第三話 ルール
状況を再確認してみよう。
クラスの美少女と教室で二人きり。
先生からは二人で会話をするようにと指示が出ている。成績に響くという特別課題だ。
だから俺は千条に話をしようと持ちかけた。
別に俺は何も間違っちゃいないよな?
「だいたい、なんであなたもすぐに了承してしまうの? これはどう考えてもおかしい教育方針だわ。監視カメラだって常軌を逸しているし、反論の足がかりはいくつもあったわ」
「いや、無駄だよ。ルールを決めてるのは学校側だ。もしかしたら橘先生のスタンドプレーかもしれないが、ひっくり返すにしても、そこは学校側のルールを踏まえてじゃないと」
野球では審判がルール、学校では先生がルールだ。
「じゃ、教育委員会ね。校長や理事、そのほか諸々、今日、帰宅してからメールを送っておくわ」
「ああ、それがいいだろうな。だが、それは君の単独の判断で、君だけの責任でやってくれ。俺は巻き込むな」
「むぅ…軟弱ね。きっとあなたは横暴にそのまま屈するような、軟弱な大人になるわ」
「それでいいよ。君のようにいちいち戦争してたら、僕の方は身が持たない」
「あなたに迷惑が掛からないように、行動するけど…」
「悪いが、僕は教育委員会に訴えるほどの案件じゃ無いと思ってる」
「私との毎日一時間の会話が苦痛では無いの?」
「少し長すぎるし、面倒ではあるけど、たぶん、クリアできるし、先生もずっとやらせるつもりは無いはずだ。三日か、一週間か、それくらいのものだろう」
「どうかしらね。一年中だったら、あなたは我慢できるの?」
「それは……さすがに、一ヶ月を超えたら、抗議するかな」
「一ヶ月も我慢するの? 私はあなたと一ヶ月も…いえ、ごめんなさい、あなた個人が嫌なのでは無くて、男子と一時間も話をするのはお断りよ」
「そう。気を遣ってくれて感謝するよ。記録は取られてるんだろうし、その辺はお互い気をつけていこう」
さりげなく、千条を持ち上げておく。こうすれば、コミュニケーションのやる気とテクニックで評価してもらえる気がする。
「姑息な手段ね。それでは一ヶ月以上のプログラムを止めることなんてできないわ」
「まだ、決まったわけじゃ無いよ。明日、先生に確認してみよう」
「ええ、確認の必要性については、同意してあげても良いわ」
厳しい相手かと思ったら、割と冷静で、話せる奴のようだ。
「こういう方向性でいいか? 気に入らない事があれば、その都度、言ってくれ」
「構わないけれど、私の胸を見たり、太ももを見たり、あと、セクハラの発言は禁止にして」
「分かったけど、いや、君の胸を見たわけじゃ…」
「私、嘘も嫌いだから」
相手の目を見るのが苦手な俺は視線が自然と下に降りる。
分かっていても治しようが無い。
「ううん、これは…まあ、分かった、じゃあ、これでいいな」
椅子の方向を彼女と同じにして、横に移動する。
「ええ、それなら、いいわ。ただ、もうちょっとあなたが前に出て」
「千条、男女平等と言う言葉を知ってるか?」
「知っているけれど…くっ、いいわ。じゃあ、同じラインで」
「そこは例外にしても良いと思うが」
「あなたが持ち出したんでしょう。卑怯だわ」
「いや、悪かった。まあ、自主的に配慮はしておく」
椅子の位置は、俺が少し前。
「あと…」
「こちらを見ないで話してもらえるかしら」
「人の顔を見て話しなさいと小学校の先生が言ってたと思うぞ…」
「ここは高校よ。あなたの視線、どうもいやらしいから」
「誤解だ! と言うか、ちょっと自意識過剰なんじゃないのか…?」
「否定はしないわ。何とでも批判したら。ただし、こちらは見ないで」
「分かったよ。何か過去に…いや、何でも無い」
「別に襲われたなんて過去は無いけれど、苦手なのよ。男子とは付き合ったことも無いし」
「それって、少し、俺で免疫を付けた方が本気で良いと思うぞ。相手をいつもレイプ魔扱いしてたら、人間関係どころじゃ無い気がする」
「それは……でも、今日はお願い。ただでさえ、極限のストレス状態なの。あなたもそうではないの?」
「まあ、ストレスには違いないが…」
「そう。やっぱり男子なのね。女子なら誰でも良いんだわ」
「失礼な。俺だって相手は選びたいぞ。少なくとも、君を狙うとか、恋人にしようとかは全然思ってないから、安心してくれ」
「レイプの対象には?」
「してないよ。監視カメラもあるんだぞ? それが無くたって、するわけ無いだろう。僕は楽に学校生活を送りたいだけだ」
