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第五話 キス

 コーヒーカップに乗って乗り物酔いした後、次は奈緒がメリーゴーランドに乗りたいと言い出した。


「じゃ、俺はここで見守っててやるから、お前らだけで乗ってこい」


 すでに俺は遊園地をリタイヤ気味だ。


「ダメダメ、一緒に乗るよ」


 女性陣はそれが当然だと思っているらしく、俺に拒否権は無い様子。

 メリーゴーランドってなぁ。

 女子はまあ良いとしても、小さい子が乗るもんだろ?

 あとは、ああやって、カップルで二人乗りするとかな。


「あはは、これ、アーシ、ちょっと思ってたより楽しいかも」


「ふふっ、そうだね」


 って! 

 天川と相川の組み合わせか。

 二人とも恋人ができるのは時間の問題だろうとは思っていたが……。

 だが天川よ、お前のセンスはちょっとどうかと思うぞ。

 お前なら、もっと清楚で可愛い子も選り取り見取りだったろうに、なぜギャルに行く。


「あれっ? 相川さんとショー君!?」


 奈緒も驚くが、相川を下の名前では呼ばないんだな。


「あっ、奈緒じゃん。へえ、なんだ、文化部のメンバーで遊びに来てたんだ。それならそうと言えば良いじゃん、如月」


「ああ、いや」


「まあ、誰と一緒に来ているかなんて、ちょっと内緒にしたかったんじゃないのかな。特に女の子連れだとね」


 天川がすかさずフォローを入れてくれるが、お前は優しいなぁ。モテる理由もよく分かる。  


「それにしても、天川君って相川さんと付き合ってたの?」


 別クラスの杏奈だが、この二人はよく知っているようだ。


「ふふっ、そうだよ? アーシら、最近、付き合い始めたばっかだけどぉー」


 自慢げに言う相川。天川の方はちょっと照れくさそうに頷いた。


「うん、そうなんだ。できれば、他の人には内緒にしててもらえるかな」


「ああ、うん、分かった。約束するね」


「別にいいっしょ、ショー、隠さなくてもぉ、どうせ、すぐバレると思うけど」


「うーん、でも、言いふらすようなことでも無いと思うしさ」


「なら、アンタ達、口チャックだから、よろしくぅ」


 頷く。

 ちょうどメリーゴーランドの回転が終わり、相川と天川は仲むつまじく、肩を寄せ合って次のアトラクションへと歩いて行った。


「あの組み合わせはちょっと意外ねぇ」


「そうだねー。どっちもモテるタイプだと思ってたけど」


 杏奈や奈緒も俺と同じ事を思ったようだ。


「それで、柏木さん、あなたも如月君と二人乗りをするつもりなの?」


 千条が聞くので俺も緊張して杏奈の答えを待つ。


「うーん、私たちはまだそこまでの関係でも無いと思うし、恭一も乗り気じゃ無さそうだから止めとく。私も二人乗りは恥ずかしいもの」


「そう。良かったわ。私はとても無理だもの」


「じゃっ、四人で仲良くだね!」


 乗ってみるが、結構高くて怖い。


「うおっ、これは危なくないか?」


 動き出して上下の動きも加わり、落馬の危険に俺は戦慄する。


「平気平気。落ちても床も回ってるから轢かれたりはしないよ」


 必死にしがみつく俺をよそに、女子三人は余裕綽々だ。


「ハイヨー、シルバー!」


 言いたくなるのは分かるが、メリーゴーランドだとそれは恥ずかしいぞ、奈緒。

 他人の振りをしておこうっと。



「じゃ、そろそろ閉園時間だね。締めに行きますか」


 時間を見て杏奈が言う。

 結局、俺はここに何をしに来たのやら。

 人生初デートだったらしいが、どうやって別れ話をしようかと頭がいっぱいで楽しむ余裕はあまり無かった。


「あ、もうそんな時間なんだぁ。残念、もっと遊びたかったなー」


「また来れば良いよ」


「そうだねっ!」


「じゃ、最後は観覧車で良いと思うんだけど。どう?」


 杏奈が提案する。


「いいんじゃないのか」


 楽そうな乗り物なので俺はすぐ賛成する。


「そうね」


「あたしはフリーフォール…まあいいか。またみんなで来ようねっ!」


「俺はパス」

「私も当分はいいわね」


 俺も千条もすぐという気にはならない。


「えー?」


「ふふ、私が付き合ってあげるよ、奈緒ちゃん」


「ありがとー。あっちゃんだけだよぅ」


「よしよし。じゃ、どうしようかな……組み合わせ、ジャンケンでいいかな? 千条さん」


 四人一緒でも良い気がするが、ここでも杏奈はデート気分を出したいらしい。


「いえ、それだとまた私が如月君を独り占めしたときに不公平な気がするから、ここは柏木さんに譲ってあげるわ」


「そう? 悪いわね。あ、でも、時間があるようだったら、もう一回、パートナーを変えて乗ればいいわ。うん、そうしよう」


 さて、そろそろ話をしておかないと時間も無くなりそうだ。


「ヒューヒュー」


 などと奈緒が盛り上げようとしているが、そんな関係とは言えないんだよな。


「杏奈」


「待って、如月君。せめてもうちょっと、一周するまでは恋人気分でいさせてよ」


「そうか、分かった」


 杏奈にはまだ内容までは伝えていなかったのだが、別れ話だと察してもらえたようだ。

 外の景色を眺めつつ、ゆっくりと過ぎる時間を楽しむことにする。


 と、杏奈が俺の手を握ってきた。


「嫌?」


「いや、そんなことは無いけど」


「良かった」


 こういう彼女がいてくれたら、楽しいのだろうなとは思うのだが、実際に今日、デートの真似事をしてみて、ちょっと俺にはハードルが高い気がした。

