第二話 修羅場
2017/10/8 少し修正。
林間学校のオリエンテーリングで俺達はチェックポイントを行き来させられている。
ハッキリ言って、死にそうだ。
山の中を無意味に歩き回る、これほど楽しくないことが他にあろうか。
「チェックポイントはあと二つよ。如月君、急いで」
「三つか…。千条、少し休まないか? 少しくらい休んでも、俺達のタイムはトップクラスだと思うぞ」
総合タイムはゴールした後でペナルティタイムが追加されるため、現時点での順位は不明だ。
先頭を行く奴でも、不正解の回数が多ければ、後で大幅に順位が下がってしまう仕組み。
「ダメよ。私がトップクラスごときで満足すると思ってるの?」
「いいや」
「なら、口よりも足を動かしなさい。これが終わったら、後はリタイヤでもお好きにどうぞ、如月君」
そう言う千条だが、橘がそんなことを簡単に許してくれるかね。
「やあ、千条さん。君の班の調子はどう?」
ちょうど、向こうからやってきた相川と天川の班と出くわした。爽やか笑顔の天川が友好的に片手を上げて挨拶してくる。
「上々と言いたいけれど、非協力的なメンバーが多いから、苦労しているわ」
「へえ? それはちょっと意外だね。君のところのメンバー、協調性はなかなかだと思ったんだけど」
「冗談。成績そっちのけで隙あらば休もうとする如月君みたいなのを抱えてたら、きっとあなたでも苦労してるはずよ、天川君」
「はは、まあ、体力的にキツい面もあるからね」
「あとかったるいしー。問題もひねくれた難しいのばっかだし、つまんなーい」
後ろで相川が文句を言っているが、こりゃ、天川の方が絶対苦労してるな。俺は休もうと提案してるだけで、文句までは言っていない。
「早くゴールすれば、それだけ自由時間も増えるよ。残り二つ、もう少しだからみんな頑張っていこう。じゃ、千条さん達も頑張って」
天川は相川の文句にも丁寧に応じてなだめると、みんなにも呼びかけて士気を高めていた。やっぱリーダーはこうじゃなくっちゃな。
叱るだけではダメなのだよ、千条君。
「ええ。じゃ、急ぐわよ。一つ負けてるみたいだし」
「総合タイムで負けてるとは限らないぞ、千条」
無駄に急ごうとする千条にそこは指摘しておく。
「そうね。でも、早いほうが良いわ。天川君は成績も上位だし、油断はできないから」
「まさかとは思うが、料理対決を根に持ってる、なんてことは無いよな?」
「ええ、それは無いわ。あれはもう引き分けで終わったことだもの。だから次は勝たないと」
負けず嫌いだなぁ。
千条に罵倒混じりで急かされながら、俺は重い足を前に出す。
早く終わらねえかな…。
「最悪ね…」
千条が前を見て言ったが、関門チェックポイントで複数の班が順番待ちになっていた。団子状態だ。
「よしっ! 休める!」
俺はガッツポーズを決めたが、じろりと千条に睨まれたので、そっと手を引っ込める。
「先生、ヒント、ヒント」
「ヒントは紀元前だ。授業でやったぞ」
「覚えてないっての! 勘弁してよぉ、先生ぇー」
先頭の班の問題は世界史の年号のようで、これも厳しいな。あてずっぽうだと、100回くらいはペナルティを食らいそうだ。
「普段、真面目に授業を聞いていればこんなことにはならないのだから、日頃の行いが大事ね」
俺達に小さな声で言うのなら良いが、割と大きな声で言う千条は自分から嫌われ者になろうとしてるとしか思えない。
「あれって、何様かしら」
「千条様じゃないのぉ。説教をして回るのが大好きみたいだから、教師とか向いていそうよねー」
「あー、ああいうウザい先生、学校に一人はいるよねー」
「いるいるーあはは」
向こうで順番待ちしていた班も聞こえよがしに当てつけてくる。
「うわぁ、あれは、Cクラスの班だよ。一人、知ってる子がいるもん」
奈緒が弱った顔で言ったが、そうなると、他のクラスまで千条様の噂は広がってるみたいだな。やれやれ…。
「どうでもいいけれど、さっさと正解してくれないかしらね。こちらのタイムに影響が出るわ」
「千条、気持ちは重々分かるんだが、少し声を落としてくれないか。聞こえるぞ」
「ええ、だから聞こえるように言っているのだけれど」
ダメだコイツ、早く何とかしないと。
「千条さん、それやっばいんじゃないのぉ? あ、オレ、知り合いがいたから、ちょっくら話してくるわ。んじゃ、そゆことでよろしく」
軽部は同じグループとは見られたくないようで、そそくさと別の班のところに話をしに行く。
俺もそうしたいが、生憎と、他のクラスの男子に知り合いはいないんだよなぁ。
「恭一! 良かったー、一緒になったね!」
そう言って女子が一人、他の班から俺のところにやってきた。
「おお、柏木か」
「ほら、下の名前で呼び合うって昨日、決めたでしょ」
「そ、そうだったな」
「じゃ、呼んで呼んで」
「杏奈……ちゃん」
は、恥ずかしい。
「んー、呼び捨てでも良いよ。だって、私たち、付き合ってるんだし、ね」
「ええっ!」
「ええーっ!?」
「本当だったんだ…」
周りの奴が驚く。
ぬかった。内緒にして付き合おうって言うべきだった。
「ちょっと、それ、どういうこと? 柏木さんって、如月君と付き合うことにしたってこと?」
「あ、うん、そうだよ」
さっそく、近くの女子が確認を取って、しかもあっさり杏奈ちゃんは認めちゃうし。
「え、そうなんだー」
「如月君、ちょっと私も混乱しているのだけれど、あなた、昨日私に交際を申し込んだわよね?」
千条が聞き捨てならぬとばかりに聞いてくる。
「お、おう、そうだったな…」
「ええ? どういうことなの? 恭一、千条さんに?」
杏奈ちゃんが俺と千条を見比べる。
まずいわ。
恋愛経験ゼロの俺でも、これは非常にまずい状況だと分かる。
橘の話をするか?
