第二話 方針
「いや、何も。僕に特別課題を課すと言って、ここに行けと指示されただけだ」
千条には簡潔に無駄なく話すことを心がけることにする。青春のキャッチボールなんてもうしない。憧れない。
「そ。では、待つしか無いわね」
さらに十分が経過。
あまりに手持ちぶさたなので、俺は教室を何気なく見回す。それを察した千条がぴくっと反応して自分の胸をさりげなく隠したが、いや、別にお前は見てねえっての。誤解されても嫌なので、俺は教室の後ろに行く。
「ちょっと。私の背後に回り込まないで」
「ええ? いや、教室の後ろを見ようと思っただけなんだけど」
「何のために?」
「暇つぶし、かな…」
「そう。じゃあ、こうすれば解決ね」
千条は自分の椅子をこちら側に向けて座り直した。
この行動はちょっと俺にとっては予想外だった。
「これであなたの行動は常に監視できるわ。どうぞ、好きなだけ後ろを見たら?」
アグレッシブな解決法だなぁ。
「そうさせてもらう…」
凄くやりにくい相手だ。今のも、軽く笑って冗談交じりに行ってくれれば、こちらもそれほどプレッシャーを感じないし、会話も弾むだろうに。ハッ! 違う。俺とは会話すら弾ませたくないのか。そうかそうか。それは盲点だった…。
オーケー、俺は独り教室の探検にいそしむとしよう。
と言っても、教室なんてどこも変わりないし。何かあるわけでも――
「んん? これは…」
何気なく教室の後ろのロッカーを見ていた俺は、気になるモノを発見してしまった。
白いプラスチック製の球体。これってウェブカメラというヤツではないのか。レンズもついてるし。コードは出ていないが、電池と無線を内臓しているかも。
さっきまでの置かれていた向きを思い出すが、やはり、レンズがこちら向きに仕掛けられていた。
「千条、ちょっといいか」
「何かしら。私には二度と話しかけないでと遠回しに言ったつもりなのだけど」
「それは理解しているが、特段の事情だ。これ、盗撮用のカメラだと思うんだが」
「ええ? 見せて」
千条が俺から球体を受け取って眺める。
「ううん、それっぽい気もするけれど、分解できないかしら…」
引っ張ったが、簡単にはいかない様子。と、千条がそれを床にぶつけて叩き割ろうとしたので、俺は慌てて制止した。
「待った。それ、先に持ち主を調べた方が良いと思うが」
「どういうこと? まさか先生が?」
「可能性としてはあるが…」
「当たりだ。それは私のポケットマネーで購入したモノだから、壊してくれるなよ」
ノートパソコンを脇に抱えた橘が教室に入ってきた。
「先生、盗撮なんて、どういうおつもりですか。これは問題ですよ」
千条が硬い声で言う。
「勘違いするな。これは教室の観察用だ。お前の身の安全を図るためのものでもあるんだぞ?」
「ええ…?」
怪訝な顔をした千条が俺を見て、一歩下がる。
その意味を把握したので、俺も抗議する。
「先生、人を犯罪者みたいに言わないで下さい。ただでさえ、クラスメイトに良い印象を持たれてないのに、酷い名誉毀損です…」
「別に犯罪者だとは言っていないが、良い印象を持たれていないなら、自分でアピールする努力も怠るな。世間は冷たいから、そういうのを放置していて何かが起きると、致命傷になるぞ?」
「いや…」
アピールって。
「それで、私たちを観察していた理由を教えてもらえますか、先生」
千条が話を進めて言う。
「簡単なことだ。初対面の男子と接したとき、お前がどういう反応をするか、観察したかった。それだけだ」
「ええ? なんだってそんなことを…学校の規則に反するような問題は起こしていないつもりですが」
「まあ、学校の規則に直接は違反していないが、生徒同士で協力し、信頼関係を築くようにとも生徒手帳には書いてあるぞ」
「信頼関係が大事なら、生徒との信頼関係を台無しにするような行為は慎んでもらえませんか」
「一理あるが…やはり、頭の切れる奴は面倒だな。お前達の性格を詳しく把握するためにはやむを得なかった。理解しろ。一般企業でも、面接にこのような手法を取るところもあるぞ」
「だからって……ここは学校です」
「そうだな。学校らしさを求めるのであれば、お前達ももう少し、高校生らしく会話の一つくらいしろ。千条、お前はクラスメイトを警戒しすぎだ。ここは偏差値が高い進学校で、二年生なら、一年生は問題なく過ごした生徒達ばかりだぞ」
「それは…でも、男子の生徒の危険な視線は感じますから」
「ま、それは美人の有料税だと思って諦めろ。見られたからと言って、いきなり妊娠したりはしないぞ」
「それは、そうかもしれませんが、話のすり替えです。私は、最低限の自己防衛をしているだけですから」
「それが過剰だと言っている。異性の生徒と二人きりという状況は考慮できるとしても、いつもそんな態度を取っていたら、さらに孤立するぞ、千条」
「私は孤立はしていません。必要な時にクラスの全員と充分なコミュニケーションが取れますし、今は別に不要だからしていないだけです」
「それをすでに孤立と言うんだ。必要が無くとも、会話くらいするのが当たり前の人間関係だ。どうも、そこからして勘違いがあるようだな」
「それは……なら、私は孤独でも構いません」
「ダメだな。少子高齢化社会の今の日本では、コミュニケーション能力もこれから要求されてくるし、実際、学校側でもそこを重視していこうという話になっている。だから、こういう真似事をしているわけだが」
「それが私の特別課題ですか…」
千条が力なく言った。彼女も俺と同じだったか。
「察しがいいな。まず、お前達には異性との信頼関係を構築してもらうぞ」
「じょ、冗談。如月君と恋愛でもしろと?」
ここまで割合に冷静だった千条が、目を見開いて動転したような声を出す。そこまで嫌がられるとなんだか俺も傷ついちゃうなぁ…。
「ふふ、慌てるな、千条。お前は会社の仕事の信頼関係に恋愛が必要だと思っているのか? だとしたらとんだ世間知らずの子供だな」
「くっ、それは…」
「ま、恋愛は恋愛で推進したいところだが、今はそれはいい。お前達は帰宅部だろう。今日から部活として毎日一時間、ここで放課後に異性とのコミュニケーションの訓練をしろ」
一時間はちょっとキツいが、まあ、会話の訓練くらいなら、やっても良いかと思った俺だが。
「お断りします。それは学生の本分とは思えません」
千条は教師相手でも拒否するようだ。それは通るのだろうか?
「いいや、学校側が学生の本分と認めている。お前の私的な意見は通らないぞ。どうしてもと思うなら、文部大臣にでもなって、方針を上から変えるんだな」
「それでは、現状を今すぐ変更する権利も時間もありません。横暴です…」
「そうかもな。ま、世の中はこんなものだぞ、千条。教師や上司には下手に逆らうな」
「それは間違ったことをしていても、ですか?」
「明らかに法律違反なら別だが、ま、少し方針が違うと言うだけでは、その通りだな。だいたい、お前の思っている方針が正しいという証拠はどこにある?」
「それは……」
「ま、今すぐでなくても、反論を思いついたら、後で聞いてやる。それまではここで如月と話をしろ。ああ、話の内容は、今回の理不尽な仕打ちについてでも、私の悪口でも構わんぞ。話題については、相手の信頼をぶちこわしにしない限り、何でも有りとする。いいな?」
「私は、まだ了承していませんが」
「なら、内申点を下げるまでだ」
「そんな……」
別に内申点などどうでも良いと俺は思うのだが、千条にとっては大切なようだ。
ここは――。
「じゃ、千条さん、少し話し合おうか。もうあと二十分も頑張れば、終わるし」
さりげなく俺は時間の短縮を狙っておく。今から一時間ではさすがにキツい。
「ま、いいだろう。初日はそれで勘弁してやる。このウェブカメラは音声も入る仕組みだから、口パクでごまかしたりしようとするなよ。では、お前達が最低限の信頼関係を築いたら、私に報告を入れろ。また次の指示を出す」
「まだ続きがあるんですか…」
千条はげんなりした様子で、もはや反論する気力も尽きたようだ。
「そうだ。お前達の問題のレベルはそれほど深刻な程度だと認識しておけ」
愕然とする。自分でもそこまでとは思っていなかった。
「念のため、このカメラをつつくのも禁止しておくぞ。いいな」
橘はそう言って教室を出て行った。
ともかく、黙っていては後で時間延長などと言われかねない。
俺は椅子を千条の正面に持って来て座った。
「とにかく、話そう」
「嫌よ」
そこで拒否するのか…。俺はそこそこ普通に生きていたいのに、こういう状況下ではお手上げだな。
相手をコントロールする力は俺には無い。




