第三話 罠
2017/10/9 少し修正。
千条と杏奈。
どちらも100%フラれるから問題ないと思ってやった交際の申し込みがどちらも成立してしまった。
どこのチャラ男だよって話だ、まったく。
それだけで怒ってフってくれても良いと思うのだが、弱ったことに二人ともそのつもりは無いらしい。
夢のハーレム・ルート突入だ。
だが、なぜだろう、全然、そんな楽しい雰囲気にはなっていない。
「如月くぅん、いくらなんでもそれはダメだべ? 君、詰んでるっしょ」
チャラ男代表みたいな軽部にまで説教されてしまった。確かに詰んでるな。
「優希、頼みがあるんだが……ちょっと相談に乗ってくれないか」
「知らないっ」
ああ、そっぽを向いてしまった。
こりゃ、後で橘先生に泣きつくしかないな。
情けないなぁ、俺。
「あったわ、チェックポイントよ」
千条は今はもうオリエンテーリングに専念するようで、話には加わってこない。あと、奈緒も不機嫌そうに黙り込んでしまって、やっぱこういうのは女子には受けが悪いな。
ここはオリエンテーリングをまずさっさと終わらせて、千条と真摯な話し合いを持つべきだろう。
「方向は、向こうね」
「よし行こう」
俺は千条の指さした方向へ向かおうとする。
「待って。何かおかしいわ…変ね…」
「どうした?」
「このマップと矢印の指示だと、山のずっと奥へと入ってしまうわ」
「見せてくれるか」
千条の持っている地図を確認する。これにはスタート地点と、周囲の地形しか載っていない。
あとは、こうしてチェックポイントにたどり着き、そこに吊してある指示シートを見る。そこには現在位置の座標と次に進むべき方向が記されており、それを見てそのまた次のチェックポイントに進んでいく方式だ。
このやり方だと、チェックポイントを途中でどれかすっぽかしてゴールだけする、なんてズルはできない。
「うーん」
単純に、千条が何か方向をミスしたかと思って確認したのだが、そんなことは無かった。
確かに指示はここで山奥へ一直線だ。
『起点チェックポイントDの者は、角度38度、距離100メートル、そして124度で200メートル進め』という簡単な指示。
他の起点との混同は無い。俺達が通った前のポイントはDで間違いは無いし、進んだ距離も正確のはずだ。
俺達に配られた万歩計は、歩いた距離も自動で計算して表示してくれるタイプだ。おそらくGPSも組み込んである。
確認してみたが、やはり班の六人全員の距離が一致した。
「ま、進んでみればいいんじゃね?」
軽部が言う。
「そうね。先生が指示を間違うはずは無いでしょうし、行ってみましょう」
疑念は残るが、ひとまず進んでみる。
道は林の中に入り、そしてどんどん険しくなっていく。
岩場をよじ登り始めた軽部に、俺はストップを掛けた。
「待った!」
「そうね、やっぱりこれはおかしいわ」
千条もすぐに同意する。
事前説明によると、このオリエンテーリングは体育の授業の一環らしい。
生徒を大自然でいじめ抜いて鍛えようとする意図は分かるが、怪我をさせたら学校の責任問題だ。
女子もいるメンバーで、こんな岩場を登っていけなんて、さすがに無理があるように思えた。
上の方はロッククライミングでもしろというような断崖絶壁が見えている。
「まっすぐ行けないなら、迂回したらどうかな?」
優希が言うが。
「いいえ、ここは迂回できそうな場所も無いわ。それに、本来なら、迂回もルートとして指示されているはずよ」
「えー、それじゃどうするのぉー?」
奈緒がお手上げだという声で聞いてくる。
「それを考えて欲しいのだけれど。ふう。如月君、何か手はある?」
ため息をついた千条もお手上げの様子だ。
「俺としては、他のグループがどう進むか、それを待ってみるかな」
俺達で解決方法のルートが見つけられないなら、他の誰かが見つけるのを待てば良い。
「嫌よ。それだと絶対に先行できないじゃない。チェックポイントも残り一つだけ。先生がいる関門チェックポイントでなかったら問題による足止めもほとんど期待できないわね」
「じゃ、頑張って途中で抜き返すとか?」
奈緒が言うが、それだと走らなきゃなんないぞ。却下だ、却下。
「それしかないのかしらね。でも変ね。私たちより先行していたグループが最低でも二つあったはずだけど、彼らはどうしたのかしら」
「開け、ゴマ! って岩場が開いちゃったりしちゃってな! はは」
軽部が笑って言うが、そんな大がかりな仕掛けがあるとは思えない。本当にやってくれたら俺はこの学校を大絶賛しよう。
「さすがにそれは無いと思うけど……抜け道を探してみようか」
優希が言う。確かに、進めるルートが他にないか、それを確認するのはセオリーだとは思うが。
だが、俺は首を横に振った。
「いいや、今までのパターンと全然違うから、そういう本格的な冒険モノは学校も用意してないと思うぞ。ここを進むとなると、教師も大変だし、目が届かないからな」
今まではチェックポイントは、キャンプ場の中を中心に歩きやすく見通しの良い場所が選ばれていた。東に行ったら西に引き返し、今度は北に向かうというような、割と狭い行動範囲だ。
