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文化交友部に生息する俺の生態系が乱れてます  作者: まさな
第一章 自己紹介は面倒臭い
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第一話 特別課題

「もう行って良いぞ、如月」


 唖然としている俺に橘は煩わしいハエでも追い払うように手を振った。

 担任教師ならもっとそこは親切な説明をするサービスを付けてくれると思うのだが。


(まゆずみ)、クラスの男子からおかしな事はされてないか」


 橘は俺の後方、別の生徒に話しかけた。 


「あ、はい、今のところ、大丈夫です…」


 ちらりとこちらを気にしたのは(まゆずみ)優希ゆうき、小柄な生徒だ。どう見ても女子にしか見えないのだが、自己紹介の時に橘先生も「黛は男子だ」と無表情で念を押していたので、それ以上の詮索はしない方がいいのだろう。どのみち夏のプールで正体ははっきりするだろうし。


「邪魔だ、如月。もう行け」


「ああ、すみません、失礼します」


「黛、ああいう一見、無害そうな奴にも気をつけておけ。しかも奴は頭は切れるから、完全犯罪をやりかねん」


「ええっ?」


 黛がビクッと引いた。


「先生、それいくらなんでも酷くないですか?」


 視線は俺を見ながら言っていたので、冗談でそう言っているのかと思い、抗議はしておく。


「ああ、お前のことでは無い。さっさと行け。ここからはプライバシーに関わる話だからな」


 真顔で追い払われてしまった。ちょっと変わった感じの先生だし、面倒な感じだ。



 さらに二週間後、クラスではいくつかの仲良しグループに色分けされ、それぞれのリーダー格がハッキリしてきた。


 時間というのは残酷だ。


 平等を説く学校で、歴然とした力関係や秩序が構築されていく。リーダーにうっかり逆らおうものなら、ハブられたりいじめられたりという悲惨な結末が待っているのだ。


 自慢じゃ無いが、俺はリーダーに対する嗅覚は人並み以上に強い。


 ギャルチーム、リーダー、相川絵里香。

 特に不良らしい不良がいないこのクラスでは、俺が最も警戒すべき相手。彼女は早くも俺の名をあげつらって、オタクっぽいとか、ああいう地味なのはちょっとねーとか、ご指名で悪口を言っていたし。本人の俺が教室にいる中で、だ。

 そうして他人のファッションや容姿やスタイルをこき下ろして自分達の団結力を高めているのだろうが、生け贄にされる方は堪ったものではない。


 もう一つは風間茜をリーダーとする女子バスケのスポーツチーム。特に俺を生け贄のターゲットにはしていないが、彼女達は平然と男子ともよく話をするので、話しかけてもらえない俺の孤立っぷりが際立ってしまう。未必の故意の殺人というヤツだ。


 女子の目立つグループはその二つだけで、後は数人単位でそれぞれくっついている感じ。


 ギャル系とスポーツ系を除けば、あとは比較的大人しい人間が残るはずなのでそこまでの警戒は不要なはずだ。ただし、単にリーダーの相川や風間とそりが合わないから距離を置いた女子もいるだろうから、決して油断はできない。群れからはぐれている俺のような個体は特に弱く、小組織にさえ一瞬で食われてしまう弱肉強食の世界なのだ。


 男子の方では、一番大きなグループは、サッカー部を中心とした天川翔のグループだ。

 さっそく彼らは日曜日にグループでどこかに遊びに行ってきたらしい。ボーリングのスコアの話を面白おかしく話していたが、みんなで楽しくエンジョイしたというわけだ。もちろん、ぼっちの俺は誘われることも無かった。誘われたら誘われたらで凄く大変なので、その方が良かったりもするが。

 幸い、リーダーの天川は誰かを馬鹿にするようなタイプでは無いようで、今のところ、俺には被害が無い。天川は誰かに命令するようなタイプではないが、必ず輪の中心にいて人気者だ。女子も彼に注目しているようで、何人かの女子がぽーっとした視線で天川を追っていたりする。名前を出して「天川君って格好いいよね!」と話に興じているほどだ。

 どうせ夏休みには彼女ができたなんて浮いた話も出てくるんだろう。いや、すでに彼女が存在していてもおかしくないな。そして休みの日にはベッドの上で二人であんなことやこんなことを……ああ、くそっ! 高校生の本分は勉強だ! 誰がなんと言おうと勉強なんだ! 今、勉強しておかないと将来、困るぞ。マジで。



「如月、橘先生が呼んでたぞ」


「ああ」


「じゃ、ちゃんと伝えたからな」


「ああ」


「すっぽかすんじゃねーぞ」


「分かってるよ」


 しつこいな。

 頻繁に生徒を呼び出す先生なんて嫌いだ。

 今度は何だろうかと思いつつ、職員室に行くと、何かの資料とにらめっこしながらタバコを吸っている橘がいた。今時、教職員のくせに喫煙ってさあ。

 元ヤンキーの先生なのかな?

