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第八話 杏奈の巻き返し

「だから、明日、デートしましょ」


 携帯の向こうからそんな言葉聞こえ、それまで心ここにあらずで杏奈と話をしていた俺の意識は、一気に引き戻された。


「ええっ? 明日か……」


「何か、用事でもあるの?」


「いや、無いんだが……」


 明日は優希の膝枕、そればかり考えていた。


「じゃ、私と付き合ってくれても良いじゃない。知ってるわよ、千条さんとお昼、どこかで食べているようね」


「ああ…屋上なんだが」


「そう。別に邪魔はしないから安心してね。でも、本当の恋人なら、それだけじゃなくてデートくらいはするものよ」


「そうだろうなぁ」


「気が進まないの?」


「いや、デートなんてしたこと無いから、正直どうしていいやら」


「そ。じゃ、大丈夫、全部、私が考えてあげるから。カラオケなんてどう?」


「いや、俺、カラオケは嫌いなんだよな…」


「そう。じゃあ、ボーリングは?」


「それもちょっと。なあ、杏奈、俺の部屋じゃダメかな」


「ええ? それはちょっと…まだ早いっての、スケベ」


 別にセックスを要求してるわけじゃ無いのだが、これは言い訳しても来てくれなさそうだ。


「じゃ、映画なんてのは……」


「うん、いいね! じゃあ、映画にしましょ」


 しかし、デートか。実感、湧かねえ~。

 ここは大人しく、友達と映画を見て帰るだけと認識しておこう。その方が変なミスをしないで済みそうだ。


 だがしかし、俺は友達と映画も行ったこと無いんだよなぁ。

 映画館でお一人様。

 どうしても見たい劇場版アニメで一度やったことはあるのだが、かなり厳しいイベントだ。

 周りがカップルだらけだと、なおさら。

 カップルが萌えアニメなんて見てんじゃねえ!

 俺はホールの真ん中でそう叫びたくなるのを我慢せねばならなかった。



 そして翌日。

 翌日っ!?

 まずいな、もうそろそろ準備しないとデートの約束の時間に遅れてしまう。

 十時の約束なのに。

 杏奈との会話シミュレーションの想定だけで、昨日は徹夜してしまった。

 

「うえ、どれを着ていけば良いんだ?」


 単独行動の時は服装なんて全然気にしなかったのだが、杏奈の隣に立つ服装となると、弱ってしまう。

 無駄に地味で目立たない服ばかり買うんじゃ無かった。

 ダメだ、何を着ていけば良いのか、本気で分からん。


「というわけで、すまん! 優希、人助けだと思って」


 家にやってきてくれた優希に土下座。


「もう……だから普段通りでいいって言ってるのに。あと、他人のデートの服装をボクに選ばせるのって凄く残酷だよね、恭一君」


「いや、後で埋め合わせは必ずする。これは、お前との本番デートのための予行演習なんだ。杏奈にも迷惑かけてるし、成功はさせたいから」


「んー、その言い訳って、凄腕のプレイボーイなのか、素で困ったちゃんなのかよく分からなくなってきたけど……。とにかく、じゃあ、これとこれで。ジーパンよりは良いと思うよ」


「分かった。これとこれだな」


 買ってはみたが普段はほとんど着ない白のチノパンとグレーのワイシャツ。それに白のカジュアルスーツをコーディネイト。

 ちょっと格好付けすぎの気もするが、俺ではなく優希のチョイスなら安心だ。


「うん、いいね。あと、ネクタイもちゃんとしたら完璧かな」


「そんな物は持ってない」


「ええ? じゃ、お父さんの借りたら?」


「ええ? それ、変じゃないか」


「そう? 別に黙ってれば分からないと思うけど」


「うーん、まあいいか」


 引き出しにしまいっぱなしなのを引っ張り出し、それも優希に選ばせた。


「うん、これはカジュアルな感じだから、これがいいよ。ついでにこの腕時計も借りたら?」


「よし。ええと……」


 ネクタイって、どう結ぶんだっけか。


「貸して。ボクが結んであげる」


 優希がそう言って俺にネクタイを掛けるが、顔が凄く近い。その愛らしい唇から目が離せなくなる。


「はい、できた」


「おお、凄いな、お前」


「そんなことないよ。じゃ、頑張って」


「おう」


 一家に一台優希が欲しいなあと思いつつ、俺は家を出た。


「うえ、ダメだ、間に合わん」


 ぼっちの俺にも分かる。友達であろうと恋人であろうと、約束の時間に遅れるのは相手に失礼だし、待たされる方も気分が良くない。

 服選びに時間を取られるくらいなら、そのまま普段着で出るべきだった。

 いや、優希もそう言ってはいたのだけれど。


 約束した駅の噴水に行くと、杏奈が他の誰かと話していた。

 誰だろ?