だが、特別課題って、べらべら喋ると、後でボディーブローが来そうで怖いんだよな…。
「私も、昨日交際を申し込まれて、オーケーしてるんだけど、千条さんもオーケーしちゃったの?」
杏奈が聞く。
「いいえ、あまりに唐突なことだったし、意図を測りかねたから、しばらくその話は保留ということにしてあったのだけれど……」
「なるほどね。恭一、それはちょっとどうかと思うよ。千条さんは振ってないと思ってるみたいだし、そこはきちんと話をしないとね」
杏奈は千条が俺を振ったことにすれば、許してくれるようだ。これは何とか助かりそうな予感がしないでもない。
「そうだな。千条、済まないが、俺の申し込みは取り消しにしてもらえるか」
「ダメよ」
「えっ、なんで?」
「勝手すぎるとは思わないの? もし、あなたが柏木さんを想っていたなら、どうして私に交際を申し込んだりするのよ。悪ふざけにもほどがあるわね」
ぬう、千条様はどうも怒っていらっしゃる。そりゃ当然だけどな。
ここは……。
「事情は後で説明する。今は人目もあるし、事態収拾に協力してくれれば、こちらもオリエンテーリングで本気を出す。そう言う取引は……」
「ふう、成立しないわね。オリエンテーリングで本気を出すのは、授業の一環として当然のことだもの。事情はもちろん後で説明してもらうわ」
「はい……」
「事情があるにしても、そんないい加減な恭一は嫌いだな、ボク」
うわぁ、大本命の優希に嫌われてしまった。心が痛い。
「えー、そんな話、あたし、一言も聞いてないんですけど。どうなってるの、恭一ぃ」
奈緒が俺を揺する。そりゃお前には一言も話してないからな。
「ええ? まさか奈緒ちゃんにまで告白したとか、そんな話なわけ?」
杏奈が険しい顔で確認を取ってくるし。
「いやいや、それは無いぞ」
「う、うん、それは無い。されてない」
「そう。じゃ、そうね、この話は、また後で」
杏奈も、ひとまず周りの目を考えて、引き下がってくれるようだ。
後で謝っておこう。
「あははっ、なんか面白いことになってるね。千条さん、彼氏に捨てられたんだぁー」
向こうの班の女子が言う。
保留と言っているのだから、そういうことにはならないはずだが、きっと千条を悪く言いたいのだろう。
「保留の意味の日本語も理解できないなんて、うちの学校も随分とレベルが低かったのね」
千条も冷ややかに反論する。
「ふん、だいたい、保留ってありえなくない? それ、キープ君ってことじゃん」
「そうそう。ま、キープ君に捨てられるって、ちょっと笑えるけど」
「千条はそんな奴じゃないし、誤解だ。それに、こっちがフラれたんだ」
千条のダメージを軽減するには、これが一番の説明だろう。
「待って。私はまだ断ってはいないもの」
そこで訂正されると、凄くややこしくなるんだが。
「ほら、やっぱり捨てられたんじゃない。ご愁傷様」
「ま、あの性格じゃ、無理でしょ」
「柏木さんが相手じゃ、敵うわけ無いし」
ヤジの最後の一言に、俺は凄く嫌な予感がした。
「ええ、では、柏木さん、私と勝負ということね。如月君、その申し込み、受けるわ」
「何を考えてるんだ、お前は…」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるけど」
「ちょっと、千条さん、本気なの? いい加減な周りの噂なんて気にしても仕方ないよ?」
杏奈がそう言って聞くが。
「ええ、気にする価値も無いわ。でもどうやら私はあなたより先に申し込まれていたみたいだから、その申し込みに今、返事をしただけ。後は如月君がどうするか、決めることでしょう」
「そう。で、どうするのかな? 恭一は」
杏奈が問いかけてくる。
何をどう選択しても、杏奈と千条がダメージを受ける状況。
どうしてこうなった。
他の生徒も注目しているし、ホント、どうするよ、俺。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ほ、保留で」
「ふーん、そうなんだ」
無表情の杏奈は怖いな。
「そこまでとは思っていなかったけれど、割と最低ね、あなた」
千条はいつもと同じ顔なので怖くなーい。
「そう思うなら、素直にフったらどうだ、千条」
「嫌よ。全く興味が無いわけでも無いし、あなたの評価は随分と下げたけれどマイナスにはしていないから、後は事情を聞いてからにするわ。柏木さんも、これで愛想が尽きたなら交際は取り消したらどうかしら」
「それは千条さんにどうこう言われる筋合いじゃないと思うから」
「奇遇ね。私も柏木さんと同じ事を今、思ったわ」
「そう。じゃ、私の班の番になったみたいだから。またね、恭一」
「ああ…」
なんだか酷くややこしいことになった。
上手く解決できる方法は、あるのか…?