 先が思いやられる。

 ともかく、タイミングが悪いようなので、先生が一区切り付くまで待つとしよう。


「ああ、なんだ如月、来ているなら、来ていると言え。こっちも忙しいんだぞ」


 橘が俺に気づいて言う。


「はあ、すみません。忙しそうだったので」


 あと、話しかけづらかったし。

 『話すタイミングを必ず(のが)す』

 ぼっち専用の呪いのスキルだ。


「忙しいが、それではお前を呼んだ意味が無いぞ」


 橘は不機嫌そうにタバコを乱暴に灰皿にこすりつけて、隣の先生の椅子を引っ張り、それに座るよう促してくる。今は隣の先生はいない様子だが、戻ってきたときに俺の椅子に座るなと叱られたりしても面倒だ。


「いえ、このままで」


「そうか。で、部活はもう決めたか?」


「いえ、入るつもりは無いので」


「そうか。だが学校では部活動に入ることを強く推奨しているのは知っているな? 友達もできやすいし、彼女もできるかもしれない。内申点としても評価が上がる、いや、下がりにくい」


「はあ」


 興味の出ない話だ。別に推薦を狙っているわけでは無いし、そこまで無理をして偏差値の高い大学に行くつもりも無い。中ぐらいのレールに乗って中ぐらいに働いて中ぐらいのステイタスを維持できれば、それで充分だ。


「おい、高校生ならもっとやる気を見せろ。それではまるでくたびれた老人みたいだぞ」


「ほっといて下さい。これが性格なので」


「どうだかな。じゃ、前に言っていた、お前のための特別課題だ」


 別に俺が頼んだわけでも無いし、特に成績が悪いのでも無いのに、追試みたいな事をやらされるのはどうにも納得がいかない。


「クラス全員に、それを?」


「いいや、問題のある生徒、数人だけだ。如月、お前は今までは優等生でやってきたかもしれないが、私の評価基準ではお前は明らかな問題児だ」


「理由を聞いても良いですか」


「ああ。他人とのコミュニケーションに失敗している」


「ううん…」


「ふふ、どうだ、反論もできないか」


「まあ、そこは否定しませんが…」


「じゃ、諦めて課題を受け入れろ。これをクリアすれば、お前のコミュニケーション能力と積極性は大きく向上するだろう」


「別にそこまで高レベルにしたいわけじゃないんですけど」


「勘違いするな。人として最低レベルに引き上げる程度だ」


「さいで」


 今、人間のレベルにも届いていないとハッキリ言われた気がするな。

 やれやれだ。

 早く人間になりたいです……。


「そう世の中に絶望したような目をするな。美形の女子と仲良くできるぞ」


「いや、そう言うのは要らないんで」


「嘘をつくな。健全な男子なら、異性に興味を持つのが普通だ。お前、オナニーもしていないのか?」


「なっ、先生、それ、セクハラじゃないですか?」


 学校の職員室でそんな卑猥な言葉を使うなんて、しかもまだ若い女教師が。


「男子のくせに面倒臭い奴だな。ともかく、文化棟の四階、一番奥の教室に向かえ。場所は分かるか?」


「いえ、ちょっと…」


「ここだ。お前なら暗記できるだろう。コピーを取るのが面倒だから、覚えていけ」


 プリントを見せられた。二年生の俺は文化棟の存在は知っていたが、実際に行ったことは無かった。このプリントだと、東校舎に文化系のクラブが集中して配置されているようだ。気になるのは四階はどの部も使っておらず、指定された場所はぽつんと離れていること。まあ、三階が一杯なので、その次は四階と言うことなのだろう。たぶん、入り口に近い一階が人気の場所だろうし。俺も遠くまで歩きたくは無い。エネルギーの無駄だ。


