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第一話 オリエンテーリング

 俺の目の前で天使が寝ていた。


「ううん、ボクも好き…むにゃ」


 そうか、俺は晴れて優希と両思いになり、こうしてついに二人きりの朝を迎えてしまったという訳か。

 感慨深い。だが、昨日は勇気を出して俺も頑張ったからな。当然のご褒美だろう。

 では、遠慮無く……。


 優希の体に手を伸ばしたところで、寝ぼけていた俺の思考がクリアになってきた。

 そうだ、俺が告白した相手は優希じゃない。柏木だ。

 おう、危ない、両思いだと勝手に勘違いして暴走するところだった。

 俺が慌てて手を引っ込めたところで、優希が目を覚ました。


「ううん、ふああ、恭一、おはよう」


「お、おう、おはよう。お前、朝は弱いみたいだな」


「そうじゃないけど、昨日、なかなか眠れなくて。いたた、背中、痛くなっちゃったなぁ」


「石か? ったく、軽部の奴もちゃんと取っとけよな…」


 俺もシートの下は確認を怠ってしまった。来年も林間学校があるなら、注意しておこう。


「まあ、今日帰れば、家のベッドで寝られるから。ふう、足も筋肉痛だ…」


「お、俺が揉んでマッサージしてやろうか」


 手をわきわきさせる。


「ダメ。欲望がちょっと見えてるよ、恭一君。それより、スプレー、使わせてもらっても良いかな?」


「ああ、それはもちろん。これはお前のためにあるんだ」


「そうじゃないと思うけど。じゃ、ボクが先に使うから、恭一は外に出ててね」


「お、おう」


 ガードの堅さが女子みたいだな。やっぱり女子なのか?

 テントの外に出て、優希の正体を考えていると、中から声がした。


「ごめんね、ボク、先生から、ガードは気をつけろって念押しされてるから」


「そうか。まあ、その方が良い」


「うん」


 後で俺も使わせてもらい、少し足が楽になった。


「それにしても、軽部の奴、本当に戻ってこなかったな」


「そうだね。まあ、ユージ君達のテントにいたんじゃないかな」


「ああ、そう言ってたもんな」


 実は女子のテントでイチャイチャ、なんてことは無いはずだ。ねえよな? 頼むぞ、軽部。


「あ、携帯が鳴ってるよ、恭一君」


「む、そうか」


 ちょっと出たくない。

 せっかく気分良く朝を迎えたというのに、また特別課題かな。


 だが、相手は千条のメールだった。


『私のテントに班員は全員集合すること』


 だそうだ。

 優希に告げ、二人で女子のテントに向かう。


「来たぞ、千条」


「ええ、きちんと起床しているようで何よりだわ。でも、それならそれで、メールに返信を入れておいて欲しかったわね」


「そうか。それは悪かったな。すぐの事だからと思ったが、次からは気をつけよう」


「ええ。あと、あまり今の私を見ないで」


 ジャージ姿の千条はいつもと何ら変わらない完璧美少女に見えたが。


「んん? お前、メイクでもしてるのか」


「学校でするわけ無いでしょう。冬場はリップクリームを塗るときはあるけど、それくらいのものよ。化粧品は肌にも良くないし。ただ、男子に寝起きの顔は見られたくないわ。察して頂戴」


「別にいつも通りだけどな」


「そう。でも、ブラッシングの通りが今ひとつだったわ。早くお風呂に入りたい…」


 三日風呂に入らなかったら死んじゃいそうな生き物だな。

 一応、希望に応じて千条には背中を向けておく。


「それで、それなのに呼び出した理由は?」


「それより、もう一人の男子はどうしたの?」


「軽部なら別のテントで寝たようだから。じきに戻ってくるだろう」


「先生の見回りとか、上手く対応できたの?」


「さあ」


「それは、橘先生が来たけど、大目に見てもらったよ」


 優希が言う。俺がいない間に見回りに来たようだ。まあ、俺が柏木に告白してるときなら、咎めたりはすまい。先生が首謀者だからな。


「そう。珍しいこともあるものね。七時から朝食だから、全員、食堂に集合すること。通達は以上よ」


 班長としての義務を果たすため、点呼を取ったらしい。相変わらず、真面目だな。


「分かった」

「うん」


 眠そうな生徒が多い中、朝食のパンと牛乳を食べる。丸いパン一個に牛乳パック一本と、育ち盛りの高校生には明らかにボリューム不足だが、このキャンプ場は山の上にあるので、搬送の手間もあるのだろう。

 一食だけのことなので、別に文句を言うつもりも無い。


「なんだろ、あたし、食パンじゃ無いと食べた気しないなー」


 奈緒がかじったパンを怪訝そうに睨みながら言う。


「ふうん、奈緒ちゃんは、朝はパンが多いんだ?」


 優希が聞く。


「うん、たまーにインスタントの味噌汁だけど、うちのお母さんもあたしも朝弱いしさあ。味噌汁も良いんだけどねー」

 

