第六話 千条との共同作業
2017/9/14 誤字修正。
翌日の放課後。
千条と俺は、今日も他に誰もいない教室で二人きりだ。
「じゃ、始めましょう。如月君、あなたは私の指示通りに動いて」
「どうすればいいんだ?」
「まず、私の後ろに立って頂戴」
「こう?」
椅子に座っている千条の真後ろに立つ俺。
「え、ええ。そのまま何もしないで少し待って」
千条は大きく深呼吸すると、そのまま座った。指示通りに少し待つ。
「良いわ。次は、私が目を閉じているから、正面に来て」
「ああ」
動く。きっと千条は俺が襲ってこないか内心ではビクビクしつつ自制心を鍛えているのだろう。
「何も言わないのね?」
「まあ、やろうとしてることはなんとなく分かるからな」
「そ、そう。まあ、そうでしょうね。言っておくけれど、ここで油断させて、隙を見せたときにガブリとやるのは止めてね?」
「君は僕を猛獣のライオンか何かだと思ってるようだけど、ただの子猫みたいなもんだよ」
「子猫ならもっと可愛げがあるわ」
「たとえが悪かったが、俺は草食系だ」
「どうかしらね。次は、そうね…私の胸のすぐ上まで手を近づけてみて。ただし、絶対に触らないで。あと、この教室はカメラで撮られていることを忘れないで。変なことをしたら、先生が飛んでくるし、あなたの人生は一瞬で終焉よ?」
「分かってる。触らないよ」
「くっ」
俺は両手をかざしているだけだが、相当にプレッシャーが掛かるらしく、こちらを睨む千条。
とても口に出しては言えないが、クラス一の美少女相手にこのシチュエーションはそそるな。
「ああ、ダメ……先生に、ここで目を閉じるように言われたけど、とても無理だわ」
千条が脱力して椅子にもたれたので、俺も手は引っ込めてやった。
「まあ、一日で頑張らなくても良いだろう」
「嫌よ。私はこの課題、さっさと終わらせたいの。あなたも協力して」
「と、言われてもな…もちろん、協力はするが」
「ええ。ちなみに、あなたは昨日、夜中のベッドで私を想像しながら、何かしてたりはするのかしら?」
「いいや」
さらりとクールに答える俺。昨晩は当然、橘先生を妄想の相手にした。
「そう。ならいいわ。手を出して。よし、できた」
目を閉じた千条は、それで安心してくれたらしい。まあ、おとといの夜のことを聞かれていたら、きっとやばかっただろうけど。
「じゃ、職員室に行きましょう。課題はクリアできたわ」
「そうか。あのな、千条」
「待って。歩きながら話しましょう」
優しい声を出す千条。それだけ彼女の心は弾んでいるのだろう。
「ああ。たぶんだが、これで終わりじゃ無いから、あまりはしゃがない方が良い」
それを聞いた千条が立ち止まり、振り向く。
「あなた、性格が悪いわね」
「そうか」
「今の一言で、私の達成感と期待感が半減したわ」
「そりゃ悪かった」
千条も予想はしていたようだな。余計な事を言った。
職員室に二人で行く。前は誰かに目撃されることを気にしていたくせに、今日の千条は俺と一緒に歩いていても文句を言わなかった。まあ、いいか。
「先生、課題はすべてクリアしました」
「ああ、見ていたぞ。では、お前達に新しい課題を与える」
「くっ、やはりそうなのですか…」
「当然だ。異性と会話するくらい、誰でもできるだろうが」
「それは…。それで、私たちに今度は、な、何をさせるつもりですか」
「なぁに千条、そう期待して頬を紅潮させなくても、嫌らしいことじゃないから安心しろ。お前達二人には新しいクラブを作り、立ち上げてもらう」
「部を? どんな部ですか」
「それはお前達で考えろ。自由に選んで構わない。ただし、しばらくは実際に部として活動してもらうから、できるものを考えろ。無論、安直なのは私がオーケーを出さないから、そのつもりでな」
「それに何の意味があるのですか?」
「内申点には大きなプラスになるぞ。自分の興味ある分野の新設部を立ち上げ、部長になった。生徒会会長に次ぐ評価点が与えられるだろう」
「分かりました。やってみます」
「ええ?」
あっさりと引き受ける千条に、俺はちょっと驚いてしまう。
「なに?」
「いや…」
「ふふ、如月は内申点などに興味は無いそうだ。コイツを協力させるにはどうするか、お前が考えろ、千条」
「ええ? 分かりました。じゃ、戻るわよ」
「ええ? 今から話し合いをするのか?」
「そうよ」
「とほほ…」
「では、これが現在の我が校に存在する部活動のリストだ。既存とかぶらないようにしろ。それから、新設部の部室は、そのままあの教室を使って構わんぞ」
「分かりました」
文化棟の教室に戻る。ここが僕らの未来の部室になるわけか。
何の感慨も湧かないなあ。
「それで、何の部にするか、あなたの希望を聞いてあげるわ、如月君。もちろん、問題があるなら私が却下するけど」
「じゃ、き――」
「却下」
帰宅部と言おうとしたら、問答無用で却下された。しかも言い切る前に。
千条さんはエスパーでしたか。
「分かってるの? 如月君。真面目に考えて。橘先生が許可する物で無くてはダメよ」
「ふう、分かったよ。リスト、ちょっと見せて」
「ええ」
リストを受け取り、ここに無い物を考える。
「パソコン部は、やっぱりあるなあ…」
「討論部はどうかしら」
「ああ」
千条は凄くそんなのが好きそうだ。
「でも、ちょっと待ってくれ。ここに新規部の設立には部員五名を必要とすると、書いてあるが」
「そうね。となると、私たち二人の他に、三名、どこからか連れてこないとダメね」