 四人いたからなんとかなったものの、二人きりではとても持たない。

 だいたい、友達もろくに作ったことが無いのだ。一足飛びに恋人なんてどだい無理があるだろう。


 それでも杏奈は、俺の気持ちを見通しているようにずっと優しく微笑んで見つめてくれている。

 つい、目が下に行ってしまうが、胸を隠したり、嫌がったりもしない。


「そろそろ、下に着いちゃうね。残念、魔法が解けちゃうか」


「杏奈、なんとなくは分かってもらえてると思うけど、俺の告白は真剣じゃ無かった」


「そんなことは無いと思うよ、恭一。だって、桜の木の下に呼ぶなんて、簡単じゃ無かったでしょ?」


「そうだが…本当に好きっていう気持ちが全然足りてないと思うんだ。杏奈は可愛いし、良い奴だと思うけど…」


「本命は、千条さんか、優希君なわけね?」


「いや、千条では無いんだが、むむ、俺が優希を好きそうにしてたか?」


「そりゃあねー。いつも一緒にいて、和気藹々としてる感じだし、あなたたちの雰囲気と来たらまるで初々しい新婚夫婦みたいなんだもの。たぶん、気づいてる人は多いんじゃないかな」


「な、なんと……」


「でも、彼、男子なんだよね?」


「そのはずだ」


「なら、偽装で良いから、私にしておきなよ。別に、優希君も誘って三人で遊んでも良いし、男同士なら二人で遊んでも、私は文句、言わないよ?」


「い、いやいや…それは凄く魅力的な申し出なんだけど、それでいいのか?」


「うん。私だってプライドがあるから、付き合って一週間も経たないうちに別れたって嫌だもん」


「つまり、時間をおけば、解消しても問題は無いわけだ」


「うーん、そうだね。それまでに、君を落とす自信はあるかな」


 そう言って杏奈は右手の指で拳銃のジェスチャーをする。


「分かった。じゃあ、この話はまた今度ってことで」


 間を置いた方が良い。それは単なる先送りかもしれないが、何も今、杏奈の嫌がることをしなくてもいいだろう。


「うん! ありがと」


 そう言って、杏奈は俺に顔を近づけるとほっぺに軽くキスをした。


「うおっ!?」


「ちょっと、そんなに焦らないでよー。まるで嫌がってるみたいなんですけど?」


「いや、驚いただけだ」


「ほんとにぃ?」


「ああ。本当だよ。可愛い女子にキスされて嫌がるってことは無いと思うが」


「おおー。じゃ、私を可愛いと認めるんだね」


「それはもちろん」


「じゃ、逃げないで」


 もう一度ほっぺにキスしてくる杏奈。俺も逃げない。


「よし! じゃ、これで千条さんとのダブルブッキングは許してあげる。あの人、なんか私との勝負にこだわって引っ込みが付かなくなってるだけにも見えるし」


「的確な洞察力だな…」


「だって、恭一のこと、好きって感じでもないでしょ?」


「まあな」


「それなりに、仲は良さそうだけど、でもっ! もう私が一歩リードしたし?」


 そう言って小悪魔的な顔をした杏奈は自分の唇を人差し指で触って微笑む。


「そうかもな」


「うん。だから許す」


「ありがとう」


「でも、如月君が勢いだけで私に告白するって、千条さんに何か言われたの?」


「いいや、アイツは何も関係ない。俺の単なる気の迷いだ」


「そう。分かった。それでもいいよ」


 観覧車が下に降りて、先に降りていた二人と合流する。


「まだ時間あるから、交代ね」


 並び直して、今度は千条と二人で乗る。



「如月君、さっき、キスしたでしょう」


「むむ、見えてたか…」


 奈緒はさっき普通にしていたので、気づかれていないのかと思っていたが。


「ええ。柏木さんもわざと見せつけていたようだし、彼女、相手にとって不足は無いわ」


「君が付き合ってるのは俺なんだろ? 変な勝負は止めてくれ」


「そうさせたのは、あなたでしょう?」


「ううん、そうなんだが…お、おい」


 千条が顔を近づけてくるので、焦る。


「黙って」


 そう言って俺のほっぺたに唇を寄せていくが……。


「くっ、できない……」


 千条が顔を離す。


「当たり前だろ。お前、俺のこと好きでも無いくせに」


「いいえ。最初は嫌悪感もあって小憎らしいと思っていたけれど、今は友人として付き合っても良いと思えるくらいにはあなたを評価しているわ。だけど、私、男子が苦手なのよ…」


「なら友人で良いだろ。無理はするな」


「ふう、仕方ないわね。でも、フったことにはしないでもらえるかしら?」


「噂が気になるのか」


 千条を快く想っていない女子から『キープ君にフラれた』と言われていたが、千条のプライドからして許せないことだろうとは思う。


「ええ」


 千条もここは素直に肯定した。


「分かった。なら、付き合ってることにしよう」


「いいの?」


「ああ。杏奈とはすぐに解消しないということで話が付いてるし、事情を話せば向こうもすぐ納得してくれるはずだ」


「悪いけど、柏木さんにも私の事情は話さないで欲しいのだけれど」


「ううん、でも、あのときも彼女はその場にいたし、分かってる感じだぞ」


「それでもよ。お願い」


 千条の方から下手に出る感じでお願いなんて、滅多に無い気がした。


「分かったよ」


 話が完璧に上手くいったわけでは無いが、これで胸を張って優希に報告できる気がした。

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