「そっか。恭一君もパン派だったりするのかな」


「いや、うちはほとんど味噌汁だな」


 一人暮らしになってパンでサボることも多くなったが、うちは基本、味噌汁だ。


「そっか、ボクも味噌汁派だよ」


 やはり、お前とは結婚できそうだな、優希。

 がっちりと優希と握手。


「私は朝は洋食派だから、如月君、覚えておいて」


「なんで俺指名なんだよ。あと、お前には聞いてない」


「そう」


「それは酷いよ、恭一ぃ、話の流れなんだからさ。綾ちゃんも混ぜてあげないと」


 奈緒が咎めたが、まあ、そう聞こえたか。さっき千条の奴は、俺の敵に回る気満々だったと思うけど。


「雨宮さんはー?」


「ふう、半々」


 雨宮は、話の輪に混ぜられたのが少し煩わしかったようでため息交じりに答えた。俺の視線を警戒している様子。


 軽部は別の奴と話し込んでいたので、それは奈緒も遠慮したようだ。


 食後は放置されていたカレーの食器を洗う。

 俺の指示で昨日のうちに皿と鍋は水に浸けておいたので、スポンジで軽くこするだけで綺麗になった。

 飯ごうも焦げ付いていないので楽勝だ。


「くそー、全然、ダメだぁー。取れねえよ」


 他の班は焦げに苦労しているところもあるようだ。


 テントで少しぼーっとしてくつろいだ後、集合が掛けられた。

 オリエンテーリングの時間だ。

 十キロ登山で死にそうになっている俺達に、さらに歩かせようとか、学校側は正気とも思えない。


「では、これから各班にそれぞれ地図一枚、チェックシート一枚、コンパス二個、万歩計六つを配布する。筆記用具は持って来ているな。忘れた者は班の誰かに借りろ。これも学校の体育の成績として加味されるから、真面目にやるように。以上だ」


 体育の成績なんて最低でもいいや。

 そんな俺の態度を見抜いたか、千条が言う。


「しゃきっとして如月君。私は体育の成績も妥協はしないわよ」


「くそう、一緒の班にならなきゃ良かった」


「喜びなさい、私のおかげであなたの成績は向上するわ」


「素直には喜べないなあ」


「最初のチェックポイントは、向こうね」


「んじゃ、レッツゴー!」


 元気良いな、お前ら。

 周りを見るが、走って行くグループもあったが、ほとんどはだるそうだ。


 千条が駆け足を命じてきたら、様々な論法を用いて抵抗してやろうと思ったが、彼女は徒歩でも文句は言わない様子。


「ふっ、愚かね。先頭の三つのグループは方向を完全に間違えているわ。この競技はスピードも大事だけれど、チェックポイントを正確に割り出すことが最優先よ」


 そこは完全に俺も同意だ。無駄に歩き回るのは避けたい。


「でも、なんかみんな、バラバラの方向だね。そんなに間違えてるグループが多いのかな?」


「多いんだっ!」


 奈緒の疑問に、俺はすかさず断言して言う。


「そういうこと。急ぐわよ。チェックシートの指示はそれぞれ違うようだから」


 千条もすぐに気づいてしまった。


「もー。恭一も、そう言うの、なんかずるいよ?」


 奈緒も俺がサボろうとしたのを見抜いた様子。


「分かった分かった。じゃ、頑張ろうな、雨宮」


「私に話しかけないで」


 俺だけにカメラを向けているくせに変わったコミュニケーションの取り方だ。

 俺を撮り続けている間は、しつこく絡んでやろうっと。


「ふあー、ねみー、調子出ないわー。わりーけど、千条さんに全部任せるわ、オレ」


 昨日、遅くまで起きていたらしい軽部も眠そうだ。明らかにテンションが低いし、口数も少ない。


「ええ。脱落しなければ、それでいいわ」


 チェックシートをもう一度確認して、先頭を行く千条。

 林の入り口に、Cと書かれたオレンジ色の標識があり、最初のチェックポイントに到着した。

 側に男性教師が一人が立っているが、去年はどうだったかな…。


「君たちは三番手だ。なかなか早いね」


「先生、無駄口は良いですから、早く問題を」


 教師の褒め言葉に無駄口って大物過ぎるぞ、千条。それと、そう言えば去年もこうやって問題を出されたなぁ。


「ええ? 一応、説明はさせてくれ。いくつかのチェックポイントには僕のように先生が立っている関門チェックポイントがある。ここでは問題を正解しない限り、次に進むことはできないよ。不正解になれば一度につき一分のペナルティが後で総合タイムに加算される。ここまではいいね?」


