第四話 総合レベルと個別のパラメーター
「却下だ」
翌日の昼休憩、自主的に職員室に行き、橘に相談してみたが、やはりその答えだった。
「せめて、慣れるまで30分とか」
「よし、では妥協して、今日は30分で許してやろう」
「ああ。じゃ、もう一声、10分で」
「ダメだ。短すぎる、少しキツい、と思えるハードルを達成するくらいがちょうど良いんだ」
「千条にはかなりキツいようですが」
「ただの言い訳かもしれないが、千条を思いやるだけの余裕があるようだな。お前には追加で30分、私との会話をプレゼントしてやろう」
「ええ…?」
「そう嫌そうな顔をするな。美人教師だぞ」
「そこは否定はしませんが…」
「困った奴だな。ま、お前の好みの顔では無いのだろうし、仕方ないか。安心しろ。お前の方が千条より得点が良くなるし、解放される日も早くなると言うメリットをくれてやる」
「ふうむ」
「まだ不満か」
「いえ、僕は良いんですが、千条が」
「そこまで懸念しなくても大丈夫だ。今朝、アイツと話をしたが、もう少し慣れれば、落ち着きそうだと自分で話していたぞ」
「ああ、そうですか。朝一での抗議か…」
「ふふ、まあ、その方が私に対してアピールできると思ったんだろう。所詮、小娘の浅知恵だ」
この先生も性格が悪そうだな。千条を見下してるが、絶対、彼女の方が頭良いぞ。
「じゃ、先生、お時間を取らせて済みませんでした」
「いいや、いつでも構わんぞ。私はそのためにここにいるのだからな」
無駄に意識が高い教師で、面倒だなぁ。適当にサボりたがるサラリーマン教師の方が楽だ。
それが将来にとっては色々マイナスかも知れないが、高校の教師が凄い指導したところで、俺がそこまで変わるとも思えなかった。
放課後、教室の千条の方を見たが、彼女は片付けをしていて、こちらには目もくれない。
ま、クラスメイトに一緒にいるところは目撃されたくないと言っていたのだし、先に俺が東棟に行くのがマナーってもんか。
「理解してくれて助かったわ」
千条が部室の教室に入ってくるなり言った。
「ええと、俺が先に一人でここに来た件についてかな」
「他に無いでしょう。さっきは、ひょっとして私に教室で話しかけてくるんじゃないかと、気が気では無かったわ。でも、先生の言ったとおり、あなたは馬鹿では無いわね」
「凄く馬鹿にされた気分だな。言っておくが、一学期に学年トップを取るだけの頭脳はある」
「ええ、それ以降の順位が落ちていたから、すっかり印象が薄れていたわ。ただ、あなたのボキャブラリー、程度が随分と低いわね」
「ほっといてくれ。なあ…お互い、なるべく悪口は無しで行かないか?」
「そうね。同意するわ」
「今日は30分で良いと言われたが」
「そう。時間を短くする配慮はしてやるから少し待てと言われたけれど…あなたが交渉したの?」
「君も交渉したんだろ。だが、悪いな。俺の交渉が決定権を持っていたなら、もうちょっと上手く削るべきだった」
「そうして欲しかったけれど、あなたの方に決定権があったのなら、私は感謝する立場だと思うわ」
「だが、あの先生のことだ。初めから後に交渉した方で決定するというやり方だったんじゃないのかな」
「あり得るわね…まあいいわ。30分ね?」
「ああ。すでにこの部室棟に入って8分は経過しているぞ。残り22分だ」
「いえ、そんなずるいことは止めておきましょう。ペナルティを与えられるかもしれないわ」
「そうだな。じゃあ、部室に入って開始した時間として…残り25分というところか。あの先生の事だから、秒数とか、そんなところまでは追求してこないと思う」
「ええ、そうね。ただし、この会話もしっかり録音して確認しているはずよ。リアルタイムで聞いているかも」
「あり得るね」
「だから、お互い、質を高めて…いえ、それはまだ早いかしら。私には、苛立たないようにするので、精一杯だわ」
「そこまでキツいのか。僕の方は、君が美人のおかげで、そこまでの苦痛じゃないな」
「お世辞は止めて。いえ、容姿としても私は平均以上だとは自己認識しているけれど、そういうテクニックで持ち上げようとするのは嫌いだから、覚えておいて」
面倒な奴だ。しかも、自分の容姿が平均以上と自覚していることをハッキリと言う辺りがなんとも。
「了解した。ただ…余計な詮索になるかもしれないが、お前、女子の敵が多いんじゃないのか?」
「意外ね。男子で特別課題を与えられるようなあなたが、異性の習性にまで詳しいなんて」
「まあ、そのくらいはな」
「あなたの方は、スポーツができないから、ハブられているわけね?」
「ううん、どうだろうな。確かに、それっぽい遊びの時にはハブられると思うが、それとは違う要因もあると思うぞ」
「例えば?」
「コミュニケーション能力の低さ、あと、容姿や面白さ、だろうな」
「男子も同性の容姿を評価の基準にするの?」
「そりゃあ、恋愛対象ってことじゃないけど、格好良い奴と一緒にいれば、女子が寄ってくるくらいの考えの奴もいると思うが」
「その割には、あなたは天川君には近づかないのね」
「よく見てるな。言っておくが、俺は比較されて引き立て役にされるのが嫌だから、近寄らないだけだ。あと、天川って君から見ても美男子なのか」
「顔が整っているとは思うけど、あなたと大差があるとは思えないわね。ただ、女子の天川君に対する評価は嫌でも耳に入ってくるわ。誰かがいいかなんて、自分が納得していれば良いだけだと思うのに、どうしてあんなくだらない話題を延々と繰り返せるのかしらね」
「それは、たぶん、相手との好みを確認してコミュニケーションを取ったり、挨拶代わりみたいな部分もあるんだろう。天川は誰が見ても格好良いという共通認識があるから、そこを褒めることで、仲間であることを再確認するみたいな…」
「なるほど。じゃあ、あなたをダサいと言うのは、その逆の再確認ってことね?」
「そうかもしれないが、割と俺は本気でダサいぞ…」
「そのダサさが私にはまったく理解不能だわ」
「そう。じゃあ、君もそれだけダサいのか、君みたいなタイプにならモテる可能性が俺にもあるのか、どっちかかな」
「言っておくけれど、あなたは恋愛対象としては絶対に見られないから、そこは誤解しないでね」
「了解した。いや、悪かった。以前の取り決めにちょっと抵触した感じだな」
「ええ、自覚してもらえるなら、ありがたいわ。でも、私が振った話題でもあるし、そこは大目に見てあげるわ」
「そう」
「でも、私の意見はあまり参考にはしない方が良いでしょうね……女子でもかなり特殊な方よ」
「まあ、会話しててなんとなく分かってきたが、それでも、すべての女子生徒にアウトな最低の基準ってのもあるだろうからな」
「ええ。普通、性行為の話とか、誰々の胸が大きいとか小さいとか、そんなのはダメよ」
「ああ。まあ、当然だろうな」
「それを分かってて、どうして男子はあんな会話したりするのかしら? そこまでうちの生徒の頭脳は低くないと思っていたのだけれど」
「きっと、女子の間で再確認してるように、俺達男子の間でも再確認してるんだろ」
「なるほど。ところで、如月君、どうして僕と俺でブレるの?」
「う。経験不足で、素が出たり、そうで無かったり、悪いな、安定はしそうにない」
「それは構わないけど……俺と言っているのがあなたの素なのね?」
「そうとも限らないが、多少、相手に下手に出たいときはたぶん、僕とかだろうな。あと真面目に言いたいときも」
「そう。自分の個性をアピールするための複雑な暗号かと思ったけど、違うのね」
キャラ作りと思われてたのか。
「いや、さすがに、そこで個性をアピールしようとは思わないから。そう言う奴も確かにいるけどさ」
「ええ。今、何分?」
聞かれて携帯の時刻表示を確認する。
「十七分。あと十三分だ」
「まだ半分近くあるのね…ふう」
俺は早く感じたが、千条は長く感じたらしい。それだけ、ストレスで苦痛なのだろう。ちょっと可哀想になる。
「思ったんだが、会話にストレスを感じない奴は、どんどん会話して暇もつぶせるし、経験値も溜められるんだな」
「ええそうね。でも、人との会話で得るものなんて、たいしたことないと思うわ。勉強に充てていた方がずっとマシよ」
「そうかな…俺は、結構、重要な発見があったけどな」
教科書では学べないこと。どうも、俺はここがかなり不足してしまっているようだ。千条もだが。
「私の会話の癖、とか?」
「いや、君個人の事じゃ無くて、相手がどう思考しているか、会話のセオリー、そんなところかな」
「ああ…」
千条が急にそれきり黙り込み、会話に応じなくなった。
「何か、俺が気に障ったことでも言ったか?」
「いいえ、会話として失点ではないけれど、私より早く重要な点に気づいたみたいで、そこが腹立たしかったのよ」
「ああ。君も、なんだか普通っぽいところがあるんだな」
「それは皮肉?」
「いやー、なんというか、親愛の印みたいな?」
「理解できないわ。それと、恋愛の方向に入りかけている気がするから、警告させてもらうわね」
「了解した。友情の範囲だったんだが、君がそう思うグレーゾーンなら、撤退しよう」
「私との友情を望んでいるの?」
「んー、積極的にってわけじゃないけどね。これがいつまで続くかは知らないが、ただの点稼ぎだよ」
「あなたって、呆れるわね。道理で学年一位が取れるわけだわ」
「それは、感心したのか呆れたのか、よく分からないな」
「呆れたのよ。こんな面倒な課題でも、点を取りに行くなんて、そこにね」
「ああ。まあ、困難な課題だからって最初から投げたら、どうやっても100点は取れないだろ?」
「そうだけど…私には低俗で酷く無駄な時間に思えるわ」
「そんなに低俗な会話はしてないと思うが…」
「ええ、言葉の綾というか、男子と、異性とこういうセッティングがされていることに対してよ」
「なるほど。君はまだ、僕を異性というカテゴリでしか見ていないのか…」
それはちょっとショックだったが、千条にとっては当たり前かもしれない。それまで初対面のクラスメイトでしか無かったのだ。個人と認識できる部分のみを抽出してそこだけに注目しろという方が無理だろう。
「ええ? あなたは私を女子とは違うカテゴリに入れているの?」
「千条は千条だ。君は他の女子とは違って、かなり特殊なんだろ?」
「そうね」
「俺は君個人と会話することには興味を覚え始めたな。恋愛とは違うと思うが」
「そう。私も、あなたに関しては多少の、いえ、若干の興味は無くは無いけれど…」
「そこまで警戒しなくても、俺は勘違いしないぞ。あくまで橘先生のセッティングの上での会話だからな。俺がゼロから君を口説けるとは思っていないし、話しかけるのもたぶん、無理だ」
「口説くのは別として、話すのは普通に話してるじゃない」
「君は、最初から普通にこんな風に話せるのか? 初対面の奴と」
「相手にもよるでしょうけど、可能だと思うわ」
「そうか…」
この点は千条の方が俺よりもずっと能力が高そうだ。
一口に会話能力と言っても、実はその中に細分化されたスキルレベルがたくさんあって、人それぞれでパラメーターが全部違うのか。複雑だな。




