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第九話 杏奈の優しさ

2017/10/15 少し修正。

 そう来たか……。


 原作ラノベでは無いオリジナルストーリーに不安を抱いていた俺だったが、須御井監督はやはり(まご)う事なき天才だ!

 ロボットの派手な戦闘シーンと、ヒロイン達のムフフな日常パートを上手く分けて、最後は感動のラストシーンだった。

 温泉の白い不自然な湯気が少なかったのも地味にポイントが高い。飛び交うシャンプーと桶できっちり条例をクリアし、見えそうで見えない、その焦れったいまでのチラリズムを極限まで追及する姿勢には――


「おーい、恭一、もう出ようよ。残ってるの私たちだけだよ」


 杏奈が呼んでいた。


「お、おう」


 余韻の残る感動のストーリーだった。ちょっとまだ現実感が無い。

 とにかく映画は終わったのだ。

 終わった?


「あっ! しまった! 手をつなぐの、忘れた……」


 やっちまった。あまりに没頭してて、自我が完全に飛んでいた。


「ええ? ぷっ、もー、そういうのはいいって。せめてラブストーリー物でね」


「いや、これもラブストーリーだと思うが」


「ええ? お色気シーンはやたらとあったけどさぁ。ま、早く出よ」


「ああ」


 喫茶店に入り、先ほどの映画の話を杏奈とした。

 杏奈が手厳しいことも言った上で、総評を言う。


「まあでもストーリーは分かりやすかったし、意外な展開もしたから、面白かったな。キャラも背景も綺麗で良くできてたし。でも、戦闘シーンで女の子の胸が異様に揺れたり、あの前のめり過ぎる操縦席は不自然でしょ」


「いや、あれは近未来的なイメージと、バイクから連想できるスタイリッシュさと、挙動の激しいGに対応すべくだな…」


 早口で正当化していく俺。


「ふーん、絶対、女の子のお尻を見せたかったんだと思うけど」


「そ、そうかもしれないね。そこは、監督本人に聞いてみないと、分からないけども」


 お色気シーンの不自然さを追及されると、そこは俺としても苦しい。

 現実にすっころんでスカートの中に顔が入るかというと、確率は低いし、それが二度も三度も続くかといえばもうあり得ないと答えるしか無いのだ。

 だが、そこはきっと追い続けなればならない少年のロマンであり、夢なのだ。


「ふふっ、ごめんね、恭一。真面目な男子にこういうことを問い詰めて遊ぶのってちょっと意地が悪いとは思うんだけど、楽しくて」


「そうか。えっ、いつもこんなことを」


「まさか。こんなの彼氏以外になんて言えるわけないじゃない。恭一だけだよ」


 そう言って微笑んで俺を見つめる杏奈の視線に、これはなんだろう?