「ええ、問題ありません」


「じゃ、問題だ。


 将来を誓い合った王子とお姫様がいました。ある日、お姫様は悪い魔女に捕まり、塔のてっぺんに閉じ込められてしまいます。


 王子はなんとかお姫様の居場所を見つけましたが、魔女は塔の鍵を十個の宝箱を横一列に並べてそのどれかに隠してしまっています。


 宝箱の前には恐ろしい番犬の魔物がいて、王子の力では一つ開けて逃げるのがやっとです。


 お姫様は魔女が鍵をどの宝箱に隠したかを知っていますが、塔には不思議な魔法が掛けられていて声は下には届きません。


 ここまではいいかな?」


「長いぃ」


 奈緒が文句を言うが、論理問題のようだ。計算だけなら簡単かもしれないが、条件が問題文に隠されている場合、この長々しい説明を何度も聞く羽目になりそうだ。


「黙って。続けて下さい」


「ああ。お姫様は王子からプレゼントされていた白いハンカチと赤いハンカチをセットで持っている。そしてかつて密かに逢い引きしていたこの二人は、二人だけの暗号を使えるものとする。


 そして塔のてっぺんの窓からは色しか判別ができないものとする。つまり、ハンカチで数字みたいな形は作れないって事だね。


 さて、お姫様は王子にハンカチを最低で何回振ることにすれば、確実に脱出できるかな?」


「そんなの、何回振ってもダメじゃん!」


「待って、宇佐見さん。正解は必ずあるわ。十個、横一列の宝箱だから、白いハンカチだけでも、最大の回数で十回振れば良いと思うわ」


 千条が言う。


「ああ、なーる。三番目の宝箱に入ってたら、三回振るわけだね!」


「でもよぉ、それって左から三番目なのか、右から三番目なのか、それも間違えたら王子は番犬に食われて死んじゃうんじゃね?」


 軽部が指摘する。


「いいえ、二人だけの暗号で、数は必ず左から数える、という取り決めをしていることにすれば良いわ。それで一回分、情報量を減らせるから」


「へえ。ま、そう言うルールもできそうだわな」


「ええ。そしてハンカチが二色あるということは、これは二進数を使わせたい問題なのよ」


 千条が教師の意図を説明する。


「おっ、そう言えば、情報処理の授業でやったなぁ」


「二進数って、1と0だよね?」


 優希が確認を取るので俺は頷く。


「あー、私、それダメ、脳が拒否してた。101010、もー、数字を見てるだけで頭痛が」


「だから、正解は最大値の10を二進数に直して1010の四桁、つまり、赤白赤白で四回振れば解決ね。先生――」


「待った!」


 千条が解答を確定させようとしたので俺はストップを掛けた。不正解一回に付きペナルティはたった一分だが、その回数も成績に影響する可能性がある。何事にも妥協しない千条の方針なら、そこは慎重に行くべきだろう。


「先生、確認しておきたいんですが、この問題は偶然の要素も有りなんですか? 例えば、魔女が一番目の宝箱に入れていたら、一回振れば済むというような」


 『最低で何回振ることにすれば、確実に脱出できるか』という表現は、素直に考えれば10通りすべての回数を出さないといけないが、『最低』や『確実』の意味を少しひねって考えると、そんな解釈も可能だと思われる。


「いや、如月君、偶然は無しだよ。十通りすべての回数を出してもらいたい。ま、そこまでひねくれなくてもいいけどね。ふふふ。さすがは学年一位を取っただけはあるね」


 先生が含んだ笑いを見せる。こりゃ、一筋縄じゃ行かない問題だろうな。千条の今の答え『四回』は不正解なのだろう。


「ひねくれているから学年一位という論理もおかしいと思いますけど」


 不満そうな声を出した千条はつまらないところに文句を言った。無駄口で時間をロスしてるぞ。


「やあ、それもそうだね。気にしないでくれ」


 笑ってごまかす先生。


「じゃ、如月君、ひねくれてるあなたの答えを念のため、聞いておこうかしら」


「ああ。俺の答えは三回だ」


「三回? 理由は?」


「単純な引っかけ問題さ。白と赤のハンカチで、色しか判別できないと言うから、君は二進数だと思い込んだ。だが、肌色はどうだ?」


「あっ、そうね…この問題、別にハンカチで無くとも、手を振っても良いんだわ」


「んん? 形はダメってさっき先生は言ったけど、オーケーなんすか?」


「有りだ」


 ニヤッと笑みを浮かべた先生が肯定した。


「えー、じゃ、顔は? 靴は?」


 奈緒が確認するが。


「無しだ」


「なんか、納得いかないー」


「ま、ひねくれた奴が問題を作ってるからな。つまり、この問題は三進数、よって三回が正解だろう」


 橘の顔が思い浮かんだが、まあいい。

 それで不正解なら、二回と答えれば良い。


「くっ。ええ、では先生、解答は三回でお願いします」


「三回でいいんだね? 間違えたら、総合タイムにペナルティ追加一分だよ?」


「構いません」


「じゃ、正解! 一発で正解したのは君たちが初めてだ。凄いね」


「わーい」

「うひょー、やるじゃん、如月ぃ」

「やったね、恭一君」


 みんなが喜ぶが。


「これで問題が終わったわけでは無いわ。次に行きましょう。早く」


 負けず嫌いの千条のやる気に火を付けてしまったらしい。

 俺の戦略的失敗だ。

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