第四話 別れ話
林間学校で無理をした俺は、筋肉痛の上に風邪も引いてしまい、三日ほど寝込んだ。
ま、体力には自信が無いからな。
帰路のリタイヤを計算に入れていたのだが、俺の真剣なヒザの爆発演技も仮病だと橘先生に見抜かれてしまった。
悪いことばかりでも無く、わざわざ朝晩優希が家に来てお粥を作ってくれたのには感激した。
「これからもずっと俺のごはんを作って下さい」と真剣に頼んでみたが「それはちょっと…ごめんね」と彼には断られてしまったが。
もちろん優希には俺の無謀な交際の事についてきちんと謝っておいた。
ただ、その動機については特別課題だとは言っていない。
「ちょっと冗談で」「若気の至り」「度胸を付けたかった」
そっちの方が、軽い感じで色々とダメージが少ないと俺は考えている。
「でも、それならそれで千条さんと柏木さんにはきちんと事情を話して謝るべきだと思うな」
優希の言う通りである。
だから、俺はこの連休中、千条や杏奈と連絡を取り、話し合いの場を設けた。
杏奈のメルアドと携帯番号を保持していることに自分で驚いてしまったが、告白した時にゲットしていたらしい。
あのときは上の空だったので、本当に何を話したのか全然覚えていないのが、ちょっと恐怖だ。
「しかし……ここか」
俺は目の前の光景にげんなりした。
俺としては話し合いの場所をホームである自宅か、せめて人気の無い公園に設定したかったのだが、女子二人がどちらも譲らず、遊園地を逆に指定してきた。
ゴールデンウイークの遊園地など、ぼっちにとっては完全なアウェイである。それどころか死地と言っても良いだろう。
この街のどこにそれだけの人口がいたのか、と驚くほどの人だかりで、早くも身動きが取りづらい。
「あれー? 如月じゃん」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこに金髪のギャルがいた。
「うげ、相川」
前から茶色に染めている感じではあったが、お前はとうとうスーパーサイ○人になってしまったようだな。
連休明けもこれで通すのか…?
「ちょっと。何その反応。チョー失礼なんですけど?」
「わ、悪い」
「でもアンタがこんなところに遊びに来てるなんて意外。あ、分かった! どうせ妹と一緒とか、家族で来たっしょ?」
「いや、一人でだが……」
「うわ。……それ、ちょっと……、まあいいか。じゃ、せっかく来たんだし、楽しんで行ったら?」
「ああ」
「じゃあね」
手を振られ妙に優しくされてしまったが、騙されるな。奴のことだ、仲間に面白おかしく俺のことを話して笑いものにするに決まってる。
突然、後ろから両手で視界をふさがれた。
強盗か!
と身構えたが、違っていた。
「だーれだ?」
「杏奈か」
「当たり! ふふ、今、すっごい焦ったでしょ?」
「まあな、心臓に悪いから二度としないでくれ」
「ええ? まあ、ごめんね? でも良かった。ちゃんと来てくれて。すっぽかされるかなって思ってたもん」
Gジャンとデニムのミニスカートに身を包んだ杏奈が笑顔で言う。トレードマークの派手なリボンもいつもより五割増しででかくなってる。
やっぱり休日の女子は苦手だなぁ。
それにしても、やたらミニのスカートだな。太ももがまぶしい。
「ちょっと、あんまりじろじろ見ないでよ。恥ずかしいし」
「ああ、わ、悪い」
見られて恥ずかしいなら、そんな服を着るなと思ってしまうのだが、女子の論理は謎だらけだ。
「千条さんはまだみたいだね」
「ああ。時間はまだあるし、アイツは遅刻はしないと思うぞ」
俺としては個別にこの二人と交渉したかったのだが、杏奈が一緒にどう? と提案してそれが通っている。
「そう。うん、千条さんってしっかりしてる感じの子だしね」
「ああ。……んん?」
千条の姿を探して見回していると、黒の野球帽にサングラスをかけた怪しげな女子が双眼鏡でこちらを見ているのを見つけてしまった。
「杏奈、ちょっと待っててくれるか」
「え? どこ行くの」
「すぐ戻る」
一直線に向かうと逃げられそうな予感がしたので人混みを利用して迂回してそいつの背後に回る。
「なにしてるんだ、奈緒」
「うひゃっ! うえー、バレちゃった」
「当たり前だ。なんでそんないかにもな服装にするんだ」
「だってぇー。尾行や潜入って言ったらこれでしょ? ママのコート、借りてきた」
「根本を間違えてる気がするが……俺を尾行してたのか?」
