プロローグ
俺が人と違うと気づいたのは幼稚園の時だ。
「それは間違ってるよ」
と、事実を教えてあげると、変な顔をされ、仲間の輪に入れてもらえなくなった。
その頃の俺はまだ、正直者が美徳とされる真の意味を理解できていなかったのだ。
『人は誰しも嘘をつく生き物である』
だからこそ、他人に嘘をつかないことを欲して、価値を持たせる。
その単純な構図は、しかし、嘘をつかないのが人として当然だと思っていると途端に見えにくくなってしまう。
自分もまた嘘をついているのに、だ。
大多数の人は無意識に適応できているのだが、デジタルな思考に近い者はそのからくりに真正面から衝突してしまうのだ。
そして傷つく。
相手も自分も。
嘘を嘘と指摘することは正しいが、時にそれはタブーとなる。特に容姿や性格、そして気持ちに関する事柄は要注意だ。
『ハゲの人にハゲと言ってはいけません』というのは教えてもらえても『嫌いな人に嫌いだと教えてあげてはいけません』とは教わらない。
他人の気持ちを考えましょうというのも、難問である。他人との接触の経験が少ない者や、経験値が変なところに入っていく者には分からないのだ。
正直が良いと言いながら、相手の気持ちを考えろと言う。
その矛盾に優先順位をつけるということを覚えたのはいつだったか。
こんなこともあった。
ひとりぼっちで砂遊びしていると、一人の女の子が俺の側にやってきた。
「恭一君、一緒に遊ぼ」
そう言われて、俺はとても嬉しかった。いつもは誰も一緒に遊んでくれなかったから。
「この丸いのはなあに?」
女の子が聞いてくるので俺は説明する。
「太陽系だよ。これが太陽で、大きすぎるから一部だけにして、ここが地球で、これが冥王星なんだ。こっちの点はガニメデ。水星や月より大きいんだ」
でも、嬉しさでニコニコして説明していた俺は、彼女がこちらを見ず自分の靴をいじってばかりいるサインを見落としてしまった。
それどころか、ひょっとして照れているのかな、なんて思ったほどだ。
今にして思えば、幼稚園児の女の子に対してガニメデと太陽の大きさの面白さを語るなど、話題のチョイスを完全に間違っていたのだが、その当時の俺に分かるわけが無い。
それでも黙り込んでしまった彼女に俺は聞いた。
「他のことをする?」
「これでいい」
彼女は心底つまらなそうな顔で言った後、今度は自慢げに微笑んだ。
「だって、園長先生が恭一君と一緒に遊んであげなさいって言ったから」
ショックだった。
先生が言うなら仕方ないだろうとは思うのだが、何か色々違うと俺は幼心に思った。
それでも俺は、彼女と一緒に砂遊びごっこをやった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「嫌なこと、思い出しちゃったな…」
俺は頭を掻く。消灯時間になったためか、明かりの付いたテントは少なく、辺りが一段と暗く見える。
柏木への告白と、雨宮への踏み込み。
そのどちらも、俺の純粋な意思では無い。
担任教師である橘が特別課題なんて出さなければ、あり得なかったことだろう。
ただ、雨宮に対しては、俺もそうした方が良いと思ったからこちらから話しかけたのだ。
そこに嘘は無い。
ひとまず、雨宮は少し落ち着きを取り戻したように見えたし、橘先生が心配するような変なことはしないだろう。
一方で柏木は…。
いや、告白って、まさか俺がやることになるとは思わなかった。
しかも、実際にできてしまうとは。
本当のことだったのかと、ちょっと実感が湧かない。
本気じゃ無かったからかな。
ただ、フラれて当然で、これから別にフラれても良いと思うと気が楽だ。
柏木も全然、嫌そうじゃ無かったし。
……柏木の方も特別課題を出されてる、なんてことは無いよな?
無いはずだ。
彼女は誰とでも話せるタイプで、コミュニケーションに問題があるようには見えない。
その彼女が今まで男をフリ続けていたのも不思議だが、好みのタイプの男性に巡り会えなかったか。
きっとそんなところだろう。自分の好みの相手から告白されて、断るなんておかしいし。
さて、俺の班のテントに戻ってきた。
もう消灯時間は過ぎているはずだし、明日もあるからさっさと寝よう。
中の奴らを起こさないように、そうっとテントの入り口を開ける。
「あ、恭一君」
テントの中には一人だけで、優希がいた。同じ班の軽部はまだ戻っていないようだ。
「優希、まだ起きてたのか」
「うん、だって、恭一君が戻ってこないし、ちょっとボク、心配になっちゃって」
「悪いな。ちょっと色々、話し込んできた」
「そう。じゃ、もう寝るよね?」
「ああ、寝るぞ。明日もあるし、さっさと一緒に寝るぞ」
「う、うん」
「いやっ、べ、別に変な意味の『寝る』じゃないからな」
「う、うん、分かってるよ。やだなぁ、恭一君、ボクら男同士だよ」
「お、おう」
変な空気になってしまった。
優希と二人きりの夜。
やめろ、考えるんじゃ無い。奴は男だ。
「ボク、恭一君と班が一緒で良かったな」
「そうか」
「うん、だって、色々と気を遣ってくれるし、優しいんだもの」
そりゃ色々気になってるからな。ただ、男が男に優しいなんて言うか?
まあいい、優希、お前がたとえ女子でも、俺達の友情は本物だ。
「ボクが……当の女の子だった……良かったのにね」
優希のつぶやきは良く聞こえなかった。
「うん?」
「な、何でも無い。寝よっ」
「そうだな」
こういうテントの夜は、誰が好きかという話をするのが恒例だが、優希が「ボクは恭一君が好きかな…」なんて言われた日には、学校行事であることなんてそっちのけで理性が飛ぶ自信が100%ある。
いや、落ち着け、俺。
優希が俺を嫌っていないのは確かだが、だからと言って好意があると思うのは早計だ。
だいたい、それが恋愛感情だと思い込むのは止めろと。