 年上っぽい男か……。


「あっ! 遅いー。恭一、十五分も遅刻だよ」


 杏奈が俺に気づいた。


「いや、ホントすまん。ちょっと服選びに手間取って。それより、あっちの知り合いとの話はいいのか?」


「ああ、いいのいいの。あれ、知り合いじゃ無くてタダのナンパだから、じゃ、そう言うことなんで、さようならー」


 俺と腕を組んだ杏奈が笑顔で向こうに手を振ると、男は肩をすくめて別の女の子に笑顔で話しかけ始めた。本当にナンパなんだな。しかも、断られても全然めげてない。


「奴のコミュ力は化け物か」


「いや、アレは褒められたものじゃ無いから。恭一は真似しちゃダメだよ」


「うーん、そうか」


「うん。それより、何その格好」


「えっ、まずかった?」


「ううん、逆。恭一はこの前の遊園地みたいな格好で来るだろうなって思ってたから、私も大人しめに合わせてきたのに、かっちり決めてくるんだもの」


「おお。じゃ、杏奈のセンスだと、許容範囲なんだな?」


「うん、もちろん。普段のでもオーケーだけど、それはなかなかハイレベルかな。ちょっと恭一のこと見直しちゃった。本気で私とデートしてくれるんだね」


 改めて、杏奈の服を見るが、水色のワンピース。遊園地の時の格好は……覚えてない。俺はダメダメだな。


「あー、いや、それが、正直に言うと、これ優希に選んでもらったんだ」


「ええ? もう。なるほどね。言われてみると、あの子が選びそうな服ねえ。でも、恭一、何でも正直に言えば良いって物でも無いよ。その話、私は黙ってて欲しかったかな」


「そうか、ごめん」


「うん。それにしても、思わぬ伏兵がいたわね。わざと……いえ、それはないか」


「んん?」


「いえ、信長と面会した斎藤道三の気分だわ」


「俺は君の認識ではうつけ者だったのか」


「ふふっ、そこまでじゃないし、ごめん、たとえが悪かったわ。じゃあ、行きましょ」


 杏奈がニッコリ笑うと俺と腕を組んでくる。胸が俺の肘に当たってるんだが。


「せ、積極的だな」


「そう? デートなんだから、これくらいはいいでしょう。千条さんや優希君だと難しいかもだけど」


「そうかもな」


 ただ、そこは別に競わなくても良いんじゃないか、俺はそう思った。


「じゃ、上映時間までまだ少しあるからその辺を歩いて時間、潰しましょ」


「ああ」


 二人で店に入り、あれこれと見て回る。


「あ、これ綺麗。それに安いわね……」


 アクセサリーのペンダントを見た杏奈が言う。


「やっぱり、女の子ってそういうプレゼントをもらうと、嬉しいのか?」


「そりゃ、彼氏からもらえば誰だって嬉しいと思うけど? あ、でも別に買ってくれなくてもいいよ。物より一緒に過ごす時間の思い出の方が大事だし」


「ふーむ、奥が深すぎて、厳しいな…」


「ふふ、難しく考えなくたって、そこは人によって違うと思うから、恭一はプレゼントの方が良い?」


「いや、思い出の方が良いかな」


「でしょ」


 となると、優希や千条にプレゼントでお礼というのは安易すぎるな。

 しかし、思い出かぁ。

 何をどうして良いやら。


「じゃ、恭一、そろそろ時間だから、映画館に行こう」


「ああ」


 見る映画はまだ決めてないそうで、二人で選ぶことにした。

 しかし、あの作品の続編をやってるのか……。


「そっちの劇場版アニメがいいの?」


 視線で杏奈にはバレたらしい。


「うっ、いや、配信になってから見るから今はいい」


「ええ? ストリーミングより絶対、映画館の方がいいって。じゃあ、それにしましょ」


「いいのか?」


「うん、私も、ちょっと気になってたヤツだし」


「それなりに面白いとは思うが……いや、まあいいか」


 俺が面白いと思っても、杏奈が面白いと思うとは限らない。そこは余計な先入観を与えない方がいいだろう。


「じゃ、私、ポップコーンとジュース、買ってくるね」


「おう」


 杏奈の行動を観察して、優希とのデートのシミュレーションをしっかりしておく。完璧だ。


「お待たせ」


 中に入り、ほぼ中央の位置に二人並んで座る。


「恭一は映画ってよく来るの?」


「いいや、全然だなぁ」


「ええ? それなのに提案してきたんだ。まあいいけど」


 さて、映画館と言えば、隣の彼女と手をつなぐのが定番である。

 念のため、周囲を注意深く観察してみたが、大丈夫、まだ手をつないでる奴はいない。

 そこは上映中に、だからな。俺だって恋愛アニメは見てるから、その辺はちゃんと分かってる。

 盛り上がったところで、さりげなく。嫌がられたらすぐ手を引っ込める。よし、完璧なシミュレーションだ。


 照明が暗くなり、上映が始まった。

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