「うん、あっ、ち、違うよ?」
「いや、今、素で肯定しただろうが。あと、お前は嘘をつくとき目をそらすから、バレバレだぞ」
「うう、よく言われる」
遊園地を指定され、詳しい場所の確認と料金をコイツに聞いたのが間違いだった。
「お前も遊びに来たかったなら、普通に来りゃいいだろうに」
「だってぇー。綾っちと来るって言うから、すっごい気になっちゃって」
「お前には一切、関係の無い話だ」
「ぐぐ、いいじゃん! 同じ部活仲間でしょ!」
「そうだが、この件は――」
「ねえ、奈緒、それは無いと思うよ?」
いつの間にか杏奈がやってきて言う。
「うげ、あっちゃん。ごごごご、ごめーん。ごめんなさい!」
「まあ、来ちゃったものはもう帰れとも言えないけど、邪魔はしないでね」
「りょ、了解です!」
妙に緊張した様子の奈緒は、杏奈が苦手だったかな? 前に普通に笑って話してたのを見た覚えがあるのだが。
「如月君」
「ああ、千条」
声の方を見ると、上は白のブラウス、下は黒のふわっとしたスカートを穿いた千条がそこに立っていた。
学校でも清楚な印象はあったのだが、このひらひらのブラウスだと、さらにその印象が強い。
やっぱりセレブなんだなぁと感心する。
「わぁ、綾ちゃん、お金持ち!」
奈緒も同じ印象を抱いたらしいが、その表現は安直すぎだ。
「ええ? 意味が分からないわ」
「ファッションのことだよ。それにしても凄いわね、千条さん。その色の組み合わせで地味に見えないって、良い勉強になったわ」
杏奈が皮肉では無く、本心から感心したように言った。
「そう」
「でも……遊園地にフレアスカートってまずいと思うけど」
「あら、ドレスコードが違っていて?」
「いや、そういうことじゃ無くてね。まあ、千条さんはフリーフォールは乗らないってことかな?」
「ごめんなさい、私、こういう場所には幼い頃に両親に連れられてきたことが一度あるだけで、乗り物については名前もよく知らないわ」
「ああ、そうなんだ。じゃ、私に任せておいて。そのスカートで乗っても安全なのだけにしておくから」
「そう、では、敵のあなたに情けをかけてもらうのも嫌だから、一つ借りと言うことにしておくわね」
「敵ねえ。ま、いいけどさ」
肩をすくめた杏奈だが、喧嘩にならないようでほっとする。
千条に仲良くしてくれないかという非難めいた視線を送ってみたが、冷ややかに睨み返されてしまった。こちらが先に目をそらす。
眼力勝負で俺が勝てるわけが無かったな。後は話し合いで何とかしよう。
「じゃ、そろったから、中に入ろ」
杏奈が仕切ってくれるようで、助かった。
「それで、話のことだが…」
俺は気まずいながらも勇気を振り絞って切り出す。
「まあまあ、恭一、そんなに焦らないの。千条さんも、今日は一日、余裕はあるわよね?」
「ええ、でも、日が暮れる前には帰るつもりだから」
「うん、ま、ここも閉園時間があるからね。そこは大丈夫だよ」
「ならいいのだけれど」
「じゃ、まずはみんなで、定番のアレから行ってみよっか」
杏奈が指さしたのはジェットコースター。
どうやら、話し合いのついでに、遊びたいようだ。
俺はそんな気分では無いのだが、二人には引け目があるし、ここは大人しく従っておこう。
「賛成ー!」
「ええ、ここはお任せするわ」
奈緒と千条も異論は無いようだ。
順番待ちでかなり待たされそうだが、交際の話はこれが終わってからだろうし、困ったな。
「あたしさー、リニューアルしてからまだここ来てなかったんだけど、あっちゃんは来た?」
奈緒が聞く。
「ええ、一度、友達と来たわね。結構、凄いことになってるよ」
杏里が頷いた。
「わあ、楽しみ!」
ひとまず、この二人がいてくれて助かった。俺じゃどうやっても場が持たない。
「お、ようやくだね! 待ちくたびれたよー」
ようやく順番が回ってきたようで、前に進む。
「申し訳ありませんが、こちらのお客様は、もうしばらくお待ち下さい」
俺の直前の客までは乗れるようだが、ここで仕切られてしまった。
悪いな、お前ら。これが俺のスキル、『何かタイミングが悪い』だ。
「んもー、もうちょっとだったのにぃ」
「ふふ、まあ、この四人が別々にならなくて良かったじゃない」
「そうだね。まー、あたしは野次馬でお邪魔虫なんだけど、あはは…」
「ふーん?」
「な、なにかな? あっちゃん」