「やっぱり、マップと指示の見方が間違っていたのかしら? でも……」
間違えるような難しい表示方法では無かった。
単純に吊されたシートに、次の場所の地点の方向と座標が示されていただけだ。
俺達も、そして教師も間違っていないとしたら、残る間違いの要素は、それ以外になる。
後ろを見ると、こちらへ二つのグループが道のりに苦労しつつ登ってくるのが見えた。
さらにその向こう、こちらを指さして大笑いしている女子が数人見えたが…。
「やられた。千条。俺達はどうやら、嵌められたみたいだぞ」
俺は脱力して言う。
「ええ? まさか、生徒の誰かがチェックポイントの指示を勝手に書き換えたというの?」
「あり得るな。マジックペンさえ持っていれば、シートの数字を追加していじることは可能だ」
「でも、それは、危険な行為よ? 遭難者が出たらどうするというの?」
「そこまでは考えていないんだろう。軽い悪戯気分なんだろうな。だがこれは完全に授業の妨害だ。停学もんだぞ」
千条を快く思っていない女子のグループがやらかしてくれたようだ。
しかし、この方法は俺達だけではなく、後続の無関係の生徒達も巻き込んでしまうため、他の生徒からの反感は必至だろう。
筋肉痛の中、歩きたくも無いのに学校の授業として頑張っているというのに、こんな水を差されるやり方をされては、ムカつかない方がおかしい。
シートをすり替え後で戻しておくと言う手もあるが、それだとどこかで隠れて俺達をやり過ごさなくてはいけない。途中で立ち止まっていたり、引き返していくグループは見ていなかった。
それに、実際、後続のグループが俺達の方へ向かってきている。シートの内容を戻していないのだ。
「信じられないわね……そんな程度の低い生徒がうちにいるなんて」
「分っかんないぜぇ。うちはスポーツ推薦も何人か取ってるからな。バスケ部の風間もそうじゃなかったっけか」
軽部が言う。
「そう、風間さんね。またバスケ部ということなら、あんな部、廃部にしてやるわ。どんな手段を使ってでも」
本気でやりそうだから、おっかないな。
「犯人探しは後だ。おーい、そこで止まれ! こっちは間違いだ!」
俺は被害を最小限に食い止めようと、登ってきているグループに大声で言う。
「へっ! そんなこと言って追いつかせないつもりか? そうは問屋が卸さないぜ?」
「アホ。マジでこっちは行き止まりだぞ? 女子の悪戯だ。笑ってる奴がいたからな」
軽部も目撃したらしい。
「ええ、なんだよそれ」
「酷い…」
「とにかく、先生に確認を取ってみるわ」
千条が携帯でメールを送る。
電波が届く範囲の大自然って素晴らしいな。
来た道を戻っていると、確認が取れたようだ。
「やっぱり、悪戯だったわ」
「中止か?」
ここまでのことがあったんだ、学校側が行事を中止してもおかしくは無い。いやっ! 生徒の安全を鑑みて即時中止すべきだ!
「いいえ、続行みたいよ。私たちのタイムは考慮してくれるそうだから」
「千条、そこは交渉を持っていく方向が違うだろうに」
「ええ、あなたこそ、方向を履き違えているわ。こんなくだらないことで、授業を邪魔されて堪るものですか」
真面目だなぁ。
「チェックポイントの問題もノーミスで来ているのだし、こんな有利な順位を無効にするなんてあり得ないわ」
どうしても優劣を付けたいんだな。まあ、それは別に間違った考えじゃ無い。
公平なルールの中で競技することは切磋琢磨でお互いの成長も見込めるだろう。
その公平なルールを歪め、悪質なズルをする方が悪い。
しかも、上手くやりおおせるならまだしも、すぐ露見しては下の下だ。
「分かったよ。よし、どうせならトップを目指そう」
交際の件で手心を加えてもらいたい俺としては、千条にいい顔をしようという下心もあるのだが、それ以上に、悪質な妨害にも関わらずトップを取れば、それは敵対者への小気味良い牽制になると思った。
いいだろう、見せてやるよ、ぼっちの本気ってヤツを。
「わっ、ダッシュする力が残ってたんだ。なんかずるいぃー」
奈緒が言うがペース配分は俺の自由だ。
「お? お? 負けないぜぇー、如月くぅん」
軽部はまだ元気なのかすぐ後ろを追いかけてくる。
「きょ、恭一君、ま、待ってぇー」
息も絶え絶えといった感じの優希は、許せ。男には女が泣いて引き留めようとも行かねばならぬ時がある。
「あなた一人だけが先行しても意味が無いのだけれど、協調性のかけらも無いわね」
ならドンケツで牛歩でもしてやろうか? と言いたくなるが、それは千条に殺されそうだから止めておく。
「バカじゃないの? バカじゃないの?」
雨宮は文句を言いつつも俺を録画しようと必死に追いかけているようだ。バカはお前だぜ?
だいたい何と言われようとも、俺が仲間に「一緒に頑張ろう」「もう少しだよ」なんて優しい声を掛けつつペースを合わせられるタイプな訳が無い。
どうせ全員がゴールしないと行けないのだから、その過程はバラバラでも良いのだ。一人一人が全力を尽くせば、それはチームとして最善となる。
俺は完璧な無言で走り続けた。




