たまたまだよ」
「たまたま? たまたま女子の知り合いがいるだと? 聞き捨てならんな、それは」
悪役侍のような低い声で俺は言う。
「え? いや…知り合いと言うより、今年初めて一緒になったクラスメイトだけど」
「な、何だと…」
それで下の名前で呼び合う仲になれるなんて、やめて誰か嘘だと言って!
「あっ! ほ、ほら、だって奈緒ちゃん、男子でも話しやすそうな感じだったし」
「うーむ、そうかな…」
屈託無く笑って喋っている奈緒は表情豊かで、まあ、同性の人間なら話しかけやすいと思うタイプだろう。
ただ、奈緒は赤いリボンを髪に付けていて、ちょっとおしゃれな子だった。決して地味なタイプでは無い。明確なギャル系や不良系ではないが、俺ならまず近寄らない相手だ。
それを物怖じせず…。
「お見それしました。今日から黛さんと呼ばせて下さい…」
コイツ、ちょっとなよっとしてるから、女子にはモテないタイプだと、俺は勝手に勘違いしてしまっていた。
大きな間違いだった。
「ええ? いいよ、普通にタメ口で行こうよー」
袖を引っ張って揺すられた。なんだろう、この甘えられているような感覚は。嫌じゃ無い。
「んー、まあいいか」
「うん!」




