プロローグ
一日一話、だいたい4000字くらいで行こうと思います。
ただし今日はスタートダッシュで19時にもう一話追加する予定です。
ヒロインの一人に女子にしか見えない男子が出てきますが、ボーイズラブではないと判断しました。もう女子として見てもらえればなと思ってます。
よろしくお願いします。
クラス替え。
天国と地獄を垣間見せてくれるその儀式は、俺のような『ぼっち』に対しても脅威である。不良や問題児と一緒にならなくてもだ。
「では、端の列から順に自己紹介をしてもらう」
冷酷極まりない命令が担任教師の口から発せられた。
紺のスーツにチタンフレームの眼鏡と、割と地味な服装ではあるが、美人の先生だ。
ただ、この先生はここまで笑顔を一度も見せていなかった。俺の不安が急速に膨れあがっていく。
数人の生徒の口から面倒臭げな不満の声が上がっているが、かつてこの場面でそのような抗議が通った例しは無い。
「静かに。クラス委員もさっさと決めてしまいたいから、あまり時間を取らせるな。意味は分かるな? もうお前らは高校生なんだから、自己紹介くらいできて当たり前だろう」
何この無駄なプレッシャー。
そりゃ稚拙で味気ない自己紹介で良ければ俺だってできる。
だが、ここでの自己紹介はクラスでの階級がほぼ決まってしまう重大な試練だ。
ここでクラスみんなに関わりたくない奴というレッテルを貼られてしまうと、その一年間はぼっちルートが確定する。
もちろん、そこを上手く乗り切ったとしても、ぼっちにはそこから他人と仲良くなっていかねばならないという第二の試練が待ち受けており、かなりの高確率で孤独という底なし沼に自分からハマっていくのだが。
否応なく試練が始まった。一番手の女子が立ち上がる。美形だが、なんだか小生意気そうな、服装からして典型的なギャル系だ。
ギャル系、ぼっちにとっては難敵である。
俺の脳内危機管理センターがけたたましい警報を鳴らし始めた。思わず身震いする。
「相川絵里香、下の名前は絵心の里の香りって漢字。ま、ぶっちゃけ、親がデザイナーでぇー、それでこんな名前なんで、アーシは絵とかそんなに描いたりはしないんで。そこんとこよろしく。えっとー、ああ、中学ではテニス部でした。好きなことはショッピング、嫌いなモノはオタクとしつこい男、以上でーす、よろしくぅ」
コイツは凄い。
最もプレッシャーが大きいはずの一番バッターで、ほとんど詰まったりせずにあっさりとこなしやがった。多少、学力は弱そうだが、学校の真の上下関係においてそれはあまり関係が無い。自己紹介の途中、笑顔やウインクまで振りまいて、おまけに顔もスタイルも抜群ときた。リーダー格の予感が早くもする。しかも、ハッキリと嫌いなモノはオタクと宣言している辺り、俺の天敵になりそうな感じだ。
中三の時にこの手のタイプと同じクラスになってしまい、ことあるごとに俺が話題にされて笑われた。あの針のむしろのような感覚を味わった俺としては、戦々恐々だ。なるべくコイツの視界に入らないように気をつけよう。個人用ステルススーツの実用化はまだなのか。
次の席の生徒も、先生に促される前にさっと自分から立ち上がった。
「天川翔です。天空に流れる川に飛翔するって漢字を書きます。中学では生徒会長をやったことがあります。部活は中学からずっとサッカー部でした。今年の目標は県大会優勝、やっぱり全国に行きたいですね。座右の銘はみんなで楽しくエンジョイ、このクラスのみんなとも仲良くして行けたら良いなと思ってます。好きなことは音楽を聴くこと、ジャンルは何でもありです。よろしくお願いします」
ケッ、何がみんなで楽しくエンジョイだ。カッコイイじゃねえか、こんちくしょう。
知的に爽やかに見える美形で、笑顔に自信にあふれている。こりゃ、女子が放っておかないな。なるべくコイツとは距離を置いて俺とツーショットにならないようにしよう。引き立て役はごめんだ。
しかし、まずい。
この流れはまずいぞ。
せめて、俺の前に一人でも詰まる奴や、つまらない自己紹介をしてくれる奴がいればいいのに、ここまでハイスペックの奴ばかりときた。
「次、如月、お前の番だぞ」
「は、はい」
気づいたらもう俺の番だった。
そうなのだ。名前がカ行なので俺の出番はいつも早い。どうせなら渡辺とかそんな後ろの方に来る名前だったら良かったのだが。
「ええと……如月恭一です。恭順の恭に、第一の一です。中学高校と帰宅部です。好きなことはゲームと読書、嫌いなことはスポーツ全般です。……以上」