「それだと、討論部はかなり厳しくなるぞ」
討論好きの奴なんて限られるし、好きなら好きで、ちょっと関わり合いになりたくない。喧嘩腰でへりくつをこねる面倒臭そうな奴が集まるだろう。そしてなにより、千条みたいなのが二人以上いたら、絶対に衝突してこの部活は崩壊する。
「そうね…なにか、良いアイディアはない?」
「そうだな…カラオケ同好会ってのはどうだろう? これなら好きな奴は多いだろうから、部員はすぐ集められる」
そして俺はすぐ幽霊部員になれる。
「待って。それは悪いけれど、私が気に入らないから却下よ」
「そう。カラオケ、嫌いなのか」
「好きでは無いわね。それと、カラオケが好きという人種が嫌いなのよ」
「あー」
何かと面倒臭い奴だ。あと人種って言うな。
「なら、これはどうだろう。文化研究部」
「何の文化を研究するの?」
「何でも。主にはイギリスのティータイムを研究して実践したい」
さすがに日本の二次元文化は自重しておこう。千条って大作アニメはともかく、萌え漫画やラノベ声優に理解を示してくれるとはとても思えない。
「お茶会ね……実に安直で中身の無さそうな部ね」
「そうだな…」
「でも、文化という重厚な単語、曖昧にして幅広いフリーハンドを持たせようという方向性も悪くないと思うわ」
却下されたと思ったら、意外にも千条は俺のアイディアに賛成してくれた。ちょっと嬉しい。
「確認しておくけれど、あなたはお茶会をメインの活動に据えたいわけね?」
「それで無くてもいいが、なるべく楽そうなので頼む」
「そうやって安易な道を選んでいると、自分の可能性を自分で摘み取ってしまうわよ? どうせ義務なら、せめて自分の将来設計に有利なものにしましょう」
「実に立派な意見だが、将来設計と言われてもなあ」
何も思いつかん。せいぜい、大学進学という目先の進路だ。
「あなたも自分のことなのに何もろくに考えていないのね。そう言う人、よく見かけるけれど、義務的な制約が無かったら、みんなニートにでもなりそうだけれど」
「ほっとけ。みんなでニート、素晴らしい社会じゃないか。人間は労働のために生きるに非ず。働いたら負けだ」
真面目な千条に嫉妬した俺は、いい加減なことを言って煙に巻こうとした。
「死になさい。ご両親が泣くわよ」
「親の話は良いだろう」
「いいえ、良くないわ。如月君のご両親はどんな職業を希望しておられるの?」
「待て、それはおかしくないか? 普通、自分が選ぶものだろう、進路って」
「ええ、でも、家業を継いだりすることもあるだろうし、育ててくれた親の期待に応えるのも親孝行でしょう」
「そうかもな。うちは大学教授と専業主婦の組み合わせだから、家業は無いよ」
俺はなるべく早くこの話題を打ち切ろうと、細心の注意を払って、興味なさそうに言う。
「そう。でも、何か話し合ったりしていないの?」
「特にしてないな。好きに選べと言われた」
父さんも母さんも、俺が真面目に聞けば、真面目に答えてくれていたはずだが、その機会はもう無い。
中学生の間に自分の進路を固めてる奴ってどれだけいるのだろうか。
「放任主義なのかしら…」
「いや、全然そうじゃないが、うちの話はもういいだろう。君のところはどうなんだ」
「私のところは、お爺さまから学校の理事を継いで欲しいと言われているから、経験を積むためにもまずは教師ね」
「腰掛けか…。それでも君は生真面目にやるだろうから、生徒からは凄く嫌われる教師になりそうだな…」
そう言うと自覚はあるのか、千条は半開きの目で疎ましそうに視線をそらした。
「分かっているけど、それも生徒の為よ」
橘が千条の進路希望を知っていてこの課題を課したのかどうかは分からないが、これは千条にとっては必須に思えた。
どちらにしろ、もう少し上手くやる方が生徒のためだろう。
「話が脱線している。部活の話に戻そう」
俺はすぐに話を戻す。
「ええ。じゃ、こうしたらどうかしら? 教師である橘先生の意向も汲んで、『文化交友研究部』というのは?」
「ふむ。『交友文化研究部』では無いわけだ」
「ええ。その『交友』が先に来る並びだと、コミュニケーションの文化に限定されてしまうじゃない。並列表記よ。コミュニケーションと文化の両方を研究するの」
その方が良いだろう。交友の方が協調されてしまうと、不純異性交遊の交遊と発音が同じなので、チャラ男達が入部希望で殺到してくるに違いない。性格は悪いが、見た目が良い女子も一人いることだし。
そうなると、違うアクセントの『クラブ』みたいなソファーで、シャンパングラスを片手に寄りかかるケバい男女の部活になってしまいそうだ。
最悪だな。
略称は恋愛部とかになりそう。うわっ、キビシッ! ぼっちの俺はその部室で生息できそうに無い。
「略称は文化部で頼む」
なので俺はクールな声で懇願する。
「ええ、それが良さそうね。文交部では、聞いてすぐに字が浮かばないでしょうし」
「ああ」
「ついでに、ボランティアもやって、真面目な論文も発表して体裁は整えておきましょう」
「それが良さそうだ」
ボランティアは俺もやりたくないが、部活要項に載せておけばチャラ男の虫除けになるだろう。
「決まりね」
文化交友部。何をするかよく分からないところがまた良い。曖昧にして裁量を大きくしておけば、後は責任者である部長のやりたい放題なのである。
と言っても、千条ならそうおかしな事もやらないだろうし。
後は部員を集めるだけだが。
クラスメイトに話しかけるというのは結構ハードルが高い。少なくともぼっちの俺にとっては。