「覚えました、もういいです」


「本当に大丈夫だな? すっぽかしたら、ただじゃ済まんぞ」


「いえ、そういうことはしませんが…」


「ならいい。本当にそれだけで覚えるとは、頭の出来が違うな。憎たらしい奴だ。じゃ、行け。後は向こうで話をする」


「はあ」


 面倒だなあと思いながらも、指示されたとおりに向かう。あの橘には逆らわない方が良いだろう。困ったことに外面はクールに見えて中身はとんだ熱血教師らしい。ああいうのは下手に逆らって指導愛とがっぷり四つになるよりも、無難にいなして、標的から素早く外れた方がいい。生徒はたくさんいるから、俺一人にかかり切りにはなれないはずだ。


 職員室を出て二階の渡り廊下を通り、別の校舎に入る。特に何かが違うわけでは無いのだが、文化棟はひっそりとしていて不気味だ。階段の裏側に異界につながるゲートがあっても不思議じゃ無い気がした。


 それでも俺は無事に、指定された四階にやってきた。


「ここか。どうせ荷物でも運ばされるんだろうなあ」


 特別課題なんてご大層なネーミングだったが、どうせ教師のやる事なんてそんなところだろう。

 高をくくったまま、俺はその教室のドアの引き戸を開けた。


「先生、いったい、何の用で…ああ」


 中にいた人物は、俺を橘先生と誤解したようだった。

 話しかけてきた途中で俺が別人だと気づいた彼女は、気まずそうに口を閉じると椅子に座り直した。

 教室はがらんとしていて、机は一つも無い。折りたたみ椅子が端に数脚置いてあり、彼女はその一つを自分で中央に引っ張り出して座っていたらしい。その椅子は最初から中央に一つ置いてあったのかもしれないが、それなら普通はそこに教師の橘が座るだろうから、自分で占領したりはしないと思う。


 それにしても、千条綾か…。なんでコイツがここに。

 俺と同じく、問題児とみなされたのか?

 雪中松柏なんて極めて知的な自己紹介をしていたから、成績は優秀なはずだ。中学では生徒会所属だったそうだし、見た目は完全に真面目な優等生だ。髪の長さが校則に引っかかっていそうな気もしないではないが、ま、それはひとまず置いておこう。コミュニケーション能力にしても、三日前に教室でいきなり異性である俺に話しかけたのだ、そもそも生徒会に所属する奴はリア充だと相場が決まっている。生徒会って推薦人や信任投票をクリアしなきゃいけないんだからな。やる奴の気が知れない。


 美人の生徒会系リア充のクラスメイトと二人きり。


 ぼっちにとっては最悪のシチュエーションだ。

 非常に気まずい。

 相手が普通の男子なら、笑顔で「先生は何のつもりだろうね」なんてありきたりな会話で場をつなげるのだろうが…。

 女子ではハードルが高い。

 さらに美人は緊張するから輪を掛けて話しにくい。


 しかも、千条は先ほどの俺を先生と間違えたのが恥ずかしかったか、不機嫌そうな顔で黙り込んだまま、窓の外を見ている。

 ここは……この気まずい雰囲気を打開するのはやっぱり俺の役割だろうな。少なくとも傷心の女の子にやらせることでは無い。

 俺はそんな悲壮な決意をして、息を吸う。


「千条さんも先生に呼ばれたの?」


「ええ。分かりきった確認はしないでもらえるかしら。あなたと無駄な会話はしたくないわ」


「そ、そう。ごめん」


 いきなりゲームセットだった。

 諦めなくても試合終了だ。

 会話のキャッチボールを始めようとしていたら、いきなり剛速球をあさっての方に投げられて一方的に強制終了させられてしまったようなものだ。


 しかし、今の言葉の冷たさと来たら、なんだ?

 俺、千条にそんな嫌われてたか?


 これまでの千条に関係する記憶を振り返ってみる。

 少なくとも今まで彼女と俺は同じクラスになったことは無い。女子の顔と名前を覚えるのが苦手な俺も、これだけの美人はさすがに記憶に残る。学年が変わってまだ一月も経っていないし、うん、やっぱり特に何かミスをしたという覚えは無い。

 ただ、ぼっちだというのはすでにみんなも気づいているだろうから、次の段階へエスカレートし、積極的な包囲網によってハブられてきたのかな?


 そうだとすると、かなり深刻な事態になってくるが…。


 携帯の時刻表示を確認するが、呼び出されてからすでに十五分が経過している。

 だが先生は後はここで話すというようなことを言っていたので、もう少し待ってみるか。

 大丈夫、沈黙には慣れている。

 空気だ、俺は空気。存在しない影。色即是空、空即是色。有為転変。


「ふう。如月君、あなたは先生から何か聞いていないの?」


 待たされるのが嫌だったか、千条が根負けしたように聞いてきた。

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