もっと内容を膨らませたいのだが、紹介できる事柄が無い。アニメの声優には詳しいです、とか、笑いを取りに行けるキャラじゃないし。
「待て、もうちょっと何かあるだろう」
案の定、担任から追加の指示が入ってしまった。
「ええと、好きな食べ物はカレーとハンバーグ、嫌いな食べ物は山芋です」
「んー、まあいい、次だ」
担任教師も俺がいっぱいいっぱいなのを察してくれたらしい。
ほっとして席に着く。
だが、終わった……。
なんだ今の自己紹介? 思い返す度に恥ずかしさがこみ上げてきて、嫌になる。
「千条綾です。一十百千の千に、法律条文の条に、言葉の綾と書きます。座右の銘は雪中松柏、これは雪の中でも松や柏の葉は色を変えないことから、時代の変化に流されない志という意味です。中学の時は生徒会に所属していました。好きな事柄は研鑽、嫌いな事柄は怠惰それから、くだらないことです。以上」
途中、妙に小難しい四文字熟語の座右の銘を使う女子がいたので気になったが、日本人形を思わせる長髪で色白の美人だった。
さすがにここまで行くとクラスの生徒達も呆気に取られたようで、一呼吸間が開いてから、まばらな拍手が起きた。自己紹介は真面目すぎても良くないという好例だろう。
休憩時間、トイレに行こうと席を立ったとき、隣の席の女子が座ったままで俺の名を呼んだ。
雪中松柏の子だ。
「如月君、ちょっとあなたに聞いておきたいことが一つ、あるのだけれど」
「ええと、何?」
落ち着き払った様子のその子は少し冷たい印象の視線をこちらに向けてくる。
彼女は真顔で、くだらないことは嫌いだと堂々と宣言していた。取っつきにくそうな女子だ。
俺は緊張する。
女子に話しかけられたときは要注意だ。
対応を一つ誤れば、他の女子を一斉に敵に回しかねない。奴らは普段バラバラの個体でも、いざというとき集団の群れで狩りを行うことがあるのだ。
「一年の二学期と三学期、何かあったの?」
その千条が俺に聞いてくる。
「んん? どういう…」
「あなたは一学期の中間テストで学年一位を取っておきながら、その後は順位を落としたじゃない」
「ああ、なんだ、それか…まあ、まぐれだよ。そのときは必死で勉強したし」
それは本当の話だ。
この学校がどのレベルにあるのか自分でもよく知らなかったので、赤点にならないよう必死で勉強した。
おまけに、テストの順位が公表される学校だとは知らなかったので、そのときはやたら目立ってしまった。
テストの点は全科目満点だったが、学園生活の戦略としては完全に失敗だった。
なぜなら、俺は目立つのは嫌いだ。いじめのターゲットにはなりたくないし、それでなくても勉強を教えろだのノートを見せろだの、やっかみだの秀才は面倒臭いことが多い。こういう千条の質問もその一つだ。
「じゃ、その後も必死でやって欲しかったわね。私、手を抜く人間も嫌いだわ」
「ああ、そう」
彼女の次の反応を待ったが、黙り込んで視線も俺から放して正面に戻したので、話はどうやら終わったようだ。千条が手抜きをする人間が嫌いだとしても、俺の知ったことではない。千条を攻略できるという条件でもない限り、誰かの好みに合わせて行動するなんて無駄な頑張りはしたくない。
三日後、担任の橘に呼ばれたので職員室に行く。
「先生、来ましたけど」
「ああ。如月、お前はもう友達はできたか?」
「え? いや、三日でそれは無いと思うんですけど」
この先生は藪から棒に何を聞いているのだろう?
「そうかもしれないが、もう八人も新しい友達を作ったクラスメイトもいるぞ」
「そりゃ凄いですね…」
友達がそんなに簡単にできるものか、疑わしくなってくるけど。
「まあいい。二年生では良い成績を残すよう、全力でやれ。お前なら努力すればできるはずだ」
「はあ」
努力はコストである。そのコストに見合うパフォーマンス、つまり見返りがなくてはやる気も起きないというものだ。少なくとも俺はこの学校の奨学金をもらえるレベルはクリアしているので、それ以上の頑張りは必要なかった。
「どうもやる気が感じられないな。何か問題を抱えているのか?」
「いえ、そういうわけじゃ無いんですが…」
死んだ両親の事については触れられたくない。
「なら、余計に問題だな。お前には後で特別な課題を出す。覚悟しておけ」
「ええ?」
特別な課題って何?
何で俺、覚悟なんてしなきゃいけないんですか?




