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第六話 千条のお願い

 翌日、家に優希を招いて、千条達との事情を話した。橘先生の特別課題の事は内緒だけど。


「そっか。うん、まあ、二人が納得してるなら、ボクがどうこう言うことじゃないかな」


 優希はそれで納得してくれたようだ。ほっとする。


「ちなみに優希は、好きな子とかいないのか?」


 念のため、聞いてみる。

 もし、いるのなら、俺は告白できないし。


「えっ、う、うん、好きな子は、いないかな…」


「そっか。うっし!」


「恭一君、そこでそんなに気合い入れたガッツポーズは誤解を招くと思うよ?」


「いや、誤解しようはないだろ?」


 真顔で優希を見つめて言う俺。


「え、ええと……と、とにかく、女子二人に二股を掛けてる誰かさんのアプローチは真に受け取れないかな」


 橘先生のバカ。

 杏奈に告白するというあの特別課題さえなかったら、今頃、俺は優希とベッドインしてるところだったのに。

 とはいえ、この試練があったからこそ、俺は優希への自分の正直な気持ちに気づいたと言っても良い。

 俺の理想の女子は間違いなく優希だ。

 

「じゃ、フリーの俺なら問題は無いわけだ。もう少しだけ、待っててくれるか」


「う、うん……はい……」


 これでいい。いずれ、優希には誠心誠意、心を込めた俺の正式な告白をするとしよう。

 ダイヤモンドの指輪でも用意するかな。


「じゃ、その話はこれで終わりだ。ゲームでもやるか」


「うん。あ、その前に、これ」


 優希が自分で持って来たリュックからピンクの紙袋を出してきた。


「うん?」


「クッキーを焼いてきたんだ。恭一の口に合うかどうか、分かんないけど…」


「いや、心配するな、俺の口を優希のクッキーに合わせるから、何も問題は無いぞ」


「ええ? まあ、一口食べてみて。甘すぎるようだったら、また控えめにしたのを作ってくるから。あ、もしクッキーが嫌いなら――」


「大丈夫だ、クッキー、好きだぞ」


 別に好きでも嫌いでも無かったが、今日から大好きになる予感。


 紙袋を開けてみると、可愛らしい猫やウサギの顔の形のクッキーだった。

 恐るべき女子力。

 それに何より、美味しそうだ。


 一口食べてみると、サクッとしていて、行ける。


「おお、これ、普通に美味いぞ。市販より出来が良いんじゃないのか」


「良かった。そこまでじゃないと思うけど、これからも時々、持ってくるね」


「おう。ああ、部活用にも、頼めるか」


「うん、そうだね。それはみんなの好みも聞いておかなきゃだけど」


「問題ないだろう。ま、試食させてみれば良い」


「うん」





 連休明け、部室で優希のクッキーが振る舞われたが、やはりみんなにも好評だった。


「凄いです…」


 眼鏡のずれを直しつつ、森島は素直に感心。


「だ、男子に負けた…」


 奈緒が両手を突いてガックリしているが、お前、元々料理もできてないだろ。


「うちのシェフと良い勝負ができそうね。今日作ってもらって、明日、持ってこようかしら」


「持ってこなくて良いぞ、千条。これは部員の手作りだから意味があるんだ」


「そう。そう言う考え方もあるでしょうね」


「ああ」


 千条家のシェフが作るクッキーと、優希の作ったクッキーなら、俺は間違いなく優希のクッキーを食べる。味の勝負ではシェフに軍配を上げるかもしれないが、これは愛情の勝負だからな。


「これ、本当に優希が作ったの?」


 雨宮は失礼なことを言うし。


「えっ、うん、そうだけど…」


「じゃ、今度、同じ味で、輪っかのを作ってみて」


「いいよ」


 疑われても微笑んで引き受ける優希は良い奴だ。

 優希のクッキーのおかげで、その日の部活はみんなの話が弾んだ。


「では、少し早いけれど、今日はこれでお開きにしましょう」


 まだ下校時間には30分程度あったが、千条が言った。


「ええ? まだいいじゃん」


 奈緒は物足りないようだ。


「ごめんなさい、宇佐見さん、私、今日はちょっと用事があるの」


「ああ、じゃ、仕方ないね。分かった、じゃ、今日はここまでだね!」


「じゃ、優希――」


 一緒に帰ろう、と俺が言おうとしたら、千条が指で下を指し示すジェスチャーをした。


「うん?」


「いや、何でも無い。それじゃ」


「うん、またね」


「如月君、部室の鍵の事だけど……」


 千条は皆に怪しませないためか、鍵のことを俺と相談するかのような物言いをした。


「じゃ、綾ちゃん、恭ちゃん、またねー」


「ええ、また明日」

「おう」


 全員、特に不審に思った様子も無さそうだ。


「それで?」


「悪いけれど、下校時間まで私に付き合ってくれるかしら。念のために付け加えておくけれど、恋愛関係ではなくて、ごくごく個人的な頼み事よ」


「いや、そこはいちいち言わなくても分かるぞ」


「そう」


「だが、お前が俺に頼み事なんて、珍しいな」


「ええ、こんなことを頼めるのがあなただけなんて、交友関係の狭さを初めて後悔したわ」


「じゃ、友達でも作るんだな。それで?」


「この間の遊園地で、私、あなたに対する身体的接触に失敗したでしょう?」


「身体的接触って、普通にキスと言った方が良くないか? 君の言い方の方が余計に卑猥な気がするが」


「それはあなたの側に問題があると思うわ」


「あとで先生に聞いてみるか」


 この会話も録音されているはずだし。まだあのウェブカメラは部室の壁際にある。


「ええ。話を戻すけど、あの程度の接触は軽くこなせるようになりたいの。練習の協力をしてくれないかしら」


「キ、キスの練習をか…?」


 俺はその場で飛び上がって喜びそうになるのを辛うじて自制しながら確認を取る。


「おかしな冗談は言わないで。身体的接触の、よ。普通に手を握ったり、まずはそこから」


「ああ、なんだ、そこからか……」


「何か文句でもあるのかしら?」


「分かった分かった。それくらいなら喜んで協力させてもらう」


「あと、これはあくまで私のレッスンであって、恋愛と絡めてもらうのは遠慮して欲しいのだけれど…」


「分かってるよ」


 お互い、コミュニケーション能力の低さは把握しているので、そこを高めるという話なら協力したい。


「ありがとう。皮肉を言われるかと思ったわ」


「俺だって手伝ってもらいたいし、お互い様ってことでいいだろ」


「ええ。でも、胸を触らせろなどという、嫌らしい練習には付き合えないからそのつもりで」


「いや、そんな練習、頼むわけ無いだろ」


「そう」


 もう少し俺を信頼して欲しいのだが、ま、これも橘先生が言っていたことでもあるな。

 お互いの信頼関係を友人に近いレベルまで引き上げる。

 同じ部活のメンバーでもあるし、それでなくても千条との信頼関係は上げておきたい。

 俺は素直にそう思った。


「じゃ、まずは椅子を向かい合わせてやってみましょうか」


 身体的接触のレッスンが始まる。

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