「…その言葉を信用できたら良いのだけれど…まだそこまでの信頼関係は構築できていないわね。努力して」
「君もな」
「そこは普通、男子が頑張るものだと思うけれど」
「橘先生は君の問題点も指摘していたし、これは君の訓練でもあるんだろ。なら、平等にやるべきだ」
「あなたは、私より余裕があるように見えるわ…」
「そこは否定しないが、そんなにキツいのか?」
「だから、私の胸を見ないでって言ってるでしょう!」
「ああ、悪かった。オーケー、見ない。頑張る」
「ふう、こちらも怒鳴って悪かったわ。最悪の状況ね…自己嫌悪の嵐だわ」
「僕を責めてるのかとばかり思ってたが」
「ええ、あなたじゃ無くて、天川君だったら、随分とマシだったでしょうね」
「そこは否定しないな。それも明日、提案してみよう。いきなり最悪のパートナーでは厳しい気がする」
「良いアイディアだと思うけど、パートナーじゃなくて、相手と言い替えてくれるかしら。恋人の練習みたいで、とても嫌だわ」
「分かった。そうだな。誤解を与える言い方で済まなかった」
「いいえ」
こちらが丁寧に謝れば、千条も冷静になれるようだ。
ここはまだ余裕のある俺が妥協すべきなんだろうな。男女平等はしばらく封印しておこう。
「あと、男女平等に勝てる論理が思いつかない自分に非常に苛立つわ」
「ううん、まあ、時間は明日もたっぷりあるだろうから、気長に行こう」
「その余裕もムカついてきたわね」
「どうしろと言うんだ、お前は…」
「少し黙ってみてもらえるかしら」
「……」
「やっぱりダメね。喋っても良いわ。私の思考の乱れは、変わらないわ」
「そこは今まで経験不足だってことで納得するが、よくそれで生徒会が務まったな」
「ええ、極力、事務的なやりとりしかしなかったもの。正直、二度とはやりたくないし、高校での生徒会は入ってないわ」
「懲りたのか。よく頑張ったな」
「上から目線で言わないで。私とあなたは親しいわけでもないでしょう」
「お、おう。いや、ごめん。距離感を掴むというのは僕が苦手な分野なようだ」
「そのようね。ええ、把握したわ。私がパニックになったのは、あなたの急すぎる接近のせいよ。生徒会のメンバーはそんなに馴れ馴れしくしてこなかったし、全部敬語だったわ」
「それは……俺に敬語を使えとおっしゃる?」
「別に、同級のクラスメイトなんだから、そこまでは要求しないわ。でも、私が免疫が付くまで、配慮はして欲しいわね」
「了解した。いえ、了解しました」
「そこまででなくてもいいわ。あと、むやみに訂正されると、余計そこが気になって、意識するから止めてもらえるかしら」
「なあ、自分がハイレベルな要求をしているという自覚はあるか?」
「それはごめんなさい。でも、そこをハイレベルだと分かれと言う方が…ああ、それも、経験という事かしら」
「だろうな」
俺達は、コミュニケーション不足が招く諸問題について、初めて共通の理解を得た気がした。
それが正解だと言わんばかりにタイミング良く学校のチャイムが鳴ってくれた。
「よし、時間だ。お疲れ様」
「あなたもね」
「千条さん、君がこのプログラムを非常に気に入っていないのは分かってるけど、それでも、君の意見が上に通るまでは、付き合って――オホン、僕のプログラムに協力して欲しい」
「趣旨は分かったけれど、私が強制を解かれた後は絶対にお断りよ。それは他の相手を先生に用意してもらったらどうかしら」
「そうだな。ま、そこも含めて、交渉してみるか…」
「そうね」
「じゃあ、帰ろうか」
「いえ、あなたが先に一人で帰って」
「お前、徹底してるな…いくらなんでも、襲ったりしないぞ」
「いえ、そうではなくて、一緒に帰るところをクラスの人に目撃されて、余計な噂が立つのが嫌なだけよ」
「ああ、早合点して悪かった。じゃ、先に帰るよ」
「ええ、あと、私も謝っておくけれど、今のレイプを恐れた理由も若干あるわ」
「あっそ。重症の気がするな…」
「専門家でも無いのに、私を診断しようとするのは止めて」
「ああ、悪かった。じゃあな」
「ええ」
面倒なことになったと思うが、千条と会話できるのはちょっと楽しかった。不覚にも。
だが、一時間はどうにもキツいし、毎日は厳しい。千条もかなり負担の様子だし、一日五分、週一回で交渉してみるか。たぶん、却下なんだろうけど。