 俺は鼓動の揺らぎのようなものを感じた。



 歩道を杏奈と二人で歩いている。

 ただそれだけなのに、次はどうなるのだろうと期待している自分がいた。


「公園に行ってみよっか」


「そうだな」


 公園の並木通りは、こんなところがあったのかと思うほど景色が良い。

 しかしここは前にも通ったことがあるはずなのに、俺は気づいていなかったようだ。

 それに、こんなに良い場所なのに、不思議と人通りが少なかった。


「良い天気になって良かった」


「そうだな」


 まさか雨天決行だったのだろうか。

 だとすると、本当に晴れて良かった。


「よっ、ほっと」


 杏奈は公園のタイルを同じ色のだけ踏んで遊ぶという他愛ないことをやり始めた。

 俺はただ、それを眺める。

 彼女はこちらに跳んでくると、勢いのまま俺に抱きついた。


「あははっ、ゴール!」


「おっと」


「待って」


 そのまま体を起こして手を離そうとしたら、杏奈がそう言って寄りかかってくる。


「少し、このままでじっとしててもらえないかな」


「いいよ」


「ありがと」


 女の子と密着しているというのは、どうしたって緊張がある。

 それは居心地が悪いけれど、どこか心地が良いという矛盾した変な気持ちだ。


「私、このまま恭一と仲良くなりたいな」


「それは――」


 友達としてなら俺も大歓迎なのだが、杏奈は今、俺の正式な彼女である。手続きには色々と瑕疵があり、俺の気持ちもどこにあるか分からないような軽い物だった。

 だが、それを正直に言うのだけはためらわれた。

 先生はあのとき、告白されても慣れているから大丈夫と言っていた。

 杏奈を見ていると、とてもそうは思えないのだ。

 彼女はきちんと他人の気持ちに向き合っている。

 少なくとも相川のような軽薄なイメージはどこにも無い。

 その杏奈が言う仲良くの意味とは、間違いなく恋人としてということだろう。


「もう、そこは嘘でも俺もって言うところじゃないのかな」


「ごめん」


「そうね、じゃ、もういいわ。これで終わりにしてあげるから、目を閉じなさい。あと歯を食いしばって」


 体を離した杏奈は冷たい声で言った。


 平手打ちですか……。


 ま、それだけのことを俺はやったのかもしれない。

 目を閉じる。


「動いたり、逃げたりしたらダメだから。途中で目を開けてもダメだよ」


「ああ、動かない」


 相当な力でやってくるつもりらしい。俺は覚悟を決め、そのときを待った。

 唇に柔らかな感触があり、目を開けてみると、目を閉じた杏奈が俺にキスをしているようだった。


 混乱する。


「もう、目は閉じててって言ったのに」


「なんで……」


「平手打ちされると思ったんでしょう。無いよ。だって、私が受け入れた人だよ? 軽い気持ちだったとしても、いいの。嬉しかったんだから。だって恭一は今まで私のこと、興味すら持ってくれてなかったんだし。千条さんのおかげなのかな、そこは」


「いや、あいつは関係ないよ」


 俺は言う。


「そう。不意打ちでごめんね?」


「いや」


「もっと驚くと思ったのにな。ほら、言うことがあるんじゃないかな、目の前の君の彼女に」


「そうだな……もう一回してくれって言ったら、怒る?」


「ううん、いいよ。それがどんな気持ちでも、いいの。嫌じゃ無ければ、だけど」


「嫌じゃ無いよ。ただ……エロとか本能とかでも?」


「ふふっ、いいよ? だって私の体に興味があるってことだよね?」


「まあ、そうだな」


「じゃ、してあげる。女の子の体の方がずっと良いって事、恭一に教えてあげるよ」


 それは優希の存在を意識して言っているのだろうか。別に俺は優希の体目当てだったり、男が良いというわけでは無い。

 ただ、今それを言い訳しようとすると、余計に誤解されそうな気がした。

 それに、優希に対する気の迷いをなくすためには、杏奈に女の子を教えてもらう方がきっと良いはずだ。


 何にせよ、ここで拒否という選択肢はあり得ない。絶対に。

 どんなに理由を付けようとも、杏奈は俺から拒否されたと感じるに決まってる。


「じゃ、遠慮無く」


「うん」

 

 今度はこちらから抱き寄せ、彼女の頭を後ろから手で支え、やや強引に杏奈の唇に俺の唇を重ねる。

 柔らかいが、この中はどんな感じかな?

 なかなか機会があることでは無いし、少し焦っていたのだろう。俺は純粋な好奇心で舌を入れてみた。


「んっ!」


 ビクッとした杏奈が身をこわばらせた。

 何か、やっちまったか? 

 だが、杏奈は目を閉じたままで動かない。

 なら、嫌がってはいないのだろう。


 彼女は嫌がっていない。なら……。

 むくむくと別の感情が俺の奥底から浮き上がってくる。


 それが単なる好奇心なのか本能なのかよく分からないまま、俺はもう一度、そっと舌を杏奈の唇の中に割り込ませる。

 なんとなく、ふるふると彼女は震えている気がしたが、モテモテの杏奈だ、こういうことくらいしたことはあるはずだ。

 とんでもないことだったり、嫌なら、歯を開けて俺を受け入れたりはしないだろうし。

 杏奈の意外に固い舌を、俺の舌で形や感触を何度も確かめていると、少し色っぽい声を漏らした杏奈が体の力を一気に抜いた。彼女の舌も途端に柔らかくなった。

 

 じゃ、今度はお尻を……。


「ちょっと!」


 いきなり突き飛ばされた。


「お、おう?」


「信じられない。もー、恭一って、見た目は中性的だし、雰囲気も柔らかいけど、やっぱり中身はちゃんとした男子だったんだね!」


「いや、ごめん。それって、優希みたいな女子っぽい男子が良かったってことなのか?」


「そうじゃ無い! 私が、あなたをきちんと見てなかったってこと。ごめん、ちょっとびっくりしただけ。でも、うう、二回目のデートでいきなりディープキスまでしてくるなんて……この先、不安だ……」


「あ、ああ、そうか。いや、ちょっと暴走した。悪かったよ」


「こ、来ないで。ごめん、今日は私、もう帰るね。それじゃ」


「お、おい」


 自分の口を押さえて走って行く杏奈。

 ちょっと泣いていた気もする。

 うわぁ。

 恋愛は百戦錬磨のモテモテ美少女、そんなイメージで俺は杏奈を見ていたのだが。

 違う。

 杏奈は普通の女の子だった。

 しかも、たぶん、処女。


 あれが男慣れ?

 冗談じゃ無い。 

 そうだよ、それって全部、あの橘の情報じゃねえか。

 信じた俺もバカだが、先生には明日一言言っておかないと。

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