第十話 恋愛ゲーム
用事ができたと優希に言って、俺はテントを出た。
空には満月が出ており、外は結構明るかった。まだまだ他の生徒達も寝るには早すぎる時間のようで、テントが煌々と灯っている。
「ええと、こっちか?」
俺は先ほどの橘先生の指示通りに、テントを出ていったん炊事場の方向へ向かう。そして、そこからトイレとは逆の方向へ歩くと、道は林の中へと続いていた。
「懐中電灯、持ってくれば良かったな…」
暗くて道が歩けないと言うわけでは無いのだが、キャンプ場から離れて山の中に入るのは少し恐怖感がある。遭難でもしたら大変だ。
だが、俺の心配するまでもなく、すぐに開けた場所に出た。
「ここか…」
大きな桜の木がぽつんと中央に生えており、孤独な木に見えた。
さて、ここで待っていれば、柏木が来るというのだが…ホントかね。俺はともかく、女子である柏木は、ほとんど名前しか知らない俺に会いに、夜中にここまで来るか?
橘先生が待っていると言えば来るかも知れないが、ここにいるのは俺だけだ。先生はきっと、どこかでノートパソコンを眺めつつ、ビール片手にほくそ笑んで観戦していることだろう。
そう観戦だ。柏木は全然その気はないだろうけれど、俺にとってはこれは戦闘であり、ハンティングだ。
普段、俺は狩られる側の人間ではあるが、今日はアタックする側だ。まあ、今まで告白もされたことは無いから、厳密には違うんだけども。
とにかく、そんな高揚した気分であるのは確かだ。
なんとなく、優希が俺に好意を持ってくれているようで、それが俺の勇気につながっている面もあると思う。
さあこい、柏木。告ってやるぜ。
「ああ、いたいた」
派手なリボンの女子がやってきた。
「うわっ、ホントに来たのか」
「ええ? あなたが呼び出したんだよね。如月君。わざわざ橘先生に私の連絡先まで聞くって、普通、しないよ?」
「悪かった。俺はまだ、君のメルアドとか知らないから、そこは安心してくれ」
「まあ、それは当然でしょうけど。あ、それから、森島さんのことだけど」
「うん」
「あれから、バスケ部の人にも脅されてないみたいだし、ま、うちのクラスで二人停学を食らってたから、しばらくは大人しくしてると思うよ」
「そうか。俺が頼む義理でも無いけど、森島のこと、よろしく頼むよ」
「ええ、大丈夫、あなたに頼まれなくても、ちゃんとやるから」
良い奴だ。その良い奴に対して、よく分からない課題のために告白して相手に気にさせると言うのも気が引けるな。
「それで……如月君、あなたの用事って?」
「いや、やっぱり止めにする。悪かったな」
「ちょっと待って。ここまでお膳立てしておいて、それは無いんじゃないの?」
「そうかもしれないが、君に迷惑な気がしてね。君は大して気にしないのかもだけど」
「ええ、たぶん、そこは迷惑だなんて思わないよ。私は、如月君の素直な気持ちと決意を聞いてみたいかな」
「よし。じゃあ、オホン、ゲホッ」
「ちょっと、そこまで気合い入れないで。わざとやってる?」
「い、いや、真剣なんだが」
「そう。でも、今のでちょっとほぐれたでしょ」
「ああ。お前、良い奴だなぁ」
「そんなこと無い。ただ、慣れちゃってるだけだから」
少し微笑んで少し悲しそうに言う柏木。ますます俺は告白を止めたくなったが、ここまで来てしないというのも彼女には失礼だろう。
「柏木杏奈さん、2Aの如月恭一です。ぜひ、付き合って下さい!」
おおー、言えた言えた。課題クリアー。おめでとう、俺。
「ちなみに……どうして私なの?」
「どうしてかなあ。後付けの理由で良いなら、森島に対しての行動に尊敬した。そんなところでいいか?」