「別に。文化部ってみんなでどこかに遊びに行く事ってないの?」
「無いわね。基本、部活は学内だけの活動だから」
「そう。それはちょっともったいない気がするね。こういうエンターテイメントも、私は文化だと思うけど」
「そうだそうだー」
杏奈に力強く賛同する奈緒は部活で遊園地まで遊びに来たいようだが、さすがにそれは部費が降りないだろう。
「肯定はするけれど、私の求めてる文化ではないかしら」
「そう。まあ、千条さんには似合わないかな」
「ええ」
どこからどこまでが文化なのかを四人で適当に議論していると、次の順番が回ってきた。
「よし、今度こそ!」
「じゃ、千条さん、ジャンケン、ポン! あらら、負けちゃったかぁ。じゃ、千条さんと恭一が先に乗って」
二人一列なので隣同士の席を争ったらしい。
俺は別にどこでも良かったのだが、千条と隣同士で座ることにする。ただし先頭の席は絶対嫌なので、後ろへ向かおうとしたが。
「すみませーん、お客様、前から順番に詰めて下さいねー」
係員に呼び止められてしまった。
「マジか……杏奈、代わってくれ」
「ダメ。それくらい、男、見せなさいよ」
「いや、それとこれとは」
「後ろも支えてるので、急いで下さーい」
くそ。
「前だと、何か問題でもあるの?」
「当たり前だ、千条、恐怖感が違うぞ」
「そう。でも私は見晴らしが良い方が好きよ」
「お前の好みは聞いてない」
「あなたの好みも知ったことでは無いわ」
「もー、二人とも仲良くしようよー」
「これは前途多難かしらねえ」
「奈緒、席を代わってくれ」
「ダメよ、如月君、あなたが私と隣になったのだから。それは認められないわ」
おのれ千条、わがまま女め。
とはいえ、俺のわがままでもあるので、覚悟を決め、先頭に座る。
「あー、何だろ。思った以上に前が見えるのは怖いな」
見慣れない場所の恐怖感も相まって、早くも緊張してきた。手が冷たいし、震えている。
「そお? あたしは先頭、乗ってみたいけどなぁ」
なら代わってくれと言いたいが、また千条に拒否されるのは目に見えている。
ブザーが鳴り、カタンカタンとゆっくりと進み出して、一層、怖さが増してきた。
「恭一、顔色が悪いけど、大丈夫? こう言うのって苦手だった?」
杏奈が気遣ってくれるが、もう遅い。
「ああ、子供の頃に乗ったときは平気だったんだが…」
「そ。なら大丈夫だと思うよ」
「だと良いが。失敗したな」
「あ、そうだ、綾ちゃんと手をつないでみたらどうかな?」
奈緒が思いつきで、そんなことを言うが。
「お断りよ」
速攻で断る千条。
ま、コイツと手をつないだところで、恐怖感は大して変わらないだろうし。
「それで交際をオーケーしてるのも何か不自然だと思うんだけど…」
杏奈が言うのももっともだ。
こいつはただの負けず嫌い、ヤジに煽られての交際だろうしな。
「別に、初デートで手を握らせるほど、私は気安くないと言うだけよ」
その物言いだと、何回目かには手を握るのも有りに聞こえる。
それに。
「えっ、これ初デートだったのか?」
「当たり前じゃない」
杏奈が今気づいたの、とばかりに言う。
「聞いてな――うおっ!」
俺の学生生活を暗示するかのように、ジェットコースターが猛烈な勢いで飛び出した。
「ひいっ!」
予想以上の加速に、俺の口から変な悲鳴が上がった。これ、顔と背中にGがかかってるぞ、Gが。
「いぇーい!」
「あははー」
歓声を上げる奈緒と杏奈は楽しんでいるようだが、いや、マジ怖いって!
止めて!
ちょっと勢いが緩んでほっとしたのもつかの間、今度は横にカーブして、座席も傾いていく。
待て待て、それ以上傾けたら、重力で下に落ちちゃうから。無理無理無理!
「落ちるぅううう! ちょっと係員さん、止めて降ろしてくだぁああああー!」
「きゃああー」
俺の悲鳴と懇願も後ろの乗客の悲鳴に打ち消されてしまうようで、ジェットコースターは無情にも止まらない。
「あはは、ほら、恭一、終わったよ。大丈夫?」
「酷い目に遭った…」
「ふふっ、ごめんね、恭一君、君がそこまで恐がりだと知らなくて。ぷふっ、途中で係員さんに泣きついてたし、あはは、初めて見た、そんな人」
「俺の格好悪さは充分分かっただろう。フるなら今だぞ、杏奈」
「ダーメ。ちょっと格好悪かったのは確かだけど、恭一の良さはそんな事じゃ消えないよ」
「俺の良さって?」
「内緒」
ホントにあるのか? そんなもん。




