エピローグ
(視点が雨宮に変わります)
『俺は、お前と話してみたい』
その言葉が私の心を揺り動かす。
きっと如月本人は軽い興味で言っただけのはず。
そこに恋愛に発展する可能性なんて一パーセントたりとも無いはずなのに。
心臓がやたら元気になってしまって、頭がぼーっとなって、これは本当に恥ずかしい。
自分の勘違いが嫌になる。
最初は如月なんて注目していなかった。
中学の時、自分の机の中に録音装置を入れておき、クラスの誰が私の悪口を言っているか、知ろうとしただけ。
ただ、それを続けていると、クラスのいろんな事が分かってきた。
誰が誰を好きで、誰が嫌いか。
みんな、本人がいないところでは油断して口が軽くなる。
誰かが告げ口するかもしれないのに。
そしてほとんどの生徒が他人を平気で悪く言うことも知ってしまった。
見た目が優しい子でも、人がいなくなると本性が出る。
それはとても怖いことで、私は録音の事を少し後悔した。
盗聴では無い、と自分では思っている。
公共の場所での音を拾っているのだ。たとえ教室の中に誰もいなかったとしても廊下で誰かが立ち聞きしている可能性だって有る。
だから、他人の家に盗聴器を仕掛けるなんて事はしていない。教室や部室だけだ。
あ、今、盗聴器って自分で認識してた。うん、まあ、やっぱり盗聴だろう。そこは認める。
後ろめたさは当然、元から有ったので、バレないかヒヤヒヤしたし、バレたときの言い訳も必死で考えていた。
英単語の発音を覚えるための録音装置で、たまたま、録音スイッチを押したまま忘れていただけ。
実際、入っているのは教室の会話だけなのだから、その言い訳で通るはず。
そう思っていたのが甘かったようで、橘にはこれは何だとしつこく聞かれて、私はついに白状させられてしまった。
いや、取引に乗ってしまったというべきか。
『如月の事が知りたいのか?』
どうして対象物を特定されたのかは、考えるまでも無い。録音装置にロックして保存していたファイルに、如月の声だけ入っていたから。
自分でも痛いミスをしたと思っている。
でも、時々、暇なときにそれをイヤホンで聴くのが日課になっていた。
他人の悪口を言わない男。
もちろん、それはただ友達が少ないために、その機会が無かっただけというのもすぐに分かってしまった。
それでも、私はなぜか如月に注目し、彼の行動を逐一確認するようになっていく。
教室の掃除道具のロッカーにカメラを仕掛けるときには、あー、これで私も犯罪者の仲間入りかと思いつつ、仕掛けた。
うん、認識してた。
角度はもちろん、如月の席だ。
廊下のあちこちにも仕掛けていた。映像と音声をチェックしていると、2Eの森島がバスケ部の女子から脅されていることを知った。文化部の設立の関係だ。
そのときにはもう私は橘先生との取引に応じて、先生の許可の下で堂々と文化部の部室にウェブカメラを設置できていた。
これで部活の時も如月を独り占め。
でも、私は一度として本当に独り占めしたことなどない。
誰かと話をしている如月を傍観していただけ。
ちょっとつまらないと思うときもあった。
でも、自分が直接話すなんて、とても考えられなかった。
何を話して良いか、分かんないし。
如月だって、私とは話したくないだろう。
そう思っていたのに。
『俺は、お前と話してみたい』
ダメだ、頭の中でリフレインして、心が喜んでしまっている。
それはタダの勘違い、違うって言うのに。
自分が魅力的な女の子などではないと嫌と言うほど知っている。
容姿の悪口を言われたことだって何度もあるのだ。
最近、如月の周りには美少女が急に増えた。
千条、宇佐見、柏木、あと黛ももう美少女でいいや。
橘先生は如月が柏木に告白したと言ったが、彼の行動パターンとしては変だ。
嘘の気もするし、だが、あの先生がそんなホラ話をするとも思えない。
どっちにしたって、私は如月に選ばれることは無い。
ああ、何を選択肢の一つみたいに言ってるんだか。
私は選択肢にさえなっていないというのに。
それでも私の目は如月を追ってしまう。
認めねばなるまい。
ここまで来るとストーカーと大して変わらない。
そして間違いなく私は如月のことを恋愛対象として意識してしまっている。
そして、如月もその私の存在を認識してしまった。
恋愛感情までバレているかどうかは不明だが、バレていておかしくない状況だ。
ああ、顔が熱くなる。恥ずかしくて死にそう。
量子力学では観察者が観察対象に影響を与えてしまうという話があった。
私はそんな間抜けでは無いと勝手に思い込んでいた。
間抜けだった。
輪の外にいて中心を眺めていたと思ったら、いつの間にか私が輪の中にいた。
メビウスの輪も、途中がひねくれている。
世界の外側なんて初めから無かったのだ。
もう、元には戻れない。
痛恨のミスのはずなのに、不思議と後悔の念は少ない。
それに何より、如月が私に話しかけてくるのは、そんなに嫌じゃ無かった。