「なんだかそれって凄く変な告白だね。そういうのは初めてかな。しかも君、落ち着いてるし、あ、私が絶対、フると思ってるんでしょう?」
「んん、まあ、それもあるんだが…」
「噂は噂だよ。まあ、ある程度事実なんだけど、でも、私と直接でやりとりして欲しいかな。うん、そうだね。分かった。じゃあ、付き合いましょう。私たち。恋人として」
「そうか。いや、わざわざここまで来てくれてありがとう。良い経験になったよ。もうつきまとったりはしないから、安心してくれ。大丈夫だ」
「んん? えっと、オーケーなんだけど」
「んん? えっ?」
「だから。返事はイエス。君は告白に成功したの。2Eの難攻不落の城、柏木杏奈を落としたってたぶん、みんなびっくりして凄いって思うよ、きっと。私、何人もフって来ちゃってるからね…」
「ま、待て待て、待ってくれ。冗談でとかはやめてくれよ?」
「こういうこと、冗談でしたら、ダメでしょ」
「お、おう。そうだよな。ホント済まん…」
「んん? 何で如月君が謝るのかな。ふふっ、なんだかおかしいの。緊張しちゃってる?」
「まあな。俺の計算が全部成り立ってない。騙されたのか…?」
「それは無いよ。本気で付き合うから。もし、今キスしたいっていうなら、応じても良いよ?」
「いや、待て、それはおかしいだろう。君は本気で俺とキスしたいなんて思ってないはずだ」
「それはそうだけど、でも、恋人として付き合うなら、それくらいの覚悟みたいなのは必要でしょ?」
「んー、そうかもしれんが、ちょっと時間をくれるか。ひとまず、報告して相談しないと」
「ダメ」
「ええ?」
「今は私と話をしてるんだよね? なら、もう少し我慢して、報告は後でも良いじゃない」
「いや、かなりまずい気がしているぞ、俺は」
「大丈夫。別にこのまま、最後までしちゃうわけじゃ無いんだし、時間はあるよ」
「お、おう」
「ふふっ。実を言うとね、私、如月君を全然知らないって訳でも無いよ」
「どういうこと?」
「森島さんと話をしたり、黛君と話をしたり、奈緒ちゃんからも聞いてるしさ。あの千条さんの間に入って上手くクッション役をやってるみたいだね、君って」
「上手くと言うか、無理矢理だけどな。凄く苦労してるぞ」
「あはは、だろうねぇ。だって、千条さん、強烈なところがあるもの。悪い意味じゃないよ? でも、なんて言うか、普通とは違うところにいて、私たちとはちょっと違うところがあるから、色々、えっ? ってなることがあるもん」
「だろうな。まったく同感だ」
「ふふ。なら、大丈夫かな。上手くやれる気がする」
「うん……」
「あ、それと、私、如月君とは中学の時に二回、同じクラスになってたんだけど、覚えてる?」
「むっ、そうなのか…」
「うわー、やっぱり覚えてないんだ…ちょっとショックだなぁ」
「悪い。俺、女子の名前と顔、覚えるの苦手で」
「うん、その言い訳も、二回目。中三の時」
「マジか」
戦慄する。
「大丈夫、今度はきっと忘れないよ。だって、これだけのことをして、顔もちゃんと見てくれたもの」
これで忘れるようなら、もう犯罪だな。
「約束する。もう忘れたりしない。柏木杏奈、覚えたよ」
「ありがとう。ようやく、君の視界の中に入れた気がするなあ。こっちは結構、ずっと見てたのに」
「それも悪かったが…ああ、やっぱり掲示板の書き込み、君だったのか」
「ん? 前にも言ってたけど、それは私じゃ無いよ」
「そうか」
改めて柏木を見る。
ん? と微笑んで小首を傾げた彼女は、大きな瞳で美人。優しそうな顔だ。
「じゃ、如月君、これから、どうしよっか、私たち」
「そ、そうだな…」
承諾された場合の行動は、完全にノープランでした。
万事休す。助けて